第128話 『それぞれの戦い2』
「――俺のテラは『全能』の黒のテラ。獣人種族? 俺にはそんなの通用しねぇ」
細長い真っ黒な太刀を肩に預ける様にして持ち、獣人種族のアマルを睨み付ける七星。
アマルの獣人化第二段階に圧倒される中、七星の能力が判明した。それは、存在する筈のない、八人目となる黒のテラの所有者で、『全能』という能力だった。
「それって……タクトのと同じ……あんた、一体……」
七星の背後では、エレナが目を見開いて背中を見つめている。エレナも、黒のテラの存在は知っていた。
自分が想いを寄せる人物である、タクトのテラも黒のテラだからだ。そして、黒のテラが世界の存続を左右する事も知っている。世界を終焉へと導くか、または世界を終焉から救うか。
「俺はこの力で、俺の守りたいもんを守る。勘違いするなよ。俺が守りたいのは、お前じゃねぇからな、エレナ・カジュスティン。俺が守りたいのは、あの人だけだ……」
七星の最後の言葉の部分に弱さが垣間見えたのを、エレナは見逃さなかった。だが、今はそこに触れている場合でも無かった。
いち早くアマルと決着を付けて、ヴァルディアへ向かってユニを助け出さなくてはならなかった。
「へぇ、なんか珍しいテラの様だね」
アマルも自身の魔法を一瞬にして消した七星に、興味津々だった。
「数が限られているからな。黒のテラの所有者に会うのは初めてか?」
「初めても何も、聞いた事もなかったよ。まぁ、私は身の回りの情報しか知らないからね。世界は広しと言うからね、知らない事なんか、いっぱいあるのは当然だよ?」
「確かにそうだな。俺も世界を知る為に、わざわざこっちに来た。あの人が世界を知りたがっているからな。俺はそれを伝える為に、今ここに居る。だから、俺の邪魔はさせねぇ」
「君の言う、あの人が誰かは知らないけど、邪魔をしてるのはそっちなんだよね。ユニ様は渡さない」
「だったら、俺はお前を斬るだけだ。単に、ユニって奴を助ける為でも、聖騎士団の名の下でもねぇ。俺の邪魔をする奴を斬るだけだ」
七星はそう言うと、太刀の剣先をアマルに向けて、不敵な笑みを浮かべる。すると、
「おい、エレナ・カジュスティン」
「何よ」
「こっからは俺がやる。邪魔すんじゃねぇぞ」
その言葉に苛立ちを募らせながら、エレナは歩き出して七星の隣に立つと、
「好きにすれば? けど、あんただけに戦わせる訳にはいかない。黙って見てるなんて私には出来ないから」
「間違ってお前を斬るかも知れねぇぞ」
「あんたなんかに斬られないわよ。死んでも斬られない」
エレナは真っ直ぐアマルを見つめたまま、七星にそう言葉にした。
「フン、やっぱお前、生意気だな」
「あんたこそ」
「――はいはい、夫婦喧嘩はいいから、さっさと始めようよ」
アマルのその言葉に、エレナと七星は目を細めて、タイミング良く同時に口を開き、
「だから、夫婦じゃないって言ってんのよ!!」
「だから、夫婦じゃねぇって言ってんだよ!!」
「わお、揃った」
エレナは勢い良く走り出し、炎が纏った剣をアマルに向けて振りかざす。
「夫婦、夫婦しつこいのよ、あんたは!!」
エレナが上から縦に振りかざした剣を、アマルは大きな大剣で防ぐ。すると、隙の生まれた腹部に、エレナとアマルの間に入って来た七星が、太刀を横に振りかざす。
「甘いな」
「君こそ」
七星の太刀をアマルは尻尾で防ぐ。強靭な皮膚の尻尾は、傷一つ付く事なく、そのまま七星を振り払う。
「チッ、消えねぇって事は、魔法って訳じゃねぇんだな、お前のその姿」
「獣人化だからね。魔法とはまた違うんだよね……!!」
アマルはそのまま大剣を振り払い、エレナも吹き飛ばす。だが、それとすれ違う様に七星が走り出し、アマルに向けて太刀を突き刺す。
「この二人を相手に、二対一は燃えてくるね!!」
アマルは綺麗にその場で回転すると、七星が突き出した太刀をスルッと避ける。すると、回転したその反動のまま、大剣を七星の顔目掛けて横に振りかぶる。
「チッ……!!」
七星がその場にしゃがみ込んで避けると、七星のすぐ後ろにエレナが詰め寄っていて、アマルの大剣を防ぐ。
七星はそのまま、太刀の柄の方でアマルの大剣を持つ手の手首を下から上に叩くと、アマルは大剣を手放してしまう。
「――っ!!」
「ご愁傷様だな……っ!?」
その隙を突いて七星がアマルに攻撃を仕掛け様とした瞬間、エレナが七星の背中を台代わりにして、柵を超えるように飛び越えると、そのままアマルに斬りかかる。
「私が斬る!!」
「絶妙に息が合ってるけど、お二人さん?」
大剣を失ったアマルは、手に赤色のテラの大剣を作り、エレナの剣を防ごうとする。だが、
「――邪魔すんなって言ったろうが!!」
エレナが斬りかかった方向の逆方向から、七星が太刀を振りかざす。右と左の挟み撃ちの様な状況に、アマルも思わず冷や汗をかく。
この時、アマルの見える景色はスローモーションだった。大抵の人が経験のした事ある現象の、ゆっくりに見えるというやつだ。
「(これはまずい……!!)」
七星の動きを読めなかったアマルは、尻尾で防ごうにも到底間に合わないと確信していた。
ましてや、赤色のテラの大剣の方は、エレナの剣を防ごうと動かしている為、七星の太刀の方には振り戻せない。即ち、どちらかの攻撃は受ける事になってしまう。だが、考えるだけ無駄だ。
アマルはそのまま、エレナの剣を大剣で防ぎ、七星の太刀はアマルの体を捉えた。
「ぐっ……!!」
七星は太刀の刃がアマルを捉えると、一気に振り抜く。すると、黒色のテラの斬撃と共にアマルを吹き飛ばす。突然の斬撃にエレナも驚き、尻餅を付いてしまう。
「ちょっと……!! 何すんのよ!!」
「俺は最初に言った筈だ。間違って斬るかも知れねぇってな。良かったじゃんかよ、生きてて」
「あんたね……っ!!」
すると、突然二人の目の前に大きな赤色のテラの斬撃が現れる。だが、七星は簡単に太刀を振るって、斬撃を消す。
「魔法はやめとけ。俺には通用しねぇぞ」
七星の見つめる先には、お腹を斬られて、大量の血が溢れているアマルが、虚ろな目をして二人を睨み付けていた。その姿は獣人化が解け、元のアマルの姿へと戻っていた。
「ハァ……ハァ……私が、負ける訳ない……!! こんな奴らに……負ける、訳には……!!」
アマルは手に先程よりは小さいが、赤色のテラの大剣を作る。だが、持ち上げる事は出来ず、剣先は地面に付いたままだった。
「しつこいわね、あんたも。もう大人しく負けを認めたらどうなの?」
「認める……? ハァ……ハァ……冗談じゃない……!! 獣人種族こそが……最強、なの……!!」
「そうかよ。なら、最強だった筈の獣人種族が、真性種? である俺に消される事を悔やめ」
すると、アマルの周りに黒色の煙が出現し始める。紛れもなくそれは、『大罪騎士団』のリーダーである、ハルと同じ『黒煙』の能力だ。
そして、『黒煙』の能力は、エレナも良く知っている。今より二年半前のカジュスティン家滅亡の際に、その能力によって一族を消された過去がある。エレナにとっては、家族の仇とも言える能力だ。
「この煙……」
「黒煙と共に消えろ」
黒色の煙がアマルを包み込む様に溢れると、竜巻の様に上空に伸びていく。
「ぐっ……!! この私が……!! 獣人種族である私が……!! 真性種なんかに……!! 冗談じゃ――」
黒色の煙が弾ける様に消えるのと同時に、アマルの姿も跡形も無く消える。
「――――」
黒色の煙が溢れていた場所を、エレナはただ黙って見つめていた。あの日の家族の顔が思い浮かび、悲しみに包まれる。涙が出そうなのを堪え、エレナは目を瞑る。
「おい、どうした? あいつに言いたい事でもあったのか?」
「別に。なんでもないわよ」
「そうかよ。なら、俺はヴァルディアを探す」
七星はそう言うと、ゆっくりと歩き出す。エレナは暫く目を瞑ると、七星の後を追う様に歩き出した。
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「これが、獣人種族の力……成る程、容姿は完全に魔獣そのもの。魔獣と人間の一体化……『大罪騎士団』より厄介かも知れない……」
セラと三葉の視線の先には、十メートル程の長い首が六本生えた八岐大蛇が居た。二匹の蛇はセラが殺したものの、一時間もすれば蘇る。その為、八岐大蛇に勝つには、一時間以内に残りの六本の首を落とさなければならなかった。
だが、セラと三葉は八岐大蛇の大きさと、異様な殺気から恐怖心に襲われていた。
「セ、セラちゃん……」
「大丈夫、ミツハ。私が守るから」
完全に恐怖に支配された三葉は、肩を震わせ足が竦んでいる。頼もしく三葉に言葉を返したセラでさえも、冷や汗は止まらない。
その間も、六本の首はウネウネと動きながら二人を睨み付けていた。蛇と呼ぶより龍と呼んだ方が似合う容姿の八岐大蛇に、二人の勝算は無くなってしまっていた。すると、八岐大蛇が禍々しい雄叫びを上げる。
「――っ!?」
その禍々しい雄叫びは、二人の動きを完全に固める。恐怖という支配により、まるで蛇に睨まれた蛙の様に相手の動きを止める。そして、一本の蛇が口から紫色のテラの球体をセラに向けて放つ。
「体が……動かない……!!」
全身を鎖で縛っているかの様に体が固くて重く、セラにはなす術がなかった。その間にも、八岐大蛇の放ったテラの球体はセラに近付いてくる。
「――っ!!」
だが、間一髪セラは、テラの球体をギリギリ避ける。神器シューラ・ヴァラを短剣の形にして、自分の太ももに刺し、痛みで恐怖の支配から逃れ、避けたのだ。だが、テラの球体はセラのマントコートに掠ると、ジュッと音を立てて紫色に変色していく。
「これは……!!」
セラはとっさにマントコートを脱いで地面に捨てると、みるみるうちにマントコートは紫色に染まっていく。
「――よく避けれたな。お前は完全に俺にビビっていると思っていたが、自分の足に剣を刺して痛みで動ける様にしたか……だが、それは間違った手段だったな。見てみろ、お前は足に深手を負った所為で、立てないでいる。それで、どうやって俺と戦う?」
恐怖心を消す為に、セラは全力の力を振り絞って太ももに短剣を刺していた。その痛みからか、セラは膝を地面につけたまま、立てないでいた。
「これくらい、何ともない……ミツハ、今すぐここから逃げて」
セラは虚ろな目をして三葉を見やると、そう言葉にした。だが、三葉は断固として動かなかった。
「嫌だよ……!! セラちゃんを一人にだなんて出来ない。私だって戦える!!」
「そういう場合じゃない!! 分からない? このままいけば、確実にどっちかは死ぬ。悪いけど、ミツハの戦闘力じゃ到底敵わない。私も、ミツハを庇って戦うには、相手が悪過ぎる。お願い、ミツハ……逃げて……!! もう、ミツハが傷付く姿は、見たくない……!!」
それは、セラの切実な願いだった。以前に自分の所為で三葉が瀕死の状態になった事を、セラはずっと後悔していた。
自分が我が儘じゃなければ、自分がもっと強ければ、三葉は傷付かなくて済んだかも知れない。そう自分を責めていた。そして、あの日からセラは心に誓った。自分を変えてくれた大切な友達の三葉を絶対に守る、と。
「フン、仲間を逃してどうする気だ? 負傷したお前が残った所で、俺には勝てないと思うが?」
「貴方は私一人で十分。ミツハ、早く!!」
「嫌だ……絶対に嫌だ!! 傷付く姿が見たくないのは、私も一緒だよ!! セラちゃんだって、私の為に大怪我して……私が強ければ、ちゃんとセラちゃんを救えてたら、あんな事にはならなかった。だから、もう私は逃げない!! 私だって、大切な人を守りたい!!」
「ミツハ……」
セラが三葉に対して思う事と、三葉がセラに対して思う事は全く同じだった。
「フハハハ!!!! 大した友情だな!! なら、俺がその友情を壊し、お前らを絶望の淵に落としてやる」
すると、八岐大蛇は口を大きく開けて、再び紫色のテラの球体を作ると、負傷して動けないセラに向けて放つ。
「――っ!! また……!!」
だが、突然セラの前に三葉が立ち、防御魔法を唱えてバリアを張る。
「私が守る!!」
紫色のテラの球体は三葉のバリアに触れると、激しく激突し押し合う。三葉も負け時と力を込めて耐える。
「ぐっ……!! 負けない……!!」
すると、バリアの中心から徐々に紫色に染まり始め、その部分からドーナツ状に溶け始める。
「駄目、ミツハ!! 逃げて!!」
セラの叫びも虚しく、三葉の耳には届いていなかった。セラを守る為に必死な三葉は、八岐大蛇の攻撃から守ろうと必死に耐えている。その時、
「――っ!?」
突然三葉の左肩にドンッと衝撃が走り、視線をそちらに向けると、セラが三葉を突き飛ばしていた。
「セラちゃん……?」
三葉が地面を勢い良く転がるのと同時に、八岐大蛇の放った紫色のテラの球体は、バリアを完全に溶かし、セラを捉える。
「ぐっ……!! セラちゃん!!」
体勢を整えた三葉が視線を上げると、紫色のテラの球体が水風船の様に割れて液体が溢れ、セラの全身に降り注いでいた。
すると、倒れ込んだセラの全身はみるみるうちに紫色に変色し始める。
「ぐっ……!! ハッ……ハッ……」
「セラちゃん!!」
三葉がすぐさまセラの元に駆け寄り、セラの胸元に手を当てて治癒魔法を掛ける。だが、
「ミツハ……毒に掛かって……ない?」
「毒……?」
セラの体を蝕む様に紫色に変色しているのは、蛇特有の毒だった。セラは、一度目の八岐大蛇の攻撃でそれを見抜き、三葉に逃げる様に促したのだ。
「そんな……毒って……大丈夫、セラちゃん!! 私がすぐに治すから!!」
「無駄だ。俺の毒は特殊でな、体を蝕むスピードが桁違いに早い。例え、優秀な治癒魔法を扱う者でも、俺の毒を排除する事は不可能だ」
「本当だ……治癒するどころか、どんどん毒が回ってる……そんな……」
それでも三葉は治癒魔法を止めなかった。だんだんと正気を失っていくセラを、涙を流してながら見つめ、必死に治癒魔法を掛けた。
「ミツハ……もういい……私は、もういいから……早く、逃げて……」
「嫌だ……!! また、私の所為で……」
「ゴフッ……!!」
毒に蝕まれるセラは、口から大量の血を吐く。もう既にセラの体の限界は近付いていた。
「セラちゃん!!」
「ハッ……ハッ……もう、ぐっ……私の、事は……ハァ……ハァ……いい、から……」
セラは残りの力を振り絞り手をゆっくりと伸ばし、三葉の頬に手を当てる。そして、泣きじゃくる三葉に弱々しく優しい笑顔を見せると、
「友達に……なって、くれて……ハァ……ハァ……ありが、とう……」
その言葉を聞き届けた瞬間、三葉の頬に当てていたセラの手が、気力を失って地面にドサッと落ち、セラは目を閉じた。
「嫌だ……嫌だよ……!! 嘘でしょ……? 嘘だよね……? ねぇ……セラちゃん……!! ――セラちゃん!!!!」
セラの胸元に手を当てて治癒魔法を掛けていた三葉には、信じたくない事が分かってしまった。それは、セラが息をしていない事だった。
今の今まで獣人種族と戦っていた事や、ユニを助けにヴァルディアへ向かっていた事も忘れる程に、三葉は子供の様に大きな声で泣き叫んだ。エリオ砂漠に、三葉の泣き叫ぶ声だけが響いて、その声はセラに届く事は無かった。