第130話 『それぞれの戦い4』
「――楽しむのはここまでにするね。ここからは、本気で殺しに行くから」
そう言葉にしたのは『大罪騎士団』の『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドだ。その姿は、ピンク色のテラの大きな羽を生やし、頭上にはピンク色のテラのリングが浮き、まるで天使の様な姿だった。
そして、その視線の先には人など簡単に踏み潰せる程の大きさの猛獁が先の抉れた長い鼻を振り回しながら暴れている。否、獣人種族のアルティオだ。
「やっぱ、武器にもなる鼻だけど、急所には変わりないんだね」
猛獁はヴァルキリアを鼻の中に吸い込んで閉じ込めたが、ヴァルキリアの力によって鼻先は弾ける様に、大量の血を流した。そのダメージは甚大なものだった。
「さてと、次はどこから血を流す? 後、簡単に死なないでね? それじゃあ、つまらないからさ」
ヴァルキリアは暴れ回る猛獁の胴体の下に入り込むと、手を上に掲げて、猛獁の腹部に目掛けてピンク色のテラの波動砲を放つ。すると、巨体にもかかわらず、猛獁はどんどんと上空へと飛ばされていく。
空高く上がった猛獁と太陽が重なり、ヴァルキリアを大きな影が差す。ピンク色のテラの羽と頭上に浮くリングは、神々しく光り、ヴァルキリアの姿はより一層に美しくなっていた。
「これでも喰らう?」
ヴァルキリアの右手にピンク色のテラが纏うと、その場で一気に振りかざし、斬撃を放つ。猛獁の方へと斬撃が飛んでいくと、段々と分身の様に無数に増え始め、その全てが猛獁に向かって飛んでいく。
無数の斬撃が猛獁を捉えると、空中で大爆発を起こす。それでも尚、斬撃は止まる事なく、爆発の規模は大きくなっていく。
「こんなものかな」
ヴァルキリアが右手を払うと、纏っていたピンク色のテラは消える。すると、猛獁に向かって飛んでいた無数の斬撃も消え、ようやく爆発が収まり始める。空中に舞う爆煙を眺めるヴァルキリアは、小さくため息を吐くと、
「あーあ」
すると、爆煙の中から人の姿に戻ったアルティオが落下してくる。その全身は傷だらけで、アルティオと共に血も宙を舞っていた。
そして、アルティオが地面に落下すると、砂埃が舞う。ヴァルキリアは、つまらなさそうにその場所を見つめていた。
「もう死んじゃったの?」
砂埃が風に流され消えていくと、アルティオは意識朦朧としながらも、立ち上がっていた。
「ハァ……ハァ……もう、立てなくなってもいい……テラが尽き、死んでもいい……ただ、ただ一矢報いる……貴方に一撃でも、ダメージを与えれば、それでいいんです……!!」
すると、爆煙によってヴァルキリアに差していた影が消え、太陽の光が降り注ぐ。ヴァルキリアが上空へと視線を向けると、そこにはアルティオの獣人化した姿である猛獁が宙に浮いていた。だが、その姿は全身が紫色のテラだけで出来ていた。
「なにあれ。まるで脱皮したみたいな感じ」
「私の、獣人化のテラ量全てを溜め込んだ魔法ですよ……最後にして最大の魔法です……ハァ……ハァ……とくと、受けて下さい……」
アルティオがそう言った瞬間、上空に浮いていた紫色のテラの猛獁は、ヴァルキリアの元へ勢いよく落下し始める。
空気を叩く様な重い音を鳴らしながら、勢い良く落下してくる猛獁。その衝撃で、地上には微かに風が強まっていた。
「へぇ、なかなかやるね、この魔法。紫髪のお兄さんの切り札って訳だね」
「これで……一矢報いる……!!」
そして、猛獁がヴァルキリアを捉えた瞬間、その場に大爆発が起きる。ピンク色の爆炎が吹き荒れ、空高く上がっていく。強力な爆風で砂漠の地は波打ち、アルティオも吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!! ハァ……!! ハァ……!!」
地面を勢い良く転がり、力がほとんど尽きたアルティオは、立ち上がる事も出来ないまま、視線だけを爆発の起きた場所に向ける。立ち込める煙が徐々に消えると、ヴァルキリアの立っていた場所の地面は深く削れ、蟻地獄の様になっていた。そして、その中心には、
「――切り札が私に効かなかったのは、残念だったね」
両目をピンク色に光らせたヴァルキリアが、無傷でその場に立ち尽くしていた。
「無傷……ですか……」
「言ってなかったっけ、私の能力。『傲慢』の異能は、自身より弱い者からのダメージを受け付けない、だよ」
「ダメージを、受け付けない……?」
「私より弱い紫髪のお兄さんじゃ、私を倒す事は出来ないって事だよ。この異能に勝てるのは、私に勝てるのは、私より強い人しか無理って事。そして、この世界に私より強い人は一人しか居ない。ハル兄だけ……この力があれば、世界の秩序を整える事が出来る。私とハル兄で、この世界を整える。紫髪のお兄さんの犠牲は、その一歩に過ぎないんだよ? じゃあね、紫髪のお兄さん」
ヴァルキリアはそう言うと、深く抉れた蟻地獄を登り、アルティオの方へと手を翳す。すると、ピンク色のテラの槍を作る。
「ハァ……ハァ……この様な子供に、私が負けるとは……笑止千万……」
そして、ヴァルキリアはピンク色のテラの槍をアルティオに向けて投げ飛ばす。既に限界に到達したアルティオには、防ぐ術も避ける術も無かった。
「――がっ……」
ピンク色のテラの槍は、アルティオの喉元に突き刺さり、アルティオはそのまま後ろに倒れ込んだ。言うまでもなく、即死だ。
ヴァルキリアは両腕を上に伸ばして体をほぐすと、ピンク色のテラの羽とリングが消えていく。
「うーん……!! ふぅ、準備運動も出来たし、ナデュウでも探しに行こっかな」
『大罪騎士団』と獣人種族の戦いは、『大罪騎士団』の勝利となった。
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「――お前は……『最強』の男……グレコ・ダンドール……!!」
「誰かが助けに来てくれるなんか思ってもいなかったけど……まさか、総隊長が来るとは……」
卓斗の視線の先には、聖騎士団の総隊長であり、世界最強と謳われ、『最強』の肩書きを持つグレコ・ダンドールが居た。黒髪で右側に赤色と青色のメッシュが入った髪色。髪は長く、左目の部分は前髪で隠れていた。瞳の色は黄色で、頬には大きな傷跡がある。聖騎士団の騎士服に、金色の装飾が付いた真っ黒のマントを羽織っている。腰には、黒色と金色の鞘に真っ黒な柄の長剣を携えている。
「俺じゃ不服か? 何せ、聖騎士団も忙しいんでな。第三部隊もマッドフッド国の復興を手伝い、王都には俺しか居ない様なもんだからな。それに、相手が相手だ。俺が直々に戦ってもいい相手だろう」
その細く鋭い目付きで、グレコはメルカルトの獣人化した姿である大猩々を睨む。その冷徹な眼差しに、メルカルトも思わず気圧されていた。
「いやー、聖騎士団の総隊長様が直々に出向くとは、こりゃまた厄介な事になったもんだな。一つ聞く、何故そこまでユニ王妃に拘る? おっと、仲間だから、は言うんじゃねぇぞ?」
「オチ・タクトの目的はユニ・ディアの救出以外に理由はない。その目的のみで行動しているからな。別の答えを聞きたいのなら、俺が答えてやる。長きに渡る獣人種族との決着を付ける為だ」
グレコのその言葉に、メルカルトは何か思い詰めた表情をすると、直ぐに睨み返す。
「おいおい、聖騎士団ってのは馬鹿の集まりなのか? 戦争の火種にならない様に穏便な方法は取ったつもりだったが、まさかそちら側からふっかけて来るとはな。マヘス達は、暴力でユニ王妃を連れて来た訳じゃない。言葉で伝え、本人から了承を得た。この状況だと、完全にお前さん達が悪になると思うが?」
「愚問だな。二度も言わせるな。俺は、第二次世界聖杯戦争の借りを返すと言っている。お前ら獣人種族が発起者である以上、罪人に変わりは無い。例え、その時代に生きていないとしてもな」
「第二次世界聖杯戦争か……五十年も前の話を今更されても困るんだが? 確かに、その戦争は俺も参加したが、お前さんら真性種同士でも殺り合ってただろ? 俺達だけの所為にされても困るんだよな」
「参加していた……そうか、経験者なのか。なら、発起者の当人って事になる。俺がお前を粛清するのは道理って訳だな。――オチ・タクト」
グレコに呼ばれた卓斗は、立ち上がって隣に立つと、
「ここは、俺に任せろ。お前はユニ・ディアを探せ」
「でも、あいつめっちゃ強くて――」
卓斗の言葉を遮るかの様に、グレコは横目で卓斗を睨み付ける。思わず気圧された卓斗が言葉に詰まると、
「俺への心配は要らん。俺はあいつより遥かに強い」
グレコのその言葉は、冗談でも強がりでも無く、確実な答えであると、卓斗は悟った。嘘偽り無く、グレコの発した言葉は本物であると、理解出来た。これが、『最強』の肩書きを持つ者の、威厳なのかも知れない。
「分かった、ここは総隊長に任せる。俺は、すぐにヴァルディアに向かう!!」
「探せとは言ったが、ヴァルディアの場所は知っているのか?」
「いや……」
卓斗が引き攣った笑顔でグレコを見やると、グレコは軽く溜め息を吐く。
「はぁ、まだ場所の特定も出来ていないのか。なら、俺が勝つまで待っていろ。辿り着けなくては意味がない、俺も一緒に行く」
すると、その場に居ない筈の女性の声が空から聞こえてくる。
「――その必要はありませんよ」
卓斗達が上を見上げると、そこには大きな鷲獅子に乗ったアカサキが居た。
「アカサキさん!! 無事だったのか!! ってか、何だその生き物」
「チッ、何の真似だ? スカアハ!!」
同じく上を見上げていたメルカルトが、そう言葉にして叫んだ。アカサキの乗る鷲獅子とは、獣人種族のスカアハだ。アカサキの恐怖に支配され、ヴァルディアへ案内をしている途中だったのだ。
「お前の仲間? じゃあ、あの鳥も獣人種族……」
ゆっくりと下降し、地面に着地した鷲獅子はメルカルトを見つめると、
「悪い事は言わない。メルカルトも早く降参した方がいいよ」
「は? 幻覚魔法でも掛けられたのか?」
「そんなんじゃないよ。いいから、私の事は放って置いて」
まさかのスカアハの裏切りに、メルカルトは目を細めてアカサキを睨んだ。何をしたのか、何を企んでいるのかは分からなかったが、獣人種族を味方に付けるなど、今までに成した者は見た事も無かっただけに、驚きと怒りが込み上げて来ていた。そんなアカサキは、メルカルトを見もせずに、グレコの方に歩み寄る。
「来ていたんですね、総隊長」
「あぁ、お前も無事で何より……無事なのは当たり前か。それで、その必要は無いとは、どういう意味だ?」
「私と対峙していたスカアハさんが、ヴァルディアへ案内してくれますので、総隊長がここに残ってタクトさんをヴァルディアへ向かわせるのであれば、私がご一緒します」
その言葉を聞いて、グレコはスカアハの方を見やる。獣人化した姿であっても、スカアハから殺気や戦闘意欲を感じなかったグレコは、アカサキの言葉を信じる事にした。
「そうか。なら、ここは俺に任せて、お前はオチ・タクトと共にヴァルディアへ向かってくれ」
「はい、仰せのままに」
そう言うとアカサキは再び鷲獅子の上に乗っかる。そして、タクトの方へと手を伸ばし、
「タクトさん、行きますよ。ユニさんを助けに」
「あぁ!!」
卓斗はアカサキの手を取り、鷲獅子の上に乗っかると、鷲獅子は大きく羽を広げて、空へと上がっていく。
「待て、スカアハ!! そいつらをヴァルディアに連れてくな!! 戦争になるぞ……!!」
メルカルトの必死の叫びも虚しく、スカアハは見向きもせずにどんどんと上空へと上がっていく。すると、
「――無視してんじゃねぇっての!!」
メルカルトは地面を勢い良く蹴って、高くジャンプする。そして、スカアハの腹部に向かって大きく拳を振りかざす。だが、
「――お前の相手は俺だろう」
スカアハとメルカルトの間にグレコが突然割って入り込み、メルカルトの拳を軽く掌で受け止める。
「チッ、いよいよ話してる場合じゃなくなっちまったな。このままだと、本当に戦争が……」
アカサキとタクトを乗せたスカアハが飛び去って行くのをメルカルトは、強く睨んで見送る事しか出来なかった。そして、直ぐにグレコの方を見やると、
「いくらお前さんが『最強』と言われてようが、こちとら千年以上も生きて培ってんだ。経験の差は少しでも痛いぞ?」
「不老不死と謳われたナデュウの名残りか。俺の前では、不老不死など意味を成さん」
どちらからともなく、お互いは離れると地面に着地し、再び睨み合う。
「お前さんは自分が『最強』と言われてる事により、自惚れてやしないか? あまり獣人種族を舐めないで貰いたい」
「フン、なら俺に見せてみろ。その獣人種族の培った力とやらを」
「そうかい、なら俺は俺なりに戦争を起こさせない為に、お前さんを本気で殺しにかかる。――獣人化完全第二形態」
すると、悍ましい程の濃度の高い紫色のテラがメルカルトの全身から溢れ出す。
「――――」
グレコはその様子をジッと見つめていた。すると、だんだんとその姿が露わになってくる。
「手加減はしないから、お前さんも手加減せず本気で来いよ?」
大きな大猩々の姿から元のメルカルトの姿に戻ったものの、その全身には大猩々の毛で覆われている。紫色のテラが揺らめく炎の様に纏い、全身の筋肉も膨張していた。
「それが、獣人種族の力か?」
「この姿を見ても平然として居られるか。大抵は俺の殺気と、この悍ましいテラを見て怖気付くんだが、流石は『最強』と言ったところか」
「フン、お前の本気が俺に凌駕され、苦しむ姿が見える。能書き垂れたところで、結果は変わらん」
メルカルトの膨大な殺気を受けても、グレコは同じく膨大な殺気で押し返す。両者の強い殺気がぶつかり、その場の空気は異様なものだった。
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ヴァルディアの古城では、眠るナデュウをユニとアラはまだ側に居て見つめていた。その後ろで、ユニの母親であるシエル・レアコンティが腕を組んで目を瞑っている。
「――アラさん、後どれくらいでナデュウちゃんは起きますか?」
「恐らく、明日の夜には目覚めるかと。『一角獣』の力を転移させるのに必要なテラは計り知れませんから」
すると、突然としてその場に異様な空気が流れ始める。嫌な予感を察知させ、冷たい空気が流れる。
「なんか……急に冷えた感じがする……」
「この空気……」
そして、ユニ達の前の空間が歪み出すと、その中から一人の人物が現れた。
「――やっほー、元気にしてる?」
突然現れた人物は、桃色の髪色で肩上の長さの髪をアップツインテールの髪型にした若い女の子だった。赤色の瞳をしていて、幼さのある顔立ち。真っ黒の肩の出たセクシーな服でゴスロリの様な黒のスカートは膝上。黒のニーハイソックスを履き、その上に黒のガーターベルトを履いている。頭には黒色の薔薇の髪留めを付けている。
「だ、誰ですか……?」
ユニは突然の登場に困惑しながら、その少女を見つめていた。すると、ユニの隣に立っていたアラが声を震わせながら、
「な、何故……お前がここに……そんな、まさか……」
「アラさん……?」
アラは明らかに少女を見て動揺していた。その動揺は異常な程で、顔色は完全に真っ青となっていた。
「私がここに来たって事は、意味が分かるよね、アラ? ナデュウちゃんがもうすぐ死ぬって事が」
「ナデュウちゃんが……死ぬ……!? どういう意味ですか!? アラさん!!」
「こいつは……『冥域』と呼ばれる、死の世界へと繋がる場所に居る、ナデュウ様のお姉様である……アデュウ様の手先だ……そしてこいつがヴァルディアに現れる時、それは……ナデュウ様の魂が『冥域』に行く前兆の表れ……何故、このタイミングで……」
突然現れたのは、ナデュウの姉であるアデュウの手先の人物だった。ユニの驚きは、ナデュウに姉が居た事と、『冥域』と呼ばれる場所があるという事と、この人物が現れた事によりナデュウが死ぬという事だった。
その人物は、ユニの方へと視線を向けると、悪戯な笑みを浮かべながら、
「あれれ? 見ない顔だね。私の名前は、ハフフェル・ゴーファイル。『冥域』で死者の魂を『死界』へと送る仕事をしてるんだ。『死神』なんて呼ばれちゃってるけど、怖い存在じゃないからね。以後、よろしくー」
ハフフェルはナデュウの眠るベッドに座って足を組むと、異様なオーラを漂わせながら、不敵な笑みを浮かべた。