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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第133話 『悲しき暴走』



「まさか……暴走が……どうしよう……先輩」


 ナデュウとの邂逅を果たしたが、そのナデュウの全身には禍々しい紫色のテラが纏っていた。虚ろな目をしていて、今にも意識を失いそうな状態だった。


「どうするって……戦うしかねぇけど、ナデュウは……」


「先輩、ナデュウちゃんを救えますか? 傷付けずに、ナデュウちゃんの暴走を止めて下さい……」


 ユニの頼み事は卓斗にとって厳しいものだった。メルカルトの言葉を思い出すと、ナデュウの暴走はフィオラでも止めるのは難しいとのこと。

 となれば、卓斗がナデュウを相手にして傷付けずに暴走を止める事はおろか、勝てる見込みも無い。戦ってみなければ分からないが、傷付けず戦う事は不可能に近かった。


「めちゃくちゃ難しい頼みだけど、お前の頼みなら聞いてやる。ナデュウを救えばいいんだな?」


「先輩……はい!! ナデュウちゃんを、お願いします!!」


 とは言ったものの、目の前に居るナデュウの殺気は、『大罪騎士団』のリーダーである、ハルよりも遥かに大きなものだった。

 込み上げてくる恐怖と戦いながら、卓斗は思考を張り巡らせる。


「ナデュウ!! 聞こえるか!! 俺の事、覚えてるよな? 昨日、湖で話した!! お前にも夢があんだろ? こんな所で死ぬ訳にはいかねぇだろ!?」


「せ……ん、ぱ……い、さ……ん……」


 卓斗の声は微かに届いている様だが、ナデュウにリアクションは無かった。じわじわと纏う紫色のテラは濃度を増していき、足元から徐々に見えなくなってくる。


「しっかりしろ!! ユニがお前を救いたいって言ってる!! ユニはお前の友達なんだろ!? 友達を置いて、勝手に死ぬんじゃねぇよ!!」


「ナデュウちゃん!!」


 二人の必死の言葉に、ナデュウが漸く反応を見せた。力一杯に振り絞って右腕を伸ばす。そして、ナデュウの顔の部分を纏うテラが段々と薄くなってくる。


「ユニ……!!」


「ナデュウちゃん!?」


 先程より確実に声を発せていた。二人の掛け声が、ナデュウの暴走を止めたのかも知れない。


「ナデュウちゃん、大丈夫!? しっかりして!!」


「ユニ……ごめん、なさい……私は、もう……」


 すると、ユニはナデュウの元へと駆け寄り、伸ばしている右手を手に取る。


「そんな事ないよ!! ナデュウちゃんは、まだ大丈夫だよ!! 先輩も助けてくれるから……だから……頑張って……!!」


「この、ま……ま、だと……お二人、さん……を、傷付け……て、しまい……ま、す……はや、く……逃げ……て」


「嫌だ!! ナデュウちゃんはまだ助かる!! 助かるんだよ!!」


 ユニの目には、再び涙が溢れていた。恐らくユニも気付いたのかも知れない。ナデュウの暴走はもう既に始まり、止まる事は無く、確実に死ぬと。


「次、の……代……の、私と……も、仲良……く、して……下さ、い……ね……?」


「なんでよ……!! なんで、そんな事言うの……!! 私が友達なのは……今のナデュウちゃんなのに……!! 記憶があるからって……そんな事……」


 卓斗は二人の様子を見て、拳を握りしめた。ナデュウは敵だと思っていたが、湖で話したナデュウは敵とは思えなかった。ナデュウだと気付いていなかったが、その時のナデュウの夢や願いは、卓斗と似た様なものだった。

 泣きじゃくるユニを見ていると、どうもする事が出来ない自分に悔しさが溢れてくる。その時、何かを感じた卓斗は咄嗟に、ユニに向かって『引力』の力を掛け、自分の方へと引き寄せる。


「――っ!?」


 卓斗がユニをキャッチした瞬間、ナデュウの立っていた場所が突然として爆発する。その威力は凄まじく、ヴァルディアの古城の中は一瞬にして吹き飛ばされ、卓斗とユニも巻き添えを喰らってしまう。


「痛っ……大丈夫か、ユニ」


「何が、起きたんですか……」


「分からねぇ……ただ、ナデュウは……」


 その瞬間、立ち込める煙の中に蠢く大きな影が見えた。先程のナデュウの殺気とは比べ物にならない程に大きくて強い殺気を放っていた。


「な、なんだ……?」


 煙が徐々に消えてくと、そこには巨大な龍が立ち尽くしていた。鼠色の皮膚で、棘が付いた尾、大きな羽に手が付いていて、二足で立っている。

 そして、真っ赤な瞳で卓斗とユニを睨みつけ、建物が崩壊する程の咆哮をあげた。




************************




「――っ!! もう、限界ですね……!!」


 アカサキがそう言葉にして、水の牢から離れた瞬間、水の牢は弾ける様に消えていき、大きくて真っ白な狼、『狼王』が解放される。

 『狼王』はアカサキに向かって飛び跳ねる様に近付き、右手を振りかざす。


「大きいと、動きが読まれやすいんですよ?」


 アカサキは半歩後ろに下がると、『狼王』の右手は空を切って地面を叩きつける。だが、避けたはずのアカサキの腹部に、爪で斬られた傷が付き、血が吹き出す。


「っ!?」


 『狼王』はそのまま、大きく口を開けて咆哮をあげると、アカサキは後方へと吹き飛ばされていく。

 地面を勢い良く転がり、地層の壁へと激突する。


「ぐっ……空圧で斬られたという事ですか……近付くのは、危険なんですね……」


 アカサキは立ち上がると、腹部に手を当てて治癒魔法を掛ける。すると、『狼王』は、一気に地を蹴ってアカサキに詰め寄ってくる。


「成る程……スカアハさんとは、比べ物にならなそうですね。これは、本気で行くしか……」


 アカサキは治癒魔法を終えると、腰に携える神器ヴァジュラの柄に手を置く。


 一方、グレコは地層の方へと睨み付けていた。そこには、グレコに吹き飛ばされたシエルが、立ち上がってグレコを睨んでいた。


「グレコさん、本当は私を斬るつもりなんかなんいんですよね。腰に携えるその剣、ガイデン総隊長の持っていた剣、神器クラウ・ソラスですよね?」


「それがどうした?」


「私、知ってますよ。神器クラウ・ソラスの能力。それを抜いてしまえば、私を殺すまで鞘に戻る事はない。例え、グレコさんが剣を手放したとしても、クラウ・ソラスは自動で動いて私を斬る。昔、ガイデン総隊長と私、グレコさんで話した時に聞いてますから」


「そうか。忘れたな、そんな昔の事は。となれば、こいつの能力を知ってるのは、この世界にこの剣を持った事がある者と、お前だけという事か。悪いが、この剣の能力を知った者は死ぬ運命にある」


「それはどうですかね。剣を抜かずに、あの少年の剣を使っている時点で、私を斬るつもりはない、そう思えますけど。どのみち、グレコさんとはあまり戦いたくないんで、助かりますけど」


 当然、シエルとしても仲間であり、『最強』の肩書きを持つグレコとは戦いたくは無かった。


「グレコさんが、『最強』と謳われている理由が、その神器じゃない事も知っているので、出来れば話し合いで穏便に済ませたいんですけど」


「話し合い? さっきも言ったが、既に俺の部下と獣人種族が戦闘を行った時点で、話し合う余地は無くなった。仮に、ユニ・ディアを素直に引き渡してくれたとしても、聖騎士団に喧嘩を売った以上、俺は獣人種族を粛清する」


「なら、私は私の信念の元、ナデュウを守ります。今のナデュウは、ユニの友達ですから」


 シエルはそう言葉にすると、ピンク色の光の剣を構える。かつての仲間であり、『最強』の肩書きを持つグレコと、戦う意思を見せたのだ。

 そんなグレコは、表情一つ変える事なく、敵という認識でシエルを睨み付ける。


「お前と言えど、俺の邪魔をするなら容赦はせん。覚悟はいいな?」


 二人は暫く睨み合うと、グレコが一気に地を蹴って走り出し、剣をシエルに向けて突き刺す。その瞬間、


「――っ!! これは……」


 グレコの剣は、地面から突如として生えた紫色の鎖によって、動きを封じられてしまっていた。剣先はシエルの腹部ギリギリで止まり、そして、シエルとグレコは鎖を見て何かを察した。


「この鎖……まさか……」


 すると、二人の元に一人の女性が駆け付けた。薄い紫色の髪色でハーフアップの髪型の女性――否、ステファ・オルニードだ。


「――シエルはかつての仲間だろう、グレコ」


「何の真似だ? ステファ」


 グレコは駆け付けたステファを強く睨み付ける。シエルも、十八年振りのステファとの再会に、驚いた表情をしている。


「久しいな、シエル。まさか、こんな所に居るとは思ってもいなかったが……」


「ステファさん……」


 ステファもグレコと同様で、シエルとは副都の一期生の同期だ。シエルが教官を務め、ステファは聖騎士団に入団したが、十八年前にシエルが失踪した事により、副都の教官はステファが担当する事となった。


「シエルとは、色々と話したい事があるが、先ずはグレコだ」


 ステファはそう言うと、グレコの方を見やる。グレコは変わらず、ステファを睨みつけている。


「それはこっちの台詞だ、ステファ。何故、邪魔をする? そいつは、王都を捨て、ナデュウを守ると言ったんだぞ。粛清をするに値する」


「何があったかは知らんが、シエルの言い分を聞いたのか? 少なくとも、シエルが王都を裏切る様な真似をする奴ではないと思っているが」


「フン、言い分を聞いてのこの結果だ。邪魔をすると言うなら、お前も斬る事になるぞ、ステファ」


 グレコの仲間へ向けるべきではない言葉に、ステファにも苛立ちが募ってくる。


「グレコ、お前はそうやって、トワやアツトを見殺しにしたんじゃないのか? かつての誤ちを、また繰り返すのか?」


「お前に俺の何が分かる? 聖騎士団である以上、総隊長である以上、俺に私情は無い。聖騎士団としての任務が全てだ」


 ステファとグレコが睨み合い、険悪なムードがその場に流れていた。シエルも、かつての仲間であった二人を心配そうに見つめている。

 すると、その場にステファに遅れてジョン達も到着する。


「おいおい、総隊長!! 仲間に向ける殺気じゃないぞ、そりゃ」


 ジョンが二人の間に立ち、グレコの方へと向いて促す。ジョンの後ろでは、イルビナがステファを促していた。


「ステファさんも落ち着いて下さい!! 今は仲間内で揉めてる場合じゃないですよ!!」


 少し離れた場所では、繭歌と蓮もその状況を見つめていた。下手をすれば、仲間同士で斬り合う事になる一触即発の状況に、全員が息を呑んでいた。


「――何この状況」


 すると、繭歌達の元にエレナと七星も到着し、すぐに違和感に気付いた。


「あ、エレナと……」


「守屋だ」


「あー、守屋くん。無事だったんだね」


「マユカ、これはどんな状況? 何で総隊長が皆と睨み合ってるの?」


「うーん、僕にも分からない。けど、あそこの女の人が関係してる感じかな」


 繭歌はそう言うと、シエルの方へと視線を向けた。エレナ達もその方向へと視線を向ける。


「誰、あれ」


「さぁ? 分からないけど、ステファさん達の知り合いのようだね」


 十八年前に王都を離れたシエルの事は、今の若い者達には分からない。当然、エレナでさえも見た事は無かった。



 ――その近くでは、アラの獣人化した姿、『狼王』とアカサキが激しい戦闘を行っていた。アカサキの持つ神器ヴァジュラを駆使ても、『狼王』の猛攻は止まらない。傷を負っても負っても、アカサキを仕留めようと、猛威を振るう。


「ハァ……ハァ……流石にしぶといですね。傷を負っても、まるで平然としているとは……」


 血を流しながらも、ダメージの無さそうな『狼王』は強くアカサキを睨みつけて威嚇している。


「仕方ありませんか……これを、使うしか……」


 アカサキがそう言葉にして、神器ヴァジュラを『狼王』の方へと向ける。その瞬間、


「――それは駄目、アカサキさん」


 漸く到着したセラがアカサキの腕を掴んで、そう言葉にした。


「セラさん……ミツハさんも……」


「ここでそれを使うのは危険。他に方法があるはず。それなら、私が……」


「セラさんこそ、かなりテラを消費している様ですね。その状態で使うには危険です。『魔装ディアボロ』は、テラの消費量が非常に多く、少ない状態で使えば、一分もしない内に死に至る……今の状況を考えれば、私が使った方が……」


 すると、アカサキの言葉を遮る様に『狼王』は雄叫びを上げて、アカサキ達の元へと、勢い良く走り出す。


「話し合っている余地は無い。すぐに敵を倒せれば、代償も少ないはず」


「本当、セラさんは頑固ですね。ここは、隊長である私に任せて下さい」


 そう言ってアカサキが一歩前に出た瞬間、『狼王』が強く睨み付ける。何かを感じ取ったアカサキは、即座に防御魔法を唱える。その瞬間、


「――っ!?」


 アカサキは突然として後方へと吹き飛ばされる。防御魔法をすり抜けたかの様に意味を成さず、勢い良くアカサキは転がっていく。


「アカサキさん!!」


「――セラちゃん!!」


 セラの耳に三葉の叫び声が聞こえ、振り返った瞬間、目の前で『狼王』が前足を大きく振りかざしていた。


「――っ!! 早い……!! 魔装を使うしか……!!」


 その瞬間、セラの右脚の太ももが紫色に光り出す。アカサキと三葉は、その光に視界を阻まれてしまう。

 二人の視界が元に戻り、セラの方を見やると、『狼王』がその場で血を流して横たわっているのが見えた。その『狼王』の目の前に、セラが立ち尽くしている。


「セラちゃん……?」


 そのセラの右脚の太ももには、ニーハイソックス越しに紫色に光る歪な形の円形の呪印が刻まれていた。禍々しくも神々しく、その異様な光に三葉とアカサキは目を奪われていた。


「セラさん……それは、まさか……」


「――――」


 セラの目は虚ろになっていて、アカサキの声が聞こえないのか反応が無かった。


「セラちゃん!! どうしたの!?」


「――――」


 三葉の声も届かず、セラは虚ろな目をしたまま、目の前に横たわる血塗れの『狼王』を見つめている。

 すると、アカサキは三葉に対して口を開く。


「ミツハさん、先程の獣人種族との戦いで、セラさんは一度死にましたか?」


「え?」


 その言葉に、三葉はエレボスとの戦いを思い出した。そして、その時のセラの言葉がよぎる。


『勝てたのは、ミツハのお陰。死んだ筈なのに、ミツハの声が聞こえた瞬間に、目が覚めた。不思議な感覚……何かした?』


 セラのその言葉を考えると、一度死んでいる様にも思える。実際に、セラが息を引き取った瞬間を、三葉は目の当たりにしている。

 だが、それは可笑しな話だ。セラが死んだとなれば、何故、今生きているのか。何故、三葉の声で目が覚めたのか。

 考えても答えが出ない三葉に、続けてアカサキが口を開く。


「私も、本物は初めて見るのですが、セラさんの脚に光るあの呪印……あれは、『堕天ファーレン』の呪印。歴史書で記されているのを見たことがあるのですが、『堕天』は、テラを大量に消費し、体内テラがゼロの状態に起こる症状。即ち、死んだ者を表します。死んだ者の、最後の抵抗……それが『堕天』。大抵の人間では、『堕天』の力に耐えられず、呪印が出た瞬間に力尽きる筈。歴史書には、そう書かれていました。私が、理解出来ないのは、セラさんが生きている事。何故、生きている状態で『堕天』の呪印が……」


 アカサキの説明に、三葉も言葉を失った。そして、セラの方を見つめる。


「セラ……ちゃん……」


 セラが振り向き、虚ろな目をしたセラと目が合った瞬間、恐ろしくも静かな殺気に襲われる三葉。


「……っ!?」


 だが、そのセラの殺気を遮るかの様に、突然として近くに聳え建っていた城が崩壊する。


「きゃっ!?」


「何ですか、これは……」


 その場に居た全員が、崩壊した城の方へと見やった。グレコ達も、エレナ達も、アカサキ達も、立ち込める煙の方を見つめる。すると、耳を劈く程の禍々しい咆哮がヴァルディアに響いた。


「なに、この鳴き声……!!」


 三葉も耳を塞ぎ、何が起きたのか辺りを見渡す。だが、立ち込める煙によって、城の中の状況は何一つ見えない。すると、倒れ込んでいた『狼王』が元のアラの姿へと戻る。

 その姿は痛々しく、血塗れになった右腕を抑えながら、崩壊した城を見つめ、青ざめていた。


「しまった……目覚めてしまったか……『女神龍ティアマト』……!! ナデュウ様……!!」


 『女神龍』の咆哮は、その場に居る全員の背筋を凍らせ、絶望の底へと突き落とし、死という恐怖を与えた。






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