第30話 『魔法使いと変な子と馬鹿』
――副都の入り口広場には、各都から赴いたそれぞれの国の生徒が集まっていた。
サウディグラ帝国から帝都、マッドフッド国から旧都、エルヴァスタ皇帝国から皇都、そして、ヘルフェス王国から副都。
それぞれの代表者達が集まり、三日後に行われる四都祭に向けて準備が進められた。
「えー、わざわざ副都まで赴いて貰いご苦労だった。三日後に行われる四都祭では、正々堂々と戦える事を願う。私は、ここ副都の教官を務める、ステファ・オルニードだ。以後よろしく頼む。来てもらった者達の泊まる場所は用意してあるから、三日後の四都祭まで体を休めてくれ」
卓斗は、他国から来た自分と同じく学校と呼ばれる所に通う者達を見ていた。日本で言う所の、他校の同級生と言った所だ。
総勢三十名にも及ぶ新しく出会う人達に少し、緊張していた。
「色んな人が居るんだな……」
同い年から年下、年上と色々な年齢層が集まって居る。この世界の学校には年齢の規律が無く、振り幅が広いのだ。そんな、卓斗の元に一人の少年が声を掛けた。
「やぁ、君は副都に通う騎士様かい?」
その少年は、銀髪に魔法帽を被り、黒のローブを着ている。中性的な顔立ちに一瞬、女性かと思ったが、声で男性だと分かる。
「どうも……」
「そんなに畏まらなくていいよ。同世代だと思うんだけど……」
そんな少年の隣に、少女が立っている。少年と同じく、魔法帽を被り黒のローブを着ている。青い髪色で片方に結んだお下げ。常にジト目で表情を一切変えない。年齢は見た目的にかなり年下に見える。
「えーと、多分、同世代……だと思う。俺は越智卓斗」
「僕はフィトス・クレヴァス。サウディグラ帝国の魔法使いさ。君は騎士様だよね?」
卓斗は、この世界に来て初めて魔法使いと出会った。騎士の象徴とも呼べる剣を持たず、手には杖を持っている。卓斗が想像できる魔法使いそのものだった。
「あー、うん。俺は騎士を目指してる。魔法使いってやっぱり、凄ぇ魔法使えたりすんのか?」
「それなりには、ね。でも騎士様と違って、接近戦には滅法弱いよ。武器を持たないからね。まぁ、それ用の対策魔法はあるんだけどね」
「そっちのお嬢ちゃんも凄ぇ魔法使えたりする?」
卓斗が徐に、フィトスの隣に立つ少女にそう話し掛けた。すると、ジト目でジッと卓斗を見つめて小さく口を開いた。
「私をお嬢ちゃん呼ばわりしないで下さい。お嬢ちゃんって言うより、お婆ちゃんとお呼び下さい」
「はい?」
少女の言葉に、卓斗の頭の中には疑問符が浮かぶ。この子は一体何を言っているのだろうか。
「ごめんよ。セシファは少し大人びた心を持っているからね。気にしなくていいよ」
大人びた心にしては、大人過ぎている。大人を通り越して老人の域に達してしまっているが、敢えて触れないでおこう。
「三日後の四都祭、楽しみにしてるよ。正々堂々と戦おうね。タクト」
知り合ったばっかの、魔法使いにいきなり呼び捨てにされて、少しイラっとしたが、差し出された手に、苦笑いを浮かべながら握り返した。
だが、初めて会った魔法使いに少し感動していた。テレビや漫画で見たまんまの姿で期待を裏切らない。後は、箒に跨って飛んでさえくれば完璧だ。
そんな事を、考えていると、又しても声を掛けられる。次は声で女性だとはっきり分かった。
「あのー、副都の食堂ってどこっスか? ヴァリお腹が空いてもう動けないっスよ~」
ピンク色の髪色の美少女。スタイルも申し分なく、エレナと変わらず可愛い少女が卓斗の視界に映った。
「え? 食堂? えーと……」
すると、美少女の隣に立っていた少女が深くため息を吐いて、美少女の頭をバチッと平手打ちをして卓斗に話し掛けた。
「うちの子がごめんなさい。本当、だらしがない子で」
そう話す少女の見た目は、黄色い髪色にモサモサの盛り過ぎな毛量でツインテール。
黄色のラインが肩から入ってる真っ白な騎士服を着ていて、二重でぱっちりな目をしていて見た目は完全に、日曜の朝の魔法少女を彷彿とさせる。だが、この少女も完全に年下に見える。
「うちの子? いや、全然大丈夫だけど……」
卓斗は考えた。ピンク髪の美少女とこの魔法少女っぽい子の関係性を。言葉からして、魔法少女っぽい方が年上にも見える。
だが、見た目が完全に幼女。さっきのセシファと呼ばれていた幼女と然程変わりがない程に。
「えーと、妹さん? 面倒見がいいんだな」
「妹!? 私がこいつの妹!? ちょっと僕ちゃん? 言葉には気を付けた方がいいわよ。どう見たって私の方がお姉さんでしょ!! フン!!」
駄目だ。何故さっきから幼女が大人びているのか分からない。それにしても、ピンク髪の美少女は、先程からずっとお腹をならしている。相当お腹が空いている様だ。
「飯~~。飯が食べたいっス~~」
「どんだけ腹減ってんだよ……」
「んー? よく見れば、お兄さんイケメンっスね。なんか、この世界には存在しない様な顔立ちっス」
卓斗は、少しドキッとした。別に日本から飛ばされて異世界に来ている事は、隠している訳ではないが、こう言われると何故かドキッとしてしまう。
「そ、そうか?」
「決めたっス。お兄さんはヴァリの婿になるっス」
「は!?」
何を言ってるのだろうか、この美少女は。悔しいのは、可愛いから少し嬉しく思ってしまった所だ。だが、今の卓斗には気になる人がいる。
それが、好きなのかは分からないが意識してしまっている事実がある。他でもない、三葉の事だ。
「何言ってんだよお前!!」
「お前じゃないっス!! ヴァリの名前は、ヴァリ・ルミナスっス!! ちゃんと名前で呼んで欲しいっス!! あ、お兄さんの名前は?」
この子と話していると、何故か疲れる。マイペースにも程がある。これなら、セラと話している方が楽だ。
「声でけぇよ!! えーと、俺は越智卓斗。それから、婿にはならねぇから」
「ぶぅー、連れねぇっス。ノリが悪いっス」
「ノリなのかよ!! ちょっと嬉しく思っちゃっただろ!! これ内緒な!!」
これは、エレナやオルフと話しているより腹が立つ。その二人が掠れる程にヴァリ・ルミナスという少女への苛立ちは大きい。可愛いのが勿体無いくらいだ。正直、変な子だ。
「でも、タク兄がイケメンなのは本当っスよ?」
「は? タク兄?」
「ヴァリが認めるイケメンっス」
さっきから、馴れ馴れしい奴ばっかりだ。フィトスといいヴァリといい、コミュ力が高すぎる。
「じゃあ、ヴァリは食堂を探すっス。ティアラ、行くっスよ~」
「僕ちゃん、うちのヴァリがごめんね、疲れるでしょ。もっと女の子らしくしなさいって言ってるんだけどね。じゃあ、四都祭ではよろしくね」
そう言って、卓斗にウインクしてヴァリの後を追って行った。何故、ティアラと呼ばれる幼女は自分を近所の子供の様に扱うのか不思議だ。
「それにしても……セシファとティアラか……どっかで聞いた事ある様な……」
顎に指を当てて考え込んでいると、聞き覚えのある声が卓斗の名を呼んだ。
「タクト、久しぶりじゃのぅ」
それは、黒のテラを教えて貰っている師匠とも呼べる人物。エルザヴェートだった。
「久しぶりって、二日ぶりだろ。もう千三百年も生きてたら感覚狂ってんのか?」
「面白い事を言うのぅ。確かにその通りかものぅ」
エルザヴェートと話していると、その隣でジッと卓斗を睨む様に見つめる少年の姿が目に映る。
「あのー、ずっと睨まれてんだけど……」
「お前が師匠が言ってたタクトって奴か」
「師匠?」
恐らく、この少年の言う師匠とはエルザヴェートの事だろう。だが、気になるのはエルザヴェートに師事するという事は、黒のテラを扱う者なのかだ。
「俺の名は、ラディス・ラ・エヴァ!! 師匠に色々と教えて貰ってんだ。悪いが、俺の方が先に師事したから、俺はお前の兄弟子になるって事だ。俺の事は兄貴と呼べ」
この、黒と金髪のツートンカラーの少年はいきなり意味の分からない事を言っている。どう見たって同年代だ。
「お前さ、いくつ?」
「俺はもう十五だ!!」
卓斗は十六歳。完全にお兄さんなのはこっちだ。だが、兄弟子な事には変わりは無いが、それは癪だ。
「俺は十六、なら俺の方が兄貴だよな」
言ってみただけだ。歳はこっちの方が上だという意味合いを込めて、言ってみただけだ。だが――。
「ぐぬぬ……仕方ねぇ、お前の方が兄貴だな。これから兄貴と呼ばせて貰うぜ」
馬鹿だった。ラディスという少年は恐らく、純粋ピュア百パーセントの馬鹿だ。何の疑いも無く、卓斗の言葉に言い負かされ兄貴の座を譲った。
「ラディスとタクトは、仲良しになるのぅ。流石は、妾の弟子達じゃ」
「で、そのラディスが師事するって事は、こいつも黒のテラを使うのか?」
それは、卓斗が一番気になっていた事だ。もしそうなら、フィオラの言っていた事がある。
『黒のテラを扱う者は、世界を終焉へと導くか世界を救う者かに分かれる』
その言葉が本当だとし、ラディスが黒のテラを扱うのだとしたら、いずれ世界を終焉へと導くかも知れない。または、共に世界を救うかも知れない。だがその考えも杞憂となる――。
「ラディスは、黒のテラでは無いぞ。ただ単に、妾が可愛がっておるだけじゃ」
「何だ、黒のテラじゃねぇのか」
ホッとしていいのか分からない。今の所、卓斗の知る黒のテラを扱う者は自分とエルザヴェートのみだ。
エルザヴェートは、黒のテラの力の大半を封印されているから、世界を終焉へと導く事は無いだろう。一番怖いのは、終焉へと導くのが自分だったらだ。
「でよ、兄貴。今度の四都祭では正々堂々と勝負しようや」
「あぁ、悪いけど絶対に負けねぇからな」
すると、そこに悠利が駆け付け、卓斗の名前を呼んだ。
「卓斗!! セラちゃんと三葉ちゃんが目を覚ましたぞ!!」
神王獣に致命傷を負わされ、医務室で治癒魔法を受けて眠っていた二人が目を覚ましたとの報告だった。卓斗はエルザヴェート達と別れ、すぐさま医務室へと向かった――。
「アカサキさん……すみません、私の力不足で……」
上体を起こし、ベッドに座るセラが曇った表情でずっと二人を見守っていたアカサキに話した。
「仕方ないですよ。相手が相手です。神王獣は聖騎士団の面々で挑んでも勝てるか分からない伝説の龍です。ですが、私はセラさんを褒めます」
セラは、アカサキの言葉に顔を上げて見つめる。アカサキは優しく微笑みながら、
「セラさんは、命懸けでミツハさんを守ったんです。ちゃんと、守り切ったんですよ? 何故、守り抜けたか分かりますか?」
セラは、黙ったまま首を横に振る。
「セラさんにとって、ミツハさんが大切な存在だったからです。失いたくない、守りたい、その思いが力になったんです」
「それが、ミツハの言ってた、大切な何かを守りたい時の人の力……」
その隣で、三葉も上体を起こす。まだ左腕が痛むのか、苦痛な表情をしている。
「セラちゃん……生きてて良かった……」
「ミツハ……」
そこに、レディカが入ってくる。セラと三葉を見ると、何故か恥ずかしそうにサッと視線を逸らした。そんなレディカを見て、アカサキはフフッと微笑む。
「目覚めたのね……」
「レディカ……その……」
「何も言わなくていいわよ。あんたは、私との約束を守ってくれた。私が戻るまでミツハを死なせたら駄目だって約束を。それと……」
セラの脳裏に、その瞬間の光景が流れた。レディカは、ステファ達を呼びに副都に戻る前、セラに言っていた。
『私が戻ってくるまで、絶対にミツハを死なせたら駄目よ。死なせたら、許さないから。後……あんたも……」
レディカがセラと交わした約束は、三葉を死なせない事と、セラ自身も死なない事。今こうして二人が無事に生きている事は、セラがレディカとの約束を守った事になる。
そんな二人を見ていた三葉が笑顔で口を開いた。
「レディカちゃんとセラちゃん、仲直りしたんだね!! 友達になったんだね!!」
「ち、違うわよ!! そんなんじゃないわよ!!」
三葉の言葉に、否定するレディカを他所にセラは笑顔で、
「そうよ」
そう答えた。二人の間にあった深い亀裂は、徐々に修復しいい方向へと向いていた。
「あーもう!! 分かったわよ!! 仲直りしたわよ!! セラとは……と、友達……よ!! でも、私はセラが嫌いだからね」
そう言って、笑顔を見せるレディカ。セラも一瞬キョトンとするが、レディカの笑顔を見て、釣られるように笑顔を見せる。医務室には、誰もが予想しなかった暖かな空気が流れていた。




