第52話 『交渉』
「――セレスタ!!」
卓斗とエレナとエシリアのセレスタを副都へ連れ戻す交渉が始まる。三人が目の前に居る事に、ただただ驚いた表情をしたまま動かないセレスタ。
副都を去る際に、エレナ達を突き放したセレスタだったが、今こうして、再び目の前に居る。
その事が、嬉しくもあり、胸も痛んだ。自分と関われば、三人は間違いなくシルヴァかオルヴァに殺されてしまう。
それでも、自分の為に来てくれた事が、友としての実感が嬉しくて堪らない。だが、セレスタの選択肢は一つしかない。
「何故、来たんだ!! 私には関わるなと言った筈だ!! 私は、お前達を利用し、騙した。ルシフェル家が国王を務める様に仕向ける為だけの行動だった!! なのに……何故……!!」
「あんたが、嘘ついてる事くらい分かるわよ。私を誰だと思ってんのよ。私は、幼馴染のつもりだったけど? エシリアもそうよね?」
「はい。私も、セレスタちゃんが嘘ついてるって分かってます。どんな理由があって、副都を辞めるんですか? どんな理由があって、私達を突き離すんですか?」
エシリアの問いに、セレスタは何も答えられない。本当の事を言ってもこの三人は、いや、副都の同期全員は危険を顧みず、自分を連れ戻しに来ると、何となくだが分かる。
「誰かと思ったら、エシリア様と……エレナ……様?」
セレナがエレナの姿を見て驚いている。やはり、滅亡した筈のカジュスティン家の者が生きていると分かると、皆こういう反応をする。
それは、セレナだけでなくカルナも同じ表情をしていた。
「エレナ様が生きておられた……カジュスティン家は完全には滅亡していなかったんですね。それで、貴方はどちら様ですか?」
カルナは、卓斗を見つめてそう話した。エレナとエシリアは、王族同士の関係で見知っている。だが、卓斗はセレナもカルナも初めて見る。
「あ、俺はオチ・タクト。副都でセレスタの同期で友達です。えーっと、もしかしてセレスタのお母さんとお姉さん?」
その言葉に、思わずセレナが微笑みを浮かべた。カルナがセレスタのお姉さんだと思われた事が、昔を思い出させ懐かしく感じる。
「ウフフ、お姉さんですって、カルナ」
「私は、セレスタ様のお姉さんではありません。ルシフェル家に仕える一族のカルナです。タクトさんを責める訳ではありませんが、あまりそういった間違いはしないでくれませんか」
「えーっと、すいません……それで、セレスタの事で話があって来たんですが、時間よろしいですか」
エレナから聞いていたシルヴァの情報。冷徹非道な男と交渉するより、見るからに穏やかなセレナに交渉した方が、上手く行くと卓斗はこの時思っていた。
「時間などない。早く副都へ帰れ!! 父上に見つかる前に!!」
「やっぱり、親父さんが絡んでんだな。その事も詳しく聞かせて貰うぞ、セレスタ」
「何度言えば分かるんだ!! 帰らないなら、力づくでも……!!」
セレスタの怒りを収める様に、セレナが肩に手を置いた。そして、卓斗達に優しく微笑みながら、
「これから、外食をする所だったの。良かったら、貴方達もどう? そこで、ゆっくり話をするといいわ」
「母上!?」
「是非!!」
話し合いの場を設け、少し安堵する卓斗。場合によっては、セレスタ以外のルシフェル家の者に門前払いをされる覚悟もあった。
やはり、セレスタの母親はシルヴァやオルヴァと違い、物分かりがいいと、卓斗は思った。
だが、セレスタは気が気じゃない。こんな所をシルヴァやオルヴァに見られたりでもしたら、三人の首は直ぐに飛ぶであろう。それだけは、避けたい所だった。
そんな、気が休まらない状態で街へと出て、街の一角の日本で言うレストランへと入る。
「――それで、どうして貴方達はルシフェル家に?」
「俺達は、セレスタを副都に連れ戻しに来ました。後二日で副都を卒団出来るのに、どうして辞めさせるんですか?」
その質問に、カルナが険しい表情をして、
「どういう理由であろうと、人様の家の事に首を突っ込むのは、どうかと思いますが?」
「それは……そうですけど……納得いかないんです!! 後、二日だけでも待てないんですか?」
「だから、待つとかの話じゃないんだ。お前達には関係の無い事だからな。早く副都へ帰るんだ」
この中で、一番辛いのはセレスタだ。本当の事も言えず、言いたくもない事を言って、友を傷つける。
卓斗達が素直に言う事を聞いてくれれば、胸が痛む事も少ない。こうして会う度、傷つけるのは苦しい程に辛い。それでも、卓斗達は、
「――帰らねぇ。ちゃんとした理由を聞くまでは副都に戻らねぇから。人ん家の事に首突っ込んで、迷惑なのも分かってるけど、はいそうですかって簡単には引き下がれねぇんだよ。お前がどう言おうと、俺らは友達になっちまったんだからさ。友達との付き合い方とか、俺には良く分かんねぇけど、折角出来た繋がりを、俺は切りたくねぇ。それは、エレナもエシリアも一緒な筈だ」
「私も、タクトの意見に賛成ね。さっきは、感情に任せて色々と言ったけど、私もあんたと一緒に副都を卒団したい。三ヶ月前のお風呂で言ってくれた時、嬉しかったの。意地張って自分から声かけられなかったし、ひどい事も言った。それでも、あんたが仲直りしたいって言ってくれた時は、本当に嬉しかった……だから、その分あんたが辞めるって聞いて、悲しかった。また関係が崩れるのが嫌だと思ったの」
声を震わせて、今にも涙が溢れ出そうなエレナを見て、セレスタは更に心が痛んだ。
「――だからね、セレスタ。副都に戻って来て……もう、六年前と同じ道は歩みたくないの……」
「セレスタちゃん、お願い……私も、セレスタちゃんとエレナちゃんと副都を卒団したいです!! またこうして、三人の仲が戻ったんですから、また仲が悪くなるのは嫌です……」
セレスタは、三人の言葉が心に響いていた。その分、胸が苦しくて苦しくて堪らなかった。
それでも、三人の願いを聞く事は出来ない。卓斗達が傷付くくらいなら、自分が傷付いた方が断然にいい。
もし、卓斗達がシルヴァやオルヴァに殺されたりでもしたら、そっちの方が耐えられない。
「すまない……期待には応えられない……事情が事情なんだ。私も、お前達の事は大好きだ。だからこそ、副都には戻れない……」
そう言ったセレスタも、自分の気持ちを押し殺している。直ぐにでも、卓斗達と副都へ戻りたい。それが、本音だった。
だが、それも叶わぬ願い。ルシフェル家の王妃として、シルヴァの娘として、セレスタは動かなければならない。
そんな歯痒さに、卓斗達の見えない机の下で、拳を強く握った。それを、カルナが横目で見ている。
「セレスタ様は、ルシフェル家の王妃。タクトさん達の言う事も分かりますが、こちら側の事も考えて下さい」
カルナのその言葉に、卓斗達は何も言い返せない。カルナの言う事も正しいからだ。
「それでも、俺は折れませんよ。セレスタが親父さんに副都へ戻るのを止められてるなら、俺が直接、親父さんに交渉する」
「物分りの悪い方ですね。自分の言う事や考えが全て通ると思っているのは、少し傲慢過ぎませんか? 貴方中心の世界じゃ無いんですよ。貴方がそうやって言う度に、セレスタ様が思い悩み、苦しまれてるのが分かりませんか? セレスタ様のご学友なら、セレスタ様の事も考えて下さい」
「だったら……だったら、そっちもセレスタの事考えろよ!! 親の都合で娘の人生を左右させてんじゃねぇよ!! 俺らにセレスタの事考えろって言うなら、そっちもセレスタの事考えてやれよ!! 確かに、物分かりが悪いかも知れねぇ。セレスタの気持ちも知らねぇ。でも、セレスタの人生はセレスタのだろ!!」
卓斗は椅子から立ち上がり、感情が爆発し思わず思いの丈をぶちまけた。そんな卓斗を冷静にカルナは睨んでいる。
「ちょっと、タクト!! 落ち着いて」
「悪りぃ……でも、セレスタはどうなんだ? お前の本当の本音はどうなんだ? 親とか王族だとか、関係無しでお前の気持ちはどうなんだ?」
卓斗の問いに、セレスタは再び拳を強く握り締め、
「さっきも言った通りだ。私は、副都へは戻らない。お前達が来てくれた事には感謝する。でも、もう決めた事だ。これが、私の本音だ……」
「そんな……」
卓斗は力が抜けた様に椅子へと座り込む。セレスタの本音は、副都へ戻らないという事。すなわち、交渉は決裂だ。
「それでも、私達の関係は続きますよね……? これっきりって事は無いですよね……?」
エシリアが目に涙を浮かべながら、声を震わせてそう言葉にした。六年前と同じ様に、疎遠になってしまわないかと心配していた。
「すまない……もう、私には関わらないでくれ……」
それが、セレスタが卓斗達を守る為の選択肢だ。友を守る為に傷付ける事は、矛盾しているがそれしか方法がない。
「セレスタ、そこまでの事があるって事は、ルシフェル家は何かしようとしてるの? ただ家に戻るだけなら私達の関係を切る意味が無いじゃない。私達との関係を切らなければいけない理由があるの?」
女の勘というのは非常に優れているもので、セレスタの事情の確信に迫っていた。
図星を突かれたセレスタは、何も言い返せない。代わりに、カルナが口を開いた。
「話し合いはここまでです。それ以上は何も言えませんし、何も質問しないで下さい。セレスタ様は、副都に戻らないとお答えになられた、関わらないでくれとお答えになられた。なら、もう話し合いの必要はありません。ご学友なら、セレスタ様のお気持ちも弁えて下さい」
そう言って、カルナは立ち上がり、
「セレナ様、セレスタ様、やはり今日はご自宅で食べましょう」
「そうね。エシリア様も、エレナ様も、わざわざセレスタの為にありがとうね。深い理由は言えないけど、今日はごめんなさいね。それでは、またどこかで」
セレナとセレスタも立ち上がり、レストランを出て行く。卓斗達は何も言えないまま、ただセレスタの背中を見ているしか出来なかった。
――こうして、交渉は失敗となった。
「納得いかねぇよ……」
脱力感でその場から動けない三人。セレスタを副都へと連れ戻す為に交渉に来たが、この結果では副都で待っている皆に、合わせる顔が無い。
「でも、仕方ないわよね……私達が何を言おうと、何を願おうとセレスタにはセレスタの事情があるんだもんね。結局、六年前と変わらない……変わらず、私は何も出来なかった……」
「誰のせいでも無いですよ……これが、私達の運命だったんです。悲しいですけど、運命には逆らえないんです……」
そこから、三人の会話は止まってしまう。何を話せばいいのか、どんな話題を振ればいいのか、何も思い浮かばない。
重い足取りで、卓斗達は副都へと戻る為に王都を後にした。
――レストランから去ったセレスタ達も、ルシフェル家邸宅へと到着していた。
「セレスタのお友達は、いい人ね。貴方の為を思って行動し、発言してくれる。あの様なお友達は、大事にしなきゃ駄目なんだけど……私の子供でごめんね? 王族に生まれなければ、辛い決断をさせずに済んだのに……」
「何を言うんですか!! 私は、母上の子供で良かったです!! ルシフェル家に生まれて良かったです!! 悪いのは私です……父上に逆らえず、私が弱いが為にまともに友すら守れない……私にも、父上に対抗できる程の力があれば……」
そして、自分を傷付け、友を傷付け、友を失ったセレスタの知らない所で、事態は一変する。
「――お呼びですか、シルヴァ様」
レストランからの帰宅直後、カルナはシルヴァに呼び出されていた。
「カルナ、先程来ていた者はセレスタの友達か?」
「見ておられたのですか?」
「いや、見てはいないが客が来たのは分かってな。どうせ、セレスタに副都へと戻る様に言いにきたんだろう?」
シルヴァの低い声に、カルナは若干の恐怖を感じる。次に出てくる言葉を怖いと感じたのは初めてだった。そして、シルヴァが、
「そいつらを、始末してこい。どうせ、また邪魔をしに来る筈だ。計画を邪魔する奴は、セレスタの友達だろうが関係ない。三人共、殺してこい――」
――副都までの道程が、遠く感じる。ただただ黙って、ひたすら歩いている筈なのに。
そんな卓斗の視線の先に、何か見えて来る。目を凝らして見ると、そこには馬と同じ程のサイズの竜に乗ったカルナが居た。
「カルナさん?」
「シルヴァ様からの命令です。――貴方達を、殺します。悪く思わないで下さい」




