第124話 『鷲獅子』
「――獣人種族は公に出来ないから、悪いけどお姉さんには死んでもらうね」
そう言葉にしたのは、獣人種族のスカアハだ。桃色の髪色で毛先に行くにつれて赤色に変色している。腰辺りまでの長さで、髪を一つに纏めたポニーテールの髪型。薄い桃色の瞳の色をしていて、右目の目尻にはホクロがある。
真っ白のブレザーの様な服を着ていて、黒色のスカートに黒色のニーハイソックス、首元には白色のマフラーを巻いた少女だ。
そんなスカアハの視線の先には、聖騎士団第一部隊隊長アカサキ・チカが立っていた。
黒色の髪色にお尻の辺りまでの長さの、ロングストレートヘア。聖騎士団の騎士服の上に白色のマントコートを羽織り、ニーハイブーツを履いている。黒色の瞳をしていて、タレ目でおっとりとした表情の美しい女性だ。
「獣人種族の存在が公に出来ないのであれば、何故この様な事を? ましてや、王都の子供を連れ去るなど、騒ぎが起こるのは必定です。貴方達の行動には、理解し難いものがあります。わざわざ貴方達から、獣人種族の存在を公にしている……そういう風にも見れます」
「アッハハ……言うね、お姉さん。痛い所突かれちゃったよ。でも、勘違いしてるよ? 私達が何故この様な事をしているか……それは、ユニ王妃にはヴァルディアに居てもらわなければならない。どんな事があり、どんなに否定されようとも、ユニ王妃はヴァルディアに居なければならない。そして、お姉さん達に公になった所で、世界には公にならない。意味が分かる? ここエリオ砂漠に入った者、ヴァルディアの場所を知った者、私達と相見える者、その全てが死ぬから……だよ?」
スカアハがそう言うと、突然背中から茶色の翼が生え、片方の翼を勢い良く広げると、数本の羽根をアカサキに向けて飛ばす。だが、
「――では、私に知られた事は貴方達にとって、大誤算となりますね。こう見えても私は、王都で『鬼神』などと呼ばれているんです。私を倒さないと、貴方達の機密事項は漏れてしまいますよ?」
アカサキは体を揺らしながら、滑らかな動きで全ての羽根を避けた。掠りもせずに、羽根はアカサキの後方で地面に落ちていく。
「まさか、全部避けるとは……凄いね、お姉さん」
「お褒めの言葉、有難き事です。ですが、敵を褒めている場合ではありませんよ?」
「――っ!?」
アカサキがスカアハに向けて笑顔を見せる。その瞬間、スカアハの耳元で、甲高い耳鳴りの様な音が聞こえた。一瞬、その方向に視線を向けると、炎を纏った小さな球が耳元に浮いていた。それを理解した瞬間、炎を纏った小さな球は大爆発を起こす。
その場には炎が吹き上げ、消える事なく燃え続けていた。アカサキは、燃え盛る場所をジッと見つめている。
「成る程……」
アカサキの表情が若干強張ると、見つめる先の炎の中に、全身に紫色の防御魔法を纏ったスカアハが立っていた。背中から生える翼で全身を包み込む様にたたみ、灼熱の炎から身を守っていた。
「ふぅ……いつの間に魔法を仕掛けてたの? 本当、『鬼神』って呼ばれるだけあって、恐ろしい人だね……」
「貴方こそ、あの一瞬で防御魔法を張るだなんて、驚きました。なにより、その翼です。強靭な防御力の様ですね」
「ふっふーん、私の翼はね、何でも斬り裂く刃にもなり、矢の様に羽根を飛ばす武器にもなり、どの攻撃も防げる盾にもなる。最強の矛盾を持ってるんだよ」
翼をヒラヒラとバタつかせ、笑顔を見せるスカアハ。そして、翼を後ろへと広げると、
「最強の矛を見せてあげよっか?」
「最強の矛……ですか」
「こう見えても私、獣人種族のメンバーの中でもトップクラスに強いんだ。まぁ、アラには勝てないけど、他のメンバーなら余裕で倒せちゃうの。『鬼神』が相手なら、私も楽しめそうだし、私の『最強』で、もてなしてあげる」
そう言うと、後ろに広げていた翼を、一気に前方へとたたむ様に翼を扇ぐ。その瞬間、強風が吹き荒れ砂埃を撒き散らしながら、アカサキの元へと広がっていく。
「先程の突風とは、また違う突風……」
スカアハの突風が、アカサキに迫る瞬間に、前方に光の壁を作り、防御魔法を張る。そして、突風がぶつかった瞬間、アカサキの立っている場所が、激しく揺れ始める。
「さっきも言ったけど、これは最強の矛の風だよ? たかが人間の防御魔法で防げる代物じゃないよ?」
「っ!!」
防御魔法のバリアに、段々とヒビが入り始め、隙間から風が入り込み始めていた。その風が、アカサキの体に触れると、まるで剣で切られたかの様に、切り傷が付き、血でマントコートが滲む。
「ほらほら、もう防御魔法も限界に近いよ。もうすぐ、ズタボロに切り刻まれて死ぬんだから、無駄な抵抗は辞めな?」
「では、お言葉に甘えて……」
スカアハの言葉に、アカサキは温かい笑顔を見せて、そう言葉を返した。その瞬間、防御魔法が粉々に砕け散り、突風はアカサキの全身を包み込んでいく。
肉を切る音、骨を砕く音、それらが聞こえたスカアハは、勝利の笑みを浮かべ、
「アッハハ!! 本当、私ってば最強……結局、『鬼神』も『最強』には及ばないんだよね。さてと、他のメンバーの所にも行こっ…………っ!?」
だが、スカアハの喜びも束の間、突然として目の前に、全身切り傷だらけで血を流す、アカサキが現れた。その表情は、最後の笑顔とはまるで違い、真っ直ぐ強い眼差しでスカアハを見つめていた。そして、その手には剣が握られている。
「『鬼神』!? どうして……!?」
「貴方は、『最強』かも知れません。ですが、私の知る『最強』は、貴方よりも遥かに最強ですよ? この程度で最強を語るのは、愚の骨頂ですね」
アカサキはそう言うと、剣を振りかざす。スカアハも即座に防ごうと、翼で身を守る。だが、
「――がっ……!?」
アカサキの振りかざした剣は、スカアハの翼をすり抜け、体を斬りつけた。その瞬間、アカサキの後方で吹き荒れていた突風が消え、スカアハも思わず後ずさんだ。
「がはっ……防いだ、のに……!?」
「貴方は自分の翼の事を、何でも斬り裂く刃にもなる……そう仰いましたよね? その瞬間から、貴方の翼が剣だという事を、私の剣が理解したのです」
アカサキはそう言って、黒色と赤色の日本刀の様な剣に付いた血を、払い拭う。スカアハのしゃがみ込む場所にも、血がポタポタと落ち、血の水溜りが出来ていた。
「『鬼神』の剣が……理解した……? 意味が……分からない……」
「神器ヴァジュラ……決して、他の剣と刃を交える事の出来ない剣。つまり、貴方の剣である翼と、私の神器ヴァジュラは刃を交える事が出来ません。故に、貴方の体は斬られた……という事です」
「そんな……事って……」
すると、アカサキは手の平に白い光を纏わせ、自分の全身にテラを降り注ぎ、治癒魔法を掛ける。スカアハの突風で付けられた切り傷は全てが治り始める。
「貴方の中での貴方は、『最強』なのかも知れません。ですが、私の中での貴方は、『最強』には程遠いです」
「言ってくれるね……私が『最強』には程遠い? アッハハ……『鬼神』如きが言ってくれるね!! だったら、私が『最強』だって事を、証明してやる!! 『鬼神』を倒して、私が『最強』だって事を認めさせてやる!! 獣人化第二段階!!」
スカアハがそう言った瞬間、背中に生えていた翼がもう一回り大きくなり、スカアハの腕に茶色の羽毛が生え、ライオンの様な尻尾も生え、顔の半分には鳥の様な形の仮面が付き始める。その姿はまるで、鷲獅子の様だった。
「獣人種族の特有の力ですか……これが、皇帝陛下も危惧される力……」
「『鬼神』は私に言っちゃいけない事を言った。『鬼神』のその剣、他の剣と刃を交える事が出来ないという事。確かに、その能力はかなり厄介だよね。けど、逆を言えばどうなるの? 私の翼が剣として理解されたなら、私の翼での攻撃は、その剣じゃ防げない……という事でしょ?」
「仰る通りです」
アカサキの返事を聞いたスカアハは、アカサキを睨み付けながら笑みを浮かべる。
「だったら、戦い方を変えるだけだよ!!」
そう叫んだ瞬間、スカアハは翼を大きくバタつかせ、空高く飛んでいく。
「これが、私の最強の力!! ただの人間は惨めだよね、空も飛べる事が出来ないなんて……本当……無力だよね……!!」
スカアハが大きな翼を振るうと、人の大きさの無数の羽根が雨の様にアカサキに降り注いでいく。
「成る程……」
空を見上げ、無数に降り注いでくる羽根を見つめ、アカサキは冷や汗を垂らした。
右や左に移動したり、後方へバク転をしたりと、無数に降ってくる羽根を避けていく。
「特異な能力を持ったその剣に頼って、普通の剣を持たなかった事が、『鬼神』の誤算だよ。強さだけに頼ったその傲慢さが、仇となる……本当、惨めだよね!!」
スカアハは、自分の話している事がアカサキに聞こえているかは分からなかったが、悪戯な笑みを浮かべながら言葉にした。剣で弾く事も出来ず、避けるしか出来ないアカサキを見て、楽しんでいる。
「良く避けるよね、本当。じゃあさ、これならどう?」
スカアハが再び、翼を大きく振るうと、更に広範囲に大きな羽根を降り注がせる。その範囲は、到底避け切れるものではない範囲だった。
「――――」
すると、突然としてアカサキは避けるのを止め、広範囲に降り注ぐ羽根を眺め始める。
羽根はアカサキを襲う様に、次々と降り注ぎ、その場に砂埃が舞い散る。
「諦めた時の表情って、堪らないよね。まさか、『鬼神』が諦めるとは……」
それから数分間もの間、羽根は降り注いだ。暫くして降り止み、場に静寂が流れる。砂埃の舞っていない地面にも、羽根は何本も刺さっていて、その凄まじさが物語っていた。
だが、スカアハの優越感も束の間、砂埃が徐々に消えていくと、そこにはアカサキが無傷で立ち尽くす姿が、視界に移った。
「――なっ!? 無傷……!?」
アカサキは無表情でジッとスカアハを見つめる。その表情からスカアハは、アカサキに対して不気味さを感じ取っていた。今までに感じた事の無い不気味さに、スカアハの額に汗が流れる。
そして、アカサキの足元にはバラバラに斬り刻まれた羽根の残骸が散らばっているのも視界に移った。
「今度は何をしたの……!!」
スカアハの苛立ちの募った問いに、アカサキは表情一つ変える事なく、徐に口を開く。
「――何故、私が『鬼神』と呼ばれているか、貴方は分かりますか?」
アカサキの突然の質問返しに、スカアハは眉を寄せて疑問符を浮かべる。すると、自分が答えるよりも先に、アカサキは続けた。
「私を『鬼神』と呼び始めたのは、私の知る『最強』の人物です。その人物は、まだ四歳だった私に対し、『鬼神』と呼んだのです」
無表情で話すアカサキの脳裏には、その時の記憶が鮮明に蘇って来ていた。例え、四歳の頃の話だとしても、アカサキにとっては、はっきりと記憶に残っていた。
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『驚かされたな、これは……小娘、ただのガキでは無さそうだな』
二十歳程の年齢の青年の体は、至る所に切り傷があり、大量の血を流していた。だが、それでも傷はみるみるうちに治癒していた。
そして、青年の視線の先には、燃え盛る炎をバックに、返り血を沢山浴びて、真っ白なワンピースを真っ赤に染めた幼女の姿があった。
『――ここは、どこですか……? お母さんは、どこに行ったんですか……?』
『母親と逸れていたのか……今は、戦争中だからな……だが、どこかで生きているはずだ』
『戦争……?』
『ガキにはまだ分からんか。だが、お前の力は俺が認める。そうだな……まるで『鬼神』と、言った所か……フン、この俺が小娘を認める事になるとはな……この世界で、俺の知らない事はまだまだあるみたいだな。ガキ、俺と一緒に来い』
『お母さんに、知らない人には付いて行っちゃ駄目と教わりました』
『フン……ませたガキだな。俺の名は、――グレコ・ダンドールだ。これで、知らない訳じゃないだろう? お母さんとやらを探す一環として、俺に付いて来い。そして、俺の右腕になれ、『鬼神』』
『私は『鬼神』じゃないです。赤崎千佳、四歳です。でも、お母さんを一緒に探してくれるなら、付いて行きます。グレコさん、知らない人じゃなくなりましたから』
すると、グレコはアカサキに対して、悪戯な笑みを見せると、完全に傷が治癒し、歩き出す。四歳の小さな体のアカサキも、その後を必死に追い掛けて行く。
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「――あの人のお陰で、今の私があり、『鬼神』が存在するんです。貴方に、私の『鬼神』の真骨頂をお見せします」
すると、アカサキの全身に赤黒いテラが漂い始める。まるで、その場所の空間が歪んでいるかの様に、空気が激しく波打つのがスカアハには見えた。
その光景は、幻想的で且つ不気味さもあり、今までに経験のした事がない殺気に、スカアハは息を呑んだ。
「真骨頂……? だから、一体何を……――っ!?」
その瞬間、突然としてスカアハの左肩に大きな切り傷が出来、血が吹き出す。
音も無く、目にも見る事が出来ず、ただいきなり斬られた感覚だった。だが、アカサキは剣を振るった素ぶりは見せていない。ただ、不気味な赤黒いテラを漂わせ、スカアハを見つめていただけだ。
なら、一体誰に斬られたのか。傷口を抑えながら、ゆっくりと地面に落下していくスカアハは、アカサキを睨みながら考えた。
「ぐっ……!! 何なの、この違和感……」
地面に着地し、膝をついたスカアハは、その場の違和感に気が付いた。アカサキと自分の一対一の勝負の筈。なのに、この場にまだ誰かがいる様な気配と違和感。それらが、スカアハを悩ませた。だが、その違和感は直ぐに理解出来る事になる。
「――っ!?」
またしても突然として、背中を斬られたのだ。背後から突然斬られ、血が吹き出し、スカアハは後ろを目で見やるが、誰の姿もない。
「ぐっ……ハァ……ハァ……目に見えない誰かが……居る……?」
「先程も言いましたが、今の私があり、『鬼神』が存在する、と。この意味が貴方なら、直ぐに分かりますよね?」
「アハハ……まさか……貴方と『鬼神』は別々って事……? 私に見えていないだけで、貴方とは別に『鬼神』が居るって事なの? そんなまさか……」
スカアハとしては、理解のし難い話だった。『鬼神』と呼ばれる存在が、アカサキとは別に存在しているのはまだ分かるにしろ、何故、その姿が目に見えないのか。何故、その存在の気配に気付けなかったのか。考えれば考える程、アカサキという人物への恐怖心が湧いて来ていた。
「大体の意味は合っていますね。ですが、貴方が感じている存在も、紛れもなく私ですよ? 『鬼神』は、グレコさんが私に付けてくれた、大切な通り名ですから」
アカサキの妖艶さ漂う笑みを見たスカアハは、背筋が凍る程の殺気に襲われた。肩が震え、足が竦み、吐き気がする。そして、スカアハは一瞬にして悟った。このアカサキという女性、否――『鬼神』には勝てない、と。