第23話 『去る危機』
――大爆発が起きた場所は、荒地となり地面は広範囲に円形に抉れていた。その場には、右腕を無くし爆発を起こした張本人セルケトと、そのセルケトの肩に手を置くヴァルキリアが悠々と立っていた。
その近くには、セラ、レディカ、悠利、セレスタがボロボロな状態で倒れ込んでいた。誰一人動く気配がない。
「あーあ。セルケトお姉ちゃん、力不足だったね。まだ息があるよこの人達」
「何言ってるのさ。これはヴァルキリアの怒りが足りなかったんだよ」
セラ達は息があるものの気を失っていた。いわゆる瀕死の状態だった。
「どうするこいつら」
「動かない者を殺すのはあんまり好まないよ」
「でもこいつ、僕の腕を無くしたんだよ。ムカつく」
セルケトは、無くなった腕を抑えながら倒れ込んでいる悠利とセレスタを睨んだ。
「腕を無くしたのは、セルケトお姉ちゃんが悪いよ」
「それでもムカつく。殺す……!!」
セルケトが、溶岩で作った剣を振り上げ先ずはセレスタに向けて振り下ろそうとしたその時ーー。
「待てよ!!!!」
その声が響いた瞬間、セルケトの手が止まる。2人は声のする方へと視線を移すと、そこには卓斗が立っていた。息を切らし、荒地となったグラファス峠、横たわる悠利達、無残な光景を見て卓斗は立ち尽くしていた。
「なんだ、もう一人居たのか」
「あれって、この間のお兄さんじゃん」
「おい……悠利……セレスタ……!! レディカ……セラ!!」
震える声で呼び掛ける卓斗に、ヴァルキリアが口を開いた。
「安心して、まだ生きてるから。瀕死だけど」
「お前らが……やったのか……?」
「そうだけど?」
卓斗は、憎しみと怒りに満ち溢れた。生まれて初めて感じる程の怒りが溢れ出る。手が震え、根源であるニ人に対し殺したいと思ってしまっている。
日本に居た頃には感じた事のない感情。倒れ込む悠利達を見ると、その殺気は益々溢れ出てくる。
「許さねぇ……」
卓斗は、日本刀の形をした黒刀を作ると、一瞬で眼の色が紅く染まる。黒のテラが全身を包む様に溢れ出し、身に纏う。
「殺してやる」
卓斗がそう言葉にすると、ヴァルキリアとセルケトの視界から卓斗の姿が消える。卓斗の立って居た場所には、黒のテラが僅かにチリチリと残っているだけだった。
「消えた……!?」
セルケトがそう言葉にした瞬間、目の前に卓斗が現れ黒刀を振りかざす。
セルケトは、溶岩の剣ですかさず受け止めようとするが、黒刀が触れた瞬間、弾ける様にセルケトの溶岩の剣は消えてしまい、そのままセルケトの体を斬りつける。
「ぐっ!? 何故だ!? 僕の体には溶岩が……」
そのまま回し蹴りでセルケトを蹴り飛ばすと、次はヴァルキリアに斬りかかる。ヴァルキリアは、グラーシーザで黒刀を弾くと、半歩後ろに下がり、手にテラを込め卓斗に向けて放つ。
卓斗は、避けもせずにまともに喰らうが、悠々と立っている。
「まさか、黒のテラ?」
ヴァルキリアは、グラーシーザを振りかざすが卓斗に纏っている黒のテラがその斬撃を弾く。蹴り飛ばされていたセルケトも立ち上がると、怒りを露わにしていた。
「溶岩の鎧が……意味を成さない? ムカつく……お前の怒りを貰ってやるよ」
セルケトの全身が白く光りだす。すると次の瞬間、先程の爆発よりも特大な大爆発を起こす。
円形に抉れていた地面は更に抉れていた。煙が巻き起こり、その場にセルケトは息を切らして立っていた。
「ハァ……ハァ……」
煙が消えると、卓斗は無傷で悠々と立っていた。セルケトは、それを見て目を丸くして驚く。
その理由は、無傷で悠々と立っていただけでなく、悠利、セレスタ、レディカ、セラをあの一瞬で自分の背後へと移動させ、爆発から守っていた。
「いつの間に……!?」
「セルケトお姉ちゃん、この人は私が相手するから下がってて」
「僕はかなりムカついてるんだ、悪いけど殺さないと……」
セルケトの言葉を遮る様にヴァルキリアが叫んだ。
「この人と戦ったら死ぬよ!!」
「――っ!!」
「これは、黒のテラだよ。あの武器は黒刀、魔法を無力化にする能力を持ってるの。セルケトお姉ちゃんじゃ歯が立たないよ。私も本気でやらなきゃ……」
ヴァルキリアがそう言うと、ピンク色のテラが全身を包む。次の瞬間、卓斗の背後へと回り込み、グラーシーザを振りかざす。卓斗は見向きもせずに、纏っている黒のテラでそれを防ぐ。
「全力でも割れない……防御魔法とは別の類いだよね」
卓斗は、半回転し黒刀を振りかざす。ヴァルキリアはグラーシーザで受け止めるが、力負けし吹き飛ばされる。
吹き飛んでいくヴァルキリアの方へと手を翳すと、ヴァルキリアの動きが止まり、グイッと卓斗の方へと引き寄せられる。
「何かに引っ張られてる……!!」
その時、卓斗に頭痛が走り、引き寄せていたヴァルキリアの動きが止まる。それと同時に、纏っていた黒のテラが消え始める。
「今がチャンス」
ヴァルキリアは、足にテラを込めて地面を蹴り一気に卓斗に近づきグラーシーザを振りかざす。卓斗は、突然の頭痛で何も出来ない。グラーシーザが卓斗の体を捉え様とした瞬間――。
「邪魔するのぅ」
ヴァルキリアのグラーシーザを大剣の黒刀で弾き、すぐさま半回転して卓斗の体を斬りつける。卓斗は、倒れこみ眼の色が黒に戻り黒刀も消えると、意識を失う。突然現れたのは、エルザヴェートとクライスだった。
「次は誰?」
「悪いのぅ。此奴は妾が預かる。クライス、この者達の治療を」
「はっ」
クライスは、横たわる卓斗達全員に治癒魔法を掛ける。卓斗達の傷はみるみるうちに治癒していき、全員の意識が戻る。
「……っ!!」
卓斗は、勢いよく上体を起こす。辺りを見渡すと、悠利達も同じく上体を起こしていた。
「何でか分かんねぇけど……皇帝陛下達が来てくれた……」
悠利は、恐怖からの解放とエルザヴェート達が駆け付けて来てくれた事に安堵していた。
「確か、私達は爆発にやられて……タクトも来てくれたのか」
セレスタの言葉に卓斗は、首を横に振って口を開いた。
「いや、俺も来て直ぐに気を失ってさ……」
卓斗は、自分で分かっていた。怒りに任せて黒のテラを使い、暴走してしまった事を。一方、エルザヴェートはヴァルキリア、セルケトと睨み合っていた。
「其方らの事は、良く知らんが名は知っておる。ヴァルキリア・シンフェルド。セルケト・ランイース。どちらも、強者と名高い者じゃの。して、何故この様な場所で、何の目的じゃ?」
「別に話す事は無いよ。って言っても色々と調べてるんでしょ?」
「まぁの。じゃが、実際何も分かっておらん。お前らの様な者達が集まって何をしでかそうとしとるかは検討もつかん。じゃが、恐らくじゃが、お前達の目的はフィオラの秘宝じゃろ」
エルザヴェートの言葉に、ヴァルキリアは眉をピクッと動かし反応を見せる。
「やはりのぅ。して、何故フィオラの秘宝を?」
「さぁね。私達も知らない」
ニ人の会話に反応を見せたのは卓斗だった。フィオラの秘宝は現在卓斗の体の中にある。恐らく、ヴァルキリア達はそれを知らないでいるが、いずれ知られてしまえば、自分は標的になってしまう。
「まぁよい。それと、其方が使っている神器は返してもらうぞ?」
「返す? それは元々あなたの物って事になるけど?」
「そのままの意味じゃ。神器は妾の旧友が作った物。其方らが持っていていい物ではない」
エルザヴェートは、大剣の黒刀を構える。ヴァルキリアもグラーシーザを構え、場に緊張が走る。お互い走り出し、グラーシーザと大剣の黒刀が交わり、風圧で地面にヒビが入る。
「見た感じ、同い年くらいに見えるけど?」
「ふむ、見た目だけかのぅ」
エルザヴェートが黒刀を振り抜くと、ヴァルキリアは吹き飛ばされる。だが、空中で体勢を整えすかさず、手にテラを込めて放つ。
「甘いの」
エルザヴェートが手を翳すと、風が吹き荒れヴァルキリアの放ったテラを上空へと跳ね飛ばす。
「風を操った……? もしかして風のテラ?」
「それも甘いの」
次に翳していた手の平を握ると、辺りに散らばっていた岩山の欠けらがヴァルキリア目掛けて飛んでくる。
「今度は岩を……」
ヴァルキリアは、空中でグラーシーザを振り回し岩山を粉々に粉砕し地面へと優雅に着地する。
「僕を無視するな!!」
突然セルケトが叫び出し、左手から溶岩を噴き出しエルザヴェートに襲いかかる。
「ほう、溶岩のテラかの」
エルザヴェートが再び、溶岩に向け手を翳すと溶岩は軌道を変えてセルケトの方へと襲いかかる。
「なっ!?」
セルケトに溶岩が当たる瞬間、溶岩が消えその場の空間が歪み出す。すると、そこから一人の男性が出てくる。
「ふぁ~~。何で俺が、面倒くせぇ」
その男性の手から、ビー玉程の丸い物が地面に転がり落ちる。しばらくすると、ビー玉は溶岩へと姿を変えた。
「何でお前がここに」
セルケトは、その男性の背中を強く睨む。その男性は大きなあくびをして腕を上へと伸ばす。
「集会の時間。お前らが来ねぇから、こうして俺が呼びに来させられてんだろうがよ」
「ファルフィールお兄ちゃんが来るって、かなり珍しいね」
ファルフィールと呼ばれた男性。黒髪の無造作な髪型で、ジト目で常に眠たそうな顔をしている。右目の下にホクロがあり、ヴァルキリアやセルケトと同じく白と黒の騎士服を着ている。
首元には黒のファーが付いていて、体型はスラッとしていて背も高く見た目はモデル並みだ。
「ふむ、仲間かの?」
「あぁ? あんた誰……ってガキじゃん。ヴァルキリアと変わんねぇくらいか。戦うの面倒くせぇからさ、その大剣収めてくれる?」
ファルフィールは気だるそうにそう話した。ヴァルキリアとセルケトはファルフィールの横に立ち、空間が歪み始める。
「また貴方と戦えるの楽しみにしてるね。それと、お兄さんも」
そう言うと、ヴァルキリアは卓斗を見つめ、そのまま歪んだ空間の中へと消えて行く。
「気配が消えた……逃げられたかの。それより、其方ら大丈夫じゃったかの?」
「傷が完全に治ってる……さっきの火傷も……」
悠利は、クライスの治癒魔法に驚きが隠せなかった。完璧に完全に傷が治癒していたからだ。それは、レディカもセレスタもセラも思っていた事だった。
「これは、治癒魔法なのか……?」
セレスタからの問いに、エルザヴェートが答えた。
「クライスの治癒魔法は、ちと特別でのぅ。世間では大治癒術師などと呼ばれておる」
「大治癒術師!? この人が!?」
セレスタは目を見開け驚いた。大治癒術師とは、世界一の治癒魔法を扱う者で、死に至る傷でさえ、死ぬ前に治癒出来れば治してしまう程の力を持つ者。
「凄ぇ……」
卓斗もその凄さは実感していた。黒のテラの修行の際にもエルザヴェートに斬られては治癒魔法を掛けて貰い、完全に傷を治して貰っていた。そんな中、セラが口を開いた。
「私からも質問がある」
「何じゃ」
「さっき言ってた神器の事だけれど、旧友が作ったっていうのは?」
「その事かの。そうじゃ、神器は妾の旧友フィオラが作った物じゃ。妾対策としてのぅ。全部で五つ、ヴァジュラ、クニクズシ、グラーシーザ、レーヴァテイン、シューラ・ヴァラ。それぞれが特異な能力を持つ武器じゃ」
セラも神器の一つ、シューラ・ヴァラを持っている。
「返して貰うって言ってたけれど」
「ふむ、フィオラを封印から解くのに揃えば何か起こるかと思っていたんじゃがのぅ。その必要は無かったみたいじゃ。して、何故神器に興味を?」
「シューラ・ヴァラ。私が持ってる」
そう言うと、セラはテラを込め槍を作る。
「ふむ、まぁよい。それは其方が持っておれ」
「それと、その必要が無くなったっていうのは?」
「タクト、其方から話してやれ」
エルザヴェートに突然振られ、卓斗は皆に申し訳無さそうに話し出した。
「えーっと……実は、フィオラの秘宝は……その、俺の中にありまして……」
「――は?」
全員の目が点となっていた。フィオラの秘宝を探しにグラファス峠へと赴き、ヴァルキリア達と戦闘になった。最初から知っていれば危ない目に合わずにも済んだ話しだ。
「卓斗の中!? どういう事!?」
「なんていうか、フィオラの秘宝は俺の中に宿ってたみたいな。フィオラとも話したし本当だと思う」
「なら、今回の依頼は……」
「ふむ、終わりじゃな。もう副都に戻ってもいいぞ。それとタクト、其方の中にあると分かった以上、妾は其方との関係を続ける。時々、黒のテラの稽古に来るとよい」
「あぁ、そうさせて貰う。俺も早くフィオラを解放してみせるからさ」
エルザヴェートは卓斗に微笑んだ。こうして、初の実戦形式の依頼は終わった。
「やっと終わったのね!!」
レディカは、腕を伸ばしそう言葉にした。
「副都に着くまでが依頼だからな。気を抜くなよ」
セレスタがそう注意し、悠利と卓斗も笑顔を見せた。
「にしても、あいつらと戦ってる時はどうなるかと思ったぜ本当。案外俺とセレスタの相性が良かったのと、レディカちゃんとセラちゃんも意外といいコンビだったのかもな」
悠利がそう話すと、レディカは不機嫌そうな表情を見せる。
「私がこいつと!? ありえないから!! 今回はたまたまよ。次は無いわね」
「次は足を引っ張らないで」
セラは、低い声でレディカにそう話す。
「はぁ!? あんたにだけは言われたくないわよ!!」
相変わらずのニ人の仲だが、卓斗は笑みを見せていた。
「次は、か。仲良いんだか悪いんだか」
初の実戦形式は、ヴァルキリア、セルケトとの邂逅、そして、ファルフィールの登場。それからフィオラの秘宝。多くの謎が残されたまま無事終了した。




