第50話 『ルシフェル家の陰謀』
二日後に行われる、卒団試験の内容が決まった。それは、
――セレスタをルシフェル家から奪還するというもの。
突如として、セレスタの兄であるオルヴァ・ルシフェルが副都へと赴き、セレスタを連れて王都へと帰ってしまった。
セレスタは、そのまま副都を辞める事となり、エレナ達と言葉でぶつかった。だが、納得のいかない卓斗は、王族を相手に連れ戻す事を決める。
そして、それが卒団試験として、ステファが全員に言い伝えた。
「セレスタを連れ戻す……卒団試験……だったら、直ぐにでも追いかけるぞ!!」
「待て、オチ!!」
教室を飛び出ようとした卓斗を、ステファが呼び止めた。
「そう焦るな。計画も無しに動けば、死人が出るぞ。相手は王族だからな。ちゃんとした計画と、ちゃんとした行動をしないと、我々は反逆者扱いされるぞ」
「でもよ……!!」
卓斗の言葉を、エレナが遮る。六年前と同じ過ちを繰り返さない為にも、エレナはセレスタを連れ戻さなければならない。
「まだ二日もあるんだから、慎重に行くわよ。ルシフェル家は、本当に相手にするにはキツイ王族だから」
「エレナちゃんの言う通りです。特に、セレスタちゃんのお父様やお兄様は、例え私達だったとしても、平気で殺しに来ますから……」
エレナやエシリアは、ルシフェル家の事を良く知っている。親達が揉めていた事も、長年啀み合っていた事も。
特に、ルシフェル家の人間は、残虐性が高い事も。
「ルシフェル家って、そんなに危険なのか? 言っても、王族だろ?」
「ずっとそうだった訳じゃないのよ。セレスタの父親が、厄介な人なの。自分が王になる為には、どんな手段も平気で使う。セレスタの兄のオルヴァも、そんな父親の元で育ったから、父親が絶対って思ってて、セレスタだけはそうならないで欲しいと思ってたんだけど……」
「なるほど……恐らくセレスタは、その父親に逆らえないって事か……俺は、あいつの意思で副都を辞めたとは思ってねぇ。その父親が絶対に絡んでる筈だ。父親を説得するしかねぇか」
――ルシフェル家、邸宅。オルヴァとセレスタの帰りを、数十名のメイドが迎える。
「お帰りなさいませ」
寸分の狂いも無く、綺麗に声を揃えて、頭を深く下げる。だが、オルヴァもセレスタも、メイド達を見る事も無く、家の中へと入って行く。
「貴様は、父上の部屋へと行け。俺様も後で行く」
「はい」
セレスタはそのまま、父親であるシルヴァの部屋へと向かった。扉をノックし、中へ入るとシルヴァは、静かに椅子に腰掛けてジッとセレスタを見つめた。
オルヴァと同じく、濃い青色の髪色で、腰までの長さの髪を後ろで束ねて結び、ポニーテールのようになっている。
赤く光る瞳をギラつかせ、三十八歳にも関わらずイケメンだ。
「帰ったか、セレスタ」
「はい。お久しぶりです、父上」
「お前とこうして、一対一で話すのは、随分と久しいな」
セレスタとシルヴァは、二年前のカジュスティン家滅亡の日以来、殆ど話していない。
シルヴァも、大して息子や娘に興味を示さず、セレスタ自身も父親と話したいなど思った事も無い。セレスタの、ルシフェル家での話し相手は、いつだって母親だった。
「副都では、どうだ? 強くなれたのか? ルシフェル家の王妃として、相応しい器になったんだろうな。次なる王になるのは、お前かオルヴァだ。昔からある、邪魔なルールの存在のせいで、俺は国王にはなれん。ルシフェル家を、王都の国王に復活させる為にも、お前には期待している」
「邪魔なルール……国王の後継は、子供世代が請け負うというものですか。国王の息子か娘の歳と、前後五つまで離れた者が、次なる王の候補者となる……同世代での、国王後継が出来ない状況では、父上は国王にはなれないという事ですよね。それで、私や兄上に……」
「あぁ、今の国王はジュディの代理でウォルグだからな。あいつの娘がお前と同じ歳だろ? オルヴァも十八歳で候補者になる資格がある。カジュスティン家が滅亡した今では、ウォルグの娘とお前とオルヴァしか候補者が居ない事になる。実質、二対一だ。流石に、あいつの娘には負けないだろう」
現在のヘルフェス王国の国王は、ウォルグ・エイブリー。エシリアの父親だ。
前国王だった、ジュディ・カジュスティンが滅亡の日に消えた時、代理でウォルグが国王の座に就いた。それは、次なる王の候補者達が、その器に達していなかった為の、特例だった。
ジュディの遺体は、というよりカジュスティン家全員の遺体はどこにも無く、跡形もなく消えていたのだ。遺体が無い状態では、死んだと認められず、後継では無く、代理が執行された。
「エシリアですか……そうですね。実力で、という話なら負けません」
「にしても、代理の国王の娘の分際で、王戦に参加しようとはな、笑わせてくれる。ウォルグは仮の王でしか無い。歴史に名を刻んでるのは、ジュディのままだ。それも、気に食わんがな」
シルヴァは、ルシフェル家が三大王族の中でも一番だと、常に王族の者に伝えていた。カジュスティン家やエイブリー家より、国王にこだわっているのはシルヴァと言える。
「それで、父上。兄上から聞きました……あれを決行成されると」
「ほう、もう聞いたか。なら、話が早いな」
「父上!! 私はあれ程、お辞めくださいと言っていたじゃないですか!! こんな事……ただでは済みませんよ!!」
セレスタの表情は、険しくなっていた。ルシフェル家だけが知る、秘密事項。それが、一体何なのか。
「黙れ、セレスタ。お前に指図される筋合いは無い上に、お前が口答えする権利も無い。俺の計画は、明日実行する」
「考え直して下さい!! 父上!! こんな事をしてしまえば、ルシフェル家の名が廃ります!! ヘルフェス王国を乗っ取って、自らが国王の上に立ち、ルシフェル家以外の一族を国外に追放するなど、度が過ぎてます!!」
「――黙れ、クズ」
その場に、オルヴァともう一人、謎の人物がシルヴァの部屋へと入って来る。
「貴様が父上に意見など、死んでも早い。殺すぞ、ゴミクズ。貴様は、父上に従い、命令を聞き、ルシフェル家の為に、父上の為に生きろ」
「来たか、オルヴァ。それと……」
シルヴァが、オルヴァの隣に立つ、謎の人物へと視線を移す。その人物は、タキシードの様な服を着た老人。
白髪の、肩上までの長さの髪をボサボサのままにし、細い目から、青い色の瞳が見える。
背丈は、180センチ程で、それなりに筋肉質だ。
「シルヴァ様、この度は、我々オルダン騎士団をお仲間に迎えてくださり、感謝します。私、シェイド・ウルバスとオルダン騎士団メンバー全員が、一丸となってシルヴァ様の、お役に立てる様に、活躍してみせますので、どうかよろしくお願いします」
「あぁ、丁度人手を探していた所だ。お前らオルダン騎士団がマッドフッド国を追い出されたのを聞いてから、迎え入れる事は考えていた。国を追い出されても尚、騎士団を名乗るとは、罪深い奴らだ」
オルダン騎士団。それは、マッドフッド国を追い出されても尚、騎士団の名を掲げている騎士団。
そして、その名をセレスタは聞いた事があった。それは、セラが副都に入団する前に、所属していた騎士団だ。
「えぇ、脱退者も増えて、今では数少なくなりましたが、必ず力になってみせます」
「父上、何故、彼らが?」
「セレスタも知ってるだろ? マッドフッド国から追放された騎士団だ。罪を犯し、国を追い出されても尚、騎士団の名を掲げ国を建ち上げようと企んでいる組織。目的が俺達と同じだからな……言うならば、同士という所だ」
シルヴァは、ヘルフェス王国を乗っ取り自らの国へと変えようと企んでいる。そして、同じく国を建国しようと企んでいたオルダン騎士団と手を組んだという事だった。
「以前まで、神器を持った者がうちの騎士団に居たんですが、どうも副都へ入団すると言って、退団してしまったんです。もう一人、腕の立つ青年も居たんですが……」
「構わん。シェイドとオルダン騎士団副団長のゲオ・ウェインの二人でも十分だ。うちには、オルヴァ、セレスタとカルナも居る。戦力としては十分だ。まともに戦えば勝てないが、俺には作戦がある」
「ヘルフェス王国を相手に、作戦ですか。確かに、聖騎士団を相手にまともに戦えば、勝機は低いでしょうな。何せ、あの騎士団には……」
シェイドは、聖騎士団のある人物を脳裏に思い浮かばせていた。『最強』の肩書きに、世界に名を轟かせる人物。――それは。
「グレコ・ダンドール……」
その名前を、知らない者は居ない。知らない者は、強いて言うならば、この世界にまだ深く干渉していない子供くらいだ。
聖騎士団の総隊長を務め、その実力は一人で同時に五国くらいを相手に出来る程。
「あぁ、グレコが相手だと流石にきつい。だが、作戦を実行する二日後、奴はこの国に居ない。総隊長とは、不自由な役職だな」
「成る程、遠征ですか。ならば、聖騎士団で注意すべき相手を考えるのであれば、各部隊長だけという事ですか」
「各部隊長は、大した事も無い。第一部隊のアカサキは除くが、それ以外は、オルヴァやカルナでも勝てる。期待しているぞ、オルヴァ」
シルヴァに期待の言葉を貰い、まるで恋をしているかの様に頬を赤く染めて、深くお辞儀をする。この親子関係は、異常としか呼べない。
だが、終始浮かない表情をしているのは、セレスタだ。シルヴァの計画が二日後に決行されると考えると、気が気じゃない。
「父上、やはり考え直してはくれませんか……王都を敵に回すなど、私には出来ません……」
「――意見をするなと言ったのが分からないのか!! 貴様!!」
突然、激昂してセレスタを殴り飛ばしたのは、オルヴァだ。血の通った妹にもかかわらず、本気で殴り飛ばし、殺意の篭った目で睨みつける。
それを見ている父親も、止める素ぶりも見せない。どう見たって異常な家族だ。それが、王族だとしても。
「次、父上に意見、反論、抗弁、主張、異議、口答えをしてみろ、この剣で貴様の首を跳ねるぞ、セレスタ!! 貴様は、黙って父上の言う通りにしていればいい」
口を切って血を流すセレスタ。悔しさで唇を噛み締め、血を拭い立ち上がり、強くオルヴァを睨み返す。
「何だその目は……? 貴様、俺様に楯突こうというのか? 死んでも早いって言ったのを……忘れたのか!!」
怒りで周りが見えなくなったオルヴァは、そのまま剣を抜き、セレスタに切り掛かる。――その時。
「そこまでです。オルヴァ様」
セレスタとオルヴァの間に一人の女性が割って入り、オルヴァの攻撃を剣で防いでいる。
その女性は、白色ベースの騎士服で青色のマントを付けていて、スカートからは細く綺麗な脚が伸びている。
明るい茶髪を胸下辺りまで伸ばし、毛先が緩くカールが掛かっていて、ピンク色と白色の綺麗な花の髪飾りを付けている。
背丈は、セレスタと同じ程で、華奢な体だがオルヴァの攻撃を簡単に受け止めている。
勇敢な目付きの綺麗な碧眼で、冷静にオルヴァを見つめ、セレスタに言葉を掛けた。
「セレスタ様、シルヴァ様への挨拶は終わりましたよね。でしたら、もう部屋にお戻り下さい。それから、オルヴァ様も剣を収め下さい。王妃様であり、妹様であるセレスタ様に向けてはいけない殺意ですよ」
「そこを退け、カルナ!!」
その女性の名は、カルナ・モーヴィス。歳は十八歳で、長きに渡り、ルシフェル家に仕える一族で、カルナはシルヴァの側近を務めている。
「いくらオルヴァ様の命令でも、退きません。モーヴィス家はルシフェル家に仕える一族。セレスタ様もお守りするのが私の仕事ですから」
「オルヴァ、その辺で止めておけ。作戦を前に、貴重な戦力を失う訳にはいかない」
シルヴァにそう言われ、オルヴァは剣を鞘にしまう。カルナも剣をしまい、
「行きますよ、セレスタ様」
セレスタは、カルナと共にシルヴァの部屋を出る。ルシフェル家の陰謀をセレスタは止める事が出来ず、ただただ悔しさだけが溢れ出る。
「迷惑を掛けたな、カルナさん。親子のいざこざに巻き込んでしまってすまない」
「謝らないで下さい、セレスタ様。それも、私の仕事ですから」
「様は止めてくれ。昔からの仲だろう」
カルナとセレスタは、生まれた時からずっと一緒だった。セレスタの母親はモーヴィス家の生まれで、カルナとセレスタは従姉妹の関係にあたる。
「いえ、セレスタ様はルシフェル家の王妃様ですから。仕える身として、呼び捨ては出来ませんよ」
「だが、歳も二つしか変わらないし、私としてはもっと親しんで貰った方が気が楽だ。昔みたいにな」
「昔みたい……ですか」
廊下を歩く二人。近くて遠い、微妙な距離間の二人。そんな、二人の前に、もう一人別の女性が声を掛けた。
「――帰ったのね、セレスタ」
優しい声色に、セレスタ同様の美しい金色の髪色。腰辺りまで伸びた真っ直ぐな髪で、背丈はセレスタより少し高い。
透き通る様な真っ白な肌に、常に温かな目をしている。――その女性、セレスタの母親だ。
「母上、お久しぶりです」
兄や父親と違い、母親と会うと胸が熱くなり、安心感に包まれる。家に帰ってきても、帰ってきた気がしていなかったセレスタは、やっと実家に帰ってきた気分になっていた。
「セレナ様、お疲れ様です」
カルナが、セレナと呼んだセレスタの母親にお辞儀をすると、セレナは優しく微笑み、
「カルナ、私はカルナの母親の妹なのよ? 様付はしなくていいのよ」
母親であるセレナは、やはりセレスタと似た性格をしている。セレスタにもようやく、安らぎの時間が訪れた。




