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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第ニ章 『副都』
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第35話 『傲慢の中の傲慢』

 四都祭予選会場、副都近郊の森林。その真ん中を通る大きく緩やかに流れる川。

 その麓で、剣を抜き構える騎士五人と、黒の魔法帽、黒のローブを着た魔法使い二人は静かに睨み合っていた。


「お前が、龍精霊魔導士フィトス・クレヴァスか」


「自己紹介が省けて有難いよ。でも、君達は別に名乗らなくてもいい、僕には興味が無いからね」


「興味が無いだと? それは、戦闘は行わないという事か? あまり、私達を舐める様な真似はしないでくれるか」


 フィトスの口振りに、苛立ちを見せたのはセレスタだった。目の前に居る敵を敵とも思わないその傲慢さは、王族セレスタにとって、いや、その場にいる悠利達にとって侮辱的だった。

 警戒心も殺気も何も、この魔法使いからは感じ取れない。まさに相手にされていない感じだ。


「舐める? それは君達が僕に抗えるという意味にも聞こえるのは気の所為かな? なら証拠を見せてみなよ。僕に抗い、捩じ伏せ、対等以上の実力を見せてくれるかい?」


「だったら……見せてあげるわよ!!!!」


 フィトスの言葉に、いの一番になって怒りを露わにしたのはレディカだった。弓を構え、テラで作った矢を引き、フィトス目掛けて放つ。

 矢は、物凄いスピードでフィトスに向かう。風を切り、真っ直ぐな軌道を描く。


「よし!! タイミングも速さもバッチリだ!!」


 悠利の言葉も束の間、矢はフィトスの目の前で突然として姿を消した。何かに触れて消えたとか、どこか遠くへと飛ばされたとかそういった形跡は一切見れなかった。

 存在そのものが最初から無かったかの様に、突然として消えたのだ。


「き……消えた……いや、これは消えたって言っていいのか……?」


 悠利達は、驚きが隠せない。フィトスやセシファが何かした様な素振りは何もしていない。なら何故、突然として消えたのか。そんな悠利達よりも、矢を放った当人のレディカが一番驚いていた。


 レディカの武器は弓だが、矢を持っていない。というのも、矢はテラで作れるから必要ない。テラの矢の方が速さも威力も数も、普通の矢より何十倍も優秀だからだ。

 体に流れる体内テラを削り、矢へと具現化させて攻撃を行う。これが、この世界の弓を扱う者の戦闘方法だ。つまり、レディカも体内テラを削り矢を放った。


 ――その筈だった。だが、削った筈のテラは自分の体内にまだ存在している。実質、レディカの体内テラは一切削られていない状態へと戻っていた。


 ――そんな筈は無い。先程、確実に体内テラを削って矢を作り、フィトス目掛けて放った。この場にいる全員がそれを目にしている。


「私の攻撃が……無かった事になった……?」


「無かった事!? どういう事だよ、それ……」


「体内のテラが、減った感じがしない……確かに矢は作った筈なのに……」


 それは完全に理解不能だ。ここに居る誰もがそれを理解出来ない。持てる知識をフルに使っても答えが導き出せない。二人を除いては。


「困惑しているようだね。理解に苦しむ表情は悪くないよ」


 嘲笑うかの様に、フィトスは悠利達を見つめる。セシファは相変わらずのジト目で無表情のまま見つめていた。


「何をしたの? 魔法? 私の矢をどうやって……」


「フフフ……その苦悩に満ちた表情は良いものだね。凡人には理解の範疇を超えるものさ。悩んでも悩んでも、考えても考えても、答えは導き出せない。それはこれからも、君達の人生において知る事さえ不可能な事。だが、一つだけ教えてあげよう。これは、魔法ではないよ」



 ――魔法では無い。



 その言葉に、より一層謎が深まる。フィトスは、それが目的だった。悩ませ、精神的苦痛を与える。他人の苦悩、苦悶、苦痛はこの男にとって、格好の餌であり何よりの好物。非常にタチが悪い。


「魔法じゃない……どういう仕組みだ……」


「フィトス様、それ以上は」


「分かってるよ。教えるのは一つだけだと言っただろ? さぁ、大人しく水晶を渡してくれるかい? 僕はタクトとの戦いに備えて温存しておきたいんだ」


 その場にふわふわと浮き続けるフィトスは、悪戯な笑顔を再び見せた。この余裕な態度、相手を完全に見下す悪戯な目、自分が誰かに負けるなど存在しないといったフィトスの素振りは、傲慢以外に何でもない。

 だが、その傲慢さはかつてのセラよりも、ヴァルキリアよりも、常軌を逸しているとも言える。


「何なんだよ……あんまり、馬鹿に……すんじゃねぇよ!!」


「ちょ、悠利くん!!」


 目を充血させ、激昂した悠利が走り出した。感情を抑えれず、感情に流されたまま怒りに任せて剣を握った。力が入り過ぎて、握っている指が赤く染まっている。

 これでは、正常な判断は出来ない。だが、悠利にはそんな事を考えている暇も無い。


「オラァァァァァァァァッ!!!!」


 フィトスの顔を目掛けて、縦に剣を振る。怒りに任せたその剣はブォンと鈍い音を立てながら振り下ろされる。

 フィトスは、避ける素振りも魔法で防ぐ素振りも何も見せない。ただ、悪戯な笑顔を浮かべたまま、激昂する悠利の表情を眺めていた。

 正常な判断が出来ず、込み上がる怒りを制御出来ない悠利を、ただただ堪能している様にも見える。


 そして――。


 再び、理解不能な出来事が起こる。怒りに任せてフィトスの方へと走り剣を振った。その筈だ――。


「…………へ?」


 確かに、フィトスの方へと走り剣を振った。だが、悠利は李衣やセレスタの隣に立っていた。


「ゆ、悠利……くん?」


 李衣は、突然隣に戻って来た悠利を驚いた表情で見つめていた。それは、李衣だけじゃなくセレスタやレディカ、オッジも皆がその出来事に困惑していた。


「どした? 李衣ちゃん」


「どうしたじゃなくて……悠利くんが急に……」


「俺が急に何?」


「お前、覚えていないのか?」


 セレスタにそう言われても尚、悠利は首を傾げていた。怒りに任せてフィトスの方へと走り剣を振った事は、悠利の記憶から消えていた。

 それどころか、あれ程にまで怒りが込み上げ激昂していた悠利にその感情が今は見られない。走り出した事も、激昂した事も悠利は全く覚えていないのだ。


「どうしたんだよ皆、様子が変だぞ。それより、レディカちゃんの矢が何で消えたのか考えねぇと」


「様子が変なのはお前だ、ユウリ。あいつに対して激昂して走り出した事覚えていないのか?」


「は? 俺が? セレスタちゃん、何言って……」


 悠利には、セレスタの言っている事は意味不明だった。自分がそんな事をしていたなど、記憶にない。

 なら、何故セレスタ達はこんなにも困惑しているのか。答えは一つだ、フィトスの仕業だって事。


「まさか……またお前が!?」


「おや? 答えは導き出せたのかい? 僕としては仲間割れを期待していた所だけど、流石にこの程度じゃ無理があったみたいだね。でも、何か行動を起こせば君達は、更に困惑していく。大人しく水晶を渡すのが、何より賢い判断だと思うけど……どうかな」


「悪いけど、お前の指図は受けねぇ。卓斗達と一緒に本戦出場しなきゃなんねぇからな。どんな仕組みか知らねぇし分からねぇけど、絶対に勝ってやるよお前に」


 悠利の言葉を聞いたフィトスの表情は、悪戯な笑顔から無表情へと変わった。少しの沈黙が流れる。川の音と風で揺れる木の葉の音だけが聞こえてくる。すると、フィトスか沈黙を破る。


「セシファ、もういい、君も温存しておくんだ。彼達は僕が倒すよ」


「ですがフィトス様、彼との戦闘に向けての温存は宜しいのですか?」


「問題ないよ。十分の一の力でも十分だよ」


 そう言うと、腰掛けていた杖から降り、その杖を手に持つ。セシファは三歩程後ろに下がりフィトスを見守る様に立つ。


「何でわざわざ杖から降りたんだ……? さっきの仕組みを使えばずっと座っててもいい筈だ……」


 セレスタが、フィトスの行動に疑問を抱いた。確かに、先程の理解不能な仕組みを使えば、杖から降りる必要など無い。この行動から読み取れる事、それは。


「あいつのさっきの仕組みは、かなりのテラを必要とするか、制限があるか、だな。恐らく、次に使えるまで時間が掛かると見た。今なら理解不能な事が起きずに戦える筈だ」


「信じていいのか、セレスタちゃん。あいつの仕組みはまだ完全に分かった訳じゃ――」


「大丈夫だ、私達なら何とか出来る。弱気になるな、ユウリ。己を信じて強くあれ。そうすれば、必ず勝てる」


 言葉では何とでも言える。強がる事も、弱がる事も出来る。それが言葉の強味であり弱味だ。

 思っていない事を口にしてしまっても、言葉として出てしまった以上、それは「言葉」として成立してしまう。悠利も、フィトスに対して強がりである偽りを口にして言葉にした。



 ――絶対に勝ってるやるよお前に。



 本心は違う。怖い、逃げたい、勝てない。そういった感情が悠利を追い詰めていた。格の違いを見せつけられ、ただでさえ元は日本で普通に暮らしていた高校生である自分に、勝ち目があるのか。


 だが、悠利に言葉を投げ掛けたセレスタの「言葉」は、本心そのものだった。それは表情が、目が、声が、偽りの無い本物であると証明していた。


「そうだよな……あいつなら、卓斗なら絶対に立ち向かう筈だ……ったく、日本に居た時より逞しくなりやがって……弱い自分が恥ずかしいじゃんかよ……卓斗、絶対に本戦出場しろよ。俺も、必ずあいつに勝って本戦出場してやるからよ!!」


 悠利の目付きが変わる。迷いもなく、偽りも無いその眼は、強く相手を睨んでいた。剣を構えて、今度は偽りじゃなく本物の「言葉」をフィトスに投げ掛ける。



「――勝つ!!」


「目付きが変わった……どうやら、覚悟が出来たみたいだね。でも、その選択肢は間違いだとすぐに気付く筈だよ」


「いちいちうるせぇんだよ!!」


 悠利が、剣にテラを込めてその場で振りかざす。すると、狛犬の形をした雷がフィトス目掛けて走り出す。バチッと辺りに放電しながら迫る狛犬にフィトスは、悪戯に微笑む。


「これで、分かってくれるかい?」


 すると、突然狛犬は、風船が割れる様に弾けて消えてしまう。フィトスの足元には、半径五メートルの黒い魔方陣が浮かんでいて、手に持つ杖は真っ黒に染まっていた。


「消えた……」


 だが、先程の理解不能な消え方とは違い、破裂した様に消えたのが分かった。レディカが言っていた、消費した筈の体内テラが元に戻っているという訳でもない。確かに悠利は体内テラを消費したままだ。


「さっきとは、別の仕組みか」


「ユウリ、よく見ろ。あの黒い魔方陣に黒く変色した杖……まさか黒のテラじゃないか?」


 セレスタに言われ、悠利はある事に気付いた。エルヴァスタ皇帝国へ行った時に、エルザヴェートが話していた事だ。


「エルザヴェートさんの力……黒のテラだと……!?」


 かつて、世界の終焉へと導こうと暗躍した諸悪の根源である、悪辣姫エルザヴェートは、黒のテラを使っていた。開発したのはフィオラだが、エルザヴェートはその力で自らを悪に染めた。

 黒のテラの力は絶大で、世界など簡単に終焉へと導ける程だ。その逆に、それを救う力にもなり得るもの。


 今この世界で、黒のテラを扱う者は二人。エルザヴェートと卓斗だ。もし、フィトスの扱うのも黒のテラだとしたら、三人目となる。絶大な力を誇る黒のテラならば、理解不能な仕組みもやってのけるだろう。


「お前……黒のテラを扱うのか……?」


 フィトスは、銀色の髪を靡かせ真っ黒に染まった杖に再び腰掛けてふわふわと浮き出した。


「そうか、君達は黒のテラを知っているのか。その様子だと、名前だけを知ってる訳じゃないね? この力で世界など容易く滅ぼせる事も……でも、安心していいよ。僕は世界を滅ぼそうなんて思っていないからね、力に呑み込まれてしまった時はどうなるか分からないけど」


 悪戯な笑顔を浮かべ、クスッと笑うフィトス。黒のテラを扱うとなれば、相手が悪過ぎる。どういった能力なのかは悠利達には分からないが、エルザヴェートがかつてその力で終焉へと導こうとしていた話を聞くと、その力が絶大なのは分かる。


 困惑する悠利達を他所に、龍精霊魔導士は悪戯な笑顔と共に、更に追い討ちを掛ける様に口を開いた。


「さぁ、選択肢が間違っていたと分かってくれたかい?」




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