第44話 『邂逅』
――何も見えない。
――何も聞こえない。
――何も感じない。
――息をしているのかも分からず、手や足を動かせているのかも分からない。この感覚が、気持ちいいのか、気持ち悪いのか、それすらも分からない。ただ一つ、分かるとすれば、
――死んだんだ。オチ・タクトの物語はここで終わったんだと。
その時、何も見えない、何も聞こえない、何も感じない筈なのに、光が見え、聞いた事のある透明感のある声が聞こえ、温もりを感じる。
――君の物語は、まだ終わっていないよ。
「――ぶはぁっ……!! フィオラ……?」
体の中に、空気が流れ込んでくる感覚、薄っすらと見える何人かの人影、手や足が動いている感覚、そして再び、また違う誰かの声が聞こえる。
「――四人が四人共、俺の幻影を解いたか」
ボヤけた視界がはっきりと見えてくると、見覚えのない空間、見覚えのない人物が視線の先に居た。
「やっと起きたか、タクト」
「タク兄、無事っスか?」
「兄貴、なかなか起きなかったから心配したぜ」
卓斗の隣には、フィトス、ラディス、ヴァリが並び立って居た。辺りを見渡すと、薄暗くかなり広い部屋に居る事が分かった。
「ここは……」
すると、見覚えのない人物が口を開いた。
「ここは、塔の最上階だ。貴様らが欲しいのはこれだろう?」
謎の人物の隣には、トロフィーが置いてあった。まさしく、四都祭の優勝トロフィーだ。困惑する卓斗にフィトスが、
「イマイチ、状況が理解出来ないみたいだね、タクト。だが、それは僕達も同じだよ。二手に分かれた後、突然、暗闇を彷徨ってね。気付いたらここに居たんだ」
ラディスとヴァリも、頷いていて少なくとも、生きているという事だけは分かった。だが、何故突然として塔の最上階に居るのか、目の前に居る謎の人物は一体何者なのかは、分からない。
「お前、誰だよ。四都祭を邪魔して、何が目的だ」
――謎の人物は、真っ黒なコートを着ていて、フードを深く被っている。口元までしか見えないが、声で若い男性と分かった。石で作られた椅子の様な物に腰掛けているが、足は細長く背が高いのも分かった。ズボンも黒で見た目は完全に怪しい人物だ。
「邪魔、か。貴様らの戯れを俺が邪魔をしているというのか……貴様、それは傲慢過ぎではないか? まぁいい、俺の幻影で死んだと錯覚し彷徨い続けさせようと思ったが、全員が幻影を解いた褒美に教えてやる。貴様らが俺のアジトに邪魔している、それを弁えろ」
その、異様な存在感に卓斗達は只ならぬ恐怖を感じる。声を聞くだけで、命を削られている様な感覚で、嫌な感じだ。
「お前のアジト? って事は、お前からそのトロフィーを奪うってのが、本当の本戦って事か」
「一つ、勘違いしてないか? 貴様らの戯れも、このトロフィーも俺には関係ない。勝手にこの場所を選び、俺のアジトを使っている。それだけの話だ」
四都祭と関係が無いと言うのなら、この人物とは一体何者だろうか。
「お前は一体、誰なんスか? 名前を答えるっス」
「名前か……そうだな、ハルとでも呼ぶがいい。遅かれ早かれ、貴様らとは出会う運命だったんだがな。丁度いい、挨拶といこうか」
そう言って、ハルと名乗った人物は指をパチッと鳴らす。すると、その場の空間が歪みだし、大きな机とそれを囲む九人の人間が透明な揺らめきと共に現れた。
「――紹介しよう、我が大罪騎士団のメンバーだ」
ハルが紹介したのは、大罪騎士団と呼ばれる謎の組織だった。九人全員から只ならぬ殺気を感じ、思わず息を呑んだ。
そして、卓斗の視界に見知った人物が二人椅子に座って居たのが見えた。それは――。
「この間ぶりだね、お兄さん?」
「お前の事、覚えてるよ、ムカつく」
一人は、神器グラーシーザを扱うヴァルキリア。もう一人は、溶岩のテラを扱うセルケトだった。
「お前ら……!?」
「何だよ、兄貴知り合いなのか?」
この二人とは、二度に渡って対峙している。どちらも、勝ったとは言えない結果だった。
「あぁ、とんでもねぇ程、強い奴らだよ……」
「ヴァルキリア、セルケト、貴様らもう出会ってたのか? 話が早いな」
「一応、ファルフィールお兄ちゃんも出会ってるよ。きっと、覚えて無いと思うけど」
ヴァルキリアに名を呼ばれ、机に上体を預けて寝ていたファルフィールが顔だけを起こして、卓斗達の方を見やる。
フィオラの秘宝を捜索に、グラファス峠に行っていた悠利達とヴァルキリアとセルケトは対峙していた。その後、卓斗やエルザヴェート達も駆けつけ、最後はファルフィールが現れヴァルキリア達を迎えに来ていた。
その時、卓斗はこの男を見ていた。だが、ファルフィールは目を細め、凝視するが、
「いいや、覚えてねぇわ。ヴァルキリアと同じガキしか覚えてねぇよ。ってか、なにこの状況……まさか、こいつらと戦うの? 面倒臭いんだけど」
「寝ているから、話を聞き逃すんだ。俺は言ったろ、紹介しようって。そうだな、貴様らが俺らの目的を知りたがっていたな。紹介がてら、特別に教えてやる。まずは……」
ハルの、とてつもない威圧に、卓斗達は言葉が発せられない。恐らく、紹介を途中で邪魔されぬ様にしているのであろう。
ハルが、誰から紹介しようか決めようとした時、ヴァルキリアが椅子から立ち上がり、
「じゃあ、知り合いの私からでいいかな。私は『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルド。お兄さんは、二回程会った事あるけど、後の三人は初めましてだよね。あ、ちなみに私はまだ十二歳だから、今後はお手柔らかにお願いね?」
――『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルド。十二歳の少女で、背は140センチ程で、大罪騎士団の制服となる、半分白色、半分黒色の騎士服を着ている。スカートの丈は膝上で黒のニーハイソックスを履いている。
綺麗な水色の髪色で長い髪をお団子ヘアで結んでいて、横髪は垂らしている。白がかった桃色の瞳をしていて、顔立ちも将来有望とも言える程に可愛い。
「はい、次はセルケトお姉ちゃんね」
ヴァルキリアに言われ、セルケトは渋々立ち上がると、殺気を込めて、
「僕は『憤怒』を司る、セルケト・ランイース。お前達ムカつくから、今すぐにでも殺したい」
――『憤怒』を司る、セルケト・ランイース。身長は160センチ程で、華奢な体つき。女性だが、男性用の大罪騎士団の制服を着ている。
黒髪ロングで、整えていなくボサボサ頭。鋭く、尖った様な目付きで、黄色の瞳をしている。
「セルケトお姉ちゃん、ちゃんと年齢も言わなくちゃ駄目だよ? セルケトお姉ちゃんは、二十歳だね。じゃあ次は、一応知り合いの、ファルフィールお兄ちゃん」
ファルフィールは、机に上体を預けたまま、顔だけを起こして気怠そうに、
「俺? 面倒臭いな……それに、俺は知らねぇって言ってんじゃん。ったく……俺は『怠惰』を司る、ファルフィール・オルルカス。面倒臭いから、俺以外の人に殺されてくれよな。あ、歳は十七」
――『怠惰』を司る、ファルフィール・オルルカス。十七歳の男性で、身長は193センチ程で、モデル体型の様にスラっとしている。大罪騎士団の制服を着て、首元には黒色のファーを付けている。
黒髪の無造作な髪型で、眠たそうな目付きに、右目の目尻にはホクロがある。赤黒い瞳をしているが、顔立ちはかなりイケメン。
「うん、後は、私から刻の回りでいいんじゃない?」
ヴァルキリアがそう言うと、
「じゃあ、次はうちか。うちは『嫉妬』を司る、ルミナ・フォードラス。十八歳。喧嘩なら誰にも負けない。うちより強いとか、絶対に許さないから」
――『嫉妬』を司る、ルミナ・フォードラス。十八歳の女性で、身長は160センチ程、大罪騎士団の制服を着ていて、スカートの丈は膝上。
くるぶしまでの靴下を履いていて、脚は少し筋肉質。顔は、真っ白な仮面を付けていて、表情などは見えない。赤色の髪色でショートボブの髪型。
「俺は『暴食』を司る、イグニール・ランヴェル。お前らの中だと、そっちの桃髪の嬢ちゃんがお気に入りだな。俺は、強い女が好きでよ、そんな強い女が、男である俺に負かされ、悔しむ顔を見た時は、ゾクゾクするよなぁ。歳は十九だ」
――『暴食』を司る、イグニール・ランヴェル。十九歳の男性で、身長は180センチ程。大罪騎士団の制服を着ていて、上着の裾はへそより上の短ランの様な形。そこから見えるお腹は、かなりの筋肉質だ。
目付きは悪く、犬の牙の様な八重歯が見えている。赤色の髪色で、ロングヘア。左目は前髪で隠れていて、紫色の瞳をしている。
「次は私、『強欲』を司る、ケプリ・アレギウス。歳は二十二」
――『強欲』を司る、ケプリ・アレギウス。二十二歳の女性で、身長は155センチ程。大罪騎士団の制服を着ていて、ワンピースの様な形で、裾は膝上。
髪色は半分水色で、半分が桃色のショートボブの髪型。タレ目で、おっとりしていて、右目は赤色の瞳を、左目は青色の瞳をしている。二十二歳にも関わらず、容姿はヴァルキリアと変わりないくらいの童顔。
「続いて、私ですね。私は『色欲』を司る、コペルニクス・ファイルドと申します。皆さん、お若くて羨ましい限りですね。あまり、年齢は言いたくないので、ご了承下さいませ」
――『色欲』を司る、コペルニクス・ファイルド。年齢不詳の女性で、身長は163センチ程。今にも折れそうな程、華奢な体つき。大罪騎士団の制服を着ていて、体のラインがわかる様なドレスの形。
金色の髪色で、腰上程までの長さのストレートヘア。碧眼で妖艶さ漂う目をしている。
「私ですか……私は……『憂鬱』を司る……ウルテシア・ヴァルディ……歳は……十九歳……結界の中に……居る事については……触れないで……下さい……」
――『憂鬱』を司る、ウルテシア・ヴァルディ。十九歳の女性で、身長は160センチ程で、細身。大罪騎士団の制服を着ていて、裾が足元の長さのロングワンピースの形。
真っ白な髪色で、腰程の長さで、緩くふわっとしている。左側の横髪を三つ編みにして垂らしている。常にアンニュイな目付きで、紫色の瞳をしている。何故か、全身を結界が包んでいた。
「あははは!! 最後は、イシュタムの番!! 『虚飾』を司る、イシュタム・デミウルゴス!! この世は、イシュタムによる、イシュタムの為だけの世界!! 偽りなんて存在しない、イシュタムだけの本物の世界!! 歳は『憤怒』ちゃんと一緒!!」
――『虚飾』を司る、イシュタム・デミウルゴス。二十歳の女性で、身長は153センチ程。大罪騎士団の制服を着ていて、ゴスロリの様な形。
腰程まで伸びた長い髪で、緩くふわっとしていて、綺麗な桃色の髪色で、毛先に行くにつれて徐々に青色に変色している。透き通る様な碧眼で、ジト目だが表情は豊か。
「これが、俺の大罪騎士団のメンバーだ」
ハルが両手を広げて、自慢げにそう言葉にし、大罪騎士団の紹介が終わった。その途端、卓斗達に掛かっていた威圧が解け、ようやく口を動かせる様になる。
「完全悪役な君達が、ご丁寧に自己紹介とは面白い光景だね。それに、大罪騎士団? 聞いた事ない組織だね。君達の目的は何だい?」
フィトスは、あくまで冷静な対応だった。突然、現れた大罪騎士団に困惑しつつも、それを押し殺し、冷静に状況を見つめる。
「目的……か。流石に全てをベラベラと喋るつもりは無い」
ハルはそう言ったが、卓斗は何となく分かっていた。以前、ヴァルキリアとセルケトと対峙した時に、エルザヴェートとヴァルキリアの会話は聞こえていた。
大罪騎士団の目的は、フィオラの秘宝だという事を。何故、フィオラの秘宝を狙うのかは分からないが。
「お前らの目的は、フィオラの秘宝だろ」
その瞬間、フードで目は見えないが、ハルに睨まれているのが卓斗には何となく分かっていた。そして、シフル大迷宮に向かう途中で、フィオラの秘宝について話していた、フィトス達も驚いた表情をしている。
「フィオラの秘宝を狙って、何をする気なんだよ」
「貴様……知っているのか。いいだろう、それも特別に教えてやる。俺達の目的の為に、フィオラの秘宝を見つけ、壊す。あれは、俺達の邪魔をする存在だ。フィオラの秘宝は必ず壊す」
「邪魔をする存在……まさか!!」
卓斗は、頭の中で何かの合点がいった。一番恐れていた事であり、一番自分と関わりがある事。そんな卓斗の思考と答え合わせをするかの様にハルは、
「――世界を終焉へと導く為にな」
十人十色の殺気が漂う異様な空間、静まりかえったその空間で、ハルの言葉だけが響き渡った。




