第46話 『四都祭閉幕』
――シフル大迷宮の最上階では、突然の邂逅に疲れ果てた卓斗、フィトス、ラディス、『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスの能力により、五欲を支配されたヴァリが無気力のままへたれこんで居る。
――否。ハルと名乗る男と、大罪騎士団という組織との突然の邂逅が過ぎ去ったばかりの空間だ。
「唐突な出来事だったね。ハル、という男の言っていた事に信憑性は無いけど、注意すべき人物には変わりないね。そこの所、タクトはどう思っているんだい?」
「あぁ、注意はすべきだろうな。もし、あいつが『世界を終焉へと導く者』って言うなら、恐らくあいつも……黒のテラを扱う筈だ。ちょっと、タイミングが悪いけどな……」
ハルから投げ渡された、トロフィーを眺めながら呟く様にそう話した。大罪騎士団と呼ばれる組織の目的は知る事が出来た。
「で、兄貴よ、本戦はどうするんだ? それどころじゃねぇって感じだけど……俺も、もうやる気はねぇぞ?」
ラディスは、無気力なヴァリを支えながら、そう話した。何はともあれ、今は四都祭の本戦の途中だ。
「そうだね。僕としても、その気は失ったよ。ヴァリもその様子だと、僕と同じだろうしね。――それに、トロフィーはタクトが受け取った。優勝はタクトでいいんじゃないかい?」
「こんなの、優勝って言わねぇよ。でも、仕切り直して別日にするって訳にも行かなさそうだしな……教官達も責任感じるだろうし。今あった事は、まだ公にはしない方がいいかも知れねぇ。混乱させない為にもな」
今日ここであった事は、ここだけの話として決まった。ハル達の存在が、副都や、それ以外の国に混乱を招くかも知れないからだ。
いずれは、世界中で知られる事になるだろうが、その日が来るまでに決着は付けたい所だ。
ともあれ、あれ程の殺気を漂わせる大罪騎士団のメンバー。それに加え、『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスの能力などを踏まえると、あの場に居た全員が特異な能力者に間違いないと、卓斗は思っていた。
実際に、『傲慢』を司る、ヴァルキリアや、『憤怒』を司る、セルケトとは対峙した事はある。能力自体の詳細は分からないが、只者ではないのは確かだ。
そんな異常者達が十人も居るとなると、一人では到底立ち向かえ無いだろう。
それに、三葉達を大罪騎士団と戦わせたくないという気持ちも出てくる。悠利や繭歌ならまだしも、三葉、李衣、蓮は戦闘にはあまり向かないタイプだ。
戦わせるには、大分と危険とも言える。それなりの強い味方が必要だ。となれば、ここに居る三人には、何としても味方に付いて貰いたい所だ。
「なぁ、いずれあいつらと戦うとなった時、手を貸してくれるか? かなり、危険な戦いになると思う。それでも、俺はこの世界を救いたいんだ。お前らは、他国の人間だけど同盟国同士なのには変わらないだろ?」
「俺はいいぜ、兄貴!! 師匠とかにも頼んでみるぜ!!」
「あぁ、エルザヴェートさんが味方なら、かなり助かる。フィトスとヴァリはどうだ?」
ヴァリは、未だに無気力でボーッとしている。相当、ケプリの能力が効いたのか、立つ素ぶりを一切見せない。
ラディスの支えが無いと、座るのもままならない状態だ。だが、口は何とか開けるようで、
「もちろん……ヴァリは……タク兄の味方に……付くっスよ」
弱々しい言葉に、三人は胸が苦しくなる。それと同時に、ケプリの能力が恐ろしいモノだという事も植え付けられた。
「どういう能力だったんだい? 五欲を少し弄ったと彼は言っていたが」
「――何も見えない……何も聞こえない……何も触れない……何も臭わない……とても、苦しかったっス……そしたら、『無』だったヴァリの欲望が、自我が抑えられない程に……欲していたっス……見たい、聞きたい、触りたい、臭いたい、食べたい……でも、その声は、願いは言葉に出せなかったっス……怖くて……寂しくて……ヴァリは、あんなの……もう……」
ケプリの能力が、とんでもなく悪辣だった事を知り、卓斗とラディスは怒りが込み上げてきた。
「姉ちゃん……あいつは、俺が絶対に倒すからよ」
「そうだね、その時は僕も戦いに参加するとしよう。どれ程、僕を楽しませてくれるのか、興味が湧いてきたよ。それに、僕かタクトが向こう側に付く可能性もない訳じゃ無いからね」
「呑気な事言ってんじゃねぇよ……ともあれ、フィトスも協力してくれんだな?」
その問いに、フィトスは悪戯な笑顔を見せて頷いた。
「――とりあえず、副都に戻るか」
「ほら、姉ちゃん、立てるか?」
ヴァリは、首を横に振ると、ラディスはヴァリをおんぶする様に担ぐ。最上階の入り口を出ると、螺旋に階段が続いていた。
その途中に部屋などの空間は無く、最上階だけに部屋という空間がある形だ。
「うっわ……これ何段あんだよ……」
思わず、ラディスはそう言葉を零した。この塔は、見た感じ百メートル程はあった。それから予測すれば、段の数は計り知れない。
「僕達を最上階へは、どうやって運んだんだろうね。そういった所も気になるね……」
「さっさと降りるぞ。ラディス、疲れたら言ってくれ、代わるから」
「大丈夫だぜ、兄貴!! 意外と姉ちゃん軽いからよ」
ともあれ、この階段を登るよりは降る方がまだ楽だろう。それでも、時間は掛かるが。
三十分程すると、塔の入り口が見えてくる。外に出れば待ち構えているのは、シフル大迷宮の大迷路だ。
「くそ、帰りもやっぱこの大迷路を通らないと駄目か……」
それに、ここには魔獣が住み着いている。テラが使えない卓斗達にとっては、強敵だ。
それでも、帰るには通らなければならない。意を決して、大迷路の中へと入る。――だが。
「――あれ? 魔獣居なかった……?」
一時間程すると、大迷路の出口へと辿り着いた。その道中、魔獣に出会す事は無く、呆気なく出口まで辿り着けた。
「どーなってんだ?」
「まぁ、居なかったのなら、ラッキーじゃないか。到底、勝てる気がしないからね」
シフル大迷宮から、副都までの道程は片道二時間程だ。その間も、ヴァリはラディスにおんぶされ、シフル大迷宮から離れるとテラも使える様になり、フィトスは杖に腰掛けてふわふわと飛行している。
卓斗の手には、本戦での優勝トロフィーがあるが、不本意な形での優勝となる事に、卓斗は納得がいかない。
「はぁ、本戦の途中でのあいつらとの邂逅って、タイミング悪過ぎんだろ……そんな場所を選んだステファさん達にも問題があるだろうけどさ」
「でも、シフル大迷宮が大罪騎士団のアジトとして使われていた事は、恐らく、副都の教官達も分かって居なかった筈だよ。逆に、知って尚も、シフル大迷宮を本戦会場として選び、僕達と彼らの邂逅も知っていたとしたら、恐ろしい事だけどね」
フィトスの言い分も分からない訳では無い。仮に、ステファやオルドが大罪騎士団と繋がっているという可能性もない訳では無い。
だが、もしそうだとすれば、その真意が分からない。何の目的があり、大罪騎士団と会わせたのかが。
そもそも、そこを信じたくは無いのだが、ステファはこの副都での生活から見て、大罪騎士団と繋がってる黒幕には思えない。
可能性として挙げるのであれば、四都祭の件が始まるまで、姿を見せなかったオルドだ。見た目からしても、黒幕だったと言われても納得がいく。もしそうだったとしても、その真意も分からないが。
「いや、その線はほとんど無いと見ていい。ステファさんやオルドさんが、俺らを大罪騎士団と会わせる理由が見つからない。それに、本戦の代表者を決めたのは、俺達自身だ。もしかしたら、違うメンバーで本戦が行われてた可能性だってある」
「だが、もし、その代表者が僕達になると分かっていたら? もしくは、そうなると誘導されていたとしたら?」
「――お前……」
フィトスの考えに、不覚にもゾッとしてしまった。仮に、その線があるとすれば、とんでもなく恐ろしい事だ。
「少なくとも、可能性の話だからね。真に受けなくてもいいんだよ。事は事だ、考える範囲も広く無いと、足元を掬われ兼ねないからね」
「まぁ、ステファさんに限って、そんな事は無い。もう三ヶ月以上も一緒に居て、何と無くだけど分かる。それだけわ。オルドさんの方は、そう言い切れねぇけど……」
ともあれ、二人が大罪騎士団と繋がっている可能性は、かなり低いと結論付けた。
「――となると、気になるのは、ハルって奴が言ってた、遅かれ早かれ会う事は決まっていたって言葉だよな……あれは、どういう意味なんだ?」
「その、『世界を終焉へと導く者』というのが、彼ならば、その時を決行する際に僕達と出会うという意味じゃないのかな。そうじゃないとすれば、僕達と彼らに何らかの関係がある……」
何よりも謎なのは、ハルという謎の人物だ。彼の言う言葉には、何の信憑性も無い。だが、それを眉唾だと思わせないのは、彼の存在感と威圧感が尋常では無かったからだ。
今までに会った事の無い程のその存在感や威圧感。『世界を終焉へと導く者』と言われても、思わず納得がいってしまう程だ。
「関係がある……あいつは、俺らの何を知ってるって言うんだ……」
「まぁでも、会ったばかりの君達と、結束を結べたのは大きい事だよね。この四都祭での、君達との出会いは意味の無い事では無い。これからも、末永い付き合いを期待しているよ。まぁ、僕とタクトは世界の敵になる可能性もあるかも知れないけどね」
「お前さ……そんなネガティヴな事考えんなよ……俺は、絶対に『世界を終焉へと導く者』にはならねぇから。だから、お前も絶対になるんじゃねぇぞ。そんな理由で、お前と戦いたくねぇからよ」
話を聞いていた、ヴァリをおんぶするラディスも卓斗を横目に見ながら、
「――兄貴も一緒だ。俺も、そんな理由で兄貴と戦いたくねぇぞ。仮に、そうなってしまったら、俺がこの手で兄貴を、楽にしてやるけどな」
「ヴァリも一緒っス……その時は、タク兄の大事な仲間を、その手で傷付けさせない為に……ヴァリが、力を振るうっス……」
二人の言葉に、どこか安堵してしまっている自分がいた。もし、自分がそうなってしまった時、大切な仲間を傷付けてしまうかも知れない。
そうなる前に、ヴァリやラディスに止めて貰えるなら、本望だ。
「人の事言えないね、タクト。彼らの言葉に安堵してるのが、バレバレだよ。僕も、そうなってしまった君と戦うのは御免だよ。君とは、ちゃんとした状況、状態で戦いたいからさ。友として」
「友として……か。俺らは、友って呼び合っていいのか? まだ会ったばっかだぞ?」
「兄貴!! それを言ったらお終いだ!! 会ってすぐだとか、関係ねぇだろ!! 俺らには、同じ目的があるだろ? あいつらからこの世界を守るって目的がよ。だから、信じてるぜ、兄貴と、銀髪の兄ちゃんが、俺らの敵にならないって事」
ラディスの言葉に、思わず卓斗とフィトスは笑顔を見せた。そして、決意した。『世界を終焉へと導く者』では無く、『世界を終焉から守る者』になると。
――日も暮れ、綺麗な夕日がレディア高原をオレンジ色に染めていた。シフル大迷宮を出て、二時間程歩き、ようやく副都へと到着した。
すると、入り口に入ってすぐの広場では、ステファ達が卓斗達の帰りを待っていた。
「――お、帰って来たか、お前達!! どうだった、シフル大迷宮は」
卓斗は、シフル大迷宮での出来事を含めた上で、
「かなり性格が悪いって、ステファさん」
卓斗の返事に、ステファは笑って、
「あははは、そうだな。あそこは、テラが使えない上に、気が遠くなる程の大迷路と、気が失せる程の螺旋階段があるからな。競争と、言うには少し、意地悪だったか。ともあれ、優勝トロフィーを持ち帰ったのは、オチだったか。ならば、優勝はオチ率いる、副都Aチームだ!!」
広場には、歓声を挙げる副都のメンバーが見えた。三葉達にエレナ達、悔しがる他国のメンバーも。
だが、その優勝を喜び合えないのは、卓斗達だ。不本意な形での優勝となってしまったからだ。
「素直に……喜べねぇな……」
そう呟いた卓斗の肩に、フィトスは優しく、笑顔で手を置いた。ラディスもヴァリも、同じく笑顔を見せる。
――シフル大迷宮での出来事を、何も知らない者達の歓喜が副都に響いた。こうして、四都祭は終わりを告げた。




