第114話 『母親』
ユニの奪還任務の為に、副都へと向かっていた卓斗達。七星とのいざこざなどがありながらも、漸く副都へと到着していた。
「やけに静かだな……」
副都の静けさに異変を感じた卓斗は、辺りを見渡しながら廊下を歩く。そして、教室に到着し扉を開けると、
「――あっ!! 師匠!!」
「うおっ!?」
突然卓斗の胸に飛びついて来たのはモニカだ。ユニを連れ去ったマヘスに眠らされ、モニカとジュリアはオッジとサーラに副都へと運んで貰っていた。
「モニカ、いきなりどうしたんだよ」
「師匠……!! ユニが連れ去られてしまった!! 私が付いていながら、不覚だった……」
「話は聞いた。ユニを連れてった奴は、どんな奴だった?」
「私とジュリアは会った事の無い人物だった。勿論、ユニも会った記憶は無いと言っていた。向こうはユニを知っていた感じだったけど」
モニカの話を聞いたアカサキは、席に腰掛けると徐に口を開いた。
「ユニさんは知らなくて、相手はユニさんを知っている……そうなると、相手はユニさんと何らかの関係があるか、ユニさんが特別な何かを持っているか……ですね。どちらにせよ、連れ去った事に変わりはありませんが」
「仮に連れ去った奴が、『大罪騎士団』の連中だったとしたら、ユニとの関係が分からねぇ。『大罪騎士団』の中にユニの知り合いは居なさそうだったしな。モニカ、ステファさん達はどこに居る?」
未だに卓斗に抱き着いたままのモニカの頭を、卓斗は優しく撫でながら、そう質問する。
「ステファは聖騎士団の第二部隊の人達とユニを追い掛けた。私達が見知らぬ人に出会った所に居るはず。でも、あれから何時間か経過してるから、今はどうなってるか……」
「まだ戦闘中か、追い掛けてその場から離れてるか……だな。モニカ、そこに案内してくれるか?」
「了解した」
卓斗達はステファ達の元へと向かうべく、モニカの案内でキュリオ高原へと向かった。
*************************
――キュリオ高原では、アマルの攻撃によって致命傷を負ったステファ達が倒れ込んでいた。
イルビナが治癒魔法を掛けているものの、同時には二人にしか掛ける事が出来ず、時間が掛かっていた。
「はひぃ……時間が掛かりますね……」
イルビナが治癒魔法を掛けているのは繭歌と蓮だ。二人に意識はあるが、アマルの攻撃と、蓮が使った実験用カプセルの代償は大きかった。
「副隊長……焦らなく……ても、いいから……」
「マユカさんとレンさんの治癒が終わったら、直ぐに隊長とステファさんの治癒もしますから!! もう少し待って下さい!!」
イルビナに治癒魔法を掛けられている繭歌の隣で、同じく治癒魔法を掛けられている蓮が、徐に口を開いた。
「ごめんね、楠本さん……所詮は、実験用だった……って、事だったね……」
「謝る事ないよ……神谷くんの、攻撃で相殺して……なかったら、僕達……生きていたか、分からないから……助かった、って言ってもいいかな……」
「この薬の代償は……大きい事が、分かった……体が、全然動かない……これは、改良が……必要かな……」
ユニを連れ去られ、アマル一人に大敗した事に、全員は悔しさを感じていた。
それと同時に、獣人種族の脅威というのも見せつけられた。獣人種族の獣人化は、『大罪騎士団』の特異な能力をも上回るかも知れないと感じさせる程だった。
「獣人種族……ユニが連れ去られた以上、放っておく事は出来んな」
「『大罪騎士団』といい、獣人種族といい、これは三つ巴の戦争が起きるかも知れねぇぞ。ステファさん、ユニの嬢ちゃんはどうする?」
「奴らのアジトを探し出して、必ずユニを助け出す。オッジとサーラが呼んで来る援軍と一緒に、奴らを追うぞ」
「追うって言っても、どこに向かったのか知ってるのか?」
「いや、分からない。私は獣人種族については、あまり詳しくないからな」
ステファ達にとって、ユニの捜索は難航するのは目に見えていた。獣人種族の住まう国ヴァルディアを知る者は獣人種族以外に居ない。
エリオ砂漠に辿り着いたとしても、仕掛けがある以上、ヴァルディアに近付く事は困難だ。
「兎に角、援軍が来るのを待つか」
*************************
副都からキュリオ高原へと向かう卓斗達は、キュリオ大森林を走っていた。
先頭をアカサキとセラが走り、真ん中にモニカ、ジュリア、エレナ、三葉が走り、後方に卓斗が走るという陣形だった。
七星は卓斗よりも後ろでその後を走っていた。卓斗と七星は、先程の喧嘩の時から口を聞いていない。
重苦しい空気が漂い、モニカとジュリアもそれを察知したのか、キュリオ高原へ向かう道中は誰も喋らなかった。だが、その沈黙を破ったのはエレナだ。
「一つ思ったんだけど、ユニを連れ去ったのが『大罪騎士団』だとしたら、その目的はなんなの? あいつらの目的は世界の終焉でしょ? ユニとどう関係があるのよ」
「さぁな。俺にもそれは分からねぇ。でも、マッドフッド国での戦いん時、ハルはユニの事を獣人種族だって言ってた。それが関係してるんだったら、ナデュウが関係してる可能性もある。ハルはナデュウの事を知ってるみたいだし、ユニを殺すって言ってたからな」
「ナデュウ……獣人種族の祖であり、魔獣の頂点に立つ者。ですが、ナデュウは五十年前に死んだと聞かされましたが……生きていた、という事ですか……」
ナデュウの話に興味を持ったのはアカサキだ。ナデュウが五十年前の第二次世界聖杯戦争で死んだという事は、知る者の中では有名な話。
歴史書の中にも、獣人種族はその時に滅亡したと記されている事が多い程だ。
「一つの可能性って事だな。ナデュウって奴が本当に生きてるんだとしたら、獣人種族であるユニを連れ去る理由も一理あるし、ハルが何らかの関係で獣人種族を完全に滅亡させたくて、ユニを狙ったってのも一理あるしな。でも、そうなるとハルが何で獣人種族を滅亡させたいのかが分からねぇな……時代で言っても、ナデュウとは会った事無い筈だけど」
すると、卓斗とアカサキの会話に、セラも割って入って来る。
「ナデュウが生きていたとしたら、ハルって人は今の時代でも会える可能性はある。これは、あくまでも私の憶測だけれど、ハルって人はナデュウを仲間にしようとした。でも、それを断られて殺そうとしている……」
「考え過ぎだろ。あいつに理由なんかねぇよ、きっと。自分の邪魔をする奴は、誰であろうと殺す……そんな腐った考えを持ってんだからよ」
そう言った卓斗の脳裏には、ハルの言葉が過っていた。それは、卓斗がハルの恋人である清水若菜でさえも殺せるのか、と聞いた時の言葉だ。
『――あぁ、容赦無く殺すな』
ハルからその言葉を聞いた時、卓斗は怒りで自分を見失い掛けた。卓斗には理解の出来ない言葉だったからだ。
それ程に、ハルは残虐で冷徹な男だと卓斗は思い込んでいる。例え、若菜の恋人だとしても。
「なら、早くしないとユニが危ないわよ」
「あぁ、急ぐぞ!!」
――キュリオ大森林を駆け抜け、森を抜けるとキュリオ高原へと出る。普段なら、一面に芝生が生えていて、風に靡かれて緑色の海の様な光景を見れるのだが、今はアマルの攻撃により、辺り一帯は焼け野原となっていた。
「なんだよ……これ……」
卓斗達は焼け野原を見て、激しい戦闘があったと直ぐに察知した。すると、焼け野原の真ん中で座り込むステファ達が視界に映る。
「繭歌!! って、蓮も居たのか!?」
繭歌達の元へと駆け寄った卓斗は、蓮の姿を見て驚いた。シルヴァルト帝国に住む事にした蓮が、まさか居るとは思ってもいなかったからだ。
「援軍って越智くん達の事だったんだ」
「僕も、ユニさんにちょっと用があってね。話を聞きたくて来たんだけど、こうなってしまったから……」
「話? 蓮がユニに聞きたい事ってなんだ?」
「ナデュウの居場所だよ」
蓮の口からもナデュウという言葉が出て、世間の狭さに驚いた。
「蓮、ナデュウの事知ってんのか?」
「会った事は無いよ。ただ、歴史書は良く読んだからね。シルヴァルト帝国はナデュウの行方を捜索してるんだ」
すると、イルビナからの治癒を終えたステファが立ち上がり、卓斗達の元に歩み寄る。
「来てくれてすまない。知ってるとは思うが、ユニが連れ去られた」
「あぁ、聞いた。連れ去った奴ってのは、『大罪騎士団』の連中なのか?」
「『大罪騎士団』……確かに、良く聞く組織の名だが、私は実際にメンバーには会った事が無いからな。ユニを連れ去った奴が『大罪騎士団』かどうかは分からん。だが、連れ去った奴は獣人種族だった」
ユニを連れ去った人物が獣人種族となると、卓斗の中で答えは導かれる。
「となると、敵は『大罪騎士団』じゃねぇのか……」
「タクトさん、どうして断言出来るんですか?」
「多分、俺はアカサキさんより『大罪騎士団』の事は詳しい筈。この中で、メンバー全員と会った事があるのは、俺だけだろうからな。『大罪騎士団』のメンバーの中に、獣人種族は居なかった」
卓斗は以前、『大罪騎士団』のメンバー全員と一度に会している。それに、ハルがユニを殺すと言っているとなると、獣人種族を嫌っているとも考えれる。そうなれば、『大罪騎士団』のメンバーの中に、獣人種族は居ないと予測出来る。
「タクトさんは、まるで物語の中心に居る様な方ですね。きっと、この世界は貴方によって救われますね」
「俺一人じゃ絶対に無理だ。今後も、アカサキさんの手を借りる事になる……今回の任務も、頼らせて貰ってるしな」
「アカサキさんに頼ってる様では、女々男は成長していないという事ね」
セラからの唐突の言葉は、卓斗の胸に痛い程刺さった。実際、世界を終焉から救う事をフィオラから頼まれていると言えど、卓斗より強い人物は沢山居る。
アカサキもそうだが、聖騎士団の総隊長であるグレコ・ダンドールやエルヴァスタ皇帝国の皇帝陛下であるエルザヴェート・エルヴァスタは、卓斗より遥かに強い。
卓斗の強さとは、そう言った人物達を味方に付けれる所にある。
「いやいや……頼るだろ普通。アカサキさんって俺より遥かに強いから、百人力なんだって。『大罪騎士団』は俺一人じゃ絶対に相手出来ねぇからな……」
「そんな事より、今回のユニを連れ去ったのが獣人種族なのが分かったのはいいけど、アジトがどこにあるのかは分かるってるの?」
話が逸れていくのを、エレナが戻す。丁度、治癒を終えたジョンも立ち上がり、ここから卓斗達の任務が本格的にスタートする。
「ヴァルディア……そこが、獣人種族の集う国です。ですが、五十年前に滅亡して、国も滅びています。ですから、手掛かりは無いに等しいですね」
そう話したのはアカサキだ。この場でヴァルディアの存在を知っていたのはアカサキを除いて、イルビナだけだった。
「なんだアカサキ。えらく、獣人種族について詳しいな」
「いち聖騎士団の一員として、歴史を知っておくのは当たり前の事ですよ、ステファさん。ただ、歴史書には五十年前の滅亡の日より記載が無いので、今はどうなっているのかまでは……」
「なら、そのヴァルディアって所が分かればいいんだな」
「えぇ、昔にあった場所はエルヴァスタ皇帝国の近くと書いてあったので、エルヴァスタ皇帝国へ行けば、何か分かるかも知れません」
最古の国エルヴァスタ皇帝国。どの国よりも歴史が古く、そしてその場所には、誰よりも歴史を知る最古の人間が居る。
「エルザヴェートさんに聞けば、何か分かるな。よし、エルヴァスタ皇帝国へ行こう!!」
卓斗達はステファ達と合同でエルヴァスタ皇帝国へと向かう。
*************************
「――ユニ!! 会いたかった……!!」
ヴァルディアの古城の地下にある隔離室で、ユニは産みの母親と再会を果たしていた。
だが、ユニは生まれて間も無くヴァルディアを離れた為、産みの母親の記憶は一切ない。
「あの……」
「ごめんなさい……今の貴方からしてみれば、私は見知らぬおばさんよね……でも、私からしてみれば、ユニは大切な娘なの。会えて本当に嬉しいわ……」
ユニの産みの母親である、シエル・レアコンティはユニを強く抱きしめたまま目に涙を浮かべて、最愛の娘との再会を噛み締めている。
「本当に……私のお母さんですか……?」
「えぇ、信じれないかもしれないけど、私は貴方を産んだのよ。でも、貴方をここで育てる訳にはいかなかった……ナデュウの側にいては危険過ぎる……」
ユニから少し離れたシエルはそう話すと、チラッとナデュウの方を見やる。ナデュウは、笑顔を見せたままユニとシエルの再会を見守っていた。
「危険って……ナデュウちゃんはそんな……」
「分かってるわよ、ユニ。今のナデュウでは無く、一つ前のナデュウの事」
今目の前に居るナデュウは、二十一代目ナデュウであり、シエルが言っているナデュウは一つ前の代の二十代目ナデュウの事だ。
ナデュウは千三百年前に生まれた初代から、死ぬ度に代替わりをしている。受け継がれるのは、容姿と記憶、そしてナデュウという名だ。性格や声、体質などは受け継がれない。
「一つ前のナデュウ……」
「私の一つ前のナデュウは、ユールの力『一角獣』を持つ者が側に居ない事で、体は衰弱していました。その上、元からの体が弱い事もあって、衰弱のスピードはどの代よりも早かったんです。そんな時に、生まれたのがユニです。しかも、ユールの力『一角獣』を宿して」
ナデュウからの説明に、ユニは聞き入っていた。何故、自分が生まれて間も無く、ヴァルディアを離れて王都に居たのか。それは、どうしても知りたい所だった。
「生きる源となる、『一角獣』を宿した者が生まれたとなれば、先代は側にユニを置きたいのは、至極当たり前な事です。でも、それをシエルが拒んだんです」
「どうして、拒んだんですか?」
「私は、ユニをお腹に身篭った時から、そう決めてたの。貴方には、獣人種族という縛りで生きるより、自由に生きて欲しかったから……貴方の本当のお父さんも、私の意見には賛成してくれた。でも、ナデュウはそれを許さなかった……どんな手を使ってでも、私からユニを奪い取る……そんな感じだったの。だから、私はこの国から出て行く事に決めた」
「あの時は大変そうでしたね」
「今のナデュウを見てると、嫌でも思い出すわね。中身が違うと言えど、見た目は一緒なんだから」
シエルはナデュウを見て、嫌悪感を抱いた様な目をした。ナデュウからしてみれば、とんだとばっちりだ。
これも、代替わりの代償の一つとなっていた。十五歳のナデュウだとしても、五十年前の第二次世界聖杯戦争を引き起こした人物として扱われる。その要因は容姿も受け継がれる所にあった。
そして、今のナデュウがそれを強く否定出来ないのも、記憶を受け継いでいるからだ。その時代に生きていなくても、その時代のナデュウが見た物、触った物、食べた物、飲んだ物、行った事は全て記憶として受け継がれる。まるで、今の自分がそうしていたと思わせる程鮮明に。
「あの……お、お母さん……」
すると、ユニがモジモジしながらシエルの事をお母さんと呼ぶと、シエルは驚いた顔をして、視線をユニに移す。
「ユニ?」
「私を産んでくれたのが、お母さんなら……私は、その……お母さんって呼びたい……育ててくれたお母さんも、お母さんだけど……」
産んで間も無くに手放した愛娘に、そう言われたシエルは再び涙を目に浮かべた。
ユニからの言葉は、シエルにとっては予想外な言葉だった。恨まれたり、関わりたくないと思わられたりしても、仕方がないと思っていたからだ。
「お母さんって呼んでくれて、ありがとう……こんな日が来るなんて……夢みたい……」
「じゃあ……お母さん……私が産まれた時の事、もっと詳しく知りたい」
「いいわよ。話は、ユニが産まれる少し前に遡るわ」
――話は今より、十八年前に遡る。