第5話 『リンペル国の戦い』
リンペル国へと、蓮を救いに侵入した卓斗達だったが、ガスマスクの男が現れ行く道を塞ぐ。だが、若菜と慶悟がこの場に残り、卓斗、三葉、繭歌、卓也、沙羽は塔の中へと、侵入していく。
しかし、塔の中でもゴスロリの女が待ち構えており、幻覚魔法を掛けられてしまう。卓斗が、見たのは日本に戻り、妹が卓斗の存在を忘れているというものだった。
沙羽により、幻覚は解かれたものの、日本に戻るのが少し怖くなっていた。大切な家族に、忘れられる事がこんなにも、怖いものだとは思ってもいなかった。
「なーに? もう幻覚解いちゃったの? つまんないなー」
ゴスロリの女は、卓也の攻撃を悠々と避けながら話している。
「村の人達は、どこにいる?」
「さーね、教えない」
卓也の質問を、流すゴスロリの女。
「あっそ、なら倒すまでだ。テラ・ダクマ!!」
卓也が、詠唱を唱えると剣を紫色の光が包み込む。
「あら、貴方、闇のテラ? 私と同じ」
人差し指を唇に当ててウインクをして微笑む。ゴスロリの女の余裕な態度に卓也は、苛立ちを募らせていく。
「うざいんだよ、お前」
卓也が、紫色の光を纏った剣を振りかざすと、紫色の斬撃を放つ。ゴスロリの女が、それを剣で防ぐと、大爆発が起きる。
「うおっ!! 凄い衝撃……」
「感心してる場合じゃない。これでも奴は、余裕だろうな。卓斗、三葉、繭歌、ここは俺と沙羽に任せて村人達を探せ」
卓也は、視線を砂埃の立つ方に向けたまま、そう話した。沙羽もすかさず剣を抜き、卓也の隣に立つ。
「はぁ!? 俺達だけで探せ!? もし敵に出くわしたらどうすんだよ!! 戦う事もろくに出来ねぇ俺らで何が出来んだよ!!」
卓斗の言い分は確かである。せいぜい使える魔法はバリアを張る事ぐらいだ。それだけでは、敵を倒す事は出来ない。
副都で、Sランクの称号を貰った繭歌ですらも、戦闘経験は無い。言えば、テラの質や、属性がSランクに値するだけの事だ。
「んあ、その事か……なら大丈夫だ。団長も時期に来る。俺らもこの女を倒して直ぐに駆けつけるし、もう一つ言えば、敵に出くわさず行け。村人達を見つけても下手に動くなよ、俺らが行くまではな」
「無茶言うなよ……」
ここから、異世界に来たばかりの三人で、蓮や村人達を探す。もし、敵に出くわしたら死んだも同然の様なものだ。
「なら、ここに残って代わりに戦うか? 俺か、沙羽と代わっても結局は庇って戦わなきゃならねぇ。それじゃ不利だろ。俺と沙羽なら、連携も取れる時間は掛けねぇ」
卓也の言い分も、一理ある。それでもなお、決断し兼る卓斗の腕を後ろから引っ張られ、振り向くと、三葉がその腕を掴んでいた。
「卓斗くん、行こう!! こうしてる間にも、神谷くんが危ないんだよ? 見つからなければいいだけだから!!」
本当に、こういう場面の女性の強さには、敵わないと心底思う卓斗だった。
「あーもう、分かったよ!! どーなっても知らねぇからな!!」
卓斗が決断したその時、砂埃から、ゴスロリの女が叫んだ。
「行かせないわよ!!」
「チッ、走れ!!」
卓也の言葉をかわきりに隣の部屋へ続く扉に向かって走り出す卓斗達。
「行かせないって……言ってるの!!」
ゴスロリの女が、背中から無数の紫色のエネルギーを卓斗達の走る天井に向けて放った。
「くそ、詠唱破棄も使えんのかよ!!」
エネルギーが天井に当たると、ボロボロと崩れ、卓斗達に降り注ぐ。
「おいおい、やべぇって!!」
――テラ・レイド!!
卓斗の隣から、そう聞こえた瞬間、天井から崩れてきていた瓦礫が、一瞬にして凍っていた。
「凍ってる……?」
「初めて使ったにしては上出来じゃない?」
繭歌が、ドヤ顔で卓斗に微笑んだ。どうやら、繭歌が氷の魔法を使った様だ。
「繭歌……凄いよ!!」
三葉も、驚き繭歌に感心していた。
「詠唱は、教えて貰ってたからね。瓦礫が相手じゃ、加減は要らないからさ楽に使えたよ」
「早く行け!!」
卓也が、後ろから叫ぶ。
「よし、行こう」
卓斗達は、扉を開けて三人で村人達を、蓮を探しに行動する。
「よし、沙羽、直ぐにあいつを倒すぞ」
「分かってるよ、あの子達だけにしとくのは心配だもんね」
ゴスロリの女が、眉間にしわを寄せて卓也達を睨んでいた。
「私を出し抜くなんて、ムカつくわね……まさか、氷のテラを使える子がいたなんてね。貴方達、一体何者?」
「教えねぇよ、おあいこだろ?」
肩を竦めて、嘲笑う卓也。
「まぁいいわ、楽に殺してあげる」
舌で唇を、ぺろっと舐め不敵に微笑む。
ーー塔の外ではガスマスクの男が火の雨を、降らせていて、リンペル国は火の海と化していた。若菜と慶悟は、屋根のある場所へと逃げたが、そこから身動きが取れないでいた。
「団長、どうします? これだけの時間、火の雨を降らせられると考えると、あの男テラ量は尋常ではありません」
ガスマスクの男が、火の雨を降らせ約十分が経とうとしていた。それは、魔法を十分間使い続けているという事。
「そうね、あの右腕を下ろす事が出来れば、止めれる筈よ」
ガスマスクの男は右腕を空に向けて、伸ばしていた。
「私が行くわ」
そう言うと、若菜は全身に光のバリアを纏わせる。そして、ガスマスクの男めがけ走り出す。火の雨は、若菜の光のバリアに触れるとバチッと火花を散らす。
「やっと出てきたか」
ガスマスクの男は左手を、若菜に向けて伸ばす。
「テラ・ファルマ」
火の玉を打ち込むが光のバリアは、それを弾く。若菜は、一気にガスマスクの男との距離を縮め、上げている右腕を掴もうと手を伸ばす、――その瞬間。
「させん」
突然、ガスマスクの男が立っている場所で大爆発が起き、若菜は吹き飛ばされる。地面を転がり、レンガで出来た建物に、ぶつかり止まる。その衝撃で、光のバリアが弱まり薄くなり始める。
「自爆……?」
若菜が、爆発の起きた場所を見やると、ガスマスクの男が悠々と立っていた。自分で起こす爆発は自分へのダメージは無い。その右腕は、いまだ上空へ伸ばされたままだ。
「近づけないのね、いいわ」
ゆっくりと立ち上がり剣を構える。
――テラグラン・カルマ。
「団長、まさか……!?」
慶悟がその言葉を聞くと慌てふためく。若菜の周りの自然テラが白く光り出す。まるで、無数の蛍が飛んでいるかの様で幻想的な光景だった。
「何をする気だ?」
ガスマスクの男も、その光景を見て首を傾げていた。
「一瞬だから、瞬きしないで」
無数の白い光は、若菜の剣に集まって行きその剣を上に向ける。どんどん光は集まり塔の高さと同じくらいの大きさの光の刃を作っていく。
「そんな事、させん!! テラ・ファルマ!!」
ガスマスクの男は、それを阻止しようと火の玉を若菜に向け放つが、火の玉は若菜の近くまで来ると突然、破裂する。
眩い光は、どんどん強まり周りの景色が霞む程だった。そして、若菜は光の剣を、一気に振り下ろす。
「ぐがっ!?」
光の剣が、ガスマスクの男に当たった瞬間、地面が大きく抉られあたり一帯は、爆炎に包まれる。周りにあったレンガの建物も次々に吹き飛んで行く。
――しばらくすると爆煙が消えていく。若菜とガスマスクの男の間の地面には大きな割れ目が出来ており、その左右、十メートル程の地面は抉られ荒れ地と化していた。
若菜の持つ剣の光は消え火の雨も止んでいた。塔の入り口にも傷が出来ており大きくヒビが入っている。
その前に、ガスマスクの男がぐったりと倒れ込んでいる。まるで寝ているかの様に全く動く気配を見せない。
「それを使うなら早く言って下さいよ。巻き添えくらう所でしたよ……」
慶悟が、そう言いながら、若菜の後ろから歩いてくる。若菜は、剣を鞘にしまい「ごめんね」と微笑みながら、
「さ、行きましょう。私達も、卓也達を追うわよ」
――塔の中で、村人達を探す卓斗達は、階段をずっと降りていた。塔には、地下がありまずは、地下から探す事にした。
「今敵に出くわしたら終わりだよな」
「大丈夫でしょ、人の気配はしないし」
卓斗の不安を他所に、繭歌は悠々と先頭で階段を降りていた。
「繭歌って、何でそんなに頼もしいの? 俺がビビってるみたいになるじゃんかよ」
「卓斗くんは、ビビってるよ」
三葉が、すかさずそう言葉を零した。心を抉られた気持ちになった卓斗はとっさに話を逸らす。
「いやー、にしても村人達居ないなー。あと、蓮も何処に居んだろ」
「見事に話を逸らしたね、越智くん。でも、ビビるのも仕方が無いと思うよ。僕達、ついこの間まで普通の高校生だったんだしね」
「別に、ビビっては……」
「でもほんとに自分が、まさかこんな世界に居るとは、夢みたいだよね」
この世界、異世界が存在するなど、誰が信じるのだろうか。この世界へ来るまでの三葉達なら、当然信じない。
「お、ここに通路があるよ」
繭歌の指差す方には階段の途中に、入り口があり別の部屋へと通じていた。
「行ってみよう」
通路を渡っていくが蓮や村人達の気配は無い。むしろ、静か過ぎて逆に不気味なくらいだ。
「この通路の部屋には居なさそうだな。とりあえず、奥へ進むか」
奥へと長く続く通路には幾つかの部屋があったが全く、人の気配はしない。
「あー、敵に出くわしそうな予感が……」
卓斗がそう呟いたその時――、
「――ここで何をしている」
卓斗達が振り向くと全身黒のコートを羽織った外国人風の男が立っていた。
「結局このオチかよ……」
「見るからに、敵だね」
繭歌は、剣を抜き構える。それを見た卓斗が、慌て始める。
「おい!! 戦うのか!? ここは逃げるぞ!!」
「逃げても、結局敵に見つかるよ。なら、ジャパシスタの人達が来るまで戦うしかないでしょ」
繭歌の言葉は、最もだった。ここは、敵の国。何処へ逃げるにしろ、敵に見つかるのは必定だ。
「そうか、逃げないのか。それに、そこの女の服装を見るからに、副都の者だな」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
外国人風の男は繭歌を指差しながら、口を開いた。
「副都の者が、来る様な所ではない。直ちにこの国から去るか、あの世へ逝くか、どっちがいいか選べ。時間をやる」
「悪いけど、どっちも無理かな」
繭歌は、負け時とばかりに悠々と笑顔を見せて、言葉を返す。卓斗も、いつ外国人風の男が動き出すか、固唾を呑んでいた。
「そうか、なら選択肢は一つだ。あの世に送ってやる!!」
外国人風の男は、卓斗達の方に向けて走り出す。
「――っ!! 来た来た!!」
卓斗もとっさに身構えるが次の瞬間、背中を押される様な感覚が伝わる。
「は……?」
自分の力ではなく他者の力によって、卓斗は一歩前へと、足を踏み出す。横目で後ろを見やると、繭歌が笑顔で卓斗の背中を押していた。
「男でしょ、頼んだよ」
繭歌は、そう言葉にした。
「――ちょっと待てぇぇぇぇ!!!」
卓斗は踏み出す足が止まらず、一歩、更にもう一歩と、前に進んでいく。とっさに、前に視線を移すと外国人風の男は、目の前まで迫って来ていた。
「やるしかねぇ……!!」
卓斗は、自然に踏み出していく力に任せ、右腕を思いっきり振りかぶる。
これは、運任せだった。
――だが、運は卓斗に味方した。
「ぐっ!?」
卓斗の振りかぶった右手は、外国人風の男の顔を捉え、そのまま後ろへと吹っ飛んでいく。卓斗の右手にも、かなりのダメージがあった。
「痛って!? 人殴ったの初めてだ……」
「ふぅー、やるじゃん、越智くん」
繭歌は、手を叩きながら笑顔を見せていた。
「お前な!? 今のは上手くいったけどもしかしたら、俺が死んでたかも知れねぇんだぞ!?」
これは、たまたま上手くいっただけだ。一歩遅ければ、もしくは一歩早ければ、やられてたのは卓斗かも知れない。
「今のは、少し痛かったな……」
突然、外国人風の男がゆっくりと立ち上がりながら卓斗を睨み、口を開いた。その口からは、血が垂れている。その血を腕で拭い、手にテラを溜め込む。
「俺のも痛いぞ」
――テラレイン・フーマ。
外国人風の男がそう呟いた。
「越智くん!! 防いで!!」
繭歌が、そう叫んだ。訳が分からず、卓斗は外国人風の男の方に振り向く。
――その瞬間。
卓斗の体を、衝撃が襲い吹き飛ぶ様な感覚が伝わる。
「痛ってぇ……何が起きたんだ……?」
卓斗は、立っていた場所から大分、飛ばされた様だ。隣を見れば、繭歌と三葉も倒れ込んで居た。その衝撃は、普通なら即死レベル並みだったが、卓斗の体に異変は無い。少し、痛む程度だ。
「越智くん……ナイスだよ」
「何が起きたの?」
繭歌と三葉も上体を起こし、三葉は何が起きたのか分からないでいたが、繭歌だけはこの状況が分かっていた様だ。
「敵の魔法だよ、恐らくね。そんな感じがした。目には見えなかったけど、危険な感じがしたんだよ」
「でも、俺ら何ともねぇぞ?」
「それは、越智くんが防いだからでしょ?」
卓斗は、何の事か分からず首を傾げていた。
「もしかして……無意識?」
そう、卓斗はただ振り向いただけだった。だが、その体に傷は無い。しかし、外国人風の男の言葉によって答えは直ぐに分かることになる。
「お前、詠唱破棄も使えるのか……面白い奴だ」
――詠唱破棄。
それは、詠唱を唱える事なく魔法を使う事。
「は? 詠唱破棄? 俺そんな事してたのか……?」
卓斗は、無意識で詠唱破棄のテラ・フォースを使っていた様だ。
「少しは、楽しめそうだな」
外国人風の男は、不敵な笑みを浮かべながらそう話した。
――ゴスロリの女と戦闘中の卓也と沙羽。
卓斗達を先に行かせ、ここは速やかに後を追いたい所だった。
「悪いけど、あんまり時間掛けられねぇんだ。直ぐに終わらせて貰う」
卓也は、剣を構える。
「なーに? 私を簡単に倒しちゃうの? 面白い事言うのね、貴方」
ゴスロリの女は、不敵な笑みを浮かべながら舌で唇をペロッと舐める。
卓也は、沙羽の肩に手を置き口を開く。
「沙羽、連携で行くぞ」
「おっけ、ミスしないでね」
卓斗達よりも前に、この異世界へと飛ばされてきた卓也と沙羽。二人の連携と信頼は確かなものだ。そして、二人は、――同時に詠唱を唱える。
――テラレイン・ダクマ。
――テラレイン・ファルマ。