第31話 『龍精霊ハーフフェアリー』
「そういう事で、今回の四都祭のセラと三葉の参加は見送りになった」
神王獣との戦いから翌日、医務室で、セラと三葉に四都祭について卓斗が話した。三葉は素直にそれを了承したが、案の定セラは反対した。
強い者を目指す者にとっては、そういったイベントには参加したいのであろう。
「これくらいの怪我、問題ない」
「問題あるんだ」
こうして、話せる程にまでは回復したが体を完全に動かせる様になるまではもう少し時間が掛かる。無茶をしてまた傷口が開けば意味がない。
「私は……!!」
何か言いかけたセラの肩をレディカがそっと手を置き、首を横に振った。レディカが何を言いたいのか悟り、セラも悔しそうに拳を握って下を向いた。
「お前の分も頑張るからさ、治療に専念してろ、な?」
「タクトの言う通りよ。今回は仕方がないの、後は私達に任せて」
セラは静かに頷いた。悔しくて悔しくて堪らない。自分がもっと強ければ、神王獣にも負けなければ、自分への悔しい気持ちが溢れ出した。
「じゃあ、タクト出てってくれる?」
「え!? 何で急に!?」
「女の子同士でしか話せない事もあんのよ。気くらい使いなさいよ」
この場での、女の子同士というのも色々な話があると思う。だが、男からすれば、一番に頭にパッと思い浮かぶものと言えば下ネタチックな話だ。卓斗も、一瞬そういう話をするのだと頭によぎる。
「あ、あー!! そ、そっか!! 悪りぃ悪りぃ」
医務室を出ると、卓斗の顔は赤く染まっていた。思春期真っ盛りの卓斗にとっては刺激が強い。とはいえ、そう思ってるのは卓斗だけだが。
追い出されたとなると、途端に暇になる。四都祭まで後二日もあるから、その間何をするか。そんな事を考えていると、卓斗の視界にエルザヴェートの姿が映った。
エルザヴェートの元には、ジト目幼女と魔法少女幼女が居て、何か話している様子だ。
「あれは、確かセシファとティアラ……エルザヴェートさんと何を話してんだろ」
卓斗は三人の元に歩み寄る、
「にしても、其方らとは随分と久方振りよのぅ」
「そうですね。姿も変わらず何よりです」
「何言ってんのよ。姿が変わらないのは当たり前でしょ?」
卓斗が近くまで来ると、エルザヴェートが気付き呼び掛ける。
「タクト、いい所に居るの。紹介する」
エルザヴェートが、卓斗に二人を紹介しようとしたその時、二人が大きな声を上げ、
「あ!! 僕ちゃん!!」
「私をお嬢ちゃん呼ばわりした人」
「なんじゃ、もう知り合っておったのか」
卓斗は、二人と既に会話を済ませている。ただ、セシファは、大人び過ぎて老人の域まで達してしまっている不思議な子という印象、ティアラは、自分を近所の子供の様に扱う魔法少女という印象を与えられていた。
「三人って知り合いなのか?」
「知り合いも何も、この間説明したじゃろ。フィオラと共に妾と対立した、シャル、イオ、セシファ、ティアラが居たとのぅ。その、セシファとティアラじゃ」
「は!? って事は、お前ら二人も……千三百歳!?」
そういう事なら、二人の言動にも合点がいく。エルザヴェートと同じく、歳を取らない不老の禁忌の魔法、不老年珠を掛け見た目が十歳程の姿のままなのだとしたら、セシファの言っていたお嬢ちゃん呼ばわりも、ティアラの子供扱いも納得がいく。
「だから言ったんです。お婆ちゃんとお呼び下さいって」
「いやいやいや!! 大体、千三百歳ってお婆ちゃんって呼んでいいのか!?」
一般的に五十歳くらいからお婆ちゃんなどと呼ばれるのであれば、千三百歳となると大が何個付く事になるだろうか。
しかし、見た目がこうも幼女だとお婆ちゃんとも呼び難い。
「僕ちゃん? お婆ちゃんって失礼よ? お姉さんって呼びなさい」
ティアラが、両手を腰に当てて、ムスッとした表情で卓斗にそう話した。
「いや、十六歳から見た千三百歳にお姉さんは無理があるだろ……」
「ティアラは、私達の中でも一番、お姉さんお姉さんうるさかったですから、放っておいて結構ですよ」
「ちょっとセシファ!! うるさかったって何よ!!」
こうして見ていると、十歳同士の喧嘩にも見える。エルザヴェートと違って話し方は当時のままなのだろう。
「じゃあ、セシファとティアラがこうして今も居るって事は、他の二人も?」
エルザヴェートの口から出ていた名前は後二人居る。シャルとイオだ。エルザヴェート同様、セシファとティアラも不老年珠を掛けているとなると残りの二人も当時の見た目で今も生きている筈だ。
「うーん、そうだね。イオは私達裏切ってエルザヴェートに付いて倒したからもうこの世には居ないし、後はシャルだけだね」
「なんか、こうして話を聞いてると、かつて敵同士だった者が喋ってるのって違和感があるよな……」
エルザヴェートは、千三百年前、世界を終焉へと導こうと暗躍した。それを、フィオラ、シャル、セシファ、ティアラが止め世界を救った歴史がある。そんな諸悪の根源と英雄が今では、啀み合う事なく話している。
「其方らも、当時は強かったのぅ。この妾が負けるとは」
「今でも強いから。まぁ神器も今では持ってないし、シャルも居ないしフィオラも封印されたからね。今、エルザヴェートとまた戦うってなったら勝てる見込みが無いのが本音だけど」
「まず、そんな歴史の英雄とラスボスが今の時代にも生きてて目の前にいる事が何より不思議なんだけども……」
日本で言えば、卑弥呼が今尚も生きているのと同じくらいの衝撃だ。だが、この世界に写真などは無く、遥か昔のエルザヴェート達の姿を見た者は当然、既にこの世には居ない。
今、この時代を生きる者達には、エルザヴェート達がそんな人物だとは思わないだろう。
「その、シャルって人は今どこに?」
「それが、分からないんです。もう何年も……いえ、何百年も見ていませんから」
「殺されてなきゃ、まだこの世界に居ると思うんだけどね。シャルも不老年珠掛けられてるし。まさか、シャルも既に契約を……」
ティアラからの言葉に、気になる単語が出てきた。
――契約。
「契約?」
「私達三人は、エルザヴェートによって姿を変えられたの。まぁ見た目はともかく、龍精霊にね。人間と龍精霊のハーフ、ハーフフェアリーなんて私達は呼んでるわ」
「龍精霊……ハーフフェアリー……」
それもまた、この世界に来て聞き覚えのない単語だ。それにしても、このエルザヴェートはどこまで悪辣な存在だったのか。
「あー、今の時代ではハーフフェアリーなんて呼ばないか。確かね……神王獣だったかな」
「神王獣!?」
それは、知っている言葉。知っているもなにも、昨日戦ったばかりだ。その存在感、威圧感は今も脳裏に刻まれている。悪辣な白い龍だ。
「俺、昨日戦ったぞ!?」
「シャルとですか? なら、シャルはまだ契約者を見つけて無いって事ですね」
「私達は、契約者が居ないと龍精霊の本来の姿になるの。まぁ本来はこっちの人間が正解だからややこしいんだけどね」
ならこの二人がこの姿だという事は、二人には契約者が居る事になる。大体は予想が付く。昨日話していた時に二人の隣にいた者。フィトス・クレヴァスとヴァリ・ルミナスだ。
「じゃあ、二人はフィトスとヴァリが契約者か?」
「そういう事!!」
何故かえっへんとドヤ顔を見せるティアラ。彼女らの言う龍精霊ハーフフェアリーと神王獣が一緒ならば、あの悪辣な白い龍はここに居ない一人、シャルという事だ。
「て事は、シャルって人は相当悪い奴なんだな。俺らを完全に殺そうとしてたぞ……」
実際、三葉とセラは瀕死寸前まで追いやられ、エレナも負傷した。卓斗も対峙してその殺気を全身で感じた。
「それは違いますよ。私達は龍の姿の時、自我がありません。人間としての記憶、自我を失い、龍として存在するんです。ですから、シャルも契約者が見つかれば、人類を滅ぼそうなんてしないですよ」
「本当、龍の姿の時は大変よね。この時代の人達じゃ到底私達を倒せないしね。契約する他ないもんね。大体、エルザヴェートがそんな魔法私達に掛けなければ、こんな事になってなかったのよ」
ティアラの意見は、全くのその通りだ。エルザヴェートが彼女らに、その様な魔法を掛けなければ、この時代に神王獣など存在する事は無く、セラ達もこんな状況になる事は無かっただろう。
「当時の妾も必死じゃったんじゃ。ただでは負けんとのぅ。じゃが、考えがだんだん変わって後悔しておる。契約者が現れてくれれば妾も安心なんじゃがのぅ」
「あ、そうだ!! 僕ちゃんがシャルの契約者になれば?」
突然のティアラの言葉に、卓斗は意味が分からなかった。自分が、あの悪辣な白い龍の契約者になるなど、今の今まで考えていなかった。
「は!? 俺が!?」
「僕ちゃんなら、シャルとも仲良く出来そうだし。龍精霊騎士ってかっこいいじゃん!! まぁ、次にいつどこでシャルが出てくるか分からないけど、その時は、僕ちゃん頼むよ?」
「待て待て待て!! 何勝手に話進めてんだよ!! まぁ確かに、龍精霊騎士って響きは良いけどさ、俺次にあの白い龍と対峙したら確実に殺されそうなんだけど!?」
対峙したからこそ分かる。自分ではあの龍には勝てない。悔しいが、それだけは分かる。
「勝たなくて良いんだよ。隙を見て契約を交わすだけだから。それとも、見ただけで怖気付く様な弱い騎士なのかな、僕ちゃんわ。それじゃ、私のヴァリには勝てないね」
「フィトス様にも」
二人の熱い視線に、思わず気圧され、
「わ、分かったよ……」
「ん!! じゃあシャルの事は任せたよ、僕ちゃん!! 私はそろそろヴァリが腹減ったっスって駄々こねる頃だから行くね。エルザヴェートもまた今度」
ティアラとセシファは、そう言って各々の契約者の元へと戻っていった。面倒な事を任されたと気を落とすが、「龍精霊騎士」という響きに、少し感動してしまっている。そう、素直に――。
――かっこいい。
「シャルの契約者となれば、シャルは其方の力になると思うぞ?なんせ、あのメンバーの中でもシャルは飛びっきり強かったからのぅ。まぁ、一人では妾には到底及ばんがの」
全ての面倒な問題に、エルザヴェートの名は外せない。フィオラの秘宝も、黒のテラも、龍精霊ハーフフェアリーも、本当、この老幼女には困らせられたものだ。
「大体、エルザヴェートさんが悪いんだぞ。何で龍精霊になんか変えたんだよ」
「妾を倒した英雄が、人類の脅威となって滅ぼされる。誠に面白き事じゃと思ってのぅ。じゃが、その脅威があまりにも強すぎたみたいじゃの」
てへぺろとテロップが出ていそうな感じで、舌を出して、笑顔を見せる。しばきたい。お前は馬鹿かとしばきたい。だが、それを必死に抑える――。
「師匠ー!! こんな所に居たのか……って兄貴と話してたのか」
そこに、エルザヴェートの弟子で、卓斗とは兄弟子関係のラディスが、走り寄ってきた。
「うむ、ラディス。何事じゃ?」
「クライスの兄貴が呼んでるぜ、って事で兄貴、師匠借りてくから!!」
ラディスは、エルザヴェートの手を引っ張って走って行った。卓斗はこの数日で、かなり疲れていた。
色んな出来事が一気に出て来すぎだ。どれから解決すればいいのか。ただただ溜息だけが出てくる。
四都祭までの、三日間は全員が仲睦まじく話したり、食事をしたりと、これから優勝目指して戦うとは思えない空気感が副都に漂っていた。そして、卓斗はこの四都祭で注意すべき人物を定めていた。
一人目は、帝都のフィトス・クレヴァスだ。魔法使いで、セシファの契約者。龍精霊魔導士とも呼べるフィトスは注意すべき人物だ。
二人目は、旧都のヴァリ・ルミナスだ。ティアラの契約者で、龍精霊騎士の名を今持つ人物。かっこいい。では無くて、本人からは感じ取れないがティアラから聞いていると、恐らく腕が立つ者。よって、ヴァリも注意すべき人物。
最後の三人目は、皇都のラディスだ。契約者では無いが、諸悪の根源エルザヴェートに師事している事から、只者では無さそうだ。幸い、兄貴などと呼ばれ関係性は良好の一途を辿っているが、侮れない。よって注意すべき人物。
これらを踏まえて、卓斗は四都祭に挑む。目標はもちろん、優勝だ。
――そして、遂に四都祭が開幕する。




