第137話 『最悪な結末』
ヴァルディアの崩れた古城では、ナデュウの暴走した『女神龍』と、アカサキが睨み合っていた。異常なまでの殺気を放つ龍に、『鬼神』の肩書きを持つアカサキでさえ、息を呑んでいた。
「時間稼ぎ……タクトさんが戻るまで、貴方を抑えさせて頂きますよ」
神器ヴァジュラを構えるアカサキに対し、『女神龍』は咆哮で答える。たかが咆哮で突風が吹き荒れ、崩れた古城の瓦礫が散乱する。
「傷付けずに、というのは難しい話ですが、ユニさんのお友達なのであれば、仕方ありません。神王獣を抑えた時の様に、結界を張らさせて頂きます!!」
アカサキは『女神龍』の方へと向かって、手を翳す。すると、赤色の魔法陣が『女神龍』の足元に浮かび上がる。
「これで、少しの間は動けません」
魔法陣から『女神龍』を囲う様に筒状に結界が張り始める。だが、『女神龍』が咆哮をあげると、結界は粉々に粉砕されてしまう。
「少しもいきませんでしたか……!! では、闇魔法ならば」
再びアカサキは手を翳す。アカサキの背後に紫色の魔法陣が現れ、そこから無数の鎖が『女神龍』の方へと、一気に伸びて行く。
鎖を視界に捉えた『女神龍』は、口を大きく開けて大きな火の玉を作ると、一気に解き放った。
「ただの火の玉ではありませんね……!!」
その火の玉は灼熱で、アカサキの鎖をみるみる内に溶かしていく。そして、徐々に近づく灼熱の火の玉に、全身の毛穴から汗が吹き出る。
人間を覆う程の大きな火の玉に向かって、アカサキは手を翳す。
「目には目を、歯には歯を。ならば、火には火を……ですかね」
だんだんとアカサキを包み込むように、空間が歪み始めた。アカサキの異変に気付く気付かないもない火の玉は、徐々に近づいて行く。そして、
「――『魔装・業火』」
その瞬間、火の玉はアカサキとぶつかり大爆発を起こした。大きな爆炎が上がり、辺りの温度を一瞬にして高温へと上げる。地面は焼け焦げ、空気までもが焼けたかのように、焦げ臭い匂いが辺りに充満する。だが、
「この姿になるのは久し振りですかね……少し、手荒になってしまいますが、お許しを」
そこには、無傷で立ち尽くすアカサキの姿があった。だが、その姿は先程とは少し違う。
両腕には炎が纏い、黒色だった瞳は赤色に染まっていた。そして、地に立つアカサキの周りに円形の炎が微かに燃えていた。
アカサキの異変に気が付いた『女神龍』は、喉を鳴らしながら静かに睨み付ける。
「流石の魔獣でさえも、私の変化には気付きましたか。そのまま、大人しくして下さると有難いのですけれど」
すると『女神龍』は、翼を大きく広げて浮遊すると、低空飛行で一気にアカサキの元へと突っ込んで行く。
砂埃が舞い上がり、どんどんと加速しながら近づいてくる。『女神龍』は、翼を畳み込みスピードを更に上げて行く。まるで、大きな矢の様にも見える。だが、アカサキは表情一つ崩さないまま、『女神龍』を迎え討つ。
「やはり、大人しくは出来ませんか」
アカサキは片手を翳すと、突っ込んでくる『女神龍』の頭に当てがい、衝撃を抑える。数メートル程は押されたが、巨大な龍の突進を、アカサキは片手で簡単に抑えた。
そして、頭を抑えている腕の炎が膨張して大きくなると、『女神龍』は一気に吹き飛ばされて行く。
地面を大きく揺らしながら転がる『女神龍』は、体勢を整えるとアカサキの方へ向かって咆哮を上げた。
「これで、時間稼ぎは余裕ですかね」
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一方、聖騎士団の総隊長である、グレコ・ダンドールは己の聖騎士団としての信念と責任の為に、仲間である筈のシエル、ステファと睨み合っていた。
その場には、ヒヤヒヤしながら見守るジョンとイルビナが居るが、二人にこの場を収めるだけの実力と言葉力は無い。だが、もう一人は自分の実力を確かめるべく、『最強』の肩書きを持つグレコに対して、剣を向けていた。
「さっさと始めようぜ、総隊長さん」
「モリヤ……」
その人物は、守屋七星だ。卓斗と同じく日本人であり、聖騎士団の第四部隊に入団したばかりの新人だ。だが、その手に持つ真っ黒な太刀の剣先を、『最強』へと向けている。
「いい機会だ。あんたが仲間とやり合うってんなら、俺も混ぜて貰う。総隊長の実力も知りてぇし、俺の実力も……」
「一つ問う、モリヤ」
グレコは放っていた殺気を抑えると、七星に対して口を開いた。
「貴様が聖騎士団に来た理由は何だ? 単なる騎士への憧れ、この俺の首、どっちだ?」
「どっちも違うな。俺の成すべき事を他者に教える必要は無い。だが、あんたらを敵に回すつもりもねぇ。俺はただ、試したいだけだ」
七星のその言葉を聞き届けると、グレコは腰に携える剣の鞘に手を当てがう。それを見たステファが、
「それは抜くな、グレコ。いくら仲間と揉めようが、それを抜けばお前は堕ちるぞ」
「俺への歯向いは、聖騎士団への冒涜だ。つまり、裏切り者だ。裏切り者は粛清する。それが、聖騎士団の掟だ」
一向に言葉では解決しなさそうな場で、一人の男が徐に口を開いた。
「あの、一ついいですか?」
全員がその男の方に視線を送る。その男とは、シルヴァルト帝国で科学研究をしている神谷蓮だ。ナデュウの不老不死の力を使って、難病の治療薬を作ろうとしているシルヴァルト帝国。蓮が、聖騎士団と共にナデュウの捜索に来ていた。
「先ずは、話し合いで解決する様に努力してはどうですか? 今回の任務は、ナデュウさんの捜索、ユニさんの救出、これが絶対ですよね? 今ここで起きてる事は、今回の任務とは関係が無いように思えますが」
「見ない顔だが、貴様はシルヴァルト帝国の者か?」
「はい、僕は貴方を存じ上げていますよ、グレコさん。王都の聖騎士団の総隊長なら、僕の言っている事は理解してくれますよね?」
蓮にそう言われ、グレコは静かに睨み返した。蓮の言う事も一理あった。本来の目的はナデュウの捜索とユニの救出。それこそ、仲間同士で戦っている場合では無い状況だ。
「それと、シエルさんでしたっけ? 貴方が言う、ナデュウさんを殺しては駄目という事、詳しく聞かせて貰えないですか?」
「理由は一つ、今のナデュウなら手を取り合う事が出来る。それだけよ」
シエルの言葉に、グレコが反応して睨みを効かせた。
「奴らと俺らが、本当に手を取り合えると思っているのか? ナデュウは第二次世界聖杯戦争を引き起こした張本人だ。償っても償い切れない程の罪を犯した奴と、手を取り合えると思っているのか?」
「グレコさんの言うナデュウは、もう既にこの世に居ない。今のナデュウは、全くの別人ですよ」
「どういう意味だ?」
「ナデュウの不老不死は、永遠の命では無いという事です。確かに、ナデュウという存在は永遠のもの……でも、ナデュウにも寿命があります。記憶と名は残るものの、死ねば新たなナデュウが生まれる。そして、今のナデュウは過去の過ちの記憶を嘆いていました」
シエルの言うように、ナデュウは平和を望んでいる。過去のナデュウが引き起こした第二次世界聖杯戦争を二度と起こさせない為にも、各国との同盟が必須だった。
だが、かつての過ちを犯した獣人種族と手を組んでくれる国などいないものだった。
「なら、今回のこの有り様はなんだ? 王都の人間を攫い、聖騎士団と相見えた。この状況でそんな説明など、誰が信じると言うんだ」
「今回の件は、ナデュウの部下達が勝手に犯したことです。たしかに、獣人種族は『一角獣』の力を持つ者を探していました。まさか、それがユニだとは私も思っていませんでしたけど……」
「どちらにせよ、事はもう動いている。聖騎士団に喧嘩を売った以上、粛清する」
どれだけ説明をしようとも、グレコの信念は揺るがない。聖騎士団を冒涜され、喧嘩を売られ、今のグレコに言葉で勝つ事は絶対に無理だった。かと言って、戦闘で勝てる見込みもシエルには無かった。
『最強』の肩書きを持つグレコの強さは誰よりも知っている。ステファと共にその実力を近くで、隣で見ていた人物の一人だからだ。
「グレコさん……!!」
「分かったのなら観念しろ、シエル。言葉だけで分かち合える時代は存在しない」
歯を噛み締めてグレコを見つめるシエル。何より悔しいのは、久々の再会がこんな形になってしまった事だった。すると、ステファが、
「二雄の英傑の一人と呼ばれたお前が、聖騎士団の信念にここまで囚われるとはな。あの頃のお前なら、もう少し融通が利いたはずなんだがな」
「そんな二つ名、とうの昔に捨てた。あの時から、俺の信念は聖騎士団にある……」
「やはり、トワの事を気にしているのか」
ステファの口からトワという名前が出ると、グレコは強く睨み返した。
「俺の前でその名を口にするな」
「ステファさん、やはりトワさんはもう……」
「そうか……シエルは知らなかったのだな。トワは、第三次世界聖杯戦争で死んだ。アツトもな」
ユニから聞いて予想はしていたが、ステファからの言葉にシエルは目を丸くして言葉を失った。
「そんな……あのトワさんとアツトさんが……信じられない……」
「あの時も、今と似た状況だった。グレコが聖騎士団の総隊長としての初陣でな。戦況も悪く、敵が強大過ぎた……グレコ、あの時の過ちをお前はまた犯すのか? お前の信念と判断が、また仲間を失くすぞ……」
「ステファさん、一体何が……」
その時、グレコは強大な殺気を放ち、ステファを睨みつける。そのあまりにも大きな殺気に、ステファとシエルは身構える。
「二度と奴の話をするな。それ以上話すのならお前を切るぞ」
グレコはそう言うと、神器クラウ・ソラスの鞘に手を当てがう。その殺気はこれまでと違い、深く悲しいものだった。
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一方、崩れた古城の近くでは、『堕天』したセラ・ノエールと、『大罪騎士団』の『傲慢』を司るヴァルキリア・シンフェルドが対峙していた。
「茶髪のお姉さん、その脚の呪印は『堕天』だよね? じゃあ、茶髪のお姉さんは死んでるって事でいいんだよね?」
「――――」
セラはヴァルキリアの問いに答える事なく、紫色に光る瞳で黙ったまま見つめる。
「反応なし。『堕天』してたら等然だよね。でも、だからといって私より強いってのは許さないからね……!!」
ヴァルキリアは神器グラーシーザを何回も振りかざし、目視不可能な斬撃を何発も放つ。だが、セラは滑らかな動きでそれらを全て避ける。
「目に見えない攻撃を、こうも簡単に避けられると困るんだけどなぁ」
セラはジリジリとゆっくりとしたペースでヴァルキリアの元へと歩いて行く。フラフラと揺れながら、炎の様に揺らめく紫色の異質なテラを体に纏い、一歩一歩近づいて行く。
「じゃあ、神器グラーシーザのもう一つのとっておきを特別に見せてあげよっかな」
ヴァルキリアはそう言うと真っ白な大鎌、神器グラーシーザを構える。
「目視不可能……神器グラーシーザの特異な能力はこれだけじゃないんだよね」
ヴァルキリアが構えていた神器グラーシーザを振りかざした瞬間、セラの体を斬撃が捉える。
「――っ!?」
後ろめくセラは、何が起きたのか分からないでいた。すると、
「二発目」
再び斬撃がセラを捉えて吹き飛ばす。地面を勢いよく転がるセラはそのまま倒れ込んでしまう。
「流石に『堕天』してても、二発も受けたら立ち上がれないか。私に血を流させた以上、生かしては置けないからね。覚悟してね、茶髪のお姉さん?」
ヴァルキリアはゆっくりとセラの方へと歩み寄り、倒れ込み動かないセラに向かって神器グラーシーザを構えた。
「次はナデュウを……!!」
その時、突然ヴァルキリアの元に光の矢が飛んでくる。すかさず大鎌で切って防ぐと、今度は大きな光の柱の様な物が飛んでくる。
「――っ!!」
大鎌で防ぐが、そのまま光の柱に押されていくヴァルキリア。
「鬱陶しいなぁ!!」
ヴァルキリアが大鎌で光の柱を振り払うと、倒れ込んでいたセラの元に現れた二人の人物が目に映った。
「――これ以上、させない……!!」
その場に駆け付けたのは、三葉とユニだ。ユニは真っ白なランスの様な武器を手に持ち、頭から一本の金色の角が生えている。獣人化をしている。
三葉は倒れ込むセラの背中に手を当てがい、治癒魔法を掛けるが、セラに反応はない。
「セラちゃん!! しっかりして!!」
反応は無いが、未だにある脚の呪印と、セラを纏う異質なテラ。三葉には焦りが募っていた。これ以上、『堕天』した状態が続けばセラが危険だ。
「邪魔しないでよね、お二人さん」
ヴァルキリアは三葉とユニに向かって殺気を放ちながら睨みつける。ユニはランスを構えて、
「貴方は、マッドフッド国での戦いの時にも居た人だよね。今度はヴァルディアに来て、目的は何なの?」
「また獣人種族が相手かぁ。さっきの大きいのよりは強くてマシかもね。目的はナデュウを殺す事。邪魔をすれば、お姉さんも殺すよ?」
「ナデュウちゃんは殺させない……!! マッドフッド国の人達の事も……私は貴方を許さない!!」
「許して貰わなくて全然いいんだけどね。どうせ全員死ぬんだから」
ヴァルキリアの言葉に、苛立ちを募らせたユニは強く睨みつける。そして、全身にテラが集まりだし、白く輝く鎧の様なものを纏い始める。
「それがお姉さんの獣人化。どれだけ強いか見せてみてよ」
ユニはランスにテラを込めると、ヴァルキリアの方へと向かって突き刺す様にして構える。
「私だって……先輩達の様に強く……!!」
その瞬間、真っ白な光の波動砲がランスから放たれ、ヴァルキリアの全身を覆っていく。地面を大きく抉り、ヴァルキリアの後方にあった古城の瓦礫の山も吹き飛ばしていく。
セラに一通りの治癒魔法を掛けた三葉が、ユニの隣に立ってヴァルキリアの居た方へと視線を向ける。
砂埃が舞い散り、ユニの一撃の衝撃に息を呑んだ。
「凄い……凄いよ、ユニちゃん!!」
「ミツハ先輩……ごめんなさい……」
ユニの突然の謝罪に意味が分からなく、首を傾げる三葉。だが、それも直ぐに分かる。
「――まだまだだね、お姉さん」
砂埃が消えていくと、そこには無傷で立ち尽くすヴァルキリアの姿があった。その瞳は、桃色に輝いている。
「そんな……無傷だなんて……」
これが、『傲慢』の特異な能力である、自身よりも弱い者からのダメージを受け付けない、だ。
そして、突然としてユニは吹き飛んでいく。
「――っ!?」
「ユニちゃん!?」
地面を勢いよく転がるユニは、体勢を整えると、
「ぐっ……何かが私に当たった……」
「茶髪のお姉さんも驚いてたけど、これは目視不可能じゃなくて認知不可能の斬撃だよ。私の放った斬撃は認知する事が出来ないってこと。まぁ、何発も放てる訳じゃないし、威力も下がるんだけどね」
威力は下がると言えど、ユニには致命的なダメージだった。今の一撃で、全身に痛みが走り立てないでいた。
「これで、お姉さんは私より弱いってのが分かったね。もう一人のお姉さんはどうかな?」
ヴァルキリアはそう言うと、三葉の方へと視線を移す。
「私が……二人を守らなきゃ……卓斗くんが戻ってくるまで……私が……」
その時、微かに三葉の背中から赤黒いテラが炎の様に揺らめき、一瞬で消えていく。それを見たヴァルキリアは、目を見開いて驚いていた。
「嘘……今のって……まさか、お姉さんが……?」
その時、三葉の背後から凄まじい殺気を放ったセラが、未だ暴走した状態のまま、剣を三葉に向けて振り翳した。
「セラちゃん……!!」
突然の事に三葉は防御魔法を唱える暇が無かった。ユニは後方で膝をつき、セラは暴走して制御不可能。三葉は、斬られるしかない。だが、
「――っ!?」
激しい金属音が鳴り響くと、ヴァルキリアが一気に距離を詰めて、セラの剣を神器グラーシーザで受け止めていた。
「え……?」
神器グラーシーザを振り払ってセラを弾き返すと、
「お姉さんはここで死なせる訳にはいかないんだ。理解は出来ないと思うし、理解しなくていい。これは、強制だから。ようこそ『大罪騎士団』へ。――『欺瞞』を司る、お姉さん」
水色の髪色を靡かせ、お団子ヘアの少女ヴァルキリアは、三葉にそう言葉にして、不敵な笑みを浮かべた。