第123話 『八岐大蛇』
「――エレボス……なら、貴方もイグニール同様に女の力を見せてあげる。私を非力だと見縊っていると、足元を掬われるわよ?」
そう言葉にしたのは、聖騎士団第一部隊所属のセラ・ノエールだ。茶髪で肩下くらいの長さの髪を、左側の耳の上でお団子の様に纏めた髪型。ジト目で、表情をあまり変えないクールな少女だ。
聖騎士団の騎士服に白色のマントコートを羽織り、その華奢な脚には黒色のニーハイソックスを履いている。
そして、この場にもう一人、聖騎士団第四部隊所属の東雲三葉だ。同じく聖騎士団の騎士服を着て、白色のマントコートを羽織っている。スタイルも良く、白くて細い脚も魅力的だ。茶髪の胸の下辺りまでの長さの髪をお団子ヘアにした髪型。可愛らしい顔立ちに、クリッとした目で見つめる先には、
「――非力か。どう見ても、非力だろう。特に、そっちの女がな」
そう言って三葉を指差した人物。獣人種族のエレボスだ。紫色の髪色でツンツンに盛り、襟足も長く、左側の部分の髪を編み込んだコーンロウの髪型だ。碧眼で、常に怒っているかの様な目付きの悪さと、八重歯がチラついている。全身真っ黒のスーツの様な服装で、紫色のコートを羽織った男性だ。
「私……ですか」
「お前からは、恐怖心が垣間見える。この俺を前にして、死への恐怖がお前を襲い、して、その恐怖に慄いている」
エレボスの言う通り、三葉には恐怖心があった。戦闘力は他のメンバーに比べれば劣る。戦闘への恐怖心も強い。それでも、仲間を助けたいという気持ちの強さ、仲間を傷付けさせたくないという想いの強さは誰よりもあった。それが、今の三葉の力の源となっている。
「確かに、怖いですけど、負けたりはしないです。ユニちゃんを助けなくちゃ駄目ですから」
「お前らが、どう足掻いた所で、ユニ王妃の宿命は変わらない。行くだけ無駄になるぞ」
エレボスの言い分に、三葉が言葉を詰まらせると、セラが徐に口を開いた。
「宿命は本人がどうこうするもの。貴方達がとやかく言う事じゃない。それとも、ユニが望んで貴方達の所に行った、そう言いたい訳?」
「あぁ、そうだ。つまり、お前らの行動は、ユニ王妃からしてみれば、余計なお世話ってやつだ」
「それは、ユニの口から聞かない限り、信用しない。貴方の言葉には、何の信憑性もない」
「そうかよ。なら、俺を倒してみろ。ユニ王妃の元に辿り着けたとしても、その事実に言葉を失え。だが、仮にもお前らは俺に勝てない。その事実をも知る事は出来ないだろうがな」
すると、エレボスの手に紫色のテラで造られた火縄銃の様な武器が現れる。そして、セラ達の方へと銃口を向ける。
「さよなら、だ」
エレボスが引き金を引くと、目視不可能な程の速さで、テラで出来た銃弾が放たれる。だが、
「――見縊るなと、言った事が分からない?」
セラは片手に細長い剣を創って、銃弾をいとも簡単に弾いていた。そして、その剣はみるみる内に姿を変えて、槍の姿へと変わっていく。
「ん? なんだ、その剣。姿を変える武器とは、見た事ないが、お前の能力か?」
「これは、神器シューラ・ヴァラ。獣人種族は、神器の存在も知らないの?」
「神器? いや、聞いた事ある様な……王女様が言っていた様な気もする……って事は、普通の武器では無いという事か」
銃を肩に預ける様にして持ち、目を細めてセラの神器を見つめるエレボス。青白いテラがチリチリと音を立てる神器に、エレボスも興味が湧いていた。
「なら、お前に勝って、その神器とやらを頂く」
「大口を叩くのはいいけれど、実現出来ない事を軽々と口にしない方がいい。後で、己の惨めさに後悔する事になるだけ」
「笑わせるな。仮にも俺は負けたりしない」
「なら早速、己の惨めさに後悔して」
セラがそう言って、不敵な笑みをエレボスに見せる。その瞬間、
「――っ!!」
エレボスの立っていた場所に、突然として長方形の大きな光の結界が落ちてくる。その場には砂埃が舞い散り、衝撃音がエリオ砂漠に響いた。
「いいタイミングだった、ミツハ」
「攻撃用の光のテラも、密かに練習して置いて良かった。守る事も大事だけど、勝てなきゃ意味がないもんね」
エレボスを襲った光の結界は、三葉の魔法によるものだった。光のテラは、防御魔法や治癒魔法に長け、バックアップ要員になる事が多い。
それでも、使い方や特殊な技術を使えば、光のテラも十分に攻撃力のある魔法を放つ事が出来る。例外とすれば、ジャパシスタ騎士団の清水若菜がそうだ。
「私も、若菜さんみたいに強くて守れる人になりたいから。セラちゃん、ここは何としても勝つよ」
「今度はミツハに迷惑掛ける様な戦い方はしない。神王獣の時みたいには、絶対にならない様にするから」
「セラちゃん……」
セラは三葉とこうして共に戦闘を行うと、必ずあの日の事が脳裏に思い浮かぶ。それは、副都での課外授業での事だ。
その頃のセラは一匹狼で誰とも仲良くなろうとせずに、傲慢な態度を見せていた。それを良く思っていなかったレディカと喧嘩し、セラは隊から離れ一人行動をしていた。その時に、神王獣に襲われたのだ。
トップクラスの実力を誇るセラでさえも、神王獣を前に圧倒されるだけで、自分の死を覚悟していた。その時に、三葉が駆け付けセラを助けた。三葉はその際に、瀕死の状態にまで追いやられてしまっていた。
セラは、その事をずっと気にかけていた。三葉は、セラにとって初めて歩み寄ってくれた存在。傲慢な態度を見せ続けたにもかかわらず、三葉は友達になろうと向き合ってくれた。セラにとっての三葉とは、自分を変えてくれた大切な友達なのだ。
だからこそ、もう二度と、あの日と同じ過ちを犯す訳にはいかない。だが、それは三葉も同じだった。
「私も、セラちゃんをしっかり守るよ。セラちゃんは強いから、最前線で戦う事が多いと思う。だからこそ、私がセラちゃんを守る。でも、無茶だけはしないでね?」
「ミツハ……うん、でも、無茶はお互い様。二人共、怪我なく切り抜ける。準備はいい?」
「うん!! 準備はいつでも大丈夫だよ、セラちゃん!!」
二人は見つめ合ったまま、笑顔を見せる。そして、視線の先を砂埃が舞う方へと向ける。風に流され、砂埃が消えていくと、光の結界の向こう側に、エレボスは立っていた。
「――意表を突く攻撃だったな。だが、一歩、俺に届かなかったな。いや……百歩か」
そう言うと、エレボスは光の結界越しにセラ達に向かって銃口を向け、乱射する。リロードの必要がない銃は、ある意味最強かも知れない。
テラの銃弾は、光の結界をいとも簡単に貫通し、目視不可能な速さでセラ達に襲う。
「ミツハ」
「うん!!」
三葉が両手を前に翳すと、光の防御魔法を張り、乱射された銃弾を弾いていく。
「チッ……なら、これはどうする?」
エレボスは銃口にテラを溜めると、紫色のテラで出来た大きな大砲の様な弾を作る。
「これなら、お前如きの防御魔法じゃ防げない。足掻いてみろ」
大きな大砲を放つと、体の芯を揺らす程の重い音が鳴り響く。迫り来る大砲を他所に、三葉は防ぐどころか防御魔法を消してしまう。すると、
「これは、私に任せて」
セラの持つ槍の形をした神器シューラ・ヴァラの剣先に、青白い雷が纏う。そして、向かってくる大砲の弾に目掛け、槍を突き刺す。その瞬間、その場で大爆発が起きる。
「フン……――っ!?」
だが、その瞬間にエレボスの目の前に、全身に青白い雷を纏わせたセラが、距離を詰めていた。
「なっ……!? いつの間に……!!」
「これでも、私達を非力だと言える?」
セラは手に持つ槍を、エレボスの左胸に突き刺した。刃は肉体を貫き、血が服に滲み、突き出た刃からも血がポタポタと垂れている。
「がはっ……」
口からも血を吐き、虚ろな目でセラを見やるエレボス。雷を纏ったセラの速さに、対応出来なかった自分へ怒りが込み上げてくる。だが、それも、もう遅い事だ。
「心臓はやられなかったみたいね。けど、もう死ぬ。これが、私達を見縊った結末」
「ハァ……ハァ……ぐっ……これ、くらい……で、俺に、勝っ……た、と……思う……な……」
「今の貴方に、負ける要素がない。それとも、まだ抗える?」
「フン……お前、の……その、余裕も……今……だけ、だ……」
「最期まで大口を……貴方の役目はもう終わり。私達の元に来た事を後悔して逝くといい」
その瞬間、セラはエレボスに突き刺していた槍にテラを込める。すると、雷が突然として放出し、雷鳴と共にエレボスの全身を焼き尽くす。
「っ……」
その後ろでは、三葉が視線を背けていた。敵とは言え、死ぬ瞬間を見るには、抵抗があったのだ。
雷が収まると、セラは黒焦げになったエレボスの体から槍を引き抜く。
「セラちゃん!!」
「早く、エレナや女々男達と合流しないと、他の所にも獣人種族が来てる筈」
「うん、行こう……っ!!」
その瞬間、セラ達の背後から突然として銃弾が一発放たれる銃声が聞こえ、銃弾はセラの左肩を掠める。
「痛っ……!!」
「セラちゃん!?」
掠めた部分のマントコートは血で滲み、痛みに耐えながら後ろを見やると、黒焦げになった筈のエレボスが、無傷な状態で不敵な笑みを浮かべながら、銃口をセラ達の方へと向けていた。
「チッ、逸れたか」
「貴方……!?」
「驚いてるな。俺の言葉が分からなかったか? これくらいで俺に勝ったと思うな、その余裕も今だけだ、とな」
肩の傷口を抑えながら、セラはエレボスを睨みつけ、思考を張り巡らせた。死んだ筈の、仕留めた筈のエレボスが無傷で立っている。その不可解な現象に、思考が追いつかない程に気持ちが悪くなってくる。
視線を足元に向けると、黒焦げになったエレボスではなく、黒焦げになった、人の大きさの蛇が倒れていた。
「蛇……」
「お陰様で、一匹死んでしまった。だが、大丈夫だ。死んだ蛇は一時間もすれば蘇る」
エレボスの言葉も、今のセラには理解が追いつかない。そして、その不可解な現象は、セラの最も嫌う人物と酷似していた。それは、『大罪騎士団』の『暴食』を司る、イグニール・ランヴェルだ。
彼の能力も、セラを理解の苦しみに追いやった事があった。自身の最大の魔法で倒したのにもかかわらず、イグニールは全くの他人の姿に変貌し、生きていた。更には、そのイグニールもアカサキにより首を刎ねられたが、元のイグニールの姿に戻り、生きていた。
エレボスの不可解な能力は、イグニールの能力と酷似していて、何よりそれが、嫌悪感に苛まれる。
「どいつもこいつも……!!」
嫌悪感はより一層増していき、エレボスへの怒りと憎しみが強まっていく。それは、エレボスの姿とイグニールの姿が重なるからだ。その時、
「セラちゃん、落ち着いて。獣人種族って言うんだから、多分あの人の魔獣は蛇なんだよ、きっと。何で生きているのかは、私にも分からないけど、仕掛けは必ずある筈」
三葉は優しくセラに話し掛け、傷の付いた肩を治癒魔法で治していく。
「ごめん、ミツハ。エルザヴェートが警戒する程の種族だから、不可解な能力は当然。何度も復活するなら、死ぬまで殺し続ければいい」
「セ、セラちゃん……」
「治癒魔法、ありがとう。お陰で落ち着いた」
セラは落ち着き、冷静にエレボスを見つめる。無傷なエレボスの姿。横たわる黒焦げの蛇の死体。そこから、また思考を張り巡らせる。
「蛇の特性からして、脱皮をする……死ぬ時に脱皮をして、生き延びる可能性。それと、さっきのエレボスの言葉、一匹死んでしまったという言葉。変わり身となる蛇が何匹も居る可能性もある。そして、その変わり身となる蛇は一時間で蘇る。なら、一時間以内に、貴方を死ぬまで殺し続ければいいだけ。脱皮をするにしろ、複数存在するにしろ、殺し続ければいいだけ」
肩の傷が塞がったセラは、槍を構える。その横で、三葉もエレボスの動きに備える。
「じゃあ、最低でも制限時間は一時間って事だね」
「うん。ミツハ、私に付いてこれる?」
「大丈夫、バックアップは任せて。隙があれば、私も攻撃する」
再び戦闘態勢に入った二人を見つめるエレボスは、悠々とした態度で不敵な笑みを浮かべている。不気味なオーラを漂わせ、場に一瞬の静寂が流れると、
「――さぁ、第二ラウンドと行こうか」
エレボスの言葉を皮切りに、セラと三葉は一気に走り出す。セラの全身に青白い雷が纏うと、三葉を置き去りに一気にエレボスの目の前まで移動する。
「もう見切ってるぞ、お前の速さ」
槍から太刀の形へと変形させた神器シューラ・ヴァラを、勢い良く振り切るセラ。だが、エレボスは銃で軽々と防ぐ。
「その程度だと、一時間など直ぐに経つぞ?」
「馬鹿にしないで。貴方の言う、第二ラウンドは、まだ始まったばかりだから」
「フン、なら見せてみろ」
エレボスは銃でセラの太刀を振り払うと、隙の生まれた腹部に向かって蹴りを入れる。だが、
「チッ……!!」
エレボスの蹴りを、光の防御魔法が防ぐ。エレボスは、すぐさま三葉の方へと視線を向けて、睨み付ける。
「私だって、若菜さんみたいに戦える……!!」
光の防御魔法が白く光り出すと、セラには危害を加えずに、エレボスだけを弾き飛ばす。
「ぐっ……!!」
地面を勢い良く転がり、体勢を整えて前を向くが、三葉の姿しか無く、セラの姿が見えなかった。
「どこに行っ……がっ……!?」
エレボスがセラを探し出すよりも速く、セラはエレボスの背後へと回り込み、太刀をエレボスの背中から突き刺した。
「一対一ならまだしも、私達二人を相手にするには、貴方でも無理だったって事。貴方の蛇が、蘇るのが一時間だと足りないって事」
「がはっ……」
「貴方も変わり身の蛇なら、さっさと次の貴方を出してくれる?」
セラは太刀を引き抜かずに、刺したまま横に振り切る。エレボスの体は、刺した部分から千切れ、その場には大量の血が流れ、血の海と化した。
「次はどこから……」
セラは辺りを見渡し、エレボスを警戒する。変わり身の蛇はこれで二体目を倒した事になり、残りが何匹居るのかは分からないが、この調子なら勝てると、セラは確信していた。すると、
「――褒めてやる、この俺の蛇を二体も倒すとはな」
背後からエレボスの声が聞こえ、セラは振り返る。三葉もセラの隣に立ち、エレボスを見つめる。
「認めてやる、お前らの強さはな。非力だと言った事を、撤回する。だが、俺も女に負ける訳にはいかない。ハンデのつもりで通常状態で戦っていたが、お前らの実力を見た所、ハンデは不要の様だな」
「ハンデ? 私達の事を、見誤り過ぎ。この結果を見て、ハンデが不要だと分かっただけでもマシだけれど、私達を舐め過ぎ」
「あぁ、舐めていたな。だが、お前らも俺を舐めている。知ってるか? 獣人種族には状態変化があるのを」
「状態変化……」
「獣人化と呼ばれる状態変化は、二段階ある。魔獣としての本来の姿に変化する状態と、本来の魔獣の姿で人の形へと変化する状態の二つだ。だが、俺はそこらの獣人種族とは違う。俺には、もう一段階ある。絶望しろ……――獣人化完全形態!!」
エレボスが叫んだ瞬間、全身に紫色のテラが渦巻き、エレボスを包み込んでいく。辺りには強い風が吹き、セラと三葉は、腕で顔を覆いながら、エレボスの方に視線を向ける。
「――っ!! このテラ量……!!」
「セラちゃん、これは……!!」
渦巻く紫色のテラが爆発すると、煙が立ち込める。そして、その煙の中に、蠢く大きな影を、二人の視界が捉えた。
「エレボスとは別の何かが居る……それに、さっきとは全然違う殺気……あのエルザヴェートが警戒する事なだけはある……」
煙が消えていくと、そこには姿を変えたエレボスが立っていた。大きく短い四本足に、灰色の強靭な胴体。そして、六本の長い首と頭がある。頭はどれも蛇の頭をしていて、その姿はまるで、
「あれは……八岐大蛇……」
「ヤマタノオロチ?」
「私の居た世界では、神話に出てくる怪物なの。八つの頭を持つ蛇の事だよ」
「八つの頭を持つ蛇……さっき殺した二体の蛇を合わせれば、八つの頭って事になる。じゃあ、あれはミツハの知るヤマタノオロチという事……」
十メートル程はある長い首で、それぞれの頭がうねうねと辺りを見渡している。その姿を見たセラと三葉は、恐怖心に襲われていた。今までに見た事もない魔獣の姿に、ただただ恐怖だけが襲っていた。
「――ヤマタノオロチ? これは、八岐大蛇だ。お前らの想像してるのとは違う。それと、俺のこの姿を見て、生きて帰れた奴は俺の仲間以外には居ない」
八岐大蛇の前足の間の胴体に、エレボスの顔があり、胴体に埋め込まれている様な形になっていた。その顔の皮膚は蛇の様に変わっていて、瞳の色も赤く変色している。
「これが、獣人種族の力……成る程、容姿は完全に魔獣そのもの。魔獣と人間の一体化……『大罪騎士団』より厄介かも知れない……」
セラと三葉は、獣人化したエレボスの威圧感と存在感に、気圧されていた。それは、獣人種族の実力を認めた瞬間だった。