第116話 『高難度任務』
ユニが生まれた時の話をして、十五年振りの再会にシエルは涙を流した。
その涙には、十五年分の悔しさと悲しさの重みがあり、抑えようのない涙が、ただただ溢れた。
か細い体のユニを抱き寄せ、十五年前の出来事をひたすらに謝罪をした。シエルが悪い訳では無いが、謝らなければ気が済まなかった。
「ごめんね……ごめんね、ユニ……!!」
「謝らないで、お母さん……話を聞いたら、お母さんとお父さんが私をちゃんと愛していてくれたのが分かったから、それで十分だよ?」
そんなユニとシエルを、ナデュウは温かい目で見守っていた。先代のナデュウがシエルを苦しめ、ユニとシエルが離れ離れになる発端とも言えた。
今のナデュウにも、その当時のナデュウの記憶は鮮明に頭に残っている。まるで、自分がそう行なったかの様に。
「シエル、今日からはユニと二人、ここで暮らせますよ? 十五年分の親子の絆を取り戻せますね」
「でも……ユニは良かったの? お友達や、育ててくれた両親と会えなくなるかも知れないのよ? ユニは『一角獣』を宿してるから、ヴァルディアでナデュウの側に居ないと駄目だし、当分はヴァルディアから離れる事が出来なくなる……」
「うん……最初は凄く悩んだ。モニカやジュリアと会えなくなるのは寂しいし、王都に居るお母さんとお父さんにだって……でも、先輩が世界を救おうとしてるのを見た時、私もこういう強い人になりたいって思ったの。私も、先輩の役に立ちたい……先輩の負担を取り除きたい……そう思って、私はナデュウちゃんの側に就く事にしたの。最初はナデュウちゃんが、こんなに可愛くていい人だって思ってなかったから、凄く不安だったけど……」
ユニはそう言うと、ナデュウの方を見やって笑顔を見せた。ナデュウに会うまでの、ユニの想像の中のナデュウとは恐ろしい人物だった。
千三百年前から生き、不老不死という特異な能力を持ち、大きな戦争も引き起こした事がある。そんな説明を受けて、誰も今のナデュウを想像する事など出来ないであろう。
シエルとしても、今のナデュウと先代のナデュウの違いは明確な程に分かっていた。ただ、見た目が同じという事もあり、素直に好きにはなれなかったが。
「確かに、今のナデュウは前のナデュウよりは、よっぽどマシね。どうせなら、見た目も変わればいいのにね」
「シエル、アラの前でそういう事は、あまり言ってあげないで下さい。これでも、アラは先代のナデュウをえらく気に入ってましたから」
ナデュウにそう言われても、アラは表情一つ崩す事なく、ただただ黙って立っている。
「アラも、初代の頃の古参メンバーの一人です。初代に不老不死の能力を掛けられ、その当時からずっとナデュウの側に就ていました。ですので、見た目が同じという事もあり、思入れがあるのでしょう。そうですよね、アラ?」
「その通りですね。ですが、初代の頃から代々見てきましたが、私には全部が別人の様に見えます。性格が全然違いますからね。今のナデュウ様の様に温厚な性格もあれば、残酷な性格を持ったナデュウ様も居ましたから。一つ前の先代は、特に私に良くしてくれました。それまではただの付き人という感覚でしたが、先代だけは私と家族の様に接してくれました。ですので、先代が亡くなった時は今までより特に辛かったですね……」
シエルからの視点で見れば、十五年前の出来事は悲しい結末だ。だが、アラの視点から見ても悲しい結末には変わりなかった。
あの日、シエルとジンが素直にユニをナデュウの側に置いていれば、二十代目ナデュウは死なずに済んだかも知れない。だが、そうなればシエルとジンが辛い思いをしていたであろう。
結果として、双方が辛い思いをする事になったが、双方の視点を考えれば、どちらも責める事は出来ないであろう。
その事もあり十五年間もの間、シエルとアラの関係は微妙な距離感だった。憎むにも憎めず、責めるにも責められず、お互いが無意識のうちに距離を置いていた。
「結果として、こんな世界だから悲しみが生まれるのよね……楽しい事や嬉しい事があれば、その分悲しい事や辛い事がある……そんな概念なんか、無くなればいいのにね……」
「でもね、お母さん。そう考えてしまえば、そこで終わってしまうよ? 悲しい事や辛い事を乗り越えるからこそ、楽しい事や嬉しい事がある。そう考えればいいと思うの」
「ユニに会ったら聞きたい事があったの。今の人生は楽しい?」
シエルからの問いに、ユニは優しく微笑んで口を開いた。
「楽しいよ。モニカやジュリアは面白くて、一緒に居るだけで楽しくて、私の事を大切に思ってくれて……だから私も、二人は大切な存在になった。先輩達も、副都の後輩ってだけの私に、優しくしてくれて、騎士としての在り方を教えてくれて、憧れの存在になっていった……」
「確かに、その服装は副都の騎士服……ユニも副都に通ったのね。教官は誰なの?」
「私の教官はステファさんだよ。たまにオルドさんも来るけど」
ユニから懐かしい名を聞いて、シエルは副都に通っていた頃の記憶が一気に蘇っていた。
「そう……ステファさんが……トワさん達は何してるの?」
「トワさん……?」
ユニが聞き覚えのない名前に首を傾げる。トワは既に第三次世界聖杯戦争の際に姿を消している。当然、ユニが知る筈もなかった。
「カジュスティン家のトワさんよ。副都に通ってるなら、知ってる筈だけど……」
「カジュスティン家は二年前に滅亡したよ……?」
ユニからの言葉に、シエルは目を見開いて言葉を失った。この十五年間、ナデュウが幼かった事もあり、王都からの情報は一切シエルには入っていなかった。
当然、二年前のカジュスティン家滅亡の事件など知る由もない。
「じゃあ……トワさんだけじゃなくて、アリサさんやニワさんも……」
「私はその人達の事は、詳しくは知らないけど、王都に居るお母さんからはそう聞いたの。一人残らず滅亡したって……」
「そんな……」
「でもね!! 一人生き残った人は居たの。エレナさんって言うんだけど、私の一個上の人で先輩の……友達? 彼女? かは分からないけど、すっごく綺麗な人だった!!」
エレナが生き残っていたと聞かされても、シエルはエレナの存在は知らない。何より、母の様に慕っていたアリサが死んでしまったという事で、ショックが隠せない。
「国王様は……国王様は滅亡の時は……」
「お母さんの言ってる国王様って、さっき話で出てきたルイスって人? 確か、二年前の国王様はカジュスティン家の人だった筈だよ。滅亡の事件があってからは、エイブリー家の人が国王様になったけど……」
「そう……私が居ない間に、王都は随分と変わったのね……」
時代の流れというのは、あまりに恐ろしかった。十五年の間で、シエルの生きた王都は無くなり、また新たな時代へと変わっていく。
「エイブリー家が国王になったって事は、ウォルグさんが今の王都の国王?」
「うん、確かそんな名前だった!!」
「一番、国王には向いてるかもね。ジュディさんは適当だし、シルヴァさんは何考えてるか分からないし。あ、あの人達は何してるの?」
「あの人達?」
「アツトさんとヨウジさんの二人よ」
その名前に、ユニは聞き覚えが無かった。ヨウジの方はステファから聞いた事はあるが、アツトに関しては初耳だ。
「ちょっとその二人は分からない……会った事無いから」
「そう……もしかしたら、トワさんと一緒に……もう、私の大好きだったメンバーは、殆ど居ないのね……」
シエルの悲しそうな表情を見て、ユニも心が苦しくなった。モニカとジュリアも、自分がヴァルディアへ行って、シエルと同じ表情をしているかもと考えるだけで胸が苦しかった。
「そういえば、ユニの口から度々出て来る、先輩って誰の事?」
「あ、先輩は私の一個上の人で、副都の一期上の先輩なの。名前はタクトって言って、面白くて優しくて強い人。最初はパッとしない人だなって思ってたけど、今では尊敬してる」
「へぇ、ユニにもそういう存在の人が居るのね。是非、会ってみたいわね」
「ナデュウちゃんの体調が良くなったら、会いに行こう!! それはいいよね、ナデュウちゃん」
「えぇ、構いませんよ。私はユニをここで監禁するつもりは一切ありませんので。ただ、その時は私達の事とヴァルディアの事だけは一切他言無用でお願いしますね?」
それからも楽しげな会話が続き、シエルも娘との幸せな時間を噛み締めていた。ナデュウも、ユニという初めての友達が出来て嬉しそうにしているのを、アラは優しく見守っていた。
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その頃、卓斗達は漸くエルヴァスタ皇帝国へと到着していた。ナデュウとヴァルディアの情報を聞くべく、エルザヴェートに会いに来たのだ。
だが、思っていたより時間が掛かり、時刻は夜を迎えて月が空に上がっていた。
「まだマッドフッド国に居んのかな。帰って来てたらいいけど」
現在もマッドフッド国では復興作業が続けられている。同盟国である六大国からも応援が駆け付け、王都からは聖騎士団第三部隊と第四部隊のディオスとミラが応援に行っていた。
エルヴァスタ皇帝国の正門へ着くと、門番兵が二人立っている。『大罪騎士団』がマッドフッド国を襲撃した事もあり、エルヴァスタ皇帝国でも警備が強化され、沢山の騎士が辺りに配置されていた。
「ここに来るのも久しぶりね」
エレナは正門から見えるエルヴァスタ皇帝国の古城を眺めて、思い出に浸っていた。
それは、卓斗達が副都に通い初めて三ヶ月が経った頃だ。フィオラの秘宝を探すべく、エルヴァスタ皇帝国へと赴き、そこで初めてエルザヴェートと会った。
「まぁ、エレナとセラと三葉は久しぶりだろうな。俺は昨日の夜に来たばっかだけどな」
卓斗は六大国協定会談に参加するべく、アスナ達と共に来ていた。とはいえ、昨日にエルヴァスタ皇帝国を訪れ、その後マッドフッド国に行き、一度王都へ戻ってまたエルヴァスタ皇帝国を訪れ、その移動距離は半端の無いものだった。
その為か、卓斗の疲労は溜まりに溜まっていた。
「ふぁ〜〜……」
「大きな口を開けて、みっともないわよ」
欠伸をした卓斗に、セラがそう言葉にする。昨夜は六大国協定会談と深夜から早朝に掛けてのマッドフッド国で『大罪騎士団』との攻防戦、そのまま王都に戻って今回の任務と、一睡もしていない卓斗は睡魔に襲われていた。
「しゃあねぇだろ……昨日から一睡もしてねぇんだぞ……でも、寝てる場合じゃねぇからな……ふぁ〜〜……」
「無理はいけませんよ? 確かに、最近は色んな事が起こり過ぎていますが、タクトさん一人が背負う事はありませんから」
「ありがとな、アカサキさん。でも、無理はしてねぇから大丈夫!!」
卓斗達がそんな会話をしている間に、ステファが門番兵と話を済ませ、一行はエルザヴェートの居る王室へと向かった。
王邸に着くと、その入り口にも門番兵が二人立っている。夜にも関わらず、騎士達が慌ただしく警備を行うのを見て、何故か卓斗達にも緊張感が伝わって来ていた。それを見ていたセラも、エルザヴェートの対応の早さに感心している。
「万全な警備ね」
「ま、『大罪騎士団』が大国を襲ったとなれば、当然な結果よね。王都も慌ただしくなって来てるし、世界中が『大罪騎士団』への警戒を始めるのも、おかしくないわよね」
エレナの言う通り、『大罪騎士団』によるマッドフッド国襲撃の報告を受け、世界中で『大罪騎士団』への警戒を強め始めていた。
何より世界中を驚かせたのは、マッドフッド国の被害状況だ。国王女の不在や深夜に襲撃されたとは言え、その被害は甚大なものだった。
マッドフッド国としても、犠牲者の数や、国の半分が全壊した事は建国史上最悪とも呼べる程だった。
歴史上最大の戦争となった第三次世界聖杯戦争の時よりも、遥かに被害は大きかった。
それを成した『大罪騎士団』という組織は、一気に世界中に名を広げ、警戒される事になったのだ。
古城の中へと入り、エルザヴェートの居る王室を目指す。古城の中にも騎士達が配備され、警戒力の強さを物語っていた。
「エルザヴェートさーん、入るぞ」
王室の扉を開けて部屋に入ると、エルザヴェートが椅子に腰掛けて資料を読んでいた。
はたから見れば十歳の女の子が絵本を読んでいる様にも見えるが、エルザヴェートが読んでいるのは歴史書だ。
「おぉ、タクトではないか。そんな大勢引き連れて、どうかしたのかのぅ? 今日の朝マッドフッド国から急いで帰ってったと思ったら、忙しい奴じゃのぅ」
「タイミング悪りぃ事にさ、俺らの方でも問題が起きてさ。次から次へと試練が立ち塞がるんだよなぁ……」
「確かにのぅ、ここ最近は出来事が多過ぎるのぅ。ここまで短期間で出来事が起こるんは珍しいかの。して、其方等がここに来た目的はなんじゃ? 妾も忙しいんだがの」
「あー、聞きたい事があって来たんだけど……エルザヴェートさん、獣人種族について詳しく知ってたよな?」
卓斗の口から獣人種族という言葉が出て来て、エルザヴェートは読んでいた歴史書を閉じると、視線を卓斗に向ける。
「何故、獣人種族に興味を?」
「いやさ……ユニが獣人種族ってのに連れてかれたんだよ。俺らはユニを救出しに、そいつらのアジトに行きたんだ」
「ユニ……今朝のあの少女かの。成る程の……悪い事は言わん、救出するのは諦めた方がいいかのぅ」
エルザヴェートからの返事に、卓斗達は動揺した。まさかの返答に驚きが隠せなかった。
「は……? なんで?」
「獣人種族とは関わらん方が身の為じゃからじゃ。奴らは『大罪騎士団』の奴らと同格と思ってもいい程の実力者達じゃ。仮にもし、ナデュウが生きておるとしたら、余計に関わらん方がええかの」
「じゃあ、ユニを見捨てろって言うのか……?」
「心配せずとも、ユニとやらは殺される事はないじゃろうな」
「どうして言い切れるのですか?」
アカサキからの問いに、エルザヴェートはアカサキへ視線を移すと、
「妾がユニを見た時、彼奴も獣人種族じゃった。獣人種族に連れ去られたのなら、向こうからしてみれば仲間を取り戻したという事じゃ。下手に関われば、それこそユニの身が危ぶまれるだけかの。それに、ナデュウが生きておるとすれば、其方等では到底相手に出来ん」
「そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
そう言われ、再び卓斗の方へと視線を戻すエルザヴェート。頑固な卓斗を前に、エルザヴェートは深くため息を吐き、
「はぁ……妾は何度もナデュウと戦った事があるから知っておるのじゃ。彼奴は、フィオラと同等……もしくは、それ以上じゃ」
その言葉に、思わず卓斗は言葉を失った。フィオラの実力は今朝見たばかりだ。マッドフッド国での『大罪騎士団』との攻防戦で、フィオラは実体化し、ハル達を圧倒した。
それでも、完全な力ではないと卓斗は感じていた。それだけに、フィオラの完全な力と同等か、もしくはそれ以上となると、ナデュウの強さは計り知れない。
「マジかよ……」
卓斗達の中で、フィオラの戦闘を見た事があるのは卓斗だけだ。それでも未完全な力だが。
「あんた、そのフィオラって人の強さ知ってるの?」
「知ってるも何も、めちゃくちゃ強ぇよ。『大罪騎士団』が歯が立たねぇ程だ」
その説明は、他のメンバーには効果抜群だった。『大罪騎士団』と会った事のあるメンバーばかりで、その強さも十分に知っている。
「成る程……それは厄介ですね……」
『鬼神』の肩書きで名を轟かせるアカサキですらも、ナデュウの強さを想像し、背筋を凍らせた。
エルザヴェートとの会話は、今回の任務が一筋縄ではいかないと、全員が思い知らされた瞬間でもあった。