第121話 『三頭獅子』
「――お前らはヴァルディアへ到達する前に俺に倒される……それだけだ」
そう言葉にしたのは、獣人種族のマヘスだ。濃い青色の髪色で肩上程の長さのミディアムヘアでパーマが掛かっている。瞳の色は碧眼で、つり目のクールな青年だ。白色の軍服の様な服を着ていて、腰には撓った刃の剣を携えている。
そのマヘスと睨み合っているのは、副都で教官を務める紫色の髪色のステファ・オルニードと、聖騎士団第二部隊隊長の黒肌スキンヘッドのジョン・マルクス、副隊長の金髪で毛先が緑色に変色しているイルビナ・イリアーナだ。
「お前らがここに居るという事は、ヴァルディアはこの辺りにある事で間違いないな?」
ステファはそう言ってマヘスを睨む。大事な副都の教え子であるユニを連れ去った事に怒りが収まらないステファは、全身全霊で戦うと覚悟を決めていた。
「どこにヴァルディアがあろうが、お前達には関係の無い事だ。さっきも言っただろう? 辿り着く前に、俺に倒されるとな」
「ユニを救出する為だ……仕方ない」
そう呟いたステファを見たジョンは違和感を感じていた。今までに見た事の無い感覚だった。
「ステファさん? どうかしたか?」
「ジョン、私は今から本気で戦う。かつて、聖騎士団の第二部隊隊長を務めていた時の様にな。だから、ジョンとイルビナはバックアップを頼む」
その瞬間、突然としてステファの全身に紫色のテラが溢れ出る様に纏いだす。そしてその手には、紫色のテラで作った太刀を持っていた。
「はひぃ!? このテラ量は何なんですか!?」
悍ましい程のテラ量に、ジョンとイルビナは驚いていた。白色のマントコートが激しく靡く程の風が吹き荒れ、電気が走っている様な音を轟かせている。
そして、ステファの姿にも若干の変化があった。太刀の柄の先には鎖が垂れていて、ステファの顔半分には紫色のテラで出来た兜が覆っていた。
「お前達には教えていなかったが、これは『魔装』というやつだ。『覚醒』は自身のテラとステータスの強化、『魔装』は自身のテラと融合するという事だ」
「融合?」
「自身のテラと一つになるという事だ。テラ本来の力を引き出し調和する。『覚醒』はテラの本体とも言える核の周りに膨大なテラを纏わせ、力を最大限に上げる。『魔装』はテラ本体の核自体を大きくし、原点の力を最大限に引き出す。これが、私の封印していた力だ」
魔装の存在を知る者は少なく、使える者はもっと少ない。その唯一使える人物であるステファは、副都の教官に就任した際に魔装は使わないと封印していた。
緻密なテラコントロールが必要な魔装は、並大抵の人間では成す事は不可能だ。その為、ステファは扱いの難しい覚醒と魔装は、副都の生徒達には教えていなかった。
「ステファさん……そんな凄いもの隠してたんですか……」
「別に隠していた訳ではない。扱える者が少ないから、教える必要が無かっただけの事だ。実際、私も含め周りに『覚醒』や『魔装』を扱う者は何人か居たが、完全に使いこなしていたのは一人だけだった。私もまだ未完全なままだ」
「――その未完全な力で、俺にどうやって勝つつもりなんだ? お前の本気が未完全な力とは……笑わせる。それでユニ様を救うなどと、ふざけた話だ」
沈黙を貫いていたマヘスが、目を細めてステファを睨みながらそう言葉にした。だが、ステファはそんなマヘスを嘲笑うかの様に笑みを浮かべながら、
「勘違いするな。例え私の『魔装』が未完全だとしても、お前には十分過ぎる力だ。それから安心しろ、ユニの居場所を吐くまでは殺しはしない」
「ふん、なら見せて貰おうか。その、未完全な力とやらをな……!!」
マヘスは撓った刃の剣を抜くと、ステファの方へと一気に走り出す。ステファは一切動かずマヘスを迎え、太刀すら構えない。そのままマヘスは剣を振りかざす。
「はぁぁぁ!!」
刃がステファを捉えようとした瞬間、地面から紫色の鎖が伸び出し、マヘスの剣を受け止める。
「鎖……? それがお前の能力か?」
「私の鎖には十分気を付けろ」
「――っ!?」
その瞬間、マヘスの足元から囲う様に鎖が渦状に伸び出し、マヘスに巻き付いていく。
「この鎖……呪縛魔法か……」
呪縛魔法は闇のテラの特殊魔法であり、名の通り相手の動きを封じたりする魔法だ。
ステファはゆっくりとマヘスの元に歩み寄り、太刀の剣先を喉元に突きつけて口を開く。
「お前らの目的は何だ? ユニを連れ去った目的は何だ?」
マヘスはステファの問いに答える事なく沈黙を貫く。すると、巻き付いている鎖が更に強く締まる。
「ぐっ……!!」
「吐かないのであれば、痛みが続くぞ?」
「ふん……吐くまでは殺さないのであろう? ならば、俺に吐くメリットは無い。それから、呪縛魔法如きで俺を捕らえた気でいると……足元を掬われるぞ?」
マヘスが不敵な笑みを浮かべた瞬間、辺りに赤紫色の炎の球が幾つも飛び交い始める。
赤紫色の炎の球は、一つ一つに意思があるかの様にステファ達に襲い掛かる。ジョンやイルビナも炎の球を弾くが、それだけで消える事は無く、何度も何度も襲い掛かってくる。
「チッ!! 何だこの炎は!? 弾き返しても消えねぇじゃねぇか!!」
「はひぃ……隙を突いて目を合わしたいんですが……これじゃそんな暇がないですよぉ……」
四方八方から炎の球が襲い掛かり、弾いても弾いても消えず、ジョンとイルビナは体力を削られるだけだった。
ステファは太刀を振るう事は無く、炎の球を鎖が自動的に何度も弾いている。言わば、オートガードの様なものだ。
「こんなもので足元が掬われると思っているのか? ならば興醒めだな」
ステファが鎖で縛っているマヘスの方へと手を翳すと、地面から伸びるマヘスを縛る鎖はどんどんと上空へと上がっていく。
「くれぐれも死んでくれるなよ?」
ステファが翳している手を振り下ろすと、鎖はマヘスを一気に地面へと叩きつける。その瞬間に空高く砂飛沫が飛び、辺りに砂埃が充満する。赤紫色の炎の球も、マヘスが地面へと叩きつけられた瞬間に消えていき、その場に静寂が流れる。
「あの高さから、この勢いでの叩きつけ……死んだんじゃねぇか?」
「私なら、あんな事されたらひとたまりも無いですねっ!!」
それでもステファは油断する事なく、すぐさま砂埃が舞う場所へ向かって太刀を構える。すると、太刀の柄から垂れていた鎖が伸び始め、砂埃の中へと侵入していく。
左手で太刀を持ち、右手で鎖を持つと、その右手を一気に引く。すると、砂埃から鎖に縛られたマヘスが引っ張られてくる。
「ぐっ……!!」
「やはり、この程度では死なんか。獣人種族とやらは頑丈の様だな」
引っ張られたマヘスはステファの目の前で止まり、ステファを強く睨む。その額からは血が流れていた。
「ハァ……ハァ……」
「まだ吐く気は無いか? 吐かないのなら仕方ないが、お前は倒させて貰う。近くにヴァルディアがある事は分かっているからな」
ステファの言葉にマヘスは再び沈黙を貫いた。ただただ息を切らしながら睨み付けるだけで、ステファの問いに答えるつもりは一切ない。だが、ステファからしてみれば沈黙もまた答えの一つだ。
「俺を倒す……か。この程度の力で戯言を……」
「なんだと?」
「いいだろう……ならば、俺も本気でお前らと戦う。未完全な力のお前と違い、俺は完全な力でお前を凌駕してやる……」
不敵な笑みを浮かべたマヘスの体から、紫色のテラが溢れ出て纏い始める。そこから、嫌な感覚や殺気を感じ、ステファはすぐさま鎖を解くとマヘスから距離を取る。
「来たか、獣人化……」
「獣人種族の完全なる力を前に、未完全な力のお前は成す術がなくなる。未完全で俺と戦った事を後悔しろ……、――獣人化!!」
マヘスに纏っていた紫色のテラはどんどんと濃くなっていき、マヘスの姿が見えなくなった瞬間に弾ける様に爆発し、辺りに煙が充満する。
「チッ、またあの獣人化ってやつかよ……!! ステファさん、大丈夫なのか?」
「案ずるな、この状態の私なら戦えない事もな……――っ!!」
その瞬間、充満する煙を見つめていた三人に戦慄が体を突き抜けた。一瞬にして背筋が凍り、全身の血が脈打つのが分かるほどの恐怖に襲われた。
獣臭が辺りに漂い始め、魔獣の悍ましい息遣いが聞こえてくる。そしてそれは、複数聞こえていた。
「は、はひぃ!?」
充満していた煙が徐々に消えていくと、そこには顔が三つある大きな獅子『三頭獅子』が立ち尽くしていた。
青色の皮膚に金色の鬣、そして背中には大きな翼が生えていて、真ん中の獅子の額からは一本の長い角が生えていた。そしてその大きさは、人間など丸呑みに出来てしまう程の大きさだった。
「化け物か……!! ステファさん!! こりゃマズイぞ!!」
ジョンの言葉に答える事なく、ステファはただただ三頭獅子を見つめている。三頭獅子からしてみれば、ステファ達は小さな獲物だ。弱者に対し完膚なきまでに殺気を与え、真ん中の顔の獅子が悍ましい雄叫びを上げる。
「――っ!!」
その雄叫びはステファ達の全身を強く打つかの様に弾き飛ばす。たかが雄叫びだが、音波によってステファ達は吹き飛ばされたのだ。
「ぐっ……!! 鳴き声たった一つでここまでか……」
ステファは直ぐに体勢を整え、三頭獅子に向かって手を翳す。すると、二本の紫色の鎖がステファの足元の地面から飛び出し、一気に三頭獅子の方へと伸びて行く。
だが、三頭獅子がまたも雄叫びを上げると、ステファの放った鎖は溶けていくかの様に、掻き消されていく。
「呪縛魔法の鎖を鳴き声で搔き消すか……これは厄介だな。仕方ない、近距離で戦うか……ジョン、イルビナ」
「なんだ、ステファさん」
「今から奴と近距離で戦う。お前達とは初めてだが、連携で行くぞ。大体の攻撃は私が防ぐから、臆さず行け」
ステファは三頭獅子から視線を外さないまま、ジョンとイルビナに話した。恐怖という感情しか与えない魔獣を相手に、臆さないステファの姿を見た二人は、無言で見つめ合って頷いた。
「よっしゃ……!! イルビナ、聖騎士団第二部隊の真骨頂を見せてやろうぜ!!」
「はいっ!! もしもの時は私の治癒魔法があります!! 二人共、もしもですから無理はしない様にお願いしましゅっ……す、すねっ!!」
「大事な所で噛む癖は副都に居た頃と変わらんな。だが、勇敢なその姿を見てると、成長を感じる……ジョン、イルビナ、――行くぞ!!」
ステファが太刀を構えてその場でジャンプすると、足元に土の土台が現れ、ステファは土台の上に着地する。ジョンはその土台に向かって拳を大きく振りかざす。
「おらぁぁぁ!!!!」
ジョンの拳がステファの乗せた土台を捉えた瞬間、物凄い速さで土台はステファを乗せたまま三頭獅子の方へと向かっていく。
そして、ステファは三頭獅子の真ん中の顔に目掛けて、太刀を振るう。だが、
「――っ!!」
ステファの太刀は三頭獅子の強靭な皮膚を前に弾かれてしまう。その隙を突いた三頭獅子は、大きく尖った爪の生える右の前脚をステファに向けて振り翳す。
「斬る事は不可能か……だが……」
三頭獅子の足元から紫色の鎖が飛び出し全身に巻き付いていくと、大きく振りかざしていた腕の勢いはステファの目の前で止まる。
動きは止める事が出来たものの、紫色の鎖は溶ける様な音を立てながら煙が出始める。
「テラを溶かしているのか……? もしくは吸収しているか……どちらにしろ、魔法もあまり効かんという事だな」
三頭獅子を捕らえる鎖は長く保たない事が分かったステファ。他に、強靭な皮膚を持つ為か刃も弾き、原理は分からないが魔法も大して効かない事も分かった。ならば、それ用の戦い方をするだけだ。ステファ一人なら、マヘスを相手に苦戦は絶対であった。だが、この場にはジョンもイルビナも居る。言わば、戦い方は何通りもあるという事だ。
「打撃ならば、どうする?」
ステファが三頭獅子に向かって不敵に微笑む。真っ赤な瞳で睨みを利かせる三頭獅子は、鎖を解こうと全身に力を入れる。だが、その真上から突然として大きな岩の槌が三頭獅子を叩き潰す。その瞬間、砂飛沫が飛び散り砂埃が舞い散る。
その場から距離を取ったステファの元に、大きな岩の槌を持ったジョンとイルビナが駆け寄り、
「いいタイミングだったな、ジョン」
「かなり本気で叩いたからな。これで、倒せてたらいいんだけどよ」
だが、ジョンの言葉も束の間、砂埃が消えて行くと三頭獅子は無傷で平然と立ち尽くし、またも悍ましい咆哮をする。
「くっ……!! 打撃も効かんか……!!」
「なんつー硬い体してんだ……!!」
三頭獅子はそのままステファ達の元へと一気に走り出す。左の頭の三頭獅子が大きく口を開け、そこから赤紫色の炎の球を放つ。
「範囲が広い!!」
炎の球は巨大でステファ達三人を覆い尽くすほどの大きさだった。後方へ逃げるにも、左右へ避けるにも到底間に合わない。ステファ達に成せるのは上回る魔法を放つか、防御魔法で防ぐかだ。
「私に任せろ!!」
ステファが両手を炎の球に向かって翳すと、大量の鎖が地面から伸びて炎の球に絡まっていく。だが、動きは止めたものの鎖は徐々に溶け始めていく。
三頭獅子は鎖に動きを止められている炎を追い抜いていくと、ステファに向かって前脚を振りかざす。
「ここは俺に任せなぁ!!」
ジョンがステファの前に立ち三頭獅子との間に岩の壁を作り防ぐ。だが、三頭獅子の殴る威力は強く頑丈な岩でさえも大きくヒビが入る。
「来るなら来い!!」
ジョンが右腕に赤色のテラを纏わせる。すると、岩の壁が粉々に砕け三頭獅子の前脚はそのままジョンへと振り下ろされる。だが、ジョンは滑り込む様に三頭獅子のお腹の所へと行き、腹部に強烈なパンチを決め込む。
「おらぁぁぁ!!!! ぶっ飛べ化け物がぁぁ!!」
砂埃が吹き荒れる程の衝撃波で三頭獅子は物凄い勢いで吹き飛んでいく。その際に炎の球は消え、ステファもすかさず大量の鎖を吹き飛んだ三頭獅子の方へと伸ばし、地面に貼り付ける様に縛っていく。
「今が勝機だ!! イルビナ!!」
「はいっ!!」
イルビナは剣に光のテラを纏わせ大きな長刀へと変化させる。そして、ジョンの作った土の土台に飛び乗り、一気に三頭獅子の方へと向かう。
「これが、第二部隊の連携ですっ!!」
三頭獅子に近づくと、イルビナは土の土台を一気に蹴って飛び跳ね、倒れ込む三頭獅子の腹部目掛けて光の長刀を突き刺す。だが、
――獣人化第二段階。
その瞬間に、イルビナと三頭獅子の居た場所が突然として大爆発を起こす。
「イルビナ!!」
煙が立ち込めステファの周りから伸びていた鎖に張りが無くなる。すなわち、縛りが解けたという事だ。そして、ステファとジョンは異様な気配を感じ取っていた。
「なんだ……この感じ……」
立ち込める煙が消えていくと、そこには姿を変えたマヘスと、マヘスに胸ぐらを掴まれて持ち上げられているイルビナの姿が見えて来る。
マヘスは、青色だった髪色に金色のメッシュが入り、両肩に三頭獅子の顔が付いた鎧を着ていて、両腕は獣の手の様に爪が長く、金色の毛のファーの様なものを身に付けている。
「ぐっ……」
「イルビナと言ったか? お前達の言う連携とはこんなものか?」
姿を変えたマヘスを前に、ステファ達は一気に危機へと晒された。