第39話 『追憶』
卓斗とフィトスは、どちらから仕掛けるか伺いながら睨み合っていた。とはいえ、卓斗は黒刀を使わずに勝てる見込みは無い。悠利も言っていた様に、この男は只者じゃない。
それは、卓斗にもひしひしと身に感じる事だった。ヴァルキリアやセルケトとかと違った存在感、威圧感が卓斗を襲う。――刹那。
「先手必勝!!」
そう叫ぶと、卓斗はフィトスに向けて手の平を翳す。目に見えない「それ」はフィトスを卓斗の方へと引き寄せる。
「――っ!! 何だ!?」
「貰ったぁ!!」
卓斗は、すかさず黒刀を右手に創り出す。引き寄せるフィトスに合わせる様に黒刀を横に振りかざす。――だが。
「甘いよ」
黒刀は、フィトスの持つ黒い杖に防がれる。そして、そのまま胸に優しく手を当てがうと卓斗は吹き飛んでいく。
勢い良く転がりながら、体勢を整え黒刀を地面に刺して勢いを止め、フィトスを強く睨む。黒刀をすぐさま消し、節約している様だ。
「目に見えない力……不可視か。素晴らしいよ、タクト。能力までも僕と似ているとはね」
「確か、お前は『重力』だっけか? オッジさんやセレスタの状況を見て、黒のテラを扱うんだったら重力を自在に使ってもおかしくねぇよな」
卓斗が駆けつけた時、オッジはふわふわと宙に浮き、セレスタは押し潰される様に地面に沈んでいた。初め見た瞬間は『重力』を扱うなど理解出来なかったが、黒のテラでの能力なら納得がいく。
――何故なら。
「君は、『引力』が黒のテラの能力……か。ならば、『斥力』もだね?」
卓斗の黒のテラの能力は、『引力』と『斥力』 ーー二つの物体の間に働く相互作用のうち、互いを近づけ様と引き合う力『引力』と、同様に二つの物体の間に働く相互作用であるが、反発し合い互いを遠ざけ様と引き離す力『斥力』の事だ。
フィトスが『重力』ならば、卓斗が『引力』と『斥力』なのが似ているのも分からなくも無い。
「良く分かったじゃんかよ。『重力』と『引力、斥力』のどっちが強いかもこれで分かるからよ」
「『重力』も『引力、斥力』も万有引力で纏められているからね。及ぼし合う二つの力は、同じと言っていいだろうね」
重力や引力という言葉があるなら、万有引力という言葉があってもなんら不思議では無いが、この異世界で聞くとなると卓斗は少し驚いた。
「へぇ、万有引力って言葉もこっちに存在すんのか。ニュートンの法則がこっちにあるって事は、ニュートンも異世界に……」
「何を言ってるんだい? タクト。万有引力の法則を見つけたのは、シスライ・ローディエンスだよ。シスライの法則って言うだろう?」
「誰だよ!! シスライ・ローディエンス!! ニュートンみたくリンゴが落ちて気付いた的なやつか!?」
「詳しい所まで知ってるじゃないか。リンゴ、というのは分からないが、果実が落ちたのを見て、万有引力の法則を見つけた様だよ」
二つの世界で、同じ様な事をして、同じ様な事を見つけるといった不思議な現象が起きていた。これは、偶然なのか必然なのか卓斗にはこれっぽっちも分からない。
「どんな偶然だよ……気になるな、シスライ・ローディエンス」
「そんな事より、決着を付けるとしよう」
卓斗の足元に、黒の魔法陣が浮かび上がる。その瞬間、体が地面の方へと押される感覚が襲う。――否、重力だ。
「――っ!! これが、重力か、よ……!!」
体の全てが地面へと引き寄せられる。重いなんて比じゃない程に、気を抜けば直ぐにでも地面にへばり付きそうな感じだ。
「く、そ……がぁ!! 負ける、かよ!!」
力一杯振り絞り、手をフィトスの方へと翳し『斥力』の力を使う。その瞬間、『重力』と『斥力』は反発し合う。
卓斗は、地面に叩きつけられ地面が大きく割れる。フィトスは、勢い良く吹き飛ばされ、木に衝突し折り倒す。
「ぐっ……痛ってぇ……反発って恐ろしいな……」
「タクトの能力は黒のテラ……やはり、黒のテラの能力を無効化には出来ないみたいだね……面白い」
「しゃあねぇ!! 『重力』に警戒しつつ接近戦で行くしかねぇか!!」
卓斗は、起き上がると黒刀を創り、フィトスの方へと走り出す。フィトスも同じく、立ち上がると走り出した。
お互いが全力で、黒刀と黒い杖を振りかざす。交じり合うと激しい金属音を響かせ、地面には円形にヒビが入る。
その隙を見た、エレナが援護しようと魔法を唱えて炎の鳥をフィトス目掛けて放った。
「ここよ!!」
フィトスは、炎の鳥に気付いておらず卓斗との戦いを楽しんでいた。これは、チャンスかと思われたが。
「はっ!?」
炎の鳥は、突然として消えたのだ。それは、レディカの矢が消えたり、激昂して走り出した悠利が元の場所に戻っていたのと同じ様に。
「無駄だよ、エレナちゃん。これがあいつの……ん!?」
言葉を途中で止めた悠利が、何かに気付いた。無かった事にする理解不能な事象の、原因に気付いたかも知れない。
「待てよ……今フィトスは完全に意識がこっちに向いていない筈だ。卓斗との戦いを楽しみ、集中している。なら、エレナちゃんの魔法をどうやって消した? 卓斗の魔法は消さずに体で受けているにも関わらず、見もせずに他の魔法を消せる事など出来るのか? それに、あいつの能力は『重力』で、魔法を消した時は、見て分かる様に消えていってた……まさか!!」
悠利の頭で全ての納得がいっていた。無かった事にする理解不能な事象の根源。それは。
「――あっちの嬢ちゃんの方か!!」
悠利が、セシファの方に視線を向ける。盲点だった。レディカの矢を、自分の行動を、無かった事にしていたのは、龍精霊セシファの方だ。
フィトスは、無かった事にする事は出来ない。消す事は確かに出来るが、フィトスが魔法を消した際には、消費した体内テラは消費したままだった。
セシファは、ジト目で悠利達をジッと見ている。あの青髪幼女が根源ならば、納得がいく。
「どうしたの、ユウリ」
「レディカちゃん、分かったよ俺。無かった事にしていたのはフィトスじゃない。あっちの嬢ちゃんの方だ」
そう言われ、レディカ達もセシファに視線を向ける。フィトスに言われた通り、ただジッと悠利達を監視している。
「じゃあ、私の魔法を消したのも……」
「あぁ、エレナちゃんの魔法を無かった事にしたのも、あの嬢ちゃんだ。フィトスに邪魔がない様に監視してろって言われてたからな。どういう仕組みかまでは分かんねぇけど……」
こんな幼い子が、理解不能な事象の根源などと、それこそ理解不能だ。
「嬢ちゃん、あんたが根源だよな。一体何者だ?」
悠利がセシファに歩み寄り、質問を投げかける。セシファは無表情なまま、
「バレましたか。それから一つ、私の事、嬢ちゃんって呼ばないで下さい。どうか、お婆ちゃんとお呼び下さい」
「は?」
当然のリアクションだ。卓斗もそうだったが、幼女にそんな事言われても、意味が分からない。
「彼のお知り合いの方なら、エルザヴェートの事も知っていると思っていたんですが」
「嬢ちゃん、エルザヴェート知ってんのか!? それってまさか……」
「はい。私はエルザヴェートの旧友です」
そこで、悠利も理解した。この幼女がエルザヴェートと同じく千三百歳だという事に。
「え、でも、龍精霊って……」
「それは、エルザヴェートに変えられた私達の姿です。こっちが、本来の姿です。それと、お婆ちゃんって呼んで下さい」
「いやいや、お婆ちゃんとは呼べないよ……その見た目じゃあね……」
セシファは、ジト目な目を更にジトっとさせて、
「でしたら、セシファとお呼び下さい」
「うーん、呼び捨てもな……じゃあ、セシファさんでいいかな?」
「別に構いません」
幼女の見た目に、さん付けで名前を呼ぶのも変な感じがして仕方がない。エルザヴェートの時もそうだったが、見た目と実年齢の差が激し過ぎる。
「その……セシファさんの能力? 無かった事にする事なんだけど、敵だし、詳しい事は言わなくていいんだけど、それは魔法なのか?」
「そうですね。簡単に言えば、魔法では無いです」
それは、フィトスも言っていた。その言葉に、より一層謎が深まり悩まされた。
「やっぱりか。魔法では無いってどういう事だ?」
「今は、味方という訳でも無いので、詳しくは言えませんが、今から何百年も前に授かった力です。私もその時は驚きました。テラも使わず能力を使うなど初めてでしたので」
「授かった? それって……」
「何百年か前に知り合ったトキという女性でした。彼女は私達にこの力を授けました。これ以上は、味方になった時に」
セシファに、理解不能な事象を起こす能力を与えたトキという女性。その謎に悠利は顎に手を当てて深く考えた。
「あの、どうしてそこまで気になさるのですか?」
「いや……テラを使わない能力ってのに、少し引っかかるんだ。その、この世界では魔法や能力を使うのにテラは必須だろ? 体内テラ、自然テラ、そのどちらかが必ず。なのに、そのテラを必要としないなんて」
「そうですね。それは、私も不思議に思っていました」
悠利には、ある一つの考えが思い浮かんでいた。テラが必須条件のこの世界で、テラを必要もせず能力が使える理由。
「あのさ、能力自体の事は言わなくても良いからさ、そのトキって人の事詳しく聞いて良いか?」
「それは、構わないですが、信じ難い話ですよ?」
「大丈夫だ、話してくれ」
セシファは、過去を辿るように思い出しながら、
「――トキには、お連れの方が居ました。名前はフミトといって、十八歳の少年でした。フミトと私達の関係は契約者です。私とティアラとシャルの契約者がフミトでした。その際に、トキとも出会い、共に旅をしました。楽しいひと時を過ごしたものです。なにせ、お二方はこの世界の人間では無いと仰っていたからです」
「ちょっと待って!? この世界の人間じゃ無い!?」
突然、大きな声を上げた悠利に、肩をビクつかせて、ジト目な目を大きく開けて驚いたセシファ。
「あー、ごめん。俺も驚いちゃってさ……この世界の人間じゃ無いって?」
「いいえ、大丈夫です。トキとフミトはそう仰っていました」
悠利は、言葉を無くした。自分達がこの世界に飛ばされた今より、何百年も前にこの世界に飛ばされた人がいた事に。
そんな新事実の事など露知らず、卓斗は未だにフィトスと激闘を
繰り広げている。その凄まじい戦闘の所為で、辺りの地形は変わりつつあった。
「それで、話の続き頼む」
「はい。この世界に無いものや、不思議な言葉を沢山教わりました。何もかもが新鮮で非常に興味深いものでした。ですが、当時は第一次世界聖杯戦争の真っ最中でしたので、私達の旅も暫くして終わりが来ました。トキが、敵の魔法により封印されてしまったんです。その際に、私達にこの力を授けたんです」
「封印された……それからどうなったんだ?」
「トキが居なくなっても、私達は戦い続けました。そして、トキから授かった力で第一次世界聖杯戦争を終結へと導き、世界に平穏が訪れました。ですが、私達の居ない間にフミトも何処かへと姿を消しました。その際、私達は龍精霊の姿へと戻っていったんです。それは、フミトとの契約が切れた事を意味します。契約が切れる理由は、契約者の死、もしくは封印される、またはこの世界から存在が無くなる、この三つです」
段々とセシファの表情が無表情から悲しげな表情へと変わっていった。龍精霊との契約が切れる条件からすると、フミトという人物は、死んだか、封印されたか、この世界から存在が無くなった事になる。
「つまり、そのフミトって人は、もしかしたら日本に戻ってしまったのかも知れないな……」
「かも知れないですね。どの理由であれ、残念な事です。別れの言葉も交わせず、私達は再び龍の姿になりましたから……」
悠利には分かる。それがどんなに辛い事なのかを。恐らくそれは、卓斗も蓮も三葉も李衣も繭歌も分かるであろう。
突然としてこの世界に飛ばされ、家族や友人にも心配を掛けているに違いない。
「恐らく、ティアラが一番傷付いていたでしょうね」
「ティアラって、龍精霊騎士の側にいる子か。どうして?」
「私達の中でも、ティアラが一番フミトと親しげでしたから。親子の様でもあり、兄妹の様でもあり、恋人の様でもありましたから。ティアラが唯一甘えた人でしたよ。フミトわ」
過去の楽しくも悲しい思い出を語ったセシファ。全員が辛く悲しい出来事だが、そのセシファが一番傷付いていたのはティアラだと言った。
今では、新しい契約者と契約をして、そんな過去があった素振りなど何も見せない。お姉さん気質なティアラが、唯一甘えていた人物。
そんな過去など、忘れたかの様に――。
「少年、何て言ったの?」
「だから、俺が勝ったら、神器くれって言ったんだ!!」
ラディスの唐突な発言に、思わず呆気に取られるヴァリとティアラ。だが、少しの間を空けるとヴァリがお腹を抱えて笑いだした。
「あははは!! ちょっと……!! 笑わせないでくれっス!! あははは!!」
「何、笑ってんだよ姉ちゃん!!」
本気で言っていたラディスにとっては、馬鹿にされた気分だ。沸々と苛立ちが募っていく。
「あんまり……馬鹿にすんじゃねぇよ……」
ラディスを纏う、青白いテラが大きくなり只ならぬ殺気を放っていた。無属性のテラを扱うラディスの本気なのだろう。その纏うテラを全て、右手に集める。
この一発で決める。そして、神器レーヴァテインを自分の物にしてやると決意し、動こうとしたその瞬間――。
「少年、それは辞めた方がいいよ」
突然のティアラの言葉に、ラディスの体が止まる。視線をティアラの方へと向けると、儚げな表情で、
「それを使うとヴァリも死ぬし、少年も死ぬよ?」
「は!? 俺も死ぬ!? 何でそんな事が分かるんだよ!!」
「私には分かるの……この力、使う気無かったんだけどなぁ。嫌でも、思い出しちゃうから……」
まるで、自分の行動を見透かされている様に感じ、背筋が凍る。すると、突然、上空に大きな火の玉が上がっていくのが見えると、轟音を轟かせて爆発音が、森中に響き渡る。
「今のって、なんスか?」
「始まりの時と一緒。分かるでしょ? 四都祭予選の終了の合図よ」
――四都祭予選の終了の合図が、全員に知らされた。




