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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第134話 『女神龍』



『何だ……あの化け物は……』

『世界の終焉が訪れたのか……』

『案ずるな、こちら側にはフィオラ様が居る』


 空を見上げる民達の視線の先には、大きな翼を広げ、旋回する龍の姿があった。その大きさ、禍々しさ、その存在が世界の民達、騎士達、魔獣にさえも恐怖を与えた。


『やっと、姿を現したね、『女神龍ティアマト』。君が生んだ獣人達は、本当に厄介だよ』


 真っ白なワンピースを着た白髪の少女は、『女神龍ティアマト』と呼んだ龍を見つめ、不敵な笑みを浮かべていた。


『フィオラ、どうしますか? エルザヴェートでさえ、手に負えない状況で、ナデュウまで姿を現わすとなると……』


『問題ないさ、セシファ。私達に敵う相手は居ないよ。ナデュウも、エルザヴェートも、私達で止めるよ。シャル、ティアラ、準備はいいよね?』


 フィオラに呼ばれた残りの二人も頷き、四人の少女は『女神龍ティアマト』を見つめた。




************************



 フィオラ達が見つめていた龍、『女神龍ティアマト』は、姿を変える事なく卓斗達の目の前に姿を現した。


「何だよ……この、龍……」


 卓斗がかつて対峙した、悪辣なる龍であるシャルよりも、遥かに恐怖を抱いてしまっていた。最早、絶対に勝つなどと言っていたのが、可笑しく思えてしまう程だった。


「ナデュウちゃん……!!」


 ユニの呼び掛けなど、ナデュウの耳には届かない。今、ユニの目の前に居るのは、ナデュウではなく『女神龍ティアマト』なのだから。


「これが……フィオラと対等の強さを誇る、ナデュウだってのか……正直、舐めてたな……」


 『女神龍ティアマト』が、卓斗とユニに向けて再び咆哮を上げると、その風圧により二人は吹き飛ばされてしまう。地面は抉れ、崩れた城の瓦礫さえも吹き飛ばしていく。


「ぐっ!?」

「きゃっ!!」


 地面を勢いよく転がるが、卓斗はすぐさま体勢を整えると、ユニをキャッチする。


「痛っ……鳴き声だけで、この威力かよ……大丈夫か、ユニ」


「先輩……ナデュウちゃんは、私の事を忘れちゃったんですかね……目の前に居るのは、ナデュウちゃんじゃないんですかね……」


「心配すんな。目の前に居るのは、れっきとしたナデュウだ。ちょっと、意識を失って姿が変わっただけだ。俺が、すぐに元に戻してやるから」


「強がってますね、先輩。私を支える手が、震えてますよ?」


 ユニの言う様に、卓斗の全身は恐怖で震えていた。卓斗だけでなく、ユニも同様に。


「馬鹿。強がりってのは、強い奴がする事なんだよ。弱い奴の強がりは強がりって呼ばねぇ。ただの負け惜しみだ。でも、俺も今回ばかりは負け惜しみかもな……」


「格好付けるなら、最後まで格好付けて下さいよ。ダサい先輩なんか、見たくないですよ」


「痛い事言うなよ……けどな、負け惜しみも、裏を返せば負けず嫌いって事だ。負けたくねぇんだよ、俺は。負ける訳にはいかねぇんだよ、俺は。だったら、勝つしかねぇだろ?」


「それが実現出来たら、本当に格好いいですよ。先輩、私は先輩を信じてます」


 ユニは立ち上がって卓斗の方へと振り向き、真剣な表情でそう言葉にした。


「先輩ってのは格好いいって所、見せてやるよ」


「はい!!」


 『女神龍ティアマト』は、その恐ろしい眼光を卓斗に向けると、突進するかの様に走り出す。一歩踏む事に大地は大きく揺れ、地面にヒビが入る。


「俺が目を覚まさせてやるよ、ナデュウ!!」


 卓斗は、押し寄せる恐怖に耐えながら、手に黒刀を作って『女神龍ティアマト』を待ち受ける。

 そして、『女神龍ティアマト』が目の前に迫った瞬間に、卓斗は手の平を翳して『斥力』の力を発動する。だが、


「なっ!?」


 『女神龍ティアマト』は、痛くも痒くもないのか、無反応で突き進んで来る。


「効かねぇとか、ありかよ!!」


 卓斗を食い千切らんと、『女神龍ティアマト』は大きな口を開けて、噛み付き掛かる。


「喰われてたまるかよ……!!」


 卓斗はタイミングを見計らって、『女神龍ティアマト』の頭を土台にして頭上にジャンプをして避けると、背後を取る。


「ちょっと痛ぇぞ、ナデュウ!!」


 落下する力を使って卓斗は、『女神龍ティアマト』の後頭部に向けて、黒刀を突き刺そうとする。だが、


「――っ!!」


 突然として、『女神龍ティアマト』の背中から紫色のテラの腕が伸び、卓斗を握り締める。


「がはっ……!? 腕……?」


「先輩!!」


「来るな!! ユニ!!」


 卓斗を助けようと走り出したユニの方へ、『女神龍ティアマト』は大きく咆哮を上げた。ユニは衝撃波で吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ……!!」


 勢いよく転がり、壁に衝突すると砂埃が立ち込める。すると、今度は卓斗を掴む腕が大きく振りかぶり、卓斗をユニの方へと投げつける。


「まじかよ……!!」


 物凄い勢いで壁に投げ付けられた卓斗の元にも、砂埃が舞う。


「がはっ……ゲホッ、ゴホッ……めちゃくちゃ痛ぇ……」


「大丈夫ですか、先輩……」


 二人の額からは血が垂れ落ち、全身にも激痛が走っていた。『女神龍ティアマト』の強さに、絶望感が増していく一方だった。


「あぁ、なんとかな……けど、あの腕みたいなのは何だ……? 背後にも隙がねぇってか……それに、なんで黒のテラが効かねぇんだ……」


 思考を張り巡らせる卓斗を他所に、『女神龍ティアマト』は、悪辣と言わんばかりに二人へ狙いを済ませ、一気に走り出す。


「チッ、どうする……アカサキさんと総隊長が助けに……いや、外でもまだ戦ってる筈だ……セラ達が来るか? いや、その可能性も低いか……くそ、どうする……!! 俺に、あいつを止める事は出来るのか……ナデュウを救う事は……」


 答えが出ないまま『女神龍ティアマト』は、どんどんと二人に近付いて来る。


「先輩……!! どうするんですか!?」


「俺の攻撃が効かない以上、避け続けるしかねぇだろ。けど……くそ……!!」


 卓斗は先程の投げられたダメージにより、足を負傷していた。か弱いユニが卓斗を担ぐ事も出来ない状況で、二人に為す術は無かった。


「動け……!!」


 『女神龍ティアマト』が目の前に迫り、口を大きく開けて噛み付こうとする。その時、


「――っ!?」


 卓斗達と『女神龍ティアマト』の間に突如現れた少女が、大きな巨体の龍を簡単に殴り飛ばした。


「お前……」


 その後ろ姿を見た卓斗は、複雑な心境になっていた。二人を救ったその少女は正しく、


「――助けた訳じゃないから、勘違いはしないでよね、お兄さん?」


「ヴァルキリア……!!」


 そこに駆け付けたのは、『大罪騎士団』の『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドだった。卓斗とは敵対する人物に、窮地を救われた事に、複雑な思いだった。


「先輩、この人……」


「あれ、私とどっかで会ったっけ? ごめん、お姉さんの事は覚えてないかな」


 ユニはマッドフッド国での『大罪騎士団』との戦いの際に、ヴァルキリアを見た事がある。幼い少女が国を襲った事もあり、印象に残っていた。


「てめぇ、何しに来たんだ」


「酷いね、たまたまタイミングが良かっただけで、下手すりゃ死んでた筈のくせに、図が高いんじゃない? 昨日も言ったけど、行かなきゃいけない所があるって」


「『大罪騎士団』が、ヴァルディアになんの用があんだよ。黒のテラなら、ここには……」


 卓斗の言葉を遮る様に、ヴァルキリアは人差し指を立てると、


「黒のテラは関係ないよ。私が用があるのは……」


 ヴァルキリアはそう言うと、『女神龍ティアマト』を見つめる。


「ナデュウだってのか?」


「うん。殺さないといけないんだ」


「殺す!? そんな事させない!!」


 ヴァルキリアの言葉に、ユニが激昂した。龍の姿をしていると言えど、ナデュウには変わりない。ユニの友達には変わりない。友達を殺させる訳にはいかなかった。


「なに、ナデュウの仲間にでもなったの? さっき殺されかけてたじゃん。言っとくけど、邪魔するって言うなら、お姉さん達も殺すよ?」


「やれるもんなら、やってみてよ!! ナデュウちゃんは、殺させない!!」


「ユニ、落ち着け。今は、俺らもこいつに構ってる暇はねぇんだ。ナデュウの暴走を止めねぇと。ヴァルキリア、なんでナデュウを殺すんだ? 別に黒のテラを持ってる訳でも、お前らの邪魔をしている訳でもねぇだろ? だったら……」


「お兄さん、私は別に黒のテラを持つ者だけを殺してる訳じゃないんだよ。この世界に存在する全てを、殺すの。遅かれ早かれ、ナデュウもお兄さん達も、全てを殺す。そして、この世界の秩序を正すの」


 十二歳とは思えない発言に、卓斗は言葉を詰まらせた。日本で言えば、まだ小学六年生の女の子が、世界を滅ぼそうと企むなど、前代未聞で、無謀とも言える。だが、この世界では違う。何歳だろうと、性別も関係なく、実力があれば世界をどうだって出来る。卓斗は、それも理解していた。それでも、複雑な思いには変わりない。


「女の子なら、もっと女の子らしくしてろよ……」


「嫌だなー、お兄さん。私ほど女の子らしい子は居ないと思うよ? じゃあ、今からは邪魔しないでね」


 ヴァルキリアはそう言うと『女神龍ティアマト』の方へと走り出す。殴り飛ばされた事に怒りを露わにしたのか、『女神龍ティアマト』は咆哮を上げる。


「うるさいね」


 ヴァルキリアは咆哮の衝撃波に吹き飛ばされる事は無く、右手に神器グラーシーザを作り、一気に振りかざした。

 目視不可能の斬撃が『女神龍ティアマト』の顔に直撃し、思わず怯む。


「はい、隙が出来たね」


 ヴァルキリアは『女神龍ティアマト』の胴体の下に滑り込むと、頭上にある腹部に向かって神器グラーシーザを振りかざす。だが、


「――っ!!」


 突如、『女神龍ティアマト』の腹部を守るかの様に、紫色のテラの大きな手の平がバリアとなって、ヴァルキリアの攻撃を防ぐ。

 だが、『女神龍ティアマト』は、ヴァルキリアを見失っているのか、辺りを見渡している。


「ヴァルキリアが下に居る事に、気付いていないのか……? だったら、あの手は……」


 その様子を見ていた卓斗は、何かに引っかかっていた。自分の身を守る為の魔法なら、何故ヴァルキリアの存在に気付いていないのか。

 すると、突然として右方向から爆発音と共に、一人の男性が卓斗達の目の前に転がってくる。


「なんだ!?」


「アラさん!!」


 その場に転がって来たのは、ナデュウの側近であるアラだ。その体は痛々しい程にボロボロだった。


「ユニ、この人は?」


「ナデュウちゃんの、側近の人です」


 卓斗は突然転がって来たアラを見つめる。だが、アラは卓斗達を見向きもせず、爆煙の上がる方向を見つめている。


「ハァ……ハァ……あんな、化け物が……真性種に居たとは……」


 アラの視線の先の、立ち込める煙から一人の女性がゆっくりと歩いてくる。それは、卓斗もよく知る人物だった。


「セ、セラ……?」


 その姿は、禍々しい濃い紫色の煙が吹き出し、太ももには『堕天ファーレン』の呪印が刻まれていた。瞳の色も紫色に変色して光りを放ち、虚ろな目をしていた。

 セラはアラの方へとゆっくりと歩き、手を伸ばす。


「ハァ……ハァ……くそ、貴様に構ってる暇は無いんだ!!」


「――――」


 ジリジリと近づくセラに対し、アラは完全に恐怖に呑まれていた。すると、二人を視界に捉えた『女神龍ティアマト』が、咆哮を上げる。

 セラは『女神龍ティアマト』の方へと視線を向けると、目標を変えたのか、そちら側へと歩き出す。


「ナデュウ様……!! そっちには行かせん!!」


 アラは全身の痛みに耐えながら、ゆっくりだがセラを追いかける。『女神龍ティアマト』もセラの方へと走り出し、大きく口を開ける。


「ちょっと、今は私と戦ってるんだけど……!!」


 置いてけぼりにされたヴァルキリアは、苛立ちを募らせながら『女神龍ティアマト』を追いかける。

 セラは、右の手に紫色の槍を作ると、『女神龍ティアマト』の足に向かって投げ付ける。


「――っ!!」


 セラの放った槍は、『女神龍ティアマト』の足を守ろうとしていた、紫色のテラの手の平を貫通して突き刺さり、その場で大きく転がる。

 いとも簡単に『女神龍ティアマト』へダメージを与えたセラを見て、卓斗はただただ息を呑んでいた。


「――私の相手を取らないでくれるかな、茶髪のお姉さん!!」


 倒れこむ『女神龍ティアマト』を飛び越え、ヴァルキリアはセラに向けて神器グラーシーザを振りかざす。


「――――」


 セラは滑らかな動きでヴァルキリアの攻撃を躱すと、顔面を右手で掴み、そのまま地面に叩きつけた。


「ぐっ……!!」


 そして、背後から追いかけていたアラの腹部に蹴りを入れて、吹き飛ばす。


「がはっ……!!」


「おいおい……セラのやつ、どうかしたのか……? なんか、様子が……」


 誰が見ても異様とも呼べる雰囲気と、セラの圧倒的な強さを目にして、卓斗は何かに気が付いた。


「まさか、暴走してんのか……? 何で……」


 すると、その場に遅れてアカサキと三葉が到着する。


「おい、三葉!! セラのやつまで、何で暴走してんだ!?」


「あ、卓斗くん!! 私にも分からない……突然だったから……でも、アカサキさんが言うには、『堕天ファーレン』だって……」


「『堕天』……って、確か……」


 卓斗も当然、その言葉は知っている。かつて、六大国協定会談でエルザヴェートから聞いた話だ。

 だが、その際の話の理解では、黒のテラを所有する者が、その力に呑まれてしまう状態だと、理解していた。

 ならば、黒のテラを所有していないセラが、何故『堕天』しているのかが、分からなかった。


「何で、セラが『堕天』を……」


「『堕天』は、体内テラに全てを乗っ取られている状態、即ち、死んだ者にしか発動権はない筈です。何故、セラさんが生きていた状態で発動しているのか謎ですが……」


 アカサキの言葉に、卓斗の脳裏は疑問符だらけとなった。死んだ者にしか発動権がないのであれば、セラは死んでいる事になる。


「そうか……黒のテラの暴走は、死を早めるって事なのか……だったら、セラは死んでるのか……? まじかよ……」


 卓斗はセラの方を見やる。三人の強者をたった一人で、その上一瞬で蹴散らしたセラの背中を見て、卓斗の背筋は凍っていた。死んでいるなど、思えないし思いたくなかった。

 すると、セラは突然振り返り、卓斗と目が合う。


「――っ!?」


 その目は、獲物を見つけた時の獣の目にも見え、卓斗は一瞬にして恐怖に支配された。


「――セラ……!!」







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