第113話 『ナデュウとユニ』
金髪お下げ髪のツインテール少女が、獣人種族のリーダーであり、ヴァルディアの王である、ナデュウだった。
ユニの想像とは全く違って、幼くて可愛らしい女の子だった。その為か、ユニにナデュウに対しての警戒心は全く無かった。
「では、二人きりになりましたので、お話でもしましょうか? 聞きたい事に答えますね」
ナデュウはそう言うと、部屋の奥の方へと歩き出し、横に長いソファの様な椅子に腰掛け、隣の場所を手でポンポンと叩き、ユニを誘う。
「え、あ、はい!!」
ユニも小走りでナデュウの元に駆け寄り、隣に腰掛けた。いざ、質問していいと言われると、何から聞けばいいのか分からず、戸惑っていると、
「緊張してますか?」
「え? あ、いや、緊張はしてないですけど……ナデュウさんが、こんなに若くて驚いてて……不老不死って聞いてたから、てっきり……」
「ウフフフ……そうですね。確かに、不老不死と聞けば、悍ましい老人を想像しますよね。でも、私の不老不死は完全な不老不死じゃ無いんです」
ナデュウがそう言うと、ユニはナデュウの方へと視線を向けて、首を傾げた。
「完全じゃない?」
「はい。ちゃんと体も歳を取りますし、寿命もあります」
「じゃあ、何で不老不死なんですか?」
「ナデュウという人物は死にません。ナデュウが生まれ、ナデュウが死ねば、再びナデュウは生まれる。それの繰り返しです」
理解出来ていない表情をしているユニを見て、ナデュウが優しく微笑むと、
「簡単に説明しますと、一番最初に生まれたナデュウから、死ぬ度に代替わりしている、という事です。受け継ぐのは、ナデュウという名、記憶、容姿、唯一受け継がないのは声や体質と言った所でしょうか」
「え、じゃあ、今のナデュウさんは……」
「二十一代目ナデュウ、と言った所です。新たに生まれるナデュウは、それまで生きてきたナデュウ全ての代の記憶を持って生まれるんです。ですから、今の私は十五歳ですけど、千三百年前の初代ナデュウからの記憶も持ち、容姿も同じ……これが、不老不死の所以です」
「十五歳!?」
ユニが何より驚いたのは、ナデュウが自分と同い年だった事だ。歳下の容姿のナデュウが同じ歳だと、胸が痛くなった。
「えぇ、ユニと同じ歳ですよ?」
「見えない……私が老けてるって事……?」
「そんなに落ち込まないで下さい。見た目はユニと同じ十五歳ですけど、私の記憶は千三百年分ありますから、精神年齢は千三百歳の様なものです」
言われてみれば、ナデュウの幼い見た目からは想像も出来ない程に、ナデュウは大人びていた。
「ゲホッ……ゴホッ……」
「大丈夫ですか? そう言えば、マヘスさん達にナデュウさんが衰弱してるって聞きましたけど……」
「大丈夫です。確かに、私の体は衰えていますね。でも、ユニが来てくれましたから、これで元気百倍です」
そう言うと、ナデュウは笑顔を見せた。こうして見ていると、体が衰弱しているなどと、誰も気が付かないであろう。
「あの、私の獣人の力って……」
「ユニの獣人としての力は、初代ナデュウの娘であるユールの力を受け継いだもの。それは、他の獣人の生命力、戦闘力を上げるものです。初代ナデュウは獣人種族の繁栄と戦力の強化を目的に、娘であるユールに『一角獣』の力を与えた。『一角獣』の力は、先程も言いました様に、他の獣人の生命力、戦闘力を上げるもので、ユールの『一角獣』の力を受け継いだ者を、ヴァルディアの王妃として扱う様になったんです。ユニは、生まれて間も無くヴァルディアを離れた為、『一角獣』の力は不完全なまま。ここで暮らせば、その力を開花させれるでしょう」
「開花しないと、ナデュウさんを救える事は出来ないんですか?」
「いいえ、開花せずとも、側に居てくれるだけで私の生命力は上がっています。確かに、ここ最近の先代は『一角獣』の力を持つ者が側に居ない事で、体が衰弱し若くして死ぬ事が多かったですけどね。一つ前の二十代目ナデュウは二十一歳で亡くなりましたし」
その言葉を聞いて、ユニはどこか切なく感じていた。代替わりで記憶は残るものの、その時のナデュウは二度と生まれてこない。
今目の前で話しているナデュウも、死んで次のナデュウに生まれ変われば、自分とこうして話している記憶を持っていながら、性格や声が違うと思うと、胸が締め付けられる程に切なかった。
「自らには、代替わりとでしか不老不死になれないですけど、他者には不老の力を与える事は出来ます。望むなら、ユニにも不老の力を与えますよ?」
それは、魅力のある話だった。不老の力を与えられれば、歳負う事は無い。言わば、永遠の美を手に入れる事が出来る。だが、
「ううん、私は大丈夫です。人って、その時その時に出会った人達と、人生っていう道のりを歩いて、生涯を終える事に意味があると思うんです。例え、私が不老の力を与えてもらったとしても、私の大好きな人達と、ずっと道のりを歩く事は出来ない……そこまでして、私は不老の力を手に入れたくはないです。人生をちゃんと刻みたいですから」
「そうですか、良い事を言いますね、ユニ。その言葉をエルザヴェートにも聞かせてあげたいですね」
「エルザヴェートさんって確か……」
「エルヴァスタ皇帝国の皇帝陛下です。初代ナデュウから、不老の力を与えられ、永遠の命を手にした人物。まぁ、私は記憶が残ってるので知っているだけで、今の私はエルザヴェートに会った事は無いですけどね。これが、代替わりの特徴なんですよ。会った事も話した事も無い人と、出会った記憶、話した記憶もありますから、変な気分です……」
そう言って複雑そうに笑顔を見せるナデュウ。そんなナデュウの横顔を見ていると、ユニは同情のつもりは無いが、ナデュウが可哀想にも思えて来た。
ナデュウとしての運命や宿命が、今のナデュウにとっては生き難いのではないかと。
「ナデュウさんは、ナデュウとしての宿命はどう思ってるんですか?」
「ナデュウとしての宿命ですか……そうですね、悪いとは思っていないですよ? ただ、生まれてからずっとヴァルディアに居るので、外の世界を生で見てみたいです。記憶には残っているんですけどね……それも、私が見たり触ったり、食べたりしている記憶では無いので……」
「じゃあ……!! 元気になったら、一緒に外に行こうよ!! 美しい景色を一緒に見て、美味しい食べ物を一緒に食べて、普通の女の子をやってみようよ!! あ……!! す、すみません……つい……」
突然立ち上がって熱くなったユニを見て、ナデュウは目を見開いて見つめている。そんなユニは、いきなり熱くなってしまった失態と恥ずかしさからか、顔を赤く染めてあたふたしている。
「ウフフフ……ユニは、優しいんですね」
ナデュウは、そんなユニを見て笑顔を見せた。その事が、ユニには嬉しく感じていた。
先程の様に、儚くも寂しい笑顔とは違って、本心からの楽しく嬉しい笑顔を見て、その笑顔をもっと見たいと思った。
「ナデュウさん!! 私達、友達になりませんか?」
「友達……?」
「はい、友達です!! 一緒にご飯を食べたり、遊んだり、時には一緒にお泊まりしたり、たまには本音をぶつけ合って喧嘩しちゃう時もあるけど、仲直りして更に仲良くなったり、友達の存在って自分にとって大きな存在になるんです!! だから、私と友達になりませんか……?」
それは、ユニの本心だった。ナデュウに会うまでは、怖い人だと想像していた。だが、実際に会ってみると、自分と同い年で可愛げもあり、どこか放って置けなく感じていた。
余計なお世話かも知れない。傲慢な押し付けかも知れない。それでも、ユニはナデュウと友達になりたかったのだ。
「ウフフフ!! 友達……ですね。分かりました。私とユニは友達です」
「本当!? じゃあ……ナデュウちゃん……って呼んでも良いですか?」
「どうぞ、お好きに呼んで下さい」
二人の微笑ましい会話は、沈黙の流れるヴァルディアに響いていた。マヘス達にも、その会話は聞こえているが、全員が聞こえていないフリをしている。
「じゃあ、ナデュウちゃん。最後に聞きたい事があるんですけど……」
「何でしょうか?」
「ここに、私のお母さん……が、居るって……」
ユニの最後の質問とは、ヴァルディアに居る生みの親の事だ。最後まで信じる事の出来なかった事。
王都に居る両親が、自分の本当の親なんだと今でも信じている。それでも、生みの親が居るのであれば、会ってみたいと思っていた。
「やはり、気になりますよね」
ナデュウはそう言って間を空けると、扉に向かって口を開いた。
「アラ、そこに居るんでしょう?」
「――はい」
ナデュウがそう言うと、扉が開いて一人の男性が入って来る。白色の髪色で無造作なミディアムヘア。赤色の瞳をしていて、スラッとしたスタイルの細身。黒色の執事が来ている様な燕尾服を来ている。目は細く、常にぶっきら棒な表情をしている。
「お呼びでしょうか、ナデュウ様」
「アラ、ユニを隔離室に連れて行きますよ」
「分かりました。では、ユニ王妃、私に付いて来て下さい」
そう言うとアラは、何処かへと歩き出す。その後をナデュウとユニも付いて行く。だが、ユニは隔離室という言葉に不安を募らせた。
「そんなに不安そうな顔をしないで下さい、ユニ。隔離室と言っても、ユニが想像する様な場所ではないですよ?」
「そうなんですか……?」
ナデュウ達は螺旋階段を降りて行き、そのまま地下へと降りて行く。地下は薄暗く、廊下の所々に蝋燭が立ててあるだけで、異様な雰囲気を醸し出していた。
「本当に……大丈夫……ですか?」
「心配しなくても良いですよ」
薄暗い廊下を最奥まで歩くと、大きな扉があって行き止まりになっていた。アラがその扉を叩くと、中から女性の声が聞こえてくる。
「入りますよ」
「――えぇ、どうぞ」
アラが大きな扉を開けると、薄暗い廊下を部屋の光りが照らしていく。一瞬の眩さにユニは目を閉じるが、直ぐに目を開けてその光景に絶句した。
隔離室と呼ばれていた部屋は、真っ赤な絨毯が敷き詰められ、豪華な家具や寝具が置かれ、まるで王室の様な部屋だった。
そこに、一人の女性がソファに座りながらナデュウ達を見つめていた。
その女性は、桃色の髪色で腰辺りまでの長さで、ハーフアップの髪型。赤色の瞳をしていて、ジト目だが大人の魅力が溢れる顔立ちで美しい。
スタイルも良く、真っ白なワンピースの様な服を着ていた。その女性は、ユニの姿を目に捉えると、
「まさか……ユニ……なの?」
「やはり、母親なだけあって、直ぐに分かるんですね。そうですよ、こちらは貴方の娘のユニですよ」
ナデュウがそう言った瞬間、その女性はユニの元へと駆け寄り、抱き着いた。ユニは驚きながら戸惑っている。
「え、ちょ、ちょっと……あの……」
「ユニ……!! ユニ……!! 会いたかった!!」
そう言ってユニを抱き締めながら涙を流す女性。ユニもその温もりを感じながら、ソッと腕を女性の背中に回す。
「お母さん……」
「ユニ、このお方が生みの親である、シエル・レアコンティです」
ユニの母親の名はシエル・レアコンティ。それは、かつての副都の一期生でステファの友であり、副都の元教官であるシエルだった。
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副都へと向かう卓斗達。だが、その道中は大変なものだった。その根源はやはり、守屋七星にあった。
「おい!! 何でお前、あん時助けなかったんだ!!」
卓斗の怒りの理由は、道中で出くわした魔獣のゴブリンとの戦闘での事だった。
今の卓斗達にとって、ゴブリン程度の魔獣を相手にするのは簡単な事だった。だが、数が多ければ話は変わってくる。
今回遭遇したゴブリンの数は数十体にも及んでいた。アカサキやセラが居れば問題ない数なのだが、全員が全員を庇って戦う事は出来ない。
それは、卓斗やエレナ達にも同じ事で、特に戦闘にあまり長けていない三葉を庇っての戦闘となっていた。
それでも、数で押されれば隙は生まれてしまう。ゴブリンは隙を突いて、三葉を襲ったのだ。アカサキにセラ、卓斗とエレナは隙を突かれてしまい、三葉への庇いが間に合わなかったのだ。
だが、三葉の側には七星が居た。七星が庇えばこの話は生まれなかったのだが、七星は襲われる三葉を見向きもしないで自分の目の前のゴブリンと戦っていたのだ。
その所為で三葉は防御魔法が間に合わず、ゴブリンの持っていた棍棒で殴り飛ばされ、腕を怪我したのだ。
今は自分に治癒魔法を掛けていて問題は無かったが、卓斗が許せなかったのは庇える所で庇わなかった事だ。
「聞いてんのかよ!!」
「うるせぇ、騒ぐな」
堪忍袋の緒が切れた卓斗は七星の元に歩み寄り、胸ぐらを掴んで強く睨み付ける。
「お前な……!!」
「ちょっと、卓斗くん!!」
そんな卓斗と七星の間に、三葉が割って入る。それでも卓斗の怒りは収まらず、胸ぐらは掴んだままだ。
「卓斗くんがこんなに怒るなんてどうしたの? 私なら大丈夫だし、自分が隙を作ったんだから、私が悪いの」
「三葉は悪くねぇよ。それに、俺はこいつに聞いてんだよ。守屋、お前は仲間をなんだと思ってんだ」
「仲間? 俺がお前らと? ふん、笑わせんじゃねぇよ。同じ騎士団に入ったからって仲間気取りしてんじゃねぇよ。自分の身は自分で守る。守れねぇ奴が悪りぃんだよ」
その言葉を聞いた卓斗は、胸ぐらを掴んでいた手を離す。卓斗と七星は暫く睨み合うと、七星は歩き出す。
「ふざけんじゃねぇよ……ふざけんじゃねぇぞ、守屋!!」
卓斗は振り返って七星の元へと走り出す。そして、黒刀を手に作って振りかぶる。
七星もすかさず剣を抜いて振り返り、剣を振りかざす。お互いの剣が交わろうとした瞬間、
「――喧嘩はその辺にして下さい」
二人の間にアカサキが割って入り、防御魔法で二人の剣を弾かせる。二人は力強く振りかぶっていた為か、七星は後ずさり、卓斗は尻餅をついた。
「痛って……アカサキさん!! 邪魔すんじゃねぇ!! こいつは一回斬らねぇと気がすまねぇ!!」
「こっちの台詞だ。お前みたいなウザい奴は死んだ方がマシだ」
二人の言い分にアカサキは溜め息をつく。板挟みな状態のディオスの気持ちが痛い程に分かったのだ。
「二人共、同じ騎士団に所属する者同士なんですから、そういった事は口にしてはいけませんよ。口で喧嘩をするならまだしも、手を出す事は許しません」
「本当、アカサキさんの言う通りよ!!」
すると、エレナが卓斗の元に歩み寄り、頬を強く抓る。
「いでででで!!」
「タクトも、いちいち突っ込まないのって言ったでしょ。それからあんたも、一人で好き勝手するのはいいけど、巻き込まないでって言ったでしょ」
そう言うとエレナは、七星を強く睨んだ。重たい空気に三葉はオドオドし、セラは目を瞑って呆れ返っていた。
「そいつが突っかかって来なけりゃ、お前らを巻き込む事は無かった。悪りぃのは全部そいつなんだよ。俺の事は放っておけばいいだろ」
「んだと、テメェ……!! ぐほっ!?」
再び七星に苛立ちを募らせた卓斗が、言い返そうとした瞬間に、エレナが卓斗の腹部に強烈なパンチをお見舞いする。
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!! 一刻も早くユニを助けるんでしょ!!」
腹部を抑えてその場で悶える卓斗と、こちらを睨み付けるエレナを見つめていた七星は、舌打ちをすると剣をしまって歩き出す。
「先が思いやられますね……」
相性が酷い程に悪い卓斗と七星。ユニの奪還任務という大事な任務で、幸先早々に不安を募らせたアカサキは、再び溜め息を吐いた。