第15話 『エレナとエシリアとセレスタ』
かつて、カジュスティン家の領地だった場所へと足を運んだ卓斗とエレナ。そこは跡形も無くただの平地となっていた。
その場所をただ黙ってジッと佇むエレナの後ろ姿を卓斗は掛ける言葉が見つからず、見てるしか出来なかった。
そこに、たまたま居合わせたエシリアと出会い、卓斗は話を聞く事にした。あの日、ここで何が起きたのかを。
「先ずは、私達の事から話しますね」
エシリアは、徐に過去の事について話し出した。
「私達は、小さい頃いつも一緒に遊んでいました。それは今とは想像出来ない程に仲が良かったんです。まだ四歳だった私達は王権の事なんか何も分かってなくて、そういった事は大人達がやってたので私達には殆ど関係の無い事でした」
――十二年前。
ヘルフェス王国のとある花畑に、三人の少女が居た。
「はい!! お花の冠あげる!!」
そう言って花で冠を作り渡す少女の名は、エレナ・カジュスティン。当時四歳。
「ありがとうございます!!」
受け取った少女の名は、エシリア・エイブリー。当時四歳。エシリアは、隣に居たもう一人の少女に花の冠を渡す。
「私からもあげますね」
「ありがとう」
それを受け取った少女の名は、セレスタ・ルシフェル。当時四歳。それぞれが王族の王妃だが、まだ四歳の彼女達には、蟠りも何も無い。大人達だけが啀み合っていた。
「ねぇねぇ、今の国王様ってセレスタちゃんのお爺様なんでしょ? 優しい人なの?」
「うん、優しい。お菓子とかいっぱいくれるし、また食べにでも来る?」
「え!! 行きたい!! いいの?」
「もちろん、エシリアちゃんもおいでよ」
「はい!!」
非常にほのぼのとした雰囲気に、王妃なだけあって高貴な服装を着ていて、平穏で暖かな空気が流れている。彼女達がこうして、家の外で遊んでいる時だけは。
「私達、ずっと友達でいられますよね?」
エシリアの問いに、エレナとセレスタは笑顔で答えた。
「当たり前だよ!! 私達は、ずーっと友達!!」
「そう。例え何があってもね」
――話を聞いていた卓斗は、エシリアの話に心が暖まっていた。
「幼馴染ってやつだな。今でも仲はいいのか?」
エシリアは、悲しげな表情で首を横に振った。
「いいえ、今は話す事も会う事も無くなりました。でもこうして副都でまた一緒になれたのは、私にとってはとても嬉しい事なんです。またあの日みたいに仲良く出来る日が来るんじゃないかって」
「喧嘩でもしたのか?」
「ただの喧嘩なら可愛い物ですよ。私達のは喧嘩ではなく一族同士の蟠りなんです」
――時は再び過去に遡る事、六年前。
「エレナ、ちゃんとセレスタ様とエシリア様とは仲良くやってるか?」
当時十歳のエレナにそう話しかけたのは、父親である、ジュディ・カジュスティンだ。
「うん!! 昨日も一緒に遊んだし、今日も遊ぶよ!!」
「そうか、なら良かった。これからも仲良くするんだぞ?」
当時まだまだ子供なエレナ達には、一族同士の蟠りなど知る由も無く、父親であるジュディは歳を重ねていくにつれエレナ達の関係が壊れるのを心配していた。
「エレナ達だけでも、父さん達と同じ道は辿って欲しくないからな」
「お父様はエシリアちゃんやセレスタちゃんのお父様とは仲良くないの?」
「うーん、ちょっと長い喧嘩中でね。でもきっと仲直りするから、エレナは心配しなくてもいいぞ?」
話をするニ人の所に、執事服を着た青年が血相を変えて入ってくる。
「――大変です!!」
「どうした、そんなに慌てて」
「国王様が……病気により、亡くなられました!!」
ジュディは、執事からの報告に目を丸くして驚く。
「なんだと……!?」
「始まりますよ……王権を掛けた争いが……!!」
当時の王都の国王だった、ルシフェル家のルイス・ルシフェルが病没し、国王の座が空席となった。これは、三つの王族による王権を掛けた争いが始まる事を意味していた。
――場所は、ルシフェル家の豪邸。
「お爺様……!!」
棺に入れられた国王、ルイス・ルシフェル。その周りではルシフェル家の人達が悲しみに暮れていた。その中に一人、セレスタの姿もあった。
「お爺様……どうして……」
セレスタは、祖父であり国王であったルイス・ルシフェルの事が大好きだった。優しくてお菓子をくれたり、絵本を読んでくれたりと、この様な日が来るとは十歳のセレスタには考えもしなかった。
その日、ルイス・ルシフェルの壮大なお葬式が執り行われた。ルシフェル家は勿論、王都の国民も参加し、国王の冥福を祈った。
敵対している、カジュスティン家やエイブリー家もこの日ばかりは、お葬式に参列し、悲しみに暮れた。
「セレスタ、お前もそろそろ王としての自覚を持つべきだ、親父が死んだ今、王権争いが始まるのは直ぐだ。今回の王権には俺が参加するが、その次なる王の座はお前が座れセレスタ」
そう話したのはセレスタの父、シルヴァ・ルシフェル。
「しかし父上、私にはエレナちゃんやエシリアちゃんと争う事など……出来ません」
仲のいい友達と王権争いなど、セレスタは勿論エレナやエシリアだって嫌な筈だ。
「セレスタ、お前はルシフェル家の王妃だ。お前だけの考えで動く事は出来ん」
「ですが……」
「ルシフェル家の人間として自覚を持て、いいな」
「はい……」
――数日後、いつもの様に花畑で遊んでいたエレナ達。しかし、セレスタの表情は暗かった。
「どうしたの? セレスタちゃん元気ないよ?」
そんなセレスタを心配して、エレナが話しかけた。セレスタは、父の言葉がフラッシュバックし、更に表情を曇らせた。
「エレナちゃん、エシリアちゃん、話があるから聞いてくれる?」
エレナとエシリアは顔を見合わせて首を傾げ、セレスタの方を見やった。
「これからは、こうして遊ぶ事が出来ないんだ。折角友達になったのにごめんね」
「どうして? 私達ずっと友達なんでしょ? 何があってもずっと……」
エレナは、突然のセレスタからの言葉に涙を流しながら訴えかけた。あの日誓った言葉を思い出しながら。
「何があったんですか? どうしていきなり……」
「私達は、普通の人間じゃないの。王族の人間なの。エレナちゃんとエシリアちゃんは、敵対する王族の人間、だから……だから仲良くは……出来ない」
そう言ってセレスタは、ニ人に背を向けた。エレナとエシリアは涙を流しながらその背中をジッと見つめていた。
「セレスタちゃん……!!」
「ごめん……もう私には、関わらないで」
セレスタは走り去っていく。その目には涙が浮かんでいた。残されたニ人はただ泣くしか出来なかった。一瞬強い風が吹き荒れ花畑の花びらがその場に舞い散った。
一方、大人達も王権を巡っての会議が行われていた。王都にある王邸に王候補の三人が集まっていた。
「こうして顔を合わせるのは久しいな」
開口一番に口を開いたのは、カジュスティン家のジュディ・カジュスティンだ。赤い髪色で、セミロングの長さで癖っ毛な男。
「前国王が決まった以来か」
そう答えたのは、エイブリー家のウォルグ・エイブリーだ。緑色の髪色で五ミリ程の坊主頭の男。
「ふん」
目を瞑り、腕を組んでジッと座っているのはルシフェル家のシルヴァ・ルシフェルだ。青い髪色でロングヘアで後ろを束ねている。
そんな三人のそれぞれの後ろに側近が立っている。ジュディの後ろには、カジュスティン家に仕える、クレバ・サンチェスが立っている。銀髪のオオカミヘアの男。
シルヴァの後ろには、ルシフェル家に仕える、カルナ・モーヴィスが立っている。明るい茶髪で胸下くらいまでの長さでゆるふわカール。
ウォルグの後ろには、弟であるウェルズ・エイブリーが立っている。緑色の髪色でツンツンヘア。敵対する三つの王族が集まり、この場はピリついた空気が張り詰める。
「では、私が仲立ちの元、王権について話を進めます」
「ふん、お前が仲立ちとはな、グレコ」
仲立ちを務めるのは、グレコ・ダンドール。黒髪で左目が隠れていて、右の頬に痛々しい傷が入っている男性。目が細く冷徹をイメージさせる風貌だ。
「聖騎士団の総隊長様がご苦労だな」
ジュディの言葉に、グレコは何の反応も見せない。グレコは、聖騎士団の総隊長を務めていて実力はトップクラス。世界最強とも謳われている。
「相変わらずクールな男だよ本当、昔はトワとギャーギャー喧嘩してたのによ」
一見して何の反応も見せなかったグレコだが、トワという名に少しの反応を見せた。
「その様な女など、とうに忘れました」
「女って事しっかり覚えてるじゃんかよ」
グレコは、一瞬ジュディを睨み、直様目を閉じて口を開いた。
「今その話は関係ありません。王権についてです」
「そうだ。ここで一つ提案なんだが……」
グレコに続いて口を開いたのは、シルヴァ・ルシフェルだ。
「前国王がルシフェル家の人間だったから、次の国王もルシフェル家の人間が就くべきだと思うが?」
「それは、容易出来ないねぇ。俺達だって王族の端くれだ。国王の座は簡単には渡す訳にはいかない。あんたもそう思うだろ? ウォルグ」
ジュディは、シルヴァの意見に反論すると、ウォルグにも同意を求めた。ウォルグは、深く溜め息を吐いて机に肘をつき顎の下に手を置いて口を開けた。
「うーん、そうだな……だが、無駄な争いは避けたい所だとは思うがな」
平和を好むウォルグの本心。たとえ王権を争う王族同士だとしてもかつての友だったニ人と争う事など好みはしない。
「――兄上は甘い。そんな事ではエイブリー家の当主は務まらんぞ」
そんなウォルグの考えを否定したのは、後ろに立つ弟、ウェルズだ。
「まぁそう言うなウェルズ。ジュディもシルヴァも元は友だった男だ。争いたくない事はお互い様だろ?」
「俺は、お前の弟の意見に賛成だな。ウォルグ、お前は考えが甘い」
シルヴァはウォルグに睨みを利かせながら話した。
「なら、お前は俺らと戦うってのか?」
「当たり前だ。俺はいつでもその気だ」
ジュディからの問いに、シルヴァは表情一つ変えずに答えた。それはかつて友だった事は思わせない程に。
「貴方如きが、カジュスティン家に勝てるとでも?」
ジュディの後ろに立つクレバがシルヴァを睨みながら前に乗り出して口を開いた。
「落ち着け、クレバ。ここは話し合いの場だ」
「そうだ。立場を弁えろ」
シルヴァの後ろに立つ、カルナもクレバに対して怒りを露わにしている。
「静粛にお願いします。この場での戦闘は避けて頂きたい」
グレコの言葉に、全員が静かになっていく。世界最強とも謳われるこの男を怒らせると、手が付けられないのは、ここにいる全員が心得ている事だ。
「ま、話し合いで決まる様な俺らでもないし、シルヴァの意見に俺は賛成するねぇ」
そう話したのはジュディだ。シルヴァは当たり前だと言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らす。
「多数決なら仕方ないか。グレコ、頼めるか?」
ウォルグがグレコを見つめると、静かに頷き口を開く。
「では、場所を移します。皆さんを我が聖騎士団の闘技場へとご案内します」
場所は移り変わり、聖騎士団の闘技場へとグレコの案内でジュディ達は向かった。その場所は、中央にだだっ広い広場の様になっており、それを観客席が囲む様な形になっている。
ジュディ、シルヴァ、ウォルグ、グレコは広場の真ん中へと向かい、側近達は観客席へと向かう。
「では、簡単にルールを説明します。三人にはここで戦闘を行って貰い勝者を次の国王と決めさせて頂きます。ルールは、殺さずに勝つ事。もし、その危険があった場合には直様私が止めに入ります。ではよろしいですか?」
三人は静かに頷き、戦闘の構えに入る。非常に緊迫した空気が闘技場に張り詰める。
「さてと、ひと暴れするか」
ジュディが指をポキポキと鳴らしながら笑みを浮かべそう口にするとシルヴァとウォルグも殺気を込める。
――卓斗はエシリアからの話に思わず息を呑んだ。
「それで、どーなったんだ?」
「勝ったのはカジュスティン家の当主、ジュディさんでした。そのまま国王はジュディさんが就く事になりました」
「エレナの父親が国王……」
「そしてここからが、タクトさんが聞きたかった事、ニ年前の話です」
――エシリアは、徐に口を開きニ年前の話を始める。