第19話 『黒のテラ』
副都で行われた実技の実践形式の授業。王都に集められた依頼の中から、卓斗、悠利、セレスタ、セラ、レディカは依頼を受けに最古の国エルヴァスタ皇帝国へと向かった。
依頼の内容は、フィオラの秘宝と呼ばれる宝玉を探す事。そして、エルヴァスタ皇帝国へ到着した後、皇帝陛下と会う事になったが、皇帝陛下とは、見た目十歳の中身千三百歳という常識離れした人物だった。
そんな折、皇帝陛下のエルザヴェートと卓斗は同じ能力を持つという共通点が発覚しニ人は稽古に取り掛かる事になり、悠利達は、依頼を受ける事となった。
「グラファス峠?」
「あぁ、ここより西の方向に少し歩けば辿り着く。そこは、草木の生えない岩山とも呼ばれていてな、危険な魔獣も多いが、もしもの時はこれを渡しておく」
クライスは、手の平で握れる程の白くて丸い結晶を渡す。
「何ですかこれ」
受け取った悠利は、それを不思議そうに見つめる。
「それに、テラを流し込んでくれれば、こちらにある同じ結晶が赤く光り出す。つまり、危険信号を送れるという事だ」
「そんな危険な所に今から行くのね、私達……」
レディカは、嫌気がさしていた。そんなレディカにセラがまた皮肉じみた言葉を投げかけた。
「怖いならここで一人でお留守番でもしていれば? 貴方が居なくとも私に問題はないから」
「はぁ? 別に怖くないし。ていうか、あんたがここでお留守番すれば? 今からそういう場所行くってのに、あんたみたいな奴がいると雰囲気も最悪だしチームワークなんか取れそうにもないから」
何かあると直ぐにこうして言い合うニ人。もはや犬猿の仲とも言えるだろう。そんなニ人を見ていたセレスタは、呆れた様に小さく溜息を吐いた。
「ちょっとお二人さん、俺のさっきの言葉もう忘れたの? ったく、三葉の気持ちが分かるよ今なら……」
そんなニ人と同じ寮部屋の三葉に思わず同情してしまう悠利。毎日こんな光景を見ているとなると気が引ける。
「そろそろいいか?」
睨み合うセラとレディカにクライスが割って話しかける。
「もしもの場合は、その結晶でこちらに知らせてくれ。この場に居る者か、近くに居る者がすぐに駆けつける」
エルヴァスタ皇帝国は、依頼を承った者にこの結晶を渡していた。
「分かりました。では行ってきます」
悠利達は、グラファス峠と呼ばれる場所へと向かった。一方、卓斗はエルヴァスタ皇帝国にある、とある広場へと来ていた。
殺風景で何もないただの広い広場。これから、エルザヴェートによる黒のテラの稽古が始まる。
「先ずは、基本として黒刀の使い方を教える。基本はそれからじゃ」
「黒刀?」
「うむ、黒のテラを持つ者が使うテラで出来た剣の事よの。言うて黒のテラを扱う者に出会ったのは、妾とフィオラを除いてただ一人だけ、それも千三百年前の事じゃ。其方はその能力を得た。どういった経緯は知らんが、妾は其方をただの他人とは思えん。何か関係があるやも知れんからのぅ。して黒刀とは、全ての魔法の能力を無にする力を持つ。これが黒のテラの基本の能力じゃ」
「全ての魔法の能力を無にする……」
卓斗は黒のテラの能力に思わず息を呑んだ。魔法の能力を無にする、それは最強とも呼べる魔法なのかも知れない。
「黒刀をマスターした後、更に黒のテラの能力を開花していくぞ。そこから人によって能力が変わる。妾の場合、黒の結界で捉えた対象を異界へと飛ばす能力じゃった。まずは、黒刀のマスターじゃ」
「お願いします!!」
「うむ、剣を想像してそれを形にする。この様にの」
エルザヴェートは、手の平にテラを込めると真っ黒な大剣が現れる。小さな体で軽々と大剣を片手で持つ姿に卓斗は驚いた。
「すげぇ……あ、でも黒のテラ封印されてたんじゃ……」
「さっきも言うたじゃろ。全ては封印されておらんとのぅ。完全な力は失った。じゃが、黒刀を出すくらいならまだ使える。ほれ、やってみるんじゃ」
卓斗は、手の平を見つめて剣を思い浮かべる。自分が知ってる一番身近な剣の形を。
「日本刀……よし、これを形にするだけだ」
卓斗は、手の平にテラを込める。青白いテラが手の平でシューっと音を上げて煙の様にグルグルと回り始める。青白いテラはだんだんと細くなっていき、日本刀の形へと変形していく。
「もう少し……」
ピィーンと音を立てると、青白いテラは、真っ黒な日本刀へと姿を変えた。
「出来た……!!」
「うむ、そこからが肝心じゃ。っ!!」
卓斗は、黒刀を作った瞬間、ドクンと胸が熱くなるのを感じた。風邪で熱がある時とは比べ物にならない程の熱さで、胸が溶けていきそうな感覚。視界が歪んでいき、意識が遠のいていく。
「な……なんだ……これ……」
「意識を保つのじゃ!!」
エルザヴェートがそう叫んだ瞬間、卓斗は力が抜けた様にガクッと首を落とす。そして、再び顔を上げると、卓斗の眼は真っ赤に染まっていた。
「遅かったかのぅ……黒刀を作った後は、意識を奪われぬ様にと言おうとしたが……直ぐに意識を戻さぬと、このままではまずいのぅ……」
卓斗は、日本刀の形をした黒刀をエルザヴェートの方へと向ける。
「このままでは、其方の心が黒く染まってしまう……少し手荒になるが、悪く思わないでくれよの」
エルザヴェートも大剣の形をした黒刀を構える。卓斗はそのままエルザヴェートの方へと走り出し、黒刀を振りかぶる。黒刀と黒刀がぶつかる凄まじい金属音が鳴り響く。
「其方!! 意識を取り戻すのじゃ!!」
エルザヴェートの呼びかけに、卓斗は何の反応も見せない。すると、卓斗はエルザヴェートに手をかざす。その瞬間、エルザヴェートは突然吹き飛んで行く。
「――っ!! 不可視の攻撃……それが、其方の黒のテラの能力か……」
卓斗は、再びエルザヴェートの方へと手をかざす。すると今度は、何かに引っ張られる様に卓斗の方へと引き寄せられていく。
「――っ!!」
タイミングを合わせ、卓斗は黒刀を振りかざす。エルザヴェートも引き寄せられながらも体勢を整え、卓斗の攻撃を黒刀で防ぎ、すかさず卓斗を蹴り飛ばす。
「弾くと引き寄せる……其方の能力は引力かのぅ。それに、その黒刀、細い割りに頑丈じゃの。妾の黒刀が持たんかも知れんのぅ。ちと本気で行くぞ?」
エルザヴェートは大剣を地面に刺し、両手を合わせる。卓斗は何かを察しエルザヴェートの方へと走り出す。
「暴走してる分、判断力が欠けておるのぅ」
地面から砂だけが宙に舞い上がり、卓斗を包み込む様に砂塵が舞う。卓斗は身動きが取れず、立ち止まる。
「それで、しばらくは動けんかのぅ」
その時だった。突然卓斗の周りに黒いテラが溢れ出す。そして腕を振り払うと、砂塵は吹き飛んでいき消えてしまう。
「黒のテラが全身を包んでる……まさか、覚醒……其方は一体……」
禍々しい黒のテラが、卓斗を包み込む様に溢れ出す。エルザヴェートは覚醒と口にした。エルザヴェートが瞬きをすると卓斗の姿が消えていた。
「――っ!!」
卓斗は、物凄いスピードでエルザヴェートの背後に回り込む。そのまま、顔を目掛け黒刀を振りかざす。
「甘いのぅ!!」
エルザヴェートはとっさにしゃがみ込み、卓斗の攻撃を避けると地面に刺していた大剣の黒刀を手にし、体を回転させて黒刀を振りかぶる。だが、卓斗を纏う黒のテラに触れると、エルザヴェートの黒刀は弾かれてしまう。
「テラが身を守った……? 其方の覚醒……いや、まさかのぅ」
黒刀が弾かれ、エルザヴェートに隙ができると卓斗はすかさず黒刀をエルザヴェートに向けて突き刺す。
「まずいかのぅ……!!」
その瞬間、エルザヴェートと卓斗の間に何者かが割って入り込み卓斗の攻撃を剣で弾く。
「クライス!!」
「陛下、稽古にしてはこの者から殺意を感じるのですが」
クライスが、異様なテラを感じて駆けつけていた。攻撃を弾かれた卓斗はクライスから距離を取る。
「陛下が、苦戦するとは、この者は一体?」
「うむ、妾としても信じ難い話じゃが……此奴の黒のテラの能力、して覚醒……フィオラと似ておる」
「覚醒!? この者が!? 体内に流れるテラと自然に流れるテラを上手く同調させなければ出来ない技術……ここまで完璧に使いこなしているとなると……」
「少し、此奴を調べる必要があるのぅ。フィオラとの関係も気になる……何故ここまでフィオラと似ておるのか……これは単なる偶然なのかそれとも……」
卓斗は、黒刀を構えクライスの目の前まで瞬時に移動する。
「――!!」
クライスは直ぐさま剣で防ぐが、力負けしそのまま吹き飛ばされてしまう。エルザヴェートは、その隙を突き、大剣の黒刀で卓斗に斬りかかるが、またしても卓斗を纏う黒のテラに防がれてしまう。
「硬いのぅ」
すると、クライスがすかさず卓斗の背後に回り込み、右手に青い炎を纏わせている。
「陛下!! 私に合わせて下さい!!」
「じゃが、此奴は黒刀を扱っておる!!」
「致しかねません!! これしか方法が!!」
エルザヴェートは、クライスに言われるがまま左手に青い炎を纏わせて卓斗に向けて放出する。クライスもそれと同時に卓斗に向け放出する。両サイドから青い炎が波の様に卓斗に迫る。
「――!!」
卓斗が、一回転すると青い炎を弾く様に消し去る。その衝撃でエルザヴェートとクライスも吹き飛ばされてしまう。
「くそ……やはり黒刀相手に魔法は無理があったか……」
「じゃから言ったであろう。今此奴を抑えるには、剣技のみで行くしか方法はないかの。妾の能力でもっても、黒刀の前では無意味じゃ」
「その様ですね。最強を誇る森羅万象の能力も使えない。ですが、早急に対処しなければ、この者は……」
「暴走を続け、最終死ぬの……まるで彼奴を見ている様じゃ」
エルザヴェートは、卓斗を見つめ何か思い耽る。
「彼奴とは、イオ・グランヴァルの事ですか」
「うむ。かつて妾と対立した男……フィオラに似てイオにも似ている……この男……ここで死なす訳にはいかんのぅ」
エルザヴェートは、大剣の黒刀を構えて笑みをこぼした。卓斗も日本刀の黒刀を構えエルザヴェートを赤い眼で睨む。ニ人の間に少しの沈黙が流れると、ニ人は一気に走り出す。
卓斗は軽い日本刀の黒刀で次々に技を繰り出す。エルザヴェートも負け時と重い大剣の黒刀を巧みに扱いそれらを防いでいく。
凄まじい金属音が何度も何度も響き渡り、クライスは入る隙も見つからず、ただ呆然と見ているしか出来なかった。
「クライス!! 隙を見失うでないぞ!!」
「えぇ、分かってますよ!!」
激しい殺陣を繰り広げるニ人。その卓斗の背後にクライスが回り込む。その右手には、青白いテラが纏っていた。
「黒刀さえ、どうにか出来れば……ここだ!!」
クライスは、その右手を卓斗へ当てがおうと振りかざす。だが、卓斗はエルザヴェートの攻撃を全身に纏う黒のテラで防ぎ、半回転しながらクライスの右手を黒刀で防ぐ。
その瞬間、クライスの右手に纏っていた青白いテラは消えてしまう。
「隙を見せたな……!!」
クライスは、不敵に笑みをこぼす。すると、現状卓斗の背後に居るエルザヴェートがクライス同様、右手に青白いテラを纏わせて卓斗の背中に当てがう。
「これで覚醒は終わりじゃ!!」
みるみるうちに、卓斗を纏う黒のテラがエルザヴェートの右手の青白いテラの中へと吸い込まれていく。卓斗を纏う黒のテラが全て吸い込まれていくと、エルザヴェートはすかさず大剣の黒刀で卓斗に斬りかかる。
卓斗もすかさず半回転し、日本刀の黒刀で防ごうとするが、クライスが卓斗の黒刀を持つ手を掴み、それを止める。
「――!!」
エルザヴェートの黒刀は、卓斗の体を一刀する。真っ赤な血を吹き出しながら卓斗は吹き飛んでいく。
「これで、大人しくなるかのぅ」
卓斗は倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。すると、日本刀の黒刀はシューっと音を立てて消えていく。
「クライス、治療頼む」
「はい」
クライスは、卓斗の元へと歩み寄り治癒魔法を掛ける。卓斗の傷口は煙を出しながらみるみる治癒していく。すると、卓斗の意識が戻る。
「っ……」
「うむ、意識を取り戻した様じゃの」
卓斗は、上体を起こし不思議そうにエルザヴェートを見つめる。何故なら、エルザヴェートの服は汚れていて、戦闘の形跡があったからだ。
「俺は一体……」
「其方は、黒のテラの力に飲み込まれ、暴走していたんじゃ」
「暴走……?」
「まぁ、それがさっき言った、他人を傷付ける力の一つじゃ。どうじゃまだ続けるか?」
卓斗は、自分の手の平を見つめていた。ブルブルと小刻みに震えている。そして、ぎゅっと握りしめエルザヴェートの方に視線を移し口を開いた。
「やります!! 俺、強くなりたいです」
「良かろう。じゃが、チャンスは後ニ回じゃ。暴走した其方を止めるのに、妾も其方も限界があるからのぅ。さすがの黒のテラを相手に妾も体力が持たんわい」
皇帝陛下であるエルザヴェートでさえ、黒のテラと戦うのは死と隣り合わせだった。魔法を封じられ、剣技のみでしか戦闘方法は無く、クライスの手を借りてやっと暴走を止める事が出来る。
卓斗にしても、何度も致命傷を負わされて暴走を止めるにはあまりにも危険すぎた。
「後ニ回……分かりました、お願いします!!」
卓斗は再び立ち上がり、決意の表情でそう答えた。




