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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第ニ章 『副都』
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第26話 『セラ・ノエール』

 それは、突然としてセラの前に立ち塞がった。唸る様な鳴き声を轟かせ、ジッとセラを睨む。


 ――龍。


 圧倒的なまでの存在感、威圧感。神々しくも禍々しい存在の龍。異世界と考えると存在していてもおかしく無いが、当のセラでさえ実物を見るのは初めてだ。

 その威圧感に、セラも思わず、足が竦んでしまう。手や足が震え、肩に力が入る。


「金色の角、紅い眼、白い龍……聞いた事はあるけれど、それは伝説の筈……」


 大きな口を開けて、何本も生える牙を見せつけ白い龍は吠えた。大地が揺れ、空気が揺れる。恐怖心を煽るその雄叫びにセラの脳裏には、死の文字が浮かび上がる。


 ――戦うのか? 戦えるのか? 圧倒的なこの絶望を前に、自分が抗えるのか?


 そんな事を考えても、答えは出ない。


「まさか、神王獣とここで出会すとはね」


 考えるだけ無駄、セラには夢がある。聖騎士団に入団しアカサキの元で共に戦う事。それを成す為には、ここで死ぬ訳にはいかない。必然として、セラには戦う選択肢しか無いのだ。


「神王獣討伐、成させて貰う」


 恐怖心を押し退け、手や足の震えを必死に止め、セラは神器シューラ・ヴァラを右手に持つ。形状は弓の形をしている。


 セラはとっさに、接近戦は無謀と判断し遠距離戦での戦闘方法で白い龍を迎え討つ。これでも、副都ではNo. 1の実力を誇るセラ。例え、伝説の龍が相手でもそれなりに抗える筈。


「まずは一発」


 テラで矢を作り、白い龍に照準を合わせる。カタカタと震えるが必死に集中する。そして――。


 放たれた矢は、地面を抉りながら真っ直ぐ白い龍の顔へと一直線に飛ぶ。



 ――だが。



 矢は、白い龍の顔を捉えた瞬間、弾かれ地面に落ちると消えていく。かつて、屈強な巨大ゴブリンの図体でさえ貫いた矢は、容易く弾かれた。


「強靭な皮膚……まさに絶対防御ね」


 白い龍は、あたかも虫が顔に当たったかの様に顔を振り、ギロッとセラを睨む。背筋が凍り、押し退けた筈の恐怖心が再びセラを襲う。刹那――。


「来る……!!」


 白い龍は地面を蹴り、その大きさからは想像をつかせない程の速さでセラに近づく。この速さからだと、避けている暇はない。

 まともに喰らえば、高速道路で120キロで走る大型トラックに轢かれる程の威力があるだろう。


「テラ・フォース」


 この場を凌ぐには、防御魔法しか無い。セラは自身にバリアを張る。白い龍は、バリアを張ったセラに突進する。


「――っ!?」


 視界が歪む程の衝撃。一瞬意識が飛びそうになるのを堪える。だが、衝撃の強さからかバリアごとセラを吹き飛ばす。宙を舞うセラ。そのバリアは粉々に砕け、セラは勢い良く地面を転がる。

 服は雨で濡れ、泥で汚れる。幸い、防御魔法のお陰で致命傷は避けれたが、全身が痛む。


 降っていた雨は、一層強さを増し、セラは滴るを通り越えびしょ濡れだった。服は雨で濡れ染み込み、ましてや泥までも染み込んでいて、重みが増している。

 これでは動きにくい。だが、全身が鞭打ちの様に痛み、脱いでいる暇も無い。


「ただの突進で……ここまで」


 白い龍は、容赦なく次の行動を起こす。セラに近づき、手を振りかざす。重い体を動かし、痛みに堪え、間一髪右に飛び込み避ける。白い龍の手は、地面を強く叩き泥が飛び散る。


「ここ……!!」


 セラは、神器シューラ・ヴァラを槍の形にして、白い龍の横腹に向かって突き刺す。だが、貫く事は出来ず弾かれ、衝撃で体が後ろに下がる。その隙を突き、白い龍は長い尻尾をセラに向けて振る。


「しまっ……!!」


 尻尾は、完全にセラの体を捉え、まるで大きくて太い鞭の様にセラを叩き飛ばす。勢い良く転がり、木に当たって止まる。その衝撃でセラは口から血を吐く。



 ――痛い。全身がビリビリと痺れる感覚。指すら動かす事も出来ない。霞む視界。遠退いていく意識。


 それでも尚、悪辣なる白い龍はセラの方に歩み寄る。どこまでも容赦が無い。

 もう、恐怖心は無い、無いと言うより、恐怖心を忘れている。全身の痛みが、目前に迫る死が、セラの思考を停止させた。


「あの日も……こんな雨だった……」



 ーーーーーーーー。


 ーーーーーーー。


 ーーーーーー。


 ーーーーー。


 ーーーー。


 ーーー。


 ーー。



 とある村、その日は大雨で外に人の姿は無かった。畑も道も大雨によって水溜りと化している。


「雨、止まないね」


 一人の少女は、家の窓から降りしきる雨を見ていた。いつもなら、外で元気に走り回り、日向ぼっこをしてドロドロになって帰って来る。

 でも、雨が降っているとなると、そうもいかない。家の中で大人しくしているしか出来ない。そんな歯痒さを抱きながら、雨が止むのを待ち続ける少女。


 ――セラ。


 若干、今のセラの面影がある少女は当時六歳。尚更、外で遊びたい年頃だ。当時のセラは今とは性格も環境もまるで違った。


「セラ、てるてる坊主でも作る?」


「うん!! 作る!!」


 母親と共に、楽しそうにてるてる坊主を作る。そんな少女は、常に笑顔を見せていた。それは、天真爛漫で周りをも明るくする様なそんな少女だった。


「これで、晴れるかな?」


「きっと晴れるわよ。お母さんとセラで作ったてるてる坊主だからね」


「やった!!」


 嬉しそうに、てるてる坊主を抱き抱えてぴょんぴょん跳ね回る。そんなセラを見て、母親も幸せそうに微笑む。


「セラは、雨が嫌い?」


「うん、嫌い!!」


「どうして?」


「だって、お友達と会えないし」


 そう言って、窓の方へと走りだし窓にてるてる坊主を吊るす。そんなセラの元に母親も歩み寄って、


「でもねセラ、目を瞑って雨の音を聞いてごらん?」


「えー?」


 セラは、ギュッと目を瞑り地面や屋根に当たる雨の音に耳を傾けた。ザーッと音がし、綺麗では無いが音色を奏でる。


「こうして、雨でも意識して聞くと落ち着くでしょ?」


「ぜんぜーん。やっぱり私は晴れてる方がいいなぁ」


 雨の音が落ち着くかは、人それぞれだ。雨が好きな人も居れば嫌いな人も居る。セラには、まだそんな事は分からず、ただ近所の友達と遊べない理由だけで雨を嫌っていた。


「早く止まないかなー」


 窓から外を眺め、晴れる事を願う。すると、目の前の外を雨が降りしきる中、鎧を着た騎士団がゾロゾロと村に入って来た。


「あれ、沢山人が来たよ?」


「しっ!!」


 母親は、とっさにセラの口を塞ぎ窓から離れた。母親の表情は険しく、セラの口を塞ぐ手は微かに震えていた。


「絶対に声を出しちゃ駄目よ?」


 セラには、状況が分からない。ただ、母親が村に入って来た鎧を着た人達に怯えている事は分かった。


「――おい!! 金目の物を探せ!! 村人は一人残らず殺せ!!」


 そう叫ぶ声が、聞こえた。その直後、村人達の悲鳴や物が壊れる音が次々に聞こえて来る。


「セラ、ここに居ては危険だから、逃げるよ!!」


 母親は、セラの手を引き家を出て村から離れようと走り出す。セラも訳が分からないまま、母親に引っ張られる。周りには、同じく逃げ惑う村人達の姿が、セラの視界に映った。


 すると、母親の走る足が止まった。理由は、目の前に鎧を着た騎士が剣を抜き立っていたからだ。

 セラ達の後ろでは、建物に火が放たれ村は火の海に包まれていた。流石のセラでも、この状況はまずいと分かった。恐怖心が湧き、涙が溢れる。


「どうしてこんな事を!?」


 隣でセラを抱き締める母親が、騎士に叫んだ。憎悪に溢れた声で叫ぶ母親に、セラは涙が止まらない。


「どうして、か。証拠隠滅、それだけだ」


 騎士が、剣を振りかざす。その瞬間、母親は首に付けていたネックレスを引きちぎり騎士に向け投げる。騎士は思わず、手が止まる。その隙を突き、母親が騎士にしがみつく。


「チッ!! くそ、離せ!!」


「セラ!! 早く逃げて!! 逃げるの!! 早く!!」


 母親が、セラにそう叫んだ。セラは、雨か涙か分からない物を腕で拭い、必死に走った。ふと後ろを横目で見やると、母親は、必死に騎士に抵抗していた。自分を逃がそうと、助けようとして。

 だが、その周りを逃げ惑う人々は、そんな母親を助けようともしない。皆が、無我夢中で生きる為に逃げ回っていた。次の瞬間、母親がもう一人の騎士に背中を斬られた。倒れ込む母親。


「お母さん!!」


 セラも思わず足を止めてしまう。その時、同じ方向に走ってくる少女がセラに声を掛けた。


「セラちゃん!! 早く逃げなきゃ!!」


「エミリちゃん!! でも、お母さんが……」


 エミリとは、恐らくこの村でのセラの友達だろう。晴れの日は共に走り回り、泥塗れになって遊ぶ友達。


「そんな事言ってても仕方ないよ!! 今は逃げなきゃ!!」


「うん……!!」


 セラは、しばらく母親を見つめグッと拳を握ると再び走り出した。恐怖で足がふらつくが、無心で走った。だが、足が縺れ転けてしまう。


「うっ!!」


「セラちゃん!!」


 エミリが転けたセラに気付き、足を止める。すると、セラの背後からこちらに走ってくる騎士が見えた。血に染まった鎧、血に染まった剣を手にし、走ってくる光景は、子供には耐え難い物だろう。


「ひっ!?」


 エミリは、恐怖心に煽られセラを置いて走り出す。


「エミリちゃん!! 待って!!」


 セラの叫びは虚しく、エミリに届かなかった。いや、届いていたのかも知れない。それでも、エミリは足を止める事は無く走り去って行く。


「逃がさんぞ!!」


 騎士は、目の前まで迫っていた。セラももう終わりだと、死を覚悟した。



 ――その時だった。



「ぐあ!?」


 突然、騎士が悲鳴を上げて倒れ込んだ。すると、その後ろに一人の少女が立っていた。手には剣を持ち、雨に濡れた白い騎士服に返り血が飛び散っている。


「大丈夫ですか、貴方」


「え……?」


 この人は、自分を殺しに来たんじゃない。助けに来てくれた。そう悟ったセラ。手を差し出され、体を起こしてもらう。

 あまり、背丈も変わらず、歳も自分とあまり変わらない容姿だった。でも、その表情は、勇敢で、強いものだった。


「少し遅れてしまってごめんなさい。この状況は懸念出来た筈ですのに、私達の不覚です。怪我はありませんか?」


「えっと……大丈夫です。お姉ちゃんは?」


「私は、聖騎士団第一部隊三席のアカサキと申します。早くここから逃げて下さい。後は私達にお任せを」


 アカサキと名乗った少女は、自分とあまり歳も変わらなさそうにも関わらず、聖騎士団に入団していた。

 セラは、この時あまり聖騎士団など詳しくなかったが、正義である事は母親から聞いていた。


 そんなアカサキを見て、セラは一気に憧れの感情が溢れ出る。自分と歳が変わらないのに、強くて、優しくて、アカサキは幼いセラの憧れの対象となった。


「せいきしだん……あの!!」


 他の騎士と戦いに行こうとしたアカサキをセラが呼び止める。アカサキは、優しく微笑みながら振り向いた。


「どうしました?」


「私……私いつか、貴方の元で戦いたいです!!」


 自分も幼いが、更に幼いセラの意気込みに、可愛くて、頼もしくて思わず、笑みが溢れる。


「そうですか。では、その時を楽しみにしていますね?」


「はい!! 強くなって貴方の隣に立ちます!!」


「貴方、お名前わ?」


「セラです!! セラ・ノエール!!」


「ではセラさん。その時にまた会いましょう」


「はい!!」


 そう言って、アカサキは火の海と化した村の中へと入って行く。その後ろ姿を見て、セラは、


「アカサキさん……」


 幼い少女は、騎士になる事を決意した。



 ーー。


 ーーー。


 ーーーー。


 ーーーーー。


 ーーーーーー。


 ーーーーーーー。


 ーーーーーーーー。



 セラは虚ろな目で、歩み寄る白い龍を見つめる。目前に迫る死。


 ――だが、死ぬ訳にはいかない。こんな所で、夢が潰える訳にはいかない。あの日の決意を、母親の死を、無駄には出来ない。


「私は……負けない……負けられない……」


 最後の力を振り絞り、セラは立ち上がる。右足に激痛が走る。恐らく折れているだろう。

 だが、そんなものに構ってる場合じゃない。勝つんだ。勝たなくてはならないんだ。右足の激痛に耐え、全身の痛みを我慢し、セラは神器シューラ・ヴァラを手に作る。その形は剣だった。


「はぁ……はぁ……お願い……散って……!!」


 片手で剣先を白い龍に向けて、セラは全身全霊を込めて唱えた。



 ――テラグラン・ボルガ。



 剣先から、青白い雷のエネルギー砲を放つ。辺りに雷が飛び散り、地面を抉り、木々を切り倒す。バチィッと轟音が鳴り響く。


 ――その瞬間、白い龍に当たると大爆発を起こす。バチバチッと雷が弾き、辺りの木々は爆風で薙ぎ倒れ、雨の音すらかき消す。


「はぁ……はぁ……」


 煙が立ち込め、徐々に自分の耳に雨の音が戻ってくる。倒したのか。倒せたのか。そう願って、セラはフラフラになりながらも立ち続け、立ち込める煙を見つめる。だが――。


「そんな……」


 煙が消えると、羽を顔の前で畳む様にして身を守った白い龍の姿が、視界に飛び込んできた。バサッと羽を広げ、白い龍は嘲笑うかの様に雄叫びを上げる。地面を蹴り、突進してくる。


「お母さん……アカサキさん……」


 セラは、諦める覚悟をして、ふと目を瞑る――。




 ――セラちゃん!!!!




 突然、聞こえた声にセラは目を開ける。その瞬間、ドンッと押された感覚が左肩に伝わる。セラは横目で見やると、三葉が自分を突き飛ばしていた。


「ミツハ……?」


 次の瞬間、三葉は突進して来た白い龍に突き飛ばされる。地面を勢いよく転がり、グッタリと倒れ込む。三葉はピクリとも動かない。地面には、血と泥でグチャグチャになっていた。


「――ミツハ!!!!」






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