第125話 『猛獁』
「――この私、アルティオが、直ぐに期待通りにしてあげよう。クフフフ」
そう言葉にしたのは、獣人種族のアルティオだ。紫色の髪色に、白色のメッシュが全体にいくつか入っていて、襟足の長いミディアムヘア。つり目で瞳の色は黄色く、真っ白な肌をしている。黒色の燕尾服を着ていて、常に不敵な笑みを浮かべ、不気味さを漂わせる男性だ。そして、その視線の先には、
「――ま、紫髪のお兄さんは対象外だけど、準備運動がてらに殺すとしよっかな」
アルティオの視線の先には、『大罪騎士団』の『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドが居た。水色の髪色に両サイドの髪を残してお団子ヘアにした髪型。半分白色、半分黒色の『大罪騎士団』の騎士服を着ていて、同じ色のスカートを履いている。幼い見た目の通り、まだ十二歳の少女だが、『大罪騎士団』のメンバーとして活動し、卓斗達の前に現れては猛威を振るっていた。
そして今回は、『大罪騎士団』のリーダーである、ハルの命令を受け、ヴァルディアへと赴きナデュウを殺そうとしているのだ。その途中でアルティオと出会ったという訳だ。
「『大罪騎士団』……聞いてますよ、その悪名高き所業の数々。やれ国を無差別に襲ったり、やれ人を無差別に襲ったりと。その様な大罪人が、ここへ何の様でしょうか?」
「無差別だとか、大罪人だとか、滅茶苦茶言ってくれるね。私達は正義に忠実に行動してるだけだけど。邪魔してくる人達が不義なんだよ。だから、獣人種族も正義の名のもとに滅ぼすから、大人しく殺されてね?」
「クフフフ、正義に忠実ですか……成る程、各々の視点から言えば、全ての者が正義だという事ですか。面白い……では、私が貴殿を殺そうとも、それは私にとって正義だと、そう捉えてもいいんですね?」
「それは、好きにしてよ。ただ、紫髪のお兄さんが私に勝てる事は、絶対にないから。下手に抗うと、死に痛みを感じる事になるよ? 楽に死にたいなら、大人しくしてて」
「成る程、流石は『傲慢』を司るお人ですね。名にふさわしく傲慢なお方です。なら、貴殿の言う通りに、下手に抗って見せましょう……――っ!!」
アルティオが話していた途中で突然、右肩に激痛が走る。視線を激痛の走った右肩へ向けると、ピンク色のテラで出来た、細長い槍の様なものが、突き刺さっていた。
「これは……反応出来ない程の速さ……貴殿の持つ武器は、まさか……」
「あれ? 大して効いてない? あちゃー、力を抑え過ぎたかな。紫髪のお兄さんなら、この程度の力で苦しみ踠くと思ってたんだけどね」
そう話すヴァルキリアの手には、真っ白な大鎌に紫色の宝石が埋め込まれた、神器グラーシーザがあった。ヴァルキリアの背丈よりも、断然に大きい神器グラーシーザを軽々と片手で持ち、アルティオを見下す様に見つめる。
「それは、神器グラーシーザですね? いやはや、まさかこんな所で、本物の神器を見れるとは……しかし、貴殿の様な子供が持っているとは意外でしたね。神器を持つには、それなりの試練があると、私は聞いていますが、その試練を乗り越える程の実力、そして何よりその若さ、貴殿の将来は有望ですね。『大罪騎士団』に居ることが勿体無いですね」
「あー、確かに試練みたいなのはあったかな。ハル兄との出会いも、この神器を手に入れた時だし、私にとっても思い出の品だけど、私がこの神器を手にした事が、世界の終わりの始まりだったんだよね。もう、誰も私達を止める事は出来ないし、正義である私達を止めようだなんて、不義な事をしてくる人は死ぬだけだからね。紫髪のお兄さんも、ナデュウなんかに縋るから死ぬ事になるんだよ。最初から私達に付いてればいいのに」
「貴殿、ナデュウ様の存在をどこで聞いたんですか?」
ヴァルキリアの口からナデュウの名が出た瞬間、アルティオの表情は強張る。獣人種族の存在は公になってはならないのが、彼らの中のルールの一つだった。特に、そのトップにあたるナデュウの存在は絶対に知られてはいけないものだった。
「『大罪騎士団』を舐めない方がいいって事だよ」
「そうですか。ならば、貴殿を生かして帰らせる訳にはいきませんね。例え、子供だろうと、ナデュウ様の存在を知った者には、死んでもらいます。そして、『大罪騎士団』も、獣人種族が滅ぼしてあげましょう」
「へぇ、面白い事を言うね、紫髪のお兄さん。じゃあさ、やって見せてよ」
その瞬間、今度はアルティオの左脚にピンク色のテラで出来た、細長い槍が突き刺さる。
「これが、神器グラーシーザの目視不可能な斬撃……」
右肩と左脚に細長い斬撃が突き刺さっても尚、平然としているアルティオに対し、ヴァルキリアは不思議そうな目で見つめる。
「紫髪のお兄さんさ、無敵とかそういう類いの能力?」
「いえいえ、無敵とは滅相ですよ。ただ単に、貴殿の力不足と言いましょうか。この程度の傷では、私の命を削る事は出来ません」
「へぇ……面倒だね、それは……」
その瞬間、アルティオの視界に映っていたヴァルキリアが、突然として目の前に詰め寄り、神器グラーシーザを振りかざしていた。
「――っ!!」
ヴァルキリアが腕を振った瞬間、アルティオもすぐさま腰に携えていた剣を抜き、神器グラーシーザを受け止める。
「これは、防ぐんだね」
「先程とは、比べ物にならない程の力と殺気……貴殿、一体何者ですか?」
「知ってるでしょ、私の事は。『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルド。ただそれだけだよ」
ヴァルキリアは、交えていた神器グラーシーザで器用に、アルティオの剣を弾くと、すぐさま振りかざして、斬撃ごとアルティオを吹き飛ばす。
「ぐっ……!! 距離が近い分、余計に速く感じますね……!!」
ピンク色の斬撃がアルティオの体を捉えたまま、どんどんと押されていく。すると、今度は背後から殺気を感じる。
「――遅いし、楽しくないよ、紫髪のお兄さん。がっかりだなぁ、本当」
ヴァルキリアは、足にピンク色のテラを纏わせ、目にも留まらぬ速さで、斬撃と共に吹き飛ばしたアルティオの背後に回り込んでいた。そして、自身の方へと飛んで来るアルティオへ目掛け、神器グラーシーザを振りかざす。
その瞬間、ピンク色の斬撃がアルティオの背中を捉え、その場で大爆発を起こす。
「獣人種族って口程にも無いね。ハル兄が獣人種族を懸念する意味が分からないよ。でも、まだもうちょっと楽しめる可能性はあるかな?」
そう言ってヴァルキリアは、悪戯な笑みを浮かべながら、爆煙の上がる場所を眺める。すると、
「――クフフフ……この程度で勝ち誇られては、困りますね。『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルド殿?」
その場には、頭から血は流しているものの、平然と立ち尽くすアルティオの姿があった。見た目のダメージはあるが、中身へのダメージが無いように見える。
「うんうん、その調子だよ、紫髪のお兄さん。それでこそ、私が楽しめるって事だよ。簡単にやられちゃったら楽しくないし、もっともっと私を楽しませてよ」
「その年齢で殺し合いを楽しむとは、末恐ろしいですね」
「だって、この世界の秩序がそうでしょ? この世界を整える為には、弱き者を滅する。強き者が、この世界の安寧秩序を守る。安寧秩序を守るには、強くなきゃならない。殺される前に、殺さなきゃ駄目でしょ? この世界は」
そう話すヴァルキリアに対し、アルティオは恐怖を感じていた。まだ十二歳の少女の考える事とは到底思えない事だからだ。
「ですが、貴殿達『大罪騎士団』は、その安寧秩序を乱そうとしている。そう見えますが?」
「乱すも何も、今の世界は安寧秩序じゃないでしょ。何も、整ってないよ、この世界は……」
一瞬見せたヴァルキリアの寂し気な表情を、見逃さなかったアルティオ。殺し合いを楽しむ少女の、微かな寂し気な表情に、アルティオは違和感を覚えた。
「何故、そう言い切れますか? 何故、この世界が整っていないと言い切れますか? 何故、貴殿はこの世界を整え様とするのですか?」
「簡単だよ。私達がこうやって殺し合ってる。これが、答えだよ。この世界が既に、安寧秩序が守られてるのだとしたら、そもそもこんな事は起きないの。武器も魔法も、戦争も人間も、何も存在しない筈だよ。でも、今この世界には、その全てが存在している。世界を整える為には、人間が一番邪魔……人間の存在こそが、安寧秩序の乱れ……人間は愚かだからね。裏切りや憎しみ、妬みや僻み、そんな邪魔なものばかりを抱える人間が居なくなれば、この世界は整う。じゃあ、誰が整える? それは、今この世界の安寧秩序が乱れていると感じる者だよ。どの国の王も、どの国の民も、今の世界が整えられていると勘違いしてるの。その勘違いの発端が、同盟だよ。戦争を無くせば平和? 大国が同盟を結べば平和? 勘違いも甚だしいね。戦争を起こす者も、戦争を無くす者も、国の王も、結局は邪魔を抱える人間に過ぎない。確証の無い決まりやルールを並べて、平和になった気でいる。だから、私が……この世界に教えてあげるの。本当の安寧秩序ってのを」
「何とも傲慢……正しく『傲慢』な、お方ですね。神でも何でも無い貴殿が、世界を容易く変える事は出来ると思いませんが? 貴殿達『大罪騎士団』の数名で、世界を相手に出来るとは、思いませんが?」
「分からないかな? 出来るからこうして動いてるんだよ。私だけじゃない。ハル兄も、ファルフィールお兄ちゃんも、ウルテシアお姉ちゃんも、『大罪騎士団』の皆が、世界を整えれるから存在しているんだよ。だから、誰がどう抗おうと、結果は変わらない。この世界は生まれ変わる。人間の居ない、本当の安寧秩序がある世界へと。私達を止めれる者は、この世界に居ないんだよ?」
それが、『大罪騎士団』の目的であり、在り方だった。だが、ヴァルキリアの考えに、アルティオは理解が出来なかった。
世界を相手にしようという考え自体に、何故辿り着けるのかが、不思議で仕方がなかった。
「いやはや、私が貴殿に興味を持ってしまうとは……貴殿のリーダーに、一度会って話してみたいですね」
「ハル兄なら、簡単にこの世界を整えれるよ。私が唯一勝てないって思っちゃった人だからね。だから、私もハル兄に付いて行く。だけど、紫髪のお兄さんがハル兄に会える事は無いよ。ここで、私が世界を整える為に殺すから」
「では、貴殿には申し訳ないですが、今ある安寧秩序は乱れさせませんよ。我々、獣人種族も今では安泰に過ごして居ますからね。この世界は終わらせませんよ。我々、獣人種族が存在する限り、貴殿は世界を変える事は出来ません……!! ――獣人化!!」
アルティオが叫んだ瞬間、全身を紫色のテラが溢れ出る様に包み込んで行く。
「それが、獣人化だね。目にするのは初めてだけど、楽しめそうかな」
全身を包み込む紫色のテラが爆発すると、その場に煙が立ち込める。すると、山の様な大きな影が蠢くのがヴァルキリアの視界に映る。
「わお、大きいんだね。ちょっと驚いちゃったな」
煙が徐々に消えていくと、そこには体長十メートル程の大きさの猛獁の姿があった。毛の色は紫色で、大きく撓った角が口元から二本生えている。
一歩、歩くごとに地面は大きく揺れ、砂飛沫が飛び、長い鼻を揺らしながら、ヴァルキリアの方へと歩いて来る。
「これじゃあ、斬撃がそんなに効かない訳だよね。動きは遅いけど、強靭な皮膚で守れるって事か。へぇ、楽しそう」
ヴァルキリアは、足元にピンク色のテラを纏わせると、猛獁の顔目掛けて一気に地面を蹴り、ジャンプ移動する。だが、
「――っ!!」
その大きさからは想像も出来ない程の速さで、猛獁は長い鼻を鞭の様にヴァルキリアに向かって叩き込む。
「鼻は速いんだ……!!」
神器グラーシーザで何とか防ぐものの、力は圧倒的に負け、ヴァルキリアは打ち飛ばされていく。
まるで、テニスや野球のボールを打ち返すかの様に、猛獁は鼻でヴァルキリアを打ったのだ。
地面に勢い良く落下したヴァルキリアだが、まだ勢いは止まる事なく、砂飛沫を上げながらそのまま転がっていく。
「ぐっ……!!」
体勢を整えたヴァルキリアの額には、血が流れていた。手で触り、血を確認したヴァルキリアは、
「自分の血を見るなんて、いつ振りだろうね……やばい、楽しいかも……!!」
ヴァルキリアは、不敵な笑みを浮かべながら、再び猛獁の方へと走り出す。猛獁は、ヴァルキリアを鼻で叩き潰そうと、真上から一気に鼻を振り下ろす。
「もう見切ったよ、その速さ!!」
横に飛び跳ねて、鼻を避けたヴァルキリアは、そのまま鼻に乗っかり、顔の方へと走り出す。
「斬撃が効かないんじゃ、直接斬るしかないんだよね?」
猛獁の目に向かって、神器グラーシーザを振りかざす。だが、体が突然として後方の方へと吸い寄せられる感覚がし、視線を後ろへ向けると、鼻先がヴァルキリアの方へと向いていて、物凄い勢いで吸い込んでいた。
「――っ!! そんな使い方……!!」
ヴァルキリアは空中で上手く振り返ると、鼻に向かって神器グラーシーザを振りかざす。
だが、鼻は切れるどころか神器グラーシーザを弾く程の強靭な皮膚をしていて、ヴァルキリアはそのまま鼻に吸い込まれてしまう。
猛獁は、勝利を確信したのか地面が揺れ動く程の雄叫びを上げ、エリオ砂漠に響いた。
鼻の中に吸い込まれたヴァルキリアは、身動きが全く取れなかった。歪な臭いと、狭苦しい鼻の中は真っ暗で、ヴァルキリアはもがこうにももがけなかった。
「参ったね、これは。まさか、鼻の中に吸い込まれちゃうとはね」
すると、ヴァルキリアの脳裏にある思い出が過った。
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『何故、そこまでして他者を殺そうとする? 魔獣を殺そうとする? お前は、世界をどう変えたいんだ?』
今より少し幼いヴァルキリアは、全身に返り血を浴び、その手には神器グラーシーザが握られていた。ヴァルキリアの周りには、魔獣や人の死体が幾つも倒れ、殺気立つヴァルキリアの目の前には、真っ黒のローブを羽織り、フードを被った男が立っていた。
『誰? 私に構うなら、殺すよ?』
『俺を殺す、か』
『ハルさんに対して、この態度……どうしますか? 私が殺して置きましょうか?』
ハルと呼ばれた男の隣には、金色の髪色に長い髪のロングストレートヘアの女性が居た。妖艶さを漂わせながら、不敵にヴァルキリアを睨み付けている。
『いや、いい。少しこいつと話がしたい。コペルニクスは何もするな』
『私は話す事なんてないよ。こんな腐った世界に存在する者は、私が全員殺してあげる』
『フン、ガキが粋がった事を。お前の持つそれは、神器グラーシーザだな? どうやって手に入れた?』
『これ? なんか、声が聞こえて答えてたら、いきなり魔獣が沢山現れて、殺したらいつの間にか手に持ってたけど、それがどうかしたの?』
『成る程、神器に認められた器って事か。お前、俺と一緒に来い。お前には『傲慢』の席を与えてやる』
『は? 誰がお兄さんの仲間なんかに。殺すよ?』
その瞬間、人を殺める事に対して恐怖心を抱いた事なかったが、ヴァルキリアは初めて、ハルを見て恐怖心に襲われた。
辺りを漂い始める黒い煙と、自分が殺した死体がどんどんと消えていき、ハルへの恐怖心は一気に増していった。
『どうしても嫌なら、俺とやるか?』
『な……なに、この感じ……こんなのって、アリなの……』
肩を震わせ、足が竦むヴァルキリアに、ハルは悪戯な笑みを見せる。
『お前が世界を変えたいなら、俺に付いて来い。俺がこの世界を創り変える』
『お兄さんが……?』
『信じるか信じないかは、お前の好きにしろ。俺と一緒に世界を変えたいのなら、黙って俺に付いて来い』
『世界を変える……私とお兄さんが……分かった。どうせ、お兄さんには勝てる気がしないし、付いて行こっかな。けど、必ず世界を変えるって約束してくれる?』
『あぁ、約束だ。俺は必ず、この世界を創り変える』
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「ハル兄とも約束しちゃってるしなぁ。久々に、本気でも出そっかな……」
すると、猛獁の鼻の中に閉じ込められているヴァルキリアの全身に、ピンク色のテラが纏い始める。
その瞬間、猛獁の鼻の先が突然と弾け、大量の血が辺りに飛び散る。いきなりの激痛に、猛獁も鼻を振り回しながら、雄叫びを上げていた。
「楽しむのは、ここまでにするね。ここからは、本気で殺しにかかるから」
地面に着地したヴァルキリアの背中からは、ピンク色のテラで出来た大きな羽が生えていた。そして、頭上にはピンク色のリングが宙に浮き、その姿はまるで、天使の様だった。