表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第ニ章 『副都』
30/145

第27話 『伝説と呼ばれる龍』

 ――絶望。


 それは、誰が見ても絶望な光景だった。


 セラの視線の先には、自分を庇い白い龍に突き飛ばされた三葉が倒れ込んでいる。雨と泥と血でその場はグチャグチャになっていた。三葉は、ピクリとも動かない。


「ミツハ!!!!」


 セラは全身の痛みを忘れ、折れた右足を引きずりながら三葉の元に駆け寄った。



 ――私の所為だ。



 ――私が一人にならなかったら。



 負の感情が、セラをとことん煽る。三葉を抱き抱えると、微かに息をしているのが分かる。だが、その左半身は血と泥で赤黒く染まっていた。

 恐らく、左腕と左脚は折れているであろう。だが、それだけで済んだとも言っていいかも知れない。あの巨体で強靭な龍の突進を受けて、これだけならラッキーな方だ。

 だが、息があった事に安堵している場合でも無い。一刻も早く治療をしないと、出血多量で三葉は死んでしまう。セラは、必死に呼び掛けた。


「ミツハ!! ミツハ!! しっかり!!」


「セ…………ラ……ちゃ……」


 微かに三葉は、セラの言葉に応えた。だが、雨の音と、セラの叫び声でそれは聞こえない。でも、口が動いたのはセラも見ていた。


「ミツハ!! すぐに副都に戻る、死んじゃ駄目!!」


 微かに、三葉の右手がセラの服を掴んだのが分かった。急がなくては。一刻も早く治療しなくては。



 だが――。



「――っ!!」


 白い龍は、またしても弄ぶかの様にゆっくりと歩み寄る。既に動けず、戦えない者を完膚なきまでに弄ぶ。悪辣な龍に感情や同情など微塵もない。


 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。


 セラは、憎悪に満ち溢れた目で白い龍を睨んだ。殺したい。今すぐにでも殺したい。


 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。


 自分が、堪らなく憎い。全て自分の所為だ。自分のプライドの所為で、三葉を傷付けた。自分が、強ければ。自分が、大人になれば。何もかも自分の所為だ。


「殺す!! 殺す!! 殺す!! 絶対に殺す!!!!」


 普段、感情を表に出さない彼女が、感情剥き出しで白い龍に殺気を放つ。キャラじゃないとか、プライドだとか、そういうのは今はどうでもいい。無意識に、彼女の口からその言葉は溢れていた。


「殺す!! 殺す!! 殺す!! 絶対に殺す!!!!」


 それでも尚、白い龍の歩みは止まらない。自分に向けられる殺気、憎しみを嘲笑い、獲物を仕留めようと近付く。


「絶対に……絶対に殺してやる――――」


 次の瞬間、白い龍は地面を蹴り走り出す。セラと三葉を仕留めようと手を振りかざす。


 セラ自身も、魔力も尽きかけ、右足も折れ全身に痛みがある。抗う気力も無い。ただ出来る事、それは、防御魔法を掛けるくらいだ。


 白い龍の、振りかざした手はセラの防御魔法を殴りつける。殴り続ける。何発も何発も、殴り続ける。バリアにはヒビが入り、殴られる度に欠けらが飛び散る。完全に割れるのも時間の問題だ。


 今、セラに出来る事は、これ以上三葉を傷付けさせない事。三葉を抱き抱えていない方の手を翳して、バリアを割られない様に必死に耐える。バリアが殴られる度に、全身に衝撃が走る。


 痛い。


 辛い。


 苦しい。


 それでも、セラは必死に耐える。耐えなくてはならない。その時、ある事を思い出した。それは――。


「水晶……!!」


 副都に居るステファに危険信号を送れる水晶。あれは、依頼が行われる前に、三葉が持たされていた筈だ。抱き抱えていた方の手で、ポケットや、腰袋を探すが、水晶は見当たらない。


「無い……!! まさか……」


 最悪の事態。三葉が白い龍に突き飛ばされた際に、水晶は何処かへと飛んでしまっていたらしい。この状況では、動いて探す事は不可能。つまり、副都へ連絡が取れない事になる。


 今も尚、白い龍はセラのバリアを殴り続ける。そろそろバリアも限界に近い。というより、セラの体が保たない。

 翳している右手はバリアの欠けらにより切れ、雨と混じった薄く赤い血が垂れている。白い龍は、殴るのを止め、大きく振りかぶる。


「まずい……!!」


 全力を込めて殴られたバリアは無情にも粉々に砕け散る。とっさにセラは三葉に覆い被さる様に庇う。バリアを割った爪の長い手はセラの体を捉えようとした、その時――。



 ――テラレイン・ファルマ!!!!



 突然、爆発音が聞こえる。セラが白い龍を見やると横腹を火の鳥が襲っていた。思わぬ衝撃に白い龍は倒れ込む。セラも何が起きたのか訳が分からない。でもすぐにその答えは分かった。


「ちょ!! あんた大丈夫!?」


 三葉同様、後を駆けつけたエレナだった。エレナ一人では無い、その後ろにはレディカも居た。


「――って、ミツハ!? 凄い怪我じゃない!! セラも凄い怪我……早く治療しないと、水晶わ!?」


 エレナの問いに、セラは首を横に振った。その意味を理解し、エレナは舌打ちを打って白い龍を見やる。


「この龍……まさか、神王獣?」


「えぇ……こんな所に……出没するとは……信じ難いけれど」


 白い龍は、上体を起こし、尻尾を地面に叩きつけてエレナを強く睨む。悪辣な龍にとって、仕留める敵が増えただけだ。

 エレナとレディカが来た所で、不利な状況は変わらない。


「水晶が無いんじゃ、仕方ないわね。セラ、あんた動けるの?」


「右足が折れてる……」


「じゃあ、レディカ。副都に戻ってステファ達を連れて来て」


「あんたはどうするのよ!?」


 エレナは、剣を抜き構えた。こうなった以上、仕方がない。戦うしかない。


「私が、神王獣を引きつける。極力、ここから離れる様にね」


「はぁ!? あんた一人で大丈夫な訳――」


「私を誰だと思ってるのよ。カジュスティン家の王妃よ? 龍如きにやられたりしないわ。って言っても、長くは保たないから急いで」


 レディカは、セラを見て、


「あんた、私が戻ってくるまで、絶対にミツハを死なせたら駄目よ。死なせたら、絶対に許さないから」


「分かった……」


「後……あんたも……」


 そう言って、レディカは副都へと戻り走り出す。セラは目を丸くして走っていくレディカの背中を見ていた。

 まさか、レディカからそんな言葉を投げかけられるとは思ってもいなかった。それを見届けたエレナは、白い龍に再び、火の鳥を浴びせた。


「火傷一つ無いわね。でも、あんたの相手は私よ!!」


 エレナは、レディカが走った方向とは反対方向に走り出す。神王獣と呼ばれた白い龍は、翼を広げて飛行してエレナを追いかける。


「そのまま、私と追いかけっこよ!!」


 白い龍は、走るエレナに向け、口から火の玉を吹く。エレナも右へ左へ、移動し火の玉を避けながら、どんどん走る。セラ達から出来るだけ離れる為に。


「ミツハ……もう直ぐで治癒魔法してもらえる……だから、頑張って」


 セラの呼び掛けに何も応えない三葉。でも、息をしているのはセラに伝わっている。三葉はまだ生きている。

 自分も、全身の痛みに耐えながら、意識を保とうと集中する。少しでも、気を抜けば意識が無くなりそうだ。ただ、その場には、未だに大雨が降りしきっていた。


 ――副都では、依頼に行った三葉達を卓斗達が待っていた。途中で雨が降り、少し嫌な予感を覚えるが、水晶に反応は無い。大丈夫であろう、そう思っていた。


「雨止まないな……」


「越智くん、三葉を心配するのは分かるけどさ、あの子も強い子だよ?」


 繭歌に思わず、心を見抜かれてしまった。実質、卓斗は三葉が心配で仕方がない。でも、メンバーにはセラもエレナも居る。

 一応レディカも。その面では心配は軽減されていたが、何故か嫌な予感がする。


「いやー、それは分かってんだけどさ。なんかこう、モヤモヤするみたいなさ……」


 卓斗の中で、何かモヤモヤしている。卓斗の中というよりは卓斗の中の存在がモヤモヤしている感覚。その存在とは、フィオラだ。

 卓斗からは、会話を持ち掛ける事は出来ず、向こうから話しかけて貰わなければ、会話が出来ない状態だ。会話さえ出来れば、このモヤモヤと他にも色々話したい事は沢山ある。



 その時、突然教室の扉が開かれた。全員が視線を向けるとびしょ濡れのレディカが息を切らし入ってきた。


「はぁ……はぁ……」


「お、レディカ戻ってきた……って他の三人は?」


「お願い……!! 早く来て……!! セラとミツハが!!」


 セラの言葉に、全員がどよめいた。卓斗の嫌な予感は無情にも的中してしまう。


「話は行きながら話せ。アカサキ、行くぞ」


「はい!!」


 ステファとアカサキがレディカと共に教室を出ようとした時、一人の少年が呼び止めた。


「俺も行く!!」


 他でもない、卓斗だ。この状況から見て、セラと三葉がやばいと悟った卓斗は、居ても立っても居られない。


「しかしだな――」


「ステファさん、いいんじゃないですか?救援の数が多いに越した事はありません」


「それもそうだな。分かった、早く行くぞ」


 かくして、レディカを先頭にステファ、アカサキ、卓斗はセラ達の元へと向かう。


「それで、何があったんだ?」


「魔獣に襲われて、セラとミツハが凄い怪我なの」


「魔獣? あの森には然程腕の立つ魔獣は居ない筈だが……」


 ステファにも、信じ難い話だった。ましてや、No. 1の実力を誇るセラまでもが、魔獣にやられた所が信じ難い。


「それと、水晶は持たせていた筈だが?」


「私も良く分からないけど、その魔獣との戦闘で無くしたみたいなの。そういえば、エレナは魔獣の事、神王獣って呼んでた」


「神王獣だと!?」


 驚いていたのは、ステファだけで無く、アカサキも同じだった。


「何故神王獣が、この森に……」


「神出鬼没の伝説の龍、神王獣。最近では全く目撃情報は入っていませんでした。それが、このタイミングで……」


「あぁ、私も最近は聞いていない。最後に出没したのを聞いたのは十六年程前か」


 神出鬼没の伝説の龍に、出会ってしまったのは余りにも運が悪すぎる。謎はそれだけでは無い。十六年もの姿を現さなかった伝説の龍が何故、今このタイミングで姿を現したのか。

 この場に居る者には分かる人は居なかった。卓斗の中のフィオラは知っているかも知れないが。


「くそ……どーやったらあいつと会話出来んだよ……」


 考えていても仕方がない。こればかりは、卓斗にはどうする事も出来ない。


「もう直ぐ着く!!」


 森の中は、先程までとはうって変わり雨の音だけが流れていた。魔獣の気配も、神王獣の出没のせいか、全く感じない。激しい戦闘の形跡がある場所に、セラと三葉は、レディカ達の到着を待っていた。


「ミツハ……もう少し……」


「――――」


 セラは、三葉の意識を繋ぎ止めようと何度も何度も呼び掛ける。セラ自身も意識が遠退きそうなのを堪えて。三葉は、セラの呼び掛けに応えないものの、息はある。もう少し。もう少しすれば――。


 セラの視界がだんだんと狭くなっていく。



 ――だんだんと、だんだんと、だんだんと。






 ――セラ!!!!






「連れて来た!!」


 レディカの叫ぶ声が聞こえた。虚ろな目で見やるとレディカの隣には、ステファとアカサキ、そして卓斗が立っていた。


「アカサキ……さん……」


「セラさん、今は喋らないで下さい。直ぐに治癒魔法を掛けますから」


 セラは、アカサキの顔を見て安堵したのか、アカサキの言葉を聞いて直ぐに、意識を失った。


「おい!! セラ!! 三葉!! 赤崎さん、二人は大丈夫なんだよな!?」


「かなり酷い怪我です……ですが、私が来たからには一命は取り留める事が出来ます。安心して下さい」


「はぁ……良かったぁ……赤崎さんが居てくれて、本当に良かった。まさか、治癒魔法が出来たなんてさ」


「自慢ではありませんが、私は基本属性は全て使えます。もちろん光のテラである治癒魔法もです」


 驚きの余り、言葉も出なかった。基本属性全てが使えるなど、卓斗からすれば、チートの様な話だ。

 その本人が、異世界の人間で無く、日本出身だから尚更だ。


「それで、エレナわ?」


「それも話さなきゃ。エレナは、今一人で神王獣と戦ってる」


「は!?」


 レディカの言葉に、全員が驚いた。セラを三葉をここまでにした元凶とエレナが今戦っている。しかも、たった一人で。


「それで、どこに!?」


「分からない……この場から引き離すって言ってた……」


「それって……」



 ――薄暗い、岩に囲まれた洞窟にエレナは居た。左腕を抑え、そこからは血が滴り落ちている。息を潜め、悪辣な龍、神王獣から身を隠している。


「ハァ……ハァ……ぐっ……やっぱり……一人じゃ無理か……」


 エレナの近くには、神王獣が臭いを嗅いでエレナを探している。薄暗い洞窟に、光る紅い眼だけが浮かんでいた。


「私は……死ねないのに……私が死んだら……カジュスティン家が……助けてよ、タクト……助けに来てよ……あんた護衛なんでしょ……」


 エレナの願いは虚しく、目の前に神王獣の禍々しい顔が近づく。思わず、息が止まる程の威圧感。エレナに死が迫っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ