第16話 『カジュスティン家滅亡の日』
――ニ年前。
「あれから四年ですね」
そう話したのは、カジュスティン家の当主で現在の国王でもあるジュディ・カジュスティンの側近、クレバ・サンチェスだ。
「最初はバタついてたが、もう落ち着いてきてゆっくり出来る様にもなって来たからな。相変わらずシルヴァの野郎は未だに納得がいってない様だがな」
王邸にある王室の椅子に座り資料を見ながら答えたジュディ。四年前に前国王のルイス・ルシフェルが亡くなり王権が始まり、ジュディをはじめ、ルシフェル家のシルヴァ・ルシフェル、エイブリー家のウォルグ・エイブリーとの決闘で勝利を掴んだジュディが国王の座に就く事となった。
当初はルシフェル家からカジュスティン家へと変わり、政治から何まで変わる事となり、多忙の日々だったが、それも落ち着きジュディは国王の仕事を全うしていた。
「カジュスティン家の時代は永く続きますよ」
「だと、いいがな」
クレバの言葉に、素直に答えないジュディに少しの疑問を抱くクレバ。ジュディは現在三十六歳で、少なくとも三十年位はカジュスティン家が王の座に就く事が出来る筈だ。
「このままずっと俺が就く訳にもいかないからねぇ。せがれにでも任せるよ」
「お嬢様達の中で候補は居るんですか?」
「そうだな……一番上は人に優しすぎるからな、王には向かないかもね。ニ番目は実力はあるが統率力に欠ける。俺が可能性として見てるのは三番目だ。あいつには期待してる」
「エレナ様ですか?」
カジュスティン家の第三王妃エレナ・カジュスティン。三姉妹の末っ子でまだ十四歳の幼い少女だが、ジュディはエレナに大きな期待を抱いている。
「あぁ、あいつは実力もまだまだだが、一番王に向いてる体質だ」
「確かに、エイナ様達に色々と鍛錬を受けてる様ですし、強くなるのは時間の問題かと」
――カジュスティン家領地の大きな広場にエレナは居た。
「お姉様、もっと鍛錬するわよ。私は王を継ぐつもりだから」
十四歳になったエレナは、王族としての自覚を持ち始め王になる為に色々と勉強を始めた。かつての友の事など忘れたかの様に。
「少し休憩しましょう、エレナ」
「エイナ姉様はすぐにバテるんだから」
エイナ・カジュスティン。カジュスティン家の第一王妃で現在十七歳。金髪のロングヘアで穏やかな優しい目をした女性。清楚でお淑やかで争い事が嫌いで誰に対しても優しい性格を持つ。
「仕方ないよ。エイナ姉は体力が無いんだからさ。続きなら、うちがしてあげるけど?」
「エリナ姉様とだと、終わりが無いから嫌よ」
エリナ・カジュスティン。カジュスティン家の第二王妃で現在十六歳。赤い髪色でショートボブ。喧嘩っ早い性格で何事も雑にしてしまう。自分が王妃だという自覚が無い。
「なんなのよ、やりたいって言ったり嫌って言ったり」
「両極端過ぎなのよお姉様達わ」
三姉妹の中ではエレナが1番普通な存在になってしまう。エイナは体力が絶望的になさ過ぎるだけであり、それを除けば一番お姫様に近い。
エリナはお姫様とは程遠い、田舎に住む元気な女の子の方が近い。よってエレナが一番王妃らしいのだ。
最も、そのエレナも現在では卓斗を護衛だと散々に振り回す王妃らしからぬ事をしているが。
「エイナ、エリナ、エレナお昼ご飯ができてるわよ」
そこに、三人の王妃に話しかける者が。
「あ、お母様!!」
エレナは、母親であるニワの元へと駆け寄る。ニワ・カジュスティン。カジュスティン家当主であり国王のジュディの妻でピンク色の髪色で毛先が緩くふわっとしているロングヘア。非常に優しく、娘である三人を溺愛している。
「鍛錬するのはいいけれど怪我だけはしないでね?」
「私なら大丈夫よ。エイナ姉様じゃないんだから」
エイナはエレナに優しく微笑み、エリナも大きな口を開けて笑う。家族団欒の暖かな空気が流れる。
「そうだ、エレナ。お昼ご飯食べたら、お買い物について来てくれるかしら?」
エレナにそう頼んだのは、長女エイナだ。
「別に良いけど、何買うの?」
「服を買おうと思ってね。エレナのも買ってあげるからね」
「本当!? じゃあ絶対について行くわ!!」
エイナは、面倒見も良くエレナやエリナの第ニの母親の様な存在になっている。きっとお嫁に行くならエイナが一番母親の仕事が向いているかも知れない。
昼食を終えて、エレナとエイナは街へと赴く。ヘルフェス王国の街並みは、ヨーロッパの街並みの様な外観で美しい街だ。商店や飲食店、雑貨屋に服屋と他の国と比べると、数も質もレベルが高い。こうして、ニ人の絶世の美女が街を歩くと、とても絵になる。
「エイナ姉様!! こういう服はどう? 私に似合うかな?」
「えぇ、とても似合ってるわよ。それが欲しいの?」
「私これがいい!! 凄く可愛い!!」
買い物を楽しむエレナの視界に、ある者が映った。美しい金髪のロングヘアで、周りの人達より明らかに目立つ美少女。幼い頃仲の良かったセレスタ・ルシフェルだ。
エレナが思わずセレスタの後ろ姿に見入っていると、セレスタが不意に振り返る。ニ人の視線は合わさり、エレナは時が止まる感覚になり、声を掛けるか戸惑っていると後ろから誰かの声が聞こえる。
「何してる、行くぞセレスタ」
「待ってください、兄上」
声を掛けたのはセレスタの兄だった。セレスタは、エレナから視線を外すとそれ以降、一切見向きもせずにすれ違って行く。エレナは一瞬唇を噛み締めると小さな声で言葉を零した。
「そう……貴方は今でもその気なのね……」
「何か言った? エレナ」
「ううん、何でも無いわ。行こ、エイナ姉様」
ニ人は正反対の方へと歩いて行く。背中合わせのニ人の距離は更に遠退いていった。その日の夜。ルシフェル家ではセレスタと父親のシルヴァが会話をしていた。
「お前は王の素質がある。次の王戦ではお前が勝ち、ルシフェル家を王都の王へと返り咲かせてくれ」
「はい。父上」
セレスタの表情に、笑顔は無くかつてエレナ達と笑って過ごした日々は彼女の記憶からも消えていた。王としての自覚が芽生え、セレスタとエレナそして、エシリアはそれぞれの道を歩んでいた。
――その時だった。
凄まじい爆発音が聞こえ、建物がカタカタと揺れ始めた。
「何だ!?」
シルヴァが爆発音に驚き、窓から外を見ると離れた場所で火の手が上がっていた。
「あそこの方向は、カジュスティン領か。何があった?」
「…………」
セレスタは、カジュスティン領というシルヴァの言葉に少し眉を寄せた。すると、玄関の方からある声が聞こえた。
「セレスタちゃん!!」
セレスタがその声を聞き、玄関の方へと行くとそこには、エシリアの姿があった。
「エシリア?」
「カジュスティン家が大変なんです!! エレナちゃんが!!」
エシリアも、爆発音を聞きつけとっさにセレスタの元へと走って来たのだ。
「セレスタちゃん、助けに行きましょう!!」
エシリアの言葉に、セレスタは何も答えない。
「セレスタちゃん?」
「悪いが、私は行けない」
「どう……して?」
エシリアは、セレスタからの言葉に驚きが隠せなかった。仲違いしているとはいえ、かつて友達だった彼女からの言葉は、エシリアの心を抉った。
「あそこまで火の手が上がっているとなると、生きている者は……居ないだろう。それに、聖騎士団が出向いてる筈だ。私達が行くまでも無い」
エシリアは、静かにセレスタの言葉を聞くと涙を流した。セレスタもその涙を見ると少し気まずそうにしている。
「どうして、そういう事が言えるんですか!! エレナちゃんは友達でしょう!! 何があっても……友達だって……セレスタちゃんが言ったんじゃないんですか!? あの言葉は嘘だったんですか!? エレナちゃんを見殺しにするんですか!?」
泣きながら訴えるエシリアに、セレスタはただ黙ってるしか出来なかった。
「もういいです……」
エシリアは、涙を拭うと飛び出して行った。
「エシリア!!」
セレスタは、静かにギュッと手を握った。エシリアは火の手が上がっているカジュスティン領の方へと走って行く。
近くまで来ると、聖騎士団の面々が剣を抜き戦っていた。だが、敵の姿は何処にも見当たらなかった。
「貴方は、エイブリー家のエシリア様!? 何故ここに来たんですか!! 危ないですから逃げて下さい!!」
聖騎士団の一人がエシリアを止めて、声を荒げた。
「エレナちゃんが……!! エレナちゃんが……!!」
「私達も必死で探しています!! ですがまだエレナ様の姿が見当たらないんです。ここは私達に任せてお逃げ下さい!!」
「何があった?」
エシリアの背後から、騒ぎに駆けつけたウォルグ・エイブリーが話しかけて来た。
「ん? エシリアここに居たのか!?」
「お父様!! エレナちゃんが!!」
火の手は一向に止まず、カジュスティン領をみるみる焼き尽くして行く。
「私達、聖騎士団も駆けつけたのですが、敵という敵が見当たらないんです。ただ、黒い煙の様な物が襲いかかって来てます」
「黒い煙?」
カジュスティン領の上空には、まるで生きてるかの様に黒い煙が飛び交っていた。
「剣で切っても切れません!!」
「どんな魔法なんだ……グレコはどうした?」
「総隊長は現在、他国へ遠征中でして不在です。ですが、第一部隊の隊長が居るので何とか持ち堪えています」
最強と謳われるグレコが不在となると、聖騎士団の戦力はガラッと落ちてしまう。
「くそ、グレコが居ない時を狙ったのか……アカサキは何処に居る?」
「隊長は中でカジュスティン家の皆様の救助にあたっています!! ここは聖騎士団に任せて下さい、それにジャパシスタ騎士団の面々も駆けつけてくれているので、ウォルグ様達はお逃げ下さい!!」
「ジャパシスタ騎士団か、若者で集まった派遣型の騎士団そいつらも居るなら大丈夫そうだな。分かった、ここは任せる。行くぞエシリア」
エシリアもウォルグに連れられ、その場から離れる。だが、聖騎士団やジャパシスタ騎士団が駆けつけようともエシリアの不安が晴れる事は無かった。
それから数分後の事だった。一人の少女が火の手が上がるカジュスティン領を呆然と見ていた。
「なに……これ……」
それは、エレナだった。エレナはたまたまこの日の夜外へと出掛けていて、騒ぎを聞きつけ帰って来ていた。
「貴方は、エレナ様!! ご無事でしたか!!」
エレナを見かけた聖騎士団の騎士がエレナの元へと駆け寄った。だが、エレナは騎士の姿など視界には入って来ない。
周りの事など見てもいられない、カジュスティン領には家族が居るそれしか頭に無かった。
「お父様!! お母様!!」
エレナは、燃え盛る火の中へと入って行こうとするが騎士がそれを止める。
「エレナ様、危険です!! ここから離れて下さい!!」
「離して!! 中にはお母様達が居るの!! 助けなきゃ!!」
エレナは、騎士を振り払うと火の中へと入って行く。騎士も追いかけようとするが、黒い煙に憚れる。
「ゴホッゲホッ……お母様!! お父様!!」
エレナは、燃え盛る火の中、必死で叫んだ。だが、誰の声も聞こえて来ない。
「何処に居るの!! 返事して!!」
すると、エレナを呼ぶ声が聞こえた。
「――エレナ!!」
エレナが声のする方向を見やると、そこには、エイナとエリナが居た。幸い怪我は無く、ニ人も母親と父親を探していた。
「エレナ、無事で良かったわ。怪我は無い?」
「エイナ姉様、何があったの? どうして……」
「私にも分からないの……それより早くここから逃げるわよ」
三人の王妃は、燃え盛る火の中必死に逃げ道を探りながら走った。周りからは黒い煙に命を奪われていく騎士達の断末魔が聞こえてくる。
まるで地獄絵図の様な光景にエレナは恐怖に駆られ吐き気が止まらない。
――その時だった。
黒い煙が三人に襲いかかってきた。エイナがとっさにニ人を押し飛ばし、黒い煙に全身を包まれる。
「――エイナ姉!!」
エリナがエイナの名前を叫ぶが、黒い煙からエイナの声は聞こえて来ない。すると、黒い煙の中から僅かだけエイナの顔が見える。
「エイナ姉!! すぐに助ける!!」
「だ……駄目……逃げ……て……!! 生きる……のよ……」
そう言葉を残して、エイナは再び黒い煙に包まれていき、まるでマジックで消えたかの様に姿を消した。
「エイナ姉様!!」
「くそ……!! エレナ、ここから逃げるよ!!」
エリナは、エレナの手を引っ張り行こうとするが、エレナがそれを止める。
「エイナ姉様わ!? 見捨てるの!?」
「エイナ姉の死を……無駄にしちゃ駄目だ!! 生きろってエイナ姉が言った……だから、うち達は生きるしかないんだよ!!」
そう言葉にしたエリナの目には涙が浮かんでいた。エレナも涙が止まらず、エリナに引っ張られ走り出す。
ニ人は無我夢中で走った。燃え盛る火の中を脱出し、王都の郊外まで来ていた。
「ハァ……ハァ……ここまで来れば……大丈夫」
「ゲホッ……ゴホッ……エイナ姉様……」
無我夢中で走ったエレナは、体力的にも身体的にも限界に近かった。母親と父親の安否、目の前で死んだ姉、色んな感情がごちゃごちゃになり、もはや何がなんだか分からなくなって来ている。
そんなエレナに、エリナが優しく話しかけた。
「エレナ、大丈夫だよ。うち達は、あの有名な王族カジュスティン家だ。簡単にはやられない。きっと、母さんも父さんも生きてる。だから、うちは助けに行ってくる。エレナはほとぼりが冷めるまでここに居な、分かった?」
「でも……」
「必ず戻って来るから、だからいい子で待ってるんだよ」
エリナはそう言うと、またカジュスティン領の方へと走って行った。エレナは、その背中を黙って見ていた。引き止めるにも声が出ない程にまで限界に達していて、何も言えなかった。何も出来なかったーー。
「…………」
卓斗は、言葉が出なかった。話をしていたエシリアと卓斗の元に、エレナも歩み寄り、話し出した。
「その後ね、エリナ姉様は戻って来なかったの。夜が明けてカジュスティン領まで戻ると、火は収まっていたけどそこには誰も居なくて……焼け野原となったカジュスティン領だけが残っていた」
「エレナちゃん……」
「でもね、もう私は泣かないって決めたの。エイナ姉様やエリナ姉様、お母様にお父様に泣くなって言われる気がして、だから私は強くなって、必ずまたカジュスティン家を復興させる」
エレナの表情は、とても逞しく強いものだった。卓斗はエレナに対して、少し尊敬の意が出て来た。
「お前は、絶対強くなれるよ。同情だとか思われるかも知れないけど、俺はお前を応援する」
「それは、護衛になるって事よね?」
「それは違う」
エレナは、ふふっと笑みを零す。卓斗もそれに吊られて笑みを零した。それからエレナはエシリアの方に視線を移す。
「あの日、私を助けようとしてくれてたんだね、その、あ……ありがとね、エシリア」
「ううん、当たり前の事ですよ!! だって私達、友達でしょ?」
そう言ったエシリアの顔を黙って見つめるエレナ。そんなエレナの脳裏には、かつて三人で仲良く遊んだ光景がフラッシュバックしていた。
「エシリア、その……」
「今からでも遅くないですよ。これで仲直りです」
エシリアは、そっと手を差し出した。エレナはその手を取るか躊躇っていると、エシリアが両手でエレナの手を握った。凍りついていたニ人の関係は、エシリアの手の温もりで溶けていく。ただ、後一人を除いて。
「じゃ、副都に戻るか」
カジュスティン家が滅亡したあの日からエレナは、新たな人生を歩み出した。そしてまた、カジュスティン家を復興させる為に、強くなる。そしていつの日か、セレスタとも、分かり合える日が来る事を願って。