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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第ニ章 『副都』
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第43話 『シフル大迷宮』



「なんて……でかさだよ……シフル大迷宮……!!」



 卓斗の視界に映ったシフル大迷宮。半径三キロ程にも及ぶその大きさに、度肝を抜かれた。塔までの距離、約三キロ。しかもそれが、迷路だと思うと気が失せる。


「うへぇ……凄いっスね……」


「なんじゃこりゃ……」


「ほう、これがシフル大迷宮か」


 他の三人も同じく、シフル大迷宮の規模の大きさに思わず息を呑んでいた。塔までの道程に屋根の様なものは無く、三メートル程の壁が建ち、塔まで入り組んで通路が続いていた。


「とりあえず、入り口まで行ってみるか」


 丘を下り、シフル大迷宮の入り口の方に歩いて行く。すると、突然フィトスが足を止めて、


「皆、気付かないのかい?」


「ん? 何がだ?」


 フィトスは、目を閉じて手を翳している。卓斗達は、何をしでかすのかと、緊張が走った。まさか、ここで卓斗達を倒して、一人で塔へと向かおうとしているのかと思ったが、フィトスは目を開けると、


「――ここから、自然テラの純度が全く無い……」


「は……? 自然テラ?」


 自然テラとは、この世界の大気中に充満しているテラで、人間の体にある体内テラと上手く調和させる事によって、強力な魔法などが使える。

 体内テラさえあれば、魔法は使えるが、自然テラを上手く使いこなせる様になれば、魔法の威力を上げ、体内テラの消費量も抑える事が出来る。


 それと逆に、自然テラのみを消費して使う魔法や能力も存在していて、例えば、セラの神器シューラ・ヴァラや、ヴァルキリアの神器グラーシーザは自然テラを使って具現化させている。言わば、自然テラが鞘の様な物と言っていいだろう。

 そして、フィトスの杖に腰掛けて浮いているのも自然テラのみを用いた業だ。そんな自然テラが、シフル大迷宮の近くに行くと全く無いと、フィトスは言うのだ。


「自然テラが無いっスか……よくよく意識してみれば、確かに無いっスね」


「それと、自然テラだけで無く、体内テラも感じない……」


 その言葉は、信じ難い事でありえない言葉だった。卓斗達もさすがのその言葉には、驚きが隠せない。


「体内テラが感じない!? そんなのおかしいだろ!!」


 この世界の人間は大きく分けて二つ存在する。生れながらに体内にテラを宿した人間と、生れてからも体内テラを宿さない人間。

 生れながらに体内テラを宿す者は、必然として騎士や魔法使いといった職業に就くが、体内テラを宿さない人間は民間人と言って魔法などは一切使えない。畑仕事や、商業といった職業に就く。


 だが、例外として成長過程の途中で突然として体内テラを宿す者も存在する。その存在は稀だが、現に日本から飛ばされた卓斗達はこの例外に該当する。


「無くなった訳じゃないよ。機能が停止している、と言った所かな。意識を集中してみれば分かる筈だよ。魔法を出す事も、何も出来ない。今の僕達は、民間人と同類だよ」


 フィトスにそう言われ、卓斗は黒刀を作ろうとするが、作る事は出来なかった。ラディスやヴァリも同じく、何かしらの魔法を行おうとしたが、結果は卓斗と同じだった。


「ここは一体、何なんスかね~~。自然テラも無い、体内テラも使えない、誰が何の目的でこれを建てたのか謎っスよね」


「あぁ、テラを使えなくする意図が読めない……あの塔には一体何があるんだ……?」


 卓斗達は、シフル大迷宮の入り口に並び立ち、中へと足を踏み入れる。同時に入った瞬間、四都祭の本戦が開始された。


「よっしゃああ!! テラが使えねぇとか関係ねぇ!! 走って塔まで行けばいいだけだ!!」


 ラディスは、入り口に入って直ぐに左の通路へと走り出す。そんなラディスを見て、ヴァリもすかさず追いかける。


「あ!! 抜け駆けはずるいっスよ!!」


 卓斗とフィトスは、未だに入り口から一歩も動かない。むしろ、走って行ったラディスとヴァリに対して、呆れていた。


「あいつら、こんな大迷路で走っても疲れるだけだろ……正直、塔まで辿り着くのは運でしかねぇな……」


「じゃあ、僕達も行こうか。二人は左の通路へ行ったから、僕達は右の通路へと行くとしよう」


「何で一緒に行く前提で話してんだよ。これは、本戦だぞ? 俺とお前は味方じゃねぇ」


 そもそも、本戦は優勝トロフィーを一番に手にし、シフル大迷宮から出る事がルール。つまり、競争となる。


「連れない事を言うね。競争は塔に辿り着いてからでもいいと思うけど? さぁ、僕達も早く行こうか」


 歩き出すフィトスの後ろを、卓斗も渋々歩き出した。卓斗とフィトスは入り口から入って直ぐの右の通路へと進んだ。

 こうしていると、本戦という気が全くしない。何故、相手である人物と共に歩いているのか。卓斗の心情はどこか複雑だった。


 通路をしばらく歩くと、突き当たりに到達し、そこから左へと曲がる。すると、フィトスが突然足を止め、卓斗は思わずフィトスの背中にぶつかる。


「痛っ!? 急に止まんなよ!!」


「タクト……」


 卓斗はその声に違和感を覚えた。どこか強張った低い声色だった。不思議に思い首を傾げるが、フィトスが足を止めた理由が直ぐに分かる。



「――っ!?」


 そこにあった光景、それは。



 ――身長二メートル程、屈強な筋肉をし、緑色の肌色、赤い目で睨みを利かせ、鋭い牙からヨダレを垂らしている。まさしくそれは、巨大ゴブリンだった。


「魔獣……!? ここ、魔獣いんのかよ……!!」


「ここには、テラが存在しないからね。それに、テラも使えないとあっては、彼らを討伐する手立ても無い。彼らには住みやすい場所なのかもね、シフル大迷宮とは」


 そして、フィトスの声色が強張っていた意味も理解する。ここではテラを使用する事は出来ない。つまり――。


「俺らじゃ、魔獣を倒せねぇ……」


「残念ながら、僕は素手での戦闘能力は皆無に等しいからね。ここに魔獣が居るとなれば、君頼りになってしまうんだが、君はどうなんだい?」


「生憎、俺も皆無だ。素手での喧嘩なんかほとんどした事ねぇし、人間相手ならまだしも、魔獣が相手となりゃ勝てる気がしねぇ。絶対に死ねる自信がある」


 絶対に死ねるという、卓斗の根拠とはゴブリンの持つ武器が視界に映っているからだ。人の骨など簡単にへし折ってしまいそうな程に、太くて頑丈な棍棒を手にしている。

 卓斗は、黒のテラで黒刀を作りだし戦う為、普通の剣は携えていなかった。防御魔法も使えない状態で、屈強なゴブリンに立ち向かうのは無謀だ。卓斗は意識を、視線をゴブリンから離さず、言葉を続け、


「って事で、俺は逃げるぞ、フィトス」


「うん、僕も同行するよ」


 二人は、ゴブリンの様子を伺いながら、ここぞのタイミングで来た道の反対方向へと走り出した。その瞬間、ゴブリンは汚く、荒い雄叫びを上げた。

 来た道を戻って走る卓斗とフィトスには、後ろからゴブリンが追いかけて来ているのが分かる。ドスッドスッと重くて鈍い足音が聞こえていてるからだ。


「チッ!! やっぱ追いかけて来るか……!! あんなんに捕まって捕食されるとか、マジで勘弁だからな!! 俺の異世界物語が、こんなバッドエンドでいい訳ねぇ!!」


「君の言っている意味は分からないけど、ここで終わるのは僕としても具合が悪いかな。それに、魔獣の中でも下級に値するゴブリンに殺されるのは、魔法使いとして恥を晒す事になる。それだけは、避けたいね」


 入り組む通路を、ひたすら走る。右に左に、ゴブリンを巻く様に全力で走るが、人間とゴブリンでは走るスピードが違う。一向に巻く事が出来ない。


「くそ……!! しつけぇ、ぞ!! ハァ……ハァ……!!」


「ハァ……ハァ……!! タクト、そこで二手に分かれよう!!」


 走る先の突き当たりで、右と左に通路が分かれている。卓斗は、頷き、二人は一斉に別の通路へと進んだ。

 こんな、大きな大迷路でゴブリンと追いかけっこなど、テラの使えない卓斗達にとっては、あまりにも不利すぎる。ここは、何としても早く塔へと辿り着かなくては、身の危険だ。


 そんな、卓斗の耳には、ゴブリンのあの重くて鈍い足音は聞こえていなかった。足を止め、息を切らしながら振り向くとゴブリンの姿は無かった。


「ハァ……ハァ……フィトスの方に、行ったのか……」


 結構な距離を全力で走った為か、壁にもたれかかる様に座り込む。膝小僧が笑い、力が全く入らない。それに、フィトスの方が心配だった。

 華奢な体つきから見て分かる様に、卓斗より体力が無い筈だ。ゴブリンは、それを見切っていたのかフィトスを追いかけて行った。


「って、なんで心配とかしてんだよ、俺……今は本戦中でフィトスは相手だ。――でも、ステファさんは何でこんな所を本戦の会場に選んだんだ……? 下手すりゃ死ぬぞ……」


 テラも使えない、魔獣も住み着き、一度入れば簡単には出る事の出来ない場所、シフル大迷宮。その様な場所を会場に選んだ事に対し、少し苛ついていた。

 死と隣り合わせの本戦は、予選よりも遥かにぶっ飛んだ内容だ。死んでしまえば、全てが終わる。ならば、いっそのこと誰かが早く優勝トロフィーを持って来ないかと期待すらもしてしまっていた。

 下手に動けば、先程のゴブリンに出会す可能性もある。今度は逃げ切れる自信など全く無い。


「ったく……生きて帰れたら、問い詰めてやるからな……それより、フィトスの奴、大丈夫かよ……」


 その時、突然右側から視線を感じ、その方向を見やる。その瞬間、全身の身の毛がよだつ。


「マジかよ……」



 ――卓斗の目の前に居たのは、ゴブリンだった。だが、卓斗が戦慄したのは、ゴブリンが居ただけの理由じゃない。

 現れたゴブリンの肌の色は青色で、先程出会したゴブリンとは別の魔獣という事だ。


「まさか……何匹も居んのか……? いや、何となく予想は出来てたけど、これは、笑えねぇぞ……」


 すると、今度は青色のゴブリンの背後から赤色のゴブリンも姿を現した。二体目の登場に、卓斗の表情はどんどんと引き攣っていく。

 まさしく、絶望と呼ぶしか無いだろう。先程の逃走劇で未だに足は言う事を聞かない。立とうとすれば、ガクガクと震え尻餅をつく。


「おいおい……マジで笑えねぇって……何で普通の剣さえ持っとかなかったんだよ、俺……」


 屈強な体つきな二体のゴブリンは、何の抵抗も出来ない卓斗へ歩み寄る。望んでる訳でも、諦めた訳でもない筈なのに、死を感じる。

 ――目の前へとゴブリンが立ち、棍棒を大きく振りかぶる。目前に迫る死に、卓斗は思わず笑ってしまった。笑えないと、自分で言ったばかりにも関わらず、笑いが零れる。


 三葉達や、エレナ達の顔が走馬灯の様に浮かぶ。これまでの出来事、日本での記憶、そして、昨日の夜の三葉達との約束の言葉も。




『世界を救ったら、日本に帰ろ?』




「ははは……冗談じゃ……ねぇ……」


 その瞬間、ゴブリンは人の骨など、簡単に折ってしまう程の太くて大きな棍棒を、頭目掛けて縦に振り下ろし――。




 ――卓斗の視界は、真っ暗闇に染まる。




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