第34話 『始まるそれぞれの戦い』
四都祭が始まって早々、卓斗率いる副都Aチームは旧都Bチームの奇襲に遭い、戦闘が行われていた。それとほぼ同時刻、帝都Bチームではフィトス・クレヴァスによる身内同士の水晶の奪い合いが起き、フィトス、セシファを除く三人が森の外へと放り出され失格となった。帝都Aチームもフィトスにより全てのポイントを失った。
そして、卓斗達も旧都Bチームからの奇襲を退け早々にポイントをゲットしたのだった――。
「ちょっと待て!? 何で俺らの戦闘が端折られてんの!?」
「は? あんた何言ってるの?」
突然の卓斗の言葉に、エレナをはじめとした他のメンバーも疑問符を浮かべていた。
「何って、あんなに苦労してポイントゲットしたのにさ、こう……頑張り? っていうのが描かれてねぇんだよ!! 大問題だろ!! 見ろよ、服も汚れてるし、辺りに戦闘の形跡もあるだろ!! それに何よりあそこを見ろ!!」
卓斗が隣の方へと指を指した。そこには、卓斗達に敗れポイントを失なった旧都Bチームのメンバーが倒れ込んでいた。
「あいつら倒れてんじゃねぇかよ!! これじゃ、いきなり倒れたって事になっちまうだろうが!! 誰が、いつ、どうやって、倒したの? ってなるだろうが!!」
「え、えーと……タクトさん? 一体どうしたんですか? あの人達は私達が倒したばかりですよ……?」
エシリアは、突然変な事を言い出す卓斗を不思議な目で見つめて話した。エシリアだけでなく、エレナも繭歌もレフェリカも同じ様な目をしていた。
この男は何を言っているのだろうか。
「ちょっと越智くん、頭でも打った? さっきから変な事言ってるけど……」
「マユカ、あいつは元々変よ。更に変になっちゃったけど」
すると、エシリアが徐に立ち上がり卓斗に近づく。頭にそっと手を当てがうと、水色のテラが手に纏う。
「治癒魔法掛けても意味ねぇからな!? 頭がおかしいのはお前らの方だからな!?」
「タクトさん、大人しくして下さい。直ぐに治癒魔法しますから」
「はぁ……もういいよ……」
卓斗は気力が抜けたのか、仰向けに寝そべってしまう。ボーッと空を眺めて、深く溜め息を吐いた。
そんな卓斗の隣にエシリアが腰掛け、頭に手を当てがい治癒魔法を掛けた。
「エシリア……そんなに優しい子なら、俺の味方についてくれよ……」
「何言ってるんですか? 私は味方ですよ……?」
卓斗の言葉を理解出来る者は、誰一人として居なかった。とはいえ、ポイントをゲットしたのは事実。
卓斗達、副都Aチームは計十ポイントとなった。フィトスとセシファ帝都Bチームも十ポイントで、現在同率一位だが、もう一チーム同率一位が居た。それは――。
「不完全燃焼っスね~~。皇都の人間も大した事ないっスね」
「私ったら、ちょっと張り切り過ぎたかしら。相手さん達、全員気絶してるね」
龍精霊騎士ヴァリ・ルミナス、龍精霊ティアラ率いる旧都Aチームだ。彼女らも、皇都Aチームを倒し十ポイントとなっていた。
「まぁ、十ポイントもあれば本戦出場は確実よね。でも、油断は大敵よ。私的にはセシファと戦いたい所ね」
「セシファって、ティアラのお友達っスよね。て事はヴァリと一緒で龍精霊の契約者が居るって事っスね」
「そう、確かフィトスって言ってたかな。セシファ達は何とか予選で敗退させたい所だけど、このポイント制のルールじゃきついか」
ティアラとセシファ。かつての旧友であり、世界を救った事のある英雄同士は、警戒し合っていた。
「じゃあ、水晶は一人二つずつ持っておこっか。もう少しポイント欲しい所よね。やるなら、一位で突破でしょ」
ティアラは、皇都Aチームの水晶を仲間に配りながら、そう話した。すると、ヴァリが頬を膨らまして気怠そうに、
「うげぇ……まだ戦うっスか? 本戦出場確実なら、もう戦わなくてもいいっスよね……ヴァリ、お腹空いてやる気が出ないっス」
「あんた、さっきまでのやる気どこやったのよ……」
その時、茂みからヴァリ達の元へと歩み寄ってくる者が現れる。
「兄貴じゃねぇけど、敵はっけーん!!」
長めのソフトモヒカンで金色と黒色のツートンカラー。上半身裸で上着を腰に巻いている。ズボンの裾は膝下まで折られ、小麦色の肌の筋肉が目立つ。
ソフトマッチョな少年。そう、ラディス・ラ・エヴァだ。そんな、ラディスの周りに仲間の姿は無かった。
「少年、一人で私達に挑むつもり?」
ティアラの言葉に、ラディスは鼻で笑い、八重歯をチラつかせて拳を叩いた。
「兄貴探してたら、仲間と逸れた!!」
沈黙が流れた。風の音だけがその場に響き渡る。この様なチーム対抗戦で、逸れるなどとあるのだろうか。
「つまり、迷子って事?」
「あぁ!! 迷子ついでに、あんたらのポイント貰うぜ」
ラディスは、腰に携えている剣を抜かず、拳を構えてファイティングポーズを取る。
「うげぇ、言ってる側から戦いっスか……面倒臭いっス」
「姉ちゃんよ、俺と……戦え!!」
ラディスは、目にも留まらぬ速さでヴァリの目の前へと移動した。その速さに、ティアラの視線も追いつかない。ラディスは、そのまま拳を振りかぶる。ヴァリもすかさず剣で防ぐ。
「飛んでけっ!!」
ラディスがそのまま拳を振り抜くと、ヴァリは勢いよく吹き飛んでいく。体勢を整え、手と足でブレーキを掛けて勢いを止め、立ち上がる。
「剣で防ぐの、よく間に合ったな、姉ちゃん」
指や首の関節をポキポキと鳴らし、ラディスはヴァリを見つめる。すると、ラディスの隣に居たティアラが口を開いた。
「少年の速さには、驚きね。でも、うちのヴァリを甘く見ない事ね」
そう言われ、ラディスは目を凝らしてヴァリを見やると、そのヴァリの手には赤色の水晶が二つあった。
「はぁ!? 水晶!?」
ラディスが、慌ててポケットに手を突っ込んで探ると五つあった筈の水晶が三つだけになっていた。
「いつの間に取ったんだ!?」
「さっきの一瞬っス。触った感じ、まだ持ってるっスよね? こうなったら、全部頂くっス!!」
ヴァリは、ラディスの方へと走り出す。剣を横に振り抜くと、ラディスは、サッとしゃがみ避ける。
そのまま、手で体を押し上げ足底をヴァリの顎にヒットさせる。
「っしゃおらぁ!!!!」
「ぐっ……!!」
ヴァリは、蹴り上げられ空高く飛び上がる。ラディスもすかさず地面を蹴って空高くジャンプし、ヴァリを両手で叩き落とす。
「女だからって容赦はしねぇ!! 全力だコラァ!!!!」
地面へと叩きつかれた瞬間、地面に大きくヒビが入り、蟻地獄の様に凹む。ラディスは、着地すると満足気に笑顔を見せた。
「まさか、死んでねぇよな。失格はなりたくねぇからよ」
すると、ヴァリは地面から起き上がると服や髪に着いた砂をパラパラと叩く。これ程の威力の攻撃を受けて尚、平然としていた。血すら出す事なく。
「うげぇ、口の中に砂が入ったっス。こんなんじゃ腹は満たされねぇっスよ……」
「ね、姉ちゃん……平気なのかよ……」
「へ? 何がっスか?」
ラディスは驚愕していた。これ程の威力の攻撃、並大抵の人間じゃ骨が折れるのは必須。それなのに、この女は華奢な体で目立った外傷も無い。
「少年、驚いた? うちのヴァリはね、世界一頑丈で、世界一タフなのよ」
「いや、タフ過ぎんだろ……ったく、これはもっと気合い入れねぇとな。本気で行くか」
そう言葉にした瞬間、ラディスの姿が消える。気がつくとラディスは、旧都Aチームのヴァリとティアラ以外のメンバーの目の前に現れていた。
「はや……」
トントントンと、一気に三人を押し倒す。それは、一回の瞬きの速さで。ラディスはそのまま視界に映ったティアラを標的にする。
さっきの三人と同じ様に押し倒そうと手を伸ばした瞬間、ラディスは弾き飛ばされる。
「なっ!? 弾かれた……」
「ごめんね、少年。私の防御魔法って特殊なのよね。でも、少年も流石ね」
ティアラがラディスを褒める理由。それは、先程の三人を押し倒した瞬間に水晶を奪っていた。ラディスの手には、六つの水晶が握られていた。
「これで、六ポイントゲット。けど、嬢ちゃんもやるなぁ」
「少年も、私を歳下に見るのね全く。若く見られるのも仕方ないか」
すると、凹んだ地面からヴァリが這い上がってくる。
「ティアラ~~、向こうの三人は水晶取られたんスか?」
「そうみたい。まぁヴァリもさっき二ポイント取ったし私達は、六ポイントだね」
「そうっスか。で、そっちの彼は何ポイントっスか?」
「俺か? 俺のチームの水晶は全部俺が持ってるし、さっき二ポイント取られたから、今は九ポイントだな」
ラディスは、恐らく本気の馬鹿なのだろう。ポイントの内訳をこうも教えてしまうと、自分の不利になるとは全く気付いていない。
「そうっスか。じゃあ、取ったポイント返して貰うっス」
「お、ヴァリがえらくやる気だね。いつもその調子ならいいのに」
「ティアラは、そこで見てるっス」
ヴァリは、一本の剣を片手にラディスの方へと走り出した。地面を蹴り、拳を構えるラディスへ縦に振りかざす。
ラディスは、サッとしなやかに横にズレると剣は空を切っていく。そのまま、左の拳を振りかぶった。――カウンターだ。ヴァリは、避ける事も無く、ラディスの拳を胸に受ける。
だが、ラディスは手応えを感じなかった。自分の拳が、骨がキシキシと痛むのが伝わる。先程は気付かなかったが、ヴァリの体は堅すぎる。地面なんて比じゃ無い、それはまるでダイヤモンドの様だ。
このまま振り切ってしまえば、確実に自分の拳が保たない。とっさに、拳の勢いを緩め回し蹴りで蹴り飛ばす。
「痛ってぇ……」
先程の蹴りあげた時と叩きつけた時の、痛みが今になって伝わってくる。素手じゃ自分の身が保たない。
「痛そうっスね。ヴァリを殴ったり蹴ったりした人は皆そうやって言うっス」
「姉ちゃんの体は、師匠より化け物だな……ったく。あんまり好まねぇけど、これで行くしかねぇか」
ラディスは、腰に携えている剣を抜いた。手入れを全くしていないその剣は泥で薄汚れていた。
「手入れしてねぇっスね? 駄目っスよ!! 騎士なら手入れは絶対っス!!」
「姉ちゃんさ、本気じゃねぇだろ。そっちの二本の剣は俺には使う程でもねぇってか?」
ヴァリは、手に持っている剣とその他に腰にも二本の剣を携えている。ラディスには、その二本を使わない事が気に触る。
「これっスか? これは、あんまり使いたく無いんスよね。まぁでも、この一本の剣をヴァリの手から離す事が出来たら、こっちを使うっス」
「おーっと、これは姉ちゃんに試されてるって事か!! っしゃあ、気合の入るこったぁ!! 分かったぜ、姉ちゃん!! 一本の剣ぶっ飛ばして、そっち使わしてやるからな!!」
――同時刻、卓斗達のチームを探す悠利達は、森の中を通る川の麓で休憩していた。
「はぁ、全然出会わねぇじゃんかよ……」
「この森広いもんね。悠利くんも水飲む?」
副都AチームとBチームが揃って、本戦出場を目指すとならば、合流が必須と悠利は考えていた。
「とはいえ、制限時間も分からないんじゃな……」
「本当に、制限時間教えないってどういうルールだよ。あまりこうして、ゆったりしてる場合でも無いな」
すると、川の麓に二つの黒い影が迫っていた。黒の魔法帽に黒のローブ。そう、フィトスとセシファだ。
「その服は、副都のチームだね」
「チッ、先に敵と出会したか……」
悠利達は、剣を抜き戦闘態勢に入った。だが、フィトスは杖に腰掛け、ふわふわと浮いたまま悠利達に笑顔を見せている。
「タクトのいないチームか。興味無いな……」
「では、どうしますか? フィトス様」
「そうだね、ポイントだけは奪っておくか」
悠利は、聞き逃さなかった。青髪の少女、実際は老幼女だが、フィトスと口にしたのを。
「お前が、龍精霊魔導士のフィトス・クレヴァスか。ここに来て、注意人物かよ……」
「良く僕の事を知ってるね。君はタクトのお友達かな? 悪いけどポイントは頂くね」
悠利達と、フィトス、セシファの戦いが始まる――。




