第36話 『龍精霊騎士VS悪辣姫の弟子』
森の真ん中を通る大きな川から、やや離れた場所で龍精霊騎士ヴァリ・ルミナスと悪辣姫の弟子ラディス・ラ・エヴァは睨み合っていた。
ラディスの目標は、ヴァリの持っている剣を手から離し、腰に携える二本の剣を使わせる事。その二本がヴァリの本命の剣であるとラディスは踏んでいた。
本命の武器を自分に使って貰えないというのは、ラディスにとって侮辱とも取れる。そういう事は、
――愉しく無い。
「絶対に、絶対に使わせてやるからな!!」
「そこまでやる気出して、元気な人っスね。そんなに使って欲しいなら使ってあげてもいいっスよ」
「いや、お断りする!! 手に持ってる剣を離させてこそ意味があるんだ。そうじゃないと……愉しくないじゃん」
突然、ラディスの目付きが変わる。無邪気な少年の目付きから、今までに何人も人を殺めてきた様な殺人鬼の目付きへと。
只ならぬ殺気、殺意、眼光がギラッと光った様に見えた瞬間、ラディスの持つ剣の先はヴァリの顔の目の前まで迫っていた。
――速すぎる。ヴァリは全身が冷えるかの様に寒気が走った。
それもそのはず。今の今まで、約五メートル位は離れていた。例えこの距離でも相手が動き出せば気付く筈。いや、ヴァリなら絶対に気付けた筈だ。だが、瞬きをした瞬間、目の前に剣先が迫っていた。
見えなかった。気付けなかった。その速さは、常軌を逸している。それでも、ヴァリもそう甘くは無い。
全身の筋肉に名一杯力を込めて、顔を剣の線状からずらす。剣先は、ヴァリの頬を掠め、少量の血が飛び散り宙を舞った。
「姉ちゃん、反応いいな!! 今の俺の速さ避けれたの、姉ちゃんで二人目だ!! あ、でも、防御で防ぐのはカウントに入れてないけどな!! それと、頑丈な体してるくせに、刃物には弱いんだな」
「そうなんスよ、ヴァリは打撃系には滅法強いっスけど、斬撃系は苦手なんスよね~~。でも、隙ありっス」
表情豊かにそう話すヴァリ。剣を突き出す体勢のラディスの腹部は隙だらけだった。前屈みに避けた体勢のヴァリは、右手に持つ剣をそのまま横に振ればラディスの腹部を芯で捉え、斬りつける事が出来る。
だが、ラディスは、すぐさまヴァリの肩に手を置き土台にして体を片手で宙に浮かす。ヴァリが横に振った剣は、ラディスの体を捉える事なく空を切る。
「うげ!? ヴァリの体使って器用な事するっスね!?」
「姉ちゃんの背中、がら空きだぜ!!」
現状、ヴァリの真上に宙を舞うラディスから見れば、ヴァリの背中は隙だらけだ。だが、逆を言えば空中を舞うラディスも隙だらけそのものだ。
ヴァリは、柄を上に刃を下に向く様に片手で器用に持ち替え、裏拳を繰り出す様に振りかぶる。空中を舞うラディスは、身動きが取れない。
絶好の隙を見せたチャンスだが、こうも手際良く返されるとなると悔しいものだ。とはいえこのままいけば、ヴァリの剣は自分の体に突き刺さってしまう。
ましてや、半回転しながら裏拳の様に振りかぶっているとなると、骨を砕きながら貫通するに違いない。
「チッ!! 防ぐしかねぇか!!」
ラディスは、攻撃するのを止めヴァリの剣を払う様に防ぐ。金属音が鳴り響くと、ラディスは転がる様に地面に着地する。
ヴァリは血を拭いながら、背中を見せる様に立っていて、顔を横に向けて横目でラディスを見つめた。
ラディスには、その背中が大きく見えた。強き者の背中で、堪らなくウズウズした。
「やっべ……」
――愉しい。
自分より強い者と、戦うのが堪らなく愉しい。弱い者と戦ってもつまらないと感じるのは当たり前な事で、それでは自分は成長出来ない。
自分より強い者を超えたい、超えられないからこそ超えたいのだ。ラディスは、誰よりもその好奇心が強い。故に、悪辣姫などと恐れられたエルザヴェートに師事した。
「姉ちゃん、愉しいよ……愉しいよ、俺は!! こんなに、愉しいと思えたのは師匠以来だぜ!!」
「奇遇っスね。ヴァリも少しそう思っていた所っスよ。戦うのは面倒っスけど、君となら楽しめそうっス。その代わり、ヴァリが勝ったら飯奢って貰うっスからね」
向き合う様に振り返ったヴァリは、お腹をさすって笑顔で話した。この二人は、今この時の戦いを楽しんでいる。フィトスとは違い、お互いを讃え合いながら。
「……って、それ!?」
ラディスが、突然驚いた表情をしてヴァリを指差した。驚くのも仕方がない。お腹をさすっているヴァリの手には、赤い水晶が二つぶら下がっていた。
「あ、これっスか? 君がさっき近づいた時に、またまた二つ貰っちゃったっス。これで、ヴァリ達は八ポイントっスね」
「いやいや、手グセが悪すぎるぜ姉ちゃん!! まぁ七ポイントもありゃ十分か……もう取られねぇ!!」
地面を蹴り、再びヴァリへと剣を突き出す。だが、今回はあの尋常では無い速さを出していない為か、簡単にヴァリに抵抗する時間を与える。
「さっきの速さはどうしたっスか?」
「俺もそう何度も同じ手は使わねぇんだよ!!」
そう言うと、強くその場で片足を地面に叩いた。その瞬間、地面に円形のヒビが入り地面が割れると、ヴァリはフラつく様に体勢を崩す。
「足だけでなんつー力してんスか!? 怪力にも程があるっスよ!!」
「足場が悪けりゃ、姉ちゃんも存分に力を込めれねぇだろ!!」
そのまま、体勢を崩したヴァリの体にラディスの剣が捉える。だが、フラついていたのはラディスも同じで完全に捉える事は出来ず、横腹を軽く斬っただけだった。
ヴァリの白い騎士服が血で赤く滲む。殴った時はあれ程にまで硬かった体が、簡単に血を流した。
「君も、存分に力が出せてねぇっスよ? 斬り込みが甘いっス」
「くそ!! これは迂闊だった!!」
ヴァリは剣を地面に刺し、体を支えながらラディスを蹴り飛ばす。勢い良く転がりながら体勢を整え、視線をヴァリへと向けると、一瞬ヴァリの全身に黄色い雷の様なものが、バチッと纏った様に見えた。その瞬間――。
「隙ありっス」
その声は、背後から聞こえた。円形に抉れた地面の場所にヴァリの姿は無く、自分の真後ろに移動していた。
「なっ!?」
全身で感じる、身の危険。このままではやばいと思い、体を半回転させ、ヴァリと向き合い何とかしようとした瞬間、体に激痛が走った。
自分の体が宙に浮いている事が分かる。そして、視界には空と恐らく自分の血が飛び散っているのが見えた。
――斬られた。
ラディスは、一瞬で悟った。体を斜めに斬られた感触、ドクドクと傷口が熱く感じる。
ヴァリが、振り抜いた剣はラディスの体の骨盤の左部分から右肩にかけて、皮膚を斬り、肉を斬った。
地面にドサッと落ちると、血がどんどんと体を伝って地面に垂れる。
「勝負ありっスね」
そう言い、刃に着いた血を振り払い倒れ込むラディスを見つめる。ラディスは、油断していた訳ではない。だが、ヴァリの強さは遥かにラディスを上回っていた。
「ぐ……ぁ……ハァ……ハァ……ね、姉ちゃん……今の、は……速過ぎ……だろ」
肘だけで、上体を起こし激痛に顔を歪めながらヴァリに視線を向けた。
「ヴァリは、移動も攻撃スピードも本気になれば光速を超えるっスよ。ちょっとお腹が空いてきたから本気出しちゃったっス」
ヴァリの本気を完全に侮っていた。こんなにも差があるのか、自分とヴァリとの差は、こんなにもあったのかと思い知らされる。
自分の体に流れる血を見つめ、実力の差を感じる。
「ハハ……ハハハハ……」
笑いが込み上げてくる。笑けて仕方がない。何でこんなにも――、
「――や、べ……糞愉しい……!!」
痛みを堪え、立ち上がった。手や足に力が入る度に傷口が痛み熱く感じる。それでも、そんな事どうでもいい。
愉しくて、愉しくて、愉しくて、仕方が無い。
「本気……ハァ……ハァ、出してくれたのか……」
「まだ戦うつもりっスか? その傷じゃ存分には戦えねぇっスよ。ヴァリの事は、もう諦めるっス。そろそろお腹空いてきて面倒臭いっスよ」
「俺の……本気、見てから言えよ……」
突然、ラディスの体に青いエネルギーが溢れ出した。炎の様に青いエネルギーはラディスの体に纏っている。だが、それは紛れもなくテラだった。何の属性も持たない、只のテラだ。
「属性の無いテラが、こんなにもはっきりと目に……」
「俺のテラは……無属性、テラそのものだ。火も水も、何も属性を持っていない……俺だけの、無属性……」
「無属性なんて聞いた事ねぇっスよ……」
本来、この世界の人間は体にテラを宿している者には必ず属性がある。それは、基本属性の火、水、風、土、雷、光、闇、少なくともこれらのどれか一つは持っている筈だ。
属性を持たず、テラを宿す人間など、歴史上居ない。
傷口の痛みにも慣れ始め、落ち着きを取り戻したラディスは、愉しげな表情で、
「無属性なんて、一見何の取り柄も無くて弱っちいって思うよな。実際、俺も最初はそうだった。無属性って事は、魔法なんざ使える訳が無くて防御魔法しか使えねぇ。剣技や素手だけじゃ、周りの奴らに置いてかれるだけだしな。でも、師匠と出会って、師匠が教えてくれた。無属性の、無属性だけの戦い方をな」
「無属性だけの戦い方?」
「それは、自身のステータスの強化だ。握力、筋力、体力、脚力、それらの強化を無属性だけが出来る。こっからが、俺の真の本気だぜ、姉ちゃん。今のこの状態の俺にこんな傷は、擦り傷だ。姉ちゃんも、本気で来ねぇと痛い目見るぞ!!」
その瞬間、ヴァリの全身に衝撃が走る。気がつくと、自分は殴り飛ばされていた。避ける暇も無く、ラディスにお腹を殴られた。勢いは止まらず、跳ねながらどんどん転がっていく。
やがて、ヴァリは岩の壁にぶつかって勢いが止まった。岩の壁は大きく凹み、その威力の凄さが分かる。
「ぐっ……ヴァリの体をここまで……」
ヴァリの目の前に、パッと現れたラディスが笑顔で、
「さっきの俺だったら完全に腕が折れてたな。この状態でもギンギン痛んでるよ、姉ちゃん」
「ヴァリも、殴られて痛みを感じるのは初めてっスよ……」
そう言うと、ヴァリの体に黄色い雷が放電し始める。殴られたお腹をさすって、
「じゃあ、ヴァリも本気でいくっス。絶対に飯奢って貰うっスからね!!」
ヴァリは、瞬く間にラディスとの距離を詰める。剣を横に振りかぶると、ラディスは手の平で簡単に受け止める。その衝撃で、地面が抉れ、風圧で辺りの木々は薙ぎ倒される。
「速さは、互角だな姉ちゃん!!」
ラディスは、グッと上半身を地面に近付けその勢いで足を蹴り上げて、足底をヴァリの顎に当てて空高く蹴り飛ばす。
森が一望できる程高く蹴り上げられたヴァリだが、流石の強靭な体か、ダメージは見られなかった。
「そろそろ決めるぜ」
「またこの手っスか?」
空高く上がったヴァリの真上に移動し、地面へ叩き付けようと両手を振りかざす。
両手が腹部を捉え、凄まじい重さが、全身に伝わる。口から血を吐き、その強靭な体は意味を成していなかった。
だが、地面へと一直線に叩きつかれる瞬間に、ラディスの腕を掴み、二人諸共地面へと物凄いスピードで落ちていく。
「甘いっスよ……!!」
「姉ちゃんこそ……!!」
どっちが、先に地面へと落下する瞬間に叩き付けるか、グルグルと回転しながら、落ちていく。
「オラァァァ!!!!」
地面到達寸前、叩き付けたのはラディスだ。ヴァリは胸ぐらを掴まれ、背中から勢い良く地面へと叩き付かれた。地面は半径10メートル程に抉れて割れる。
「がはっ……!!」
これ程の攻撃を受けても、衝撃が全身に伝っても恐らくヴァリの骨は折れていない。故に、ダイヤモンドと呼ばれる由縁だ。
ヴァリも、負け時と膝でラディスの横腹を捉え、蹴り飛ばす。だが、体勢が悪かったのか、威力は弱くダメージは無かった。それでも、五メートル程は蹴り飛ばせる力だ。
これまでの一連は瞬く間に行われていた。例えば、ここに傍観者が居たとすれば、この一連は瞬き一回の間に行われている。それ程、常人離れした速さの中で二人は戦っていた。
上体を起こし、これ程までにパワーアップしたラディスに驚きが隠せない様子でヴァリは見つめていた。
だが、それ程ダメージは無い。打撃系に強いのが、自分の取り柄であり、特権だ。
ラディスも、これ程の攻撃を与えても尚立ち上がるヴァリの強靭な体に驚く他無かった。
「やるっスね。最後のもちょっと痛かったっスよ」
「姉ちゃんこそ、流石の硬ぇ体だな。普通の人間なら全身複雑骨折だぜ?それと、約束は果たして貰うぜ!! 姉ちゃん!!」
愉しげに笑顔を見せた理由。それは、ヴァリにも直ぐに分かった。さっきまで持っていた剣が手に無かったのだ。辺りを見渡すと、剣は転がっていて自分の手から離れていた。
「どうだ、姉ちゃん!! 約束通り剣は手から離したぜ!!」
「むぅ……仕方がないっスね。約束は約束っス」
そう言うと、腰に携える二本の剣の片方に手を掛け抜いた。その剣は、刃の形が若干S字になっていて色が赤く、黄色いラインが峰の部分に入っている。
鍔は太陽の周りの様にトゲトゲしていて柄は赤色と黄色がカラフルに交差しながら線が入っている。透明の炎の様な揺らめきが刃からゆらゆらと立ち昇っている。いわゆる、陽炎だ。
「何だよ……その剣……」
どう見ても異様なその剣。色といい、形といい、目にはっきりと見える陽炎といい、普通な剣では無いのは確かだ。
龍精霊騎士ヴァリ・ルミナスが持つ武器、それは――。
「――神器レーヴァテインっス」
北岡卓斗です!
突然ですが、諸事情によりというずるい言い方ですが、
タイトルを変更します。
『君と見る世界』から途中でタイトルを変えるのは苦渋の決断でした。
ですが、これからも読んで頂けると嬉しく思います。
どうか、よろしくお願いします!




