第4話 『初陣』
――ヘルフェス王国では卓斗と三葉が、繭歌と再会していた。繭歌は、副都に飛ばされていて、そこで騎士学校に入学していた。
そして、聖騎士団の詰所で依頼の紙に、神谷蓮の名前を見つける。リンペル国という場所に奴隷として連れて行かれ、蓮を救出すべく、リンペル国へと向かう事になり準備をしていた。
「早くしねぇと、蓮が……それに、他の人達も」
卓斗は、焦っていた。日本では、こういった事件は恐らく起きないだろう。初めての経験だ。
「リンペル国までは、少し距離がある、急ごう」
そう言って、卓也は四頭の馬を連れてくる。
「もしかして、それに乗るの? 俺、乗れる気がしないんだけど……」
卓斗はもちろん、三葉も繭歌も馬には乗った事が無い。しかし、馬に乗らなければ、歩きではリンペル国までかなりの時間を要する。
「大丈夫だ。そうだろうと思って、お前ら三人は、誰かの後ろに乗って貰う」
卓斗は卓也の、三葉は若菜の、繭歌は沙羽の後ろに乗り出発する。
――いざ、リンペル国へ。
道中は、広大な大地を駆け抜け、卓斗は思わずその景色の良さに、見入ってしまう。まるで、バイクに乗りツーリングをしている様な気分だ。太陽の照りは、暑さを増していき時刻は、昼過ぎだろう。
「馬って速いんだな……」
流れる様な景色に車に乗っている時と同じ感覚を覚える。馬でも、本気で走れば車と同じ位のスピードは出る。後ろを見れば三葉が、怖がりながら若菜の腰に手を回している。
その横には、繭歌が悠々と、流れる景色を見ていた。その後ろでは、慶悟が一人で黙々と、馬を走らせている。
「いい所だな……」
再び、景色を見やる卓斗は、思わずそう言葉を零した。地球温暖化と呼ばれていた現実世界と比べれば、この世界はとても自然的で空気も美味しく、世界全体が田舎の長閑な場所の様に感じる。
「本当、自然が多いよなこの世界」
「だろ? 案外過ごしやすいからな。だが、シルヴァルト帝国は大都会みたいなんだよ。そりゃ現実世界と変わらない位にな」
前で、馬を操作する卓也が、何故か自慢気に話した。こんな、自然豊かな世界にも大都会があるとは到底思えなかった。ましてや、奴隷を集めている国があるなどと思いたくもなかった。
――リンペル国の塔の中では奴隷として、連れてこられた各村の男達が、百人程収容されていた。これから、何をさせられるのかただただ怯える事しか出来ない。
村に住む人々は、体内テラが無く、もちろん自然テラも扱える事は出来ない。故に、連れて行かれる際に抗う事は出来なかったのだ。
蓮も、日本から飛ばされて直ぐで、テラの使い方など、知る由も無い。運が悪かったとしか言いようが無い。
「俺達、これからどうなるんだ……死ぬまで、ここで働かさせられるのか……家族が心配だ……」
一人の男がそう言った。彼にも、家で待つ大事な家族がいる。蓮も、目を瞑り家族の事を思った。
帰れる保証も無い日本との繋がりはゼロかも知れないこの世界で、なにをすればいいのか。なにが出来るのだろうか。
「皆さん、リンペル国へようこそ」
その時、一人の男が高い場所から、見下ろす様に捕らえた男達を眺めて話した。
その男は、ベージュのコートの様な物を着ていて、両手には黒の革手袋をはめている。その男は、不敵な笑みを浮かべていた。
「私が、この国の王であるレイテ・マドワールです」
「俺達を村へ返せ!!」
「お前の下では働かん!!」
村人達は、レイテ・マドワールという男に罵声を浴びせる様に次々に口を開いていった。蓮は、ただ黙ってそれを見ているだけだった。
「それは、出来ませんね。貴方達には、稼いで貰わないと、私が裕福になりませんじゃないですか」
レイテ・マドワールがこの国に、村から男達を集めている理由。それは、お金稼ぎ。ただそれだけだった。
「私の為に、働け。これは命令です。逆らえば、殺すまでです」
「ふざけんなっ!! 誰がお前に……!!」
次の瞬間、レイテ・マドワールに対し、反発した一人の男が声にならない言葉を発した。
「――ぐぅえ……」
その男は、倒れ込むと胸に穴が開いており、そこから大量の血が流れている。レイテ・マドワールは手で、銃の形を作り、指先からテラで作った銃弾を撃ち込んだのだ。
周りに居た、他の男達はそれを目にし、混乱し始める。
「分かりましたか? 従えなければ彼と同じ道を歩む事になりますよ」
男達は、死を恐れレイテ・マドワールという男に従うしかなかった。
――リンペル国郊外では卓斗達が、到着し作戦を練っていた。
「あそこに見える塔がリンペル国の中枢だ。恐らく、そこに村人達が集められているだろうな」
卓也が、リンペル国の塔を指差して話す。卓斗も、黙ってその塔を見つめる。あそこに、蓮が居る。この世界に飛ばされた日本での友達。ようやく見つけたその手掛かりを目前に卓斗は、緊張が走っていた。
「簡単に、救出が出来るとは考えない事ね。先ず、戦闘になるわ」
若菜の話す通り、この救出作戦には戦闘は避けられない。卓斗と三葉と繭歌にとっては初めての戦闘経験になる。
「ちょっと……怖いですね……」
「大丈夫、東雲ちゃんには私が付いてるからね」
怖気付く三葉を沙羽が、肩に手を置き勇気付ける。しかし、怖いのも仕方がない。ここリンペル国の異様な空気は、誰もが恐怖を感じるであろう。
廃墟の様な風貌の塔に人の気配が無く、まるで肝試しに来ているかの様な感覚だ。
「よし、早速中に侵入するぞ」
卓也の言葉で一同は、リンペル国へと侵入する。敵の気配は無いが隠れながら、中枢部分にある塔を目指す。しかし、その沈黙は直ぐに破られた。
――テラ・ファルマ!!
その言葉が、聞こえた。その瞬間、卓斗達を火の玉の様な物が襲いかかる。
「なんだ!?」
「テラ・フォース!!」
卓也が、そう言うと紫色のバリアの様な物が全員を包み込む。
「衝撃に備えろ」
「え?」
卓也が、そう話した瞬間火の玉が卓也のバリアに当たると大爆発が起きた。
「――やばいって!!」
卓斗は、聞いた事のない爆発音に、鼓膜が破れそうな危機を感じ耳を塞ぐ。その隣では、三葉も耳を塞いでいた。
爆発音が収まり、目を開けると卓也のバリアも消えていて、卓斗達の前には一人の男が立っていた。
「――侵入者、排除する」
その男は、ガスマスクの様な物を被り黒のコートを着ていた。その手には、大剣が握られている。
「チッ、感知魔法をつけてやがったか。徹底してんな、この国はよ」
「こうなったら、仕方が無いわ。戦うわよ」
若菜も、腰に携える剣を抜き、構えた。ガスマスクの男は、大剣を構えると一気に距離を詰めて来る。
「――排除!!」
ガスマスクの男は、大剣を振りかざす。若菜は、細い剣でそれを受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされてしまう。
体重の軽い若菜はガスマスクの男の力に負けてしまうのは当然なのだが、それでは団長は務まらない。
「――!?」
突然、ガスマスクの男は大剣を地面に落としてしまう。それは、重い物を落とす時と同じ感覚だった。
――テラ・カルマ。
若菜は、ガスマスクの男の大剣を受け止める際に、そう言葉にした。
「覚悟しろ!!」
大剣を落とした瞬間を狙い卓也が、突っ込んで行く。剣を抜き、ガスマスクの男の腹を目掛けて一気に振り抜く。
「テラ・ファルマ!!」
卓也が近づくと、ガスマスクの男は炎の盾を自分の前に作る。卓也は、とっさに後ろに下がり体勢を整えた。
「チッ」
卓斗と三葉と繭歌には、この光景は映画の様に見えていた。魔法など、当然初めて見る。
「これが……異世界……」
卓斗と三葉と繭歌の前には慶悟と沙羽が剣を抜き、守る様に立っていた。練習もさほどしていない状態での実戦は、あまりにも危険だからだ。
「貴方は、もう剣を持つ事は出来ないわ」
卓也の隣に立つ若菜が、剣先をガスマスクの男に向けて睨んだ。ガスマスクの男は、それを不敵に笑い飛ばした。
「剣が無くとも、排除出来る。テラレイン・ファルマ!!」
ガスマスクの男が、そう言うと上空に、直径十メートル程の大きな火の玉が現れる。
「団長、あれは頼みましたよ」
「えぇ、問題ないわ」
若菜は、大きな火の玉へとジャンプして突っ込んで行く。
「テラレイン・カルマ」
突然、若菜の剣が白く光り出す。眩い発光に、思わず卓斗達は目を瞑ってしまう。
「衝撃に備えろ!!」
卓也の声が聞こえ目を開けると、大きな火の玉は、真っ二つに割れていた。その真ん中には、大きな火の玉を斬った若菜が、背中に白い光の羽を生やして飛んでいるのが見えた。
次の瞬間、真っ二つに割れた大きな火の玉が、両サイドの地面に落ちて大爆発を起こす。
「うわ!!」
「きゃっ!!」
爆風に吹き飛ばされそうになるのを必死に耐える卓斗達。
「慶悟、団長とここを任せていいか?」
「いいですよ」
「よし、沙羽、卓斗、三葉、繭歌、ここは、慶悟と団長に任せて俺らは先に塔に向かうぞ」
卓斗と三葉と繭歌は、卓也について行き、塔を目指す。その動きを見ていたガスマスクの男が、右手を卓也達の方に向ける。
「行かせん。テラ・ファルマ!!」
手の平から、火の玉を放ち卓也達に襲いかかる。
「――ちょ、飛んできたって!!」
「焦るな、大丈夫だから」
――テラ・ツヴァイ。
そう聞こえた瞬間、火の玉が突然蒸発して消えていく。
「――は?」
ガスマスクの男が、視線をずらし慶悟達の方を見やる。
「先輩達の邪魔はさせない」
慶悟が、水の魔法を使い火の玉を消していた。
「慶悟、頼んだからね!!」
沙羽が、後ろ向きに走りながら慶悟に、両手で大きく手を振る。卓斗達は、そのまま塔の中へと入っていく。
空を飛んでいた若菜が塔の前に着地しガスマスクの男の方を見つめる。
「貴方の相手は、私達よ」
「直ぐに、排除する」
――塔の中へと入った卓斗達は、蓮や他の村の人達を探していた。塔の中は、薄暗く異様な臭いが充満していた。
「こんな所にずっと居たら頭がおかしくなりそうだよ」
繭歌が、難しい顔をして鼻をつまんでいた。
「早く見つけねぇと」
その時、またしても卓斗達の前に、敵が現れた。
「――侵入者、見っけ」
その人物は、紫色の髪色でポニーテールの髪型。ゴスロリの様な服装を着ていて、舐め回す様に卓斗達を見つめている。
「チッ、どいつもこいつも」
次々に邪魔が出てくる現状に、卓也は苛立ちが募る。それは、卓斗も同じだった。蓮はすぐそこに居るはずなのに、なかなか会えない現状に。
「駄目だよ、勝手に入ってきちゃ」
ゴスロリの女は、片目を閉じながら話す。すると、異様な臭いが卓斗達の鼻の奥を刺激する。まるで、香水を誤ってつけ過ぎた様な、鼻を刺す臭い。
「なんだ!? この臭い……」
思わず、鼻を摘んでしまう。卓斗は、ゴスロリの女を見やると、その女は不敵に笑みを浮かべていた。
段々と、視界が霞んでいく。
――音が消え。
――視界までも消える。
「――ここは……」
卓斗が、ふと気がつくと見覚えのある場所に居た。それは、毎日日々を過ごしていた場所。
「俺の……部屋……?」
日本の家の、卓斗の部屋だった。だが、その部屋には何も無かった。ベッドも、タンスも何も無い、空っぽの部屋。
「まさか……戻って来たのか……?」
まさか、このタイミングで日本に帰ってこれたのかと戸惑う卓斗。そのまま、恐る恐る部屋の扉を開けてみる。
すると、目に飛び込んで来たのは――、
「――結衣?」
妹である、結衣の姿だった。その時、帰って来たんだと、安堵するのと同時に、三葉や蓮達の事が気にもなっていた。
もし、自分だけが帰って来たとしたら、異世界に、三葉達が取り残されていたとしたら気が気じゃない。
そんな卓斗を、結衣は難しい顔をして、見つめていた。三日も連絡無しに家には帰って無かったから、相当心配していたであろう。
――だが、結衣の言葉に卓斗は、絶句してしまう。
「誰ですか?」
「――っ!?」
――誰ですか?
その言葉は、卓斗には理解の出来ない言葉だった。結衣は、十三年間連れ添った妹だ。その妹からの、言葉。
「誰って……は?」
「人の家で、何してるんですか? 警察呼びますよ?」
結衣は、ポケットから携帯を取り出しポチポチとボタンを押し始めた。
「おい……!! ちょっと待て!! 結衣!! 俺だよ!! 何の冗談だよ……!!」
「それは、こっちのセリフですよ!! てか、何で結衣の名前知ってるんですか!? 本当に、気持ちが悪いです」
もう、卓斗には訳が分からない。自分の事を分かって貰おうと結衣の肩を掴もうとした時――、
「――気が付いた?」
卓斗の目の前に居たのは、沙羽だった。心配そうな表情で卓斗の顔を見つめていた。
「あれ……ここは……」
「まだ、ボーッとする? もう解いたから、その内思考も回り始めるよ」
視線をずらすと沙羽の奥には、卓也とゴスロリの女が剣を交えて、対峙している。自分の隣では三葉と繭歌が、心配そうに見つめていた。
「卓斗くん、大丈夫? 凄く、苦しそうな顔をしてたけど」
「意識が戻るのも、僕たちより遅かったしね」
三葉と繭歌の言葉を未だに、理解が出来ない。つい先程、妹に散々な事を言われたばかりだ。卓斗の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっている。
「臭いがしたでしょ?」
「臭い……」
沙羽が、ボーッとする卓斗に話しかける。
「あの臭いは、ゴスロリの女が放った魔法で、幻覚を見せる魔法なの。どんな、幻覚を見たのか分からないけど、それはあくまで幻覚だから信じなくていいのよ」
「幻覚……」
段々と、理解出来てきた卓斗はその言葉に、安堵した。家族に、自分の存在が忘れられる恐怖というのは、ニ度と味わいたくない。少なからずとも、卓斗は日本に帰る事に対し恐怖を覚えてしまっていた。
人の弱さにつけ込んだ幻覚を見せる魔法。それを成す、ゴスロリの女は、相当タチが悪い。卓斗は、卓也と戦うゴスロリの女を見つめたまま、冷や汗を垂らした。
――塔の外では若菜と慶悟が、ガスマスクの男と睨み合っていた。ガスマスクの男の足元には大剣が転がっている。
「貴方達、奴隷を集めて何が目的なの?」
若菜が、ガスマスクの男に質問するが、ガスマスクの男は、それを無視し詠唱を唱える。
「――テラ・ファルマ!!」
手の平から、火の玉を数弾若菜に放つ。
「話す事は、無いって事ね」
若菜は、剣で火の玉を切り払っていく。すると、若菜の足元が赤く光り出す。
「――テラレイン・ファルマ」
赤く光る地面から火の柱が、空高く伸びる。若菜は、それを避けるが着地する度に、足元が光りどんどん、火の柱が空へと伸びていく。
「僕も居る!!」
ガスマスクの男の背後から、慶悟が斬りかかる。ガスマスクの男はしゃがみ込み、剣を避け、足底で慶悟の顎を蹴り上げる。
「ぐっ!!」
「テラ……」
上空に浮かび上がった慶悟に、手の平を向けて詠唱を唱えようとした時、ガスマスクの男の腕が、光に弾かれる。
「させないわ」
若菜が光の槍を、ガスマスクの男に向けて、放っていた。
「団長、助かりました」
慶悟は、体勢を整え剣を構える。
「油断は禁物よ」
ガスマスクの男は、両手を上に上げる。
「もう、終わらせる」
そう言うと、両手にテラを溜め始める。
――テラグラン・ファルマ。
「その詠唱……」
若菜が、焦った表情で上空を見やると無数の火の槍が、雨の様に降り注ぐのが見えた。
「ここが、お前達の死に場所だ」
ガスマスクの男が、そう話すとリンペル国に、火の雨が降り注いだ。