第112話 『ヴァルディア』
この世界にあるとされる最大級の大きさを誇る砂漠、エリオ砂漠。
世界地図で言うと、エルヴァスタ皇帝国の上に位置し、地図の上部は殆どエリオ砂漠で埋め尽くされている。
草木も生えず、そこにあるのは砂だけだ。魔獣の存在も少なく、何も無いエリオ砂漠には人の姿も全く見えない。
そこに、上空から一匹の大きな鷲が飛び降りてくる。その背には、四人の人間を乗せていた。
「ここからは歩きますよ」
「広い……」
鷲から降りた少女、ユニ・ディアはエリオ砂漠を見渡す。地平線の彼方まで砂漠が続き、この先に何があるのだろうと、ユニはその景色に思わず見入ってしまっていた。
時刻は昼前で、太陽が照り付け、日陰が無い為かエリオ砂漠の気温は十月にも関わらず高い。
「ここは、エリオ砂漠と言います。来るのは初めてですか?」
「初めてです……こんな所があっただなんて……マヘスさん達が住むヴァルディアは、ここにあるんですか?」
「えぇ、この砂漠を暫く歩けば到着しますよ」
暫く歩けばと言えど、前方には地平線の彼方まで砂漠が続き、建物などは全く見えず、国があるとは到底思えなかった。
「我々獣人種族は古来より、真性種である人間と争って来ました。幾度となく争い続けた……そして、その中でも最大の争いとなったのが、第二次世界聖杯戦争です。我々、獣人種族と真性種の人間との戦争……主に、その戦争とはエルヴァスタ皇帝国、王都ヘルフェス王国の二国。どちらの味方にも付かず、戦争に参加していたのが、マッドフッド国とサウディグラ帝国の二国。そして、我々ヴァルディアの一国。我々も、他の国に負けない程の軍事力や人口を誇っていました。また、魔獣を手懐ける事も可能で、戦力として起用していました。元々、エリオ砂漠は砂漠では無く、高原だった。そこに、ヴァルディアがありました。ですが、第二次世界聖杯戦争でヴァルディアは敵の魔法により砂の底へと沈められてしまったんです」
「砂の底……じゃあ、ヴァルディアはこの砂漠の地下にあるって事ですか?」
「そういう事です。我々の仲間も多く死に、獣人種族はかなり減りました。戦争が終結して五十年、エリオ砂漠の下にあるヴァルディアを住める様に復興し、真性種である人間達が攻めて来れない様に仕掛けもしました」
「仕掛け?」
「もう来ますよ」
すると、細やかな涼しい風が吹き始め、地平線の彼方がボヤけ始める。その瞬間、全身を強く打つ程の強風が吹き荒れる。
「きゃっ!?」
ユニ達を突然、砂嵐が襲ったのだ。砂が舞い散り、歩くのが困難な程強い風が行く道を拒む。砂で視界はほぼゼロになり、どの方向へ歩いているのか、一瞬で分からなくなる。
「この砂嵐は獣人種族じゃなきゃ、一瞬で迷子になっちゃうんだよね。だから私の手、掴んでてね」
目も開けられずに、砂嵐の脅威に必死に耐えるユニの手をスカアハが掴み、離れない様にする。
暫く歩くと、段々と風が弱まり、ユニはゆっくりと目を開ける。そして、ユニは視界に映った光景に驚愕する。
「なに……これ……」
そこには、砂漠がかなりの範囲で穴が深く開いていて、そこには城の様な建物が三件建ち並んでいた。その幻想的な光景にユニは言葉を失っていた。
穴は百メートル程深く、城がある所までは鉄柵で作った様な細い階段が続いていた。
「では、ナデュウ様が待っています。行きましょうか」
「これを降りるんですか……? 落ちたら死にますよね……」
「えぇ、確実に。なので慎重に行きましょう」
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――王都。聖騎士団第四部隊の隊舎では、騒がしい声が響き渡っていた。
「何で来ねぇんだよ、あいつわ!!」
そう叫んで怒りを露わにしているのは、卓斗だ。無論、怒りの矛先は新たに第四部隊に入団した守屋七星だ。
第四部隊隊長であるディオスから召集が掛かり、各々は隊舎に集まったのだが、待てど暮らせど七星は姿を見せない。
「彼にも連絡は入れたよね、ミラ」
「うん、確かに伝えたよ。けど、もうかれこれ三十分は経つよ。お兄ちゃんから伝えた方が良かったんじゃない?」
入団当日から集団行動を怠る七星に、ディオスは溜め息しか出て来ない。
「仕方ない。ナナセくんには後で伝えるとして、集まって貰った理由を話すよ」
ディオスがそう言うと、エレナと三葉はディオスの方へと視線を向けて真剣な表情を見せるが、卓斗は怒りが収まらず、腕を組んで貧乏ゆすりをしていた。
「まぁ、落ち着いてタクトくん。じゃ、説明するよ。先ず最初に、副都に在籍するユニちゃんが、何者かに連れ去られた」
「は!? 連れ去られた!?」
卓斗は怒りを直ぐに忘れ、目を見開き大きな声を上げた。ユニが連れ去られたとの報告に、驚きが隠せなかった。
「連れ去られたってどういう事だよ!! まさか、『大罪騎士団』の奴らが……!!」
「それも詳しくは分からないけど、ユニちゃんが連れ去られた事は事実。聖騎士団の第二部隊がユニちゃんに会う為に副都に向かってたみたいなんだけど、ユニちゃんを連れ去った連中と戦闘になってるんだ。オッジくんとサーラちゃんが援軍の要請を出しに来た。これが、召集した理由」
「じゃあ、今直ぐに行かねぇと!!」
動き出そうとする卓斗に、ディオスは言葉で止める。
「待った。そう焦らない。まだ話は終わってないよ」
「なんだよ、ディオスさん!! ユニが連れ去られたってのに、チンタラしてる場合かよ!!」
「だから、直ぐに行く為には俺の話を聞くんだ」
「そうよ、タクト。早く助けに行きたいなら、大人しく話を聞くの」
「くっ……分かったよ」
エレナにも説得され、ディオスの真剣な目に卓斗は思わず気圧された。だが、それでもジッとはしていられない。ユニが連れ去られたと聞いた以上、一刻も早く助けに行かなければならない。だが、その為にはディオスの話を聞かなければならない。そのもどかしさからか、再び卓斗は貧乏ゆすりをし始める。
「いいかい? ユニちゃんを救出する任務には、俺とミラは参加出来ない」
「は!? ディオスさんとミラさんが参加出来ない!?」
「俺とミラは、第三部隊と協力してマッドフッド国の復興の任務に就くんだ。タクトくんとミツハちゃんとエレナちゃんで、この任務を請け負って貰いたい……と、言いたい所だけど、『大罪騎士団』が絡んでいるかも知れないという不安要素もある。だから、この任務に助っ人として、二人の人に同行をお願いして置いたから、その二人と行って来てくれるかな」
「二人?」
「王都の正門に行けば待ってると思うから、行けば分かるよ」
「分かった。エレナ、三葉、行くぞ!!」
卓斗が漸く動けると、気合いを入れた瞬間に隊舎の扉が開き、守屋七星が遅れて到着する。
「話ってなんだ?」
「お前……!! 来るのが遅ぇんだよ!!」
「いきなりでかい声を出すな。俺は隊長に話を聞いてんだよ」
「んだと!?」
卓斗が七星に詰め寄ろうとした瞬間、エレナが腕を伸ばして卓斗の動きを止める。
「あんたも、いちいち歯向かわないの」
「でもよ……!!」
相変わらずの卓斗と七星を見たディオスは、深く溜め息を吐いた。
「はぁ……本当に心配だよ、この二人……ナナセくん、君もタクトくん達と任務に行って来てくれるかな? 詳細は道中で誰かに聞けばいいから」
「はぁ!? 俺がこいつと一緒に!? 無理無理無理!! 何で一緒に行かなきゃなんねぇんだよ!!」
「ふん、奇遇だな。俺もお前と同じ事を思った。足手纏いと行動しても、効率が下がるだけだ」
「はいはい、喧嘩しないの」
睨み合って激昂する卓斗と、それを遇らうかの様な態度の七星の間に、呆れたミラが割って入る。
「これは、第四部隊での任務だから、タアくんもナアくんも一緒に行くのは当たり前でしょ? いい? 絶対に喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「チッ、分かったよ……」
「うん、それでよし。じゃあ、早く正門に行ってあげて。二人が待ってるから」
――王都正門。そこに、聖騎士団の騎士服を見に纏う二人の女性が、卓斗達の到着を待っていた。
「任務前から食べ過ぎ。動きに支障が出るわよ、アカサキさん」
「食べないと力が出ませんよ? セラさんも食べますか?」
二人の女性とは、聖騎士団第一部隊隊長アカサキ・チカと第一部隊隊員セラ・ノエールだ。
アカサキは両手におにぎりを持ち、交互に口に頬張っている。そんなアカサキを、優しく微笑みながら見つめるセラ。
第一部隊は聖騎士団で最強部隊を誇り、隊長のアカサキに至っては『鬼神』の肩書きで名を他国に轟かせている。
元々は日本人だが、四歳でこの世界に飛ばされ、アカサキの体質は一気に覚醒し、六歳で副都に入団、天才少女と謳われた。
その後、聖騎士団に入団するや否や天才として覚醒し続け、十二歳で第一部隊の隊長の座に就いた。
セラは幼少の頃、自分の住んでいた村が騎士の残党に襲われ、アカサキに救われた事がある。その為か、セラにとってアカサキとは、命の恩人であり、憧れる存在であり、尊敬する存在なのだ。
今こうして第一部隊に配属され、日々を共に出来ているとなると、幸せこの上ない。
「それにしても女々男達、遅いわね」
「来ましたよ、ほら」
セラがアカサキの向いた方へと振り向くと、卓斗達がこちらに向かって歩いていた。
「――あれ、助っ人ってもしかして……」
「えぇ、私とアカサキさんよ」
「セラちゃんと行けるなんて、なんか嬉しい!!」
三葉はセラの元に駆け寄ると、嬉しそうに笑顔を見せた。そんな三葉にセラは優しく微笑むと、
「私も嬉しい。副都を卒団して以来、あまり出会う事が無くなったものね」
セラにとって三葉は、副都に入団して初めての友達と呼べる存在だった。他人と関わる事をしなかった当時のセラに、三葉だけが手を差し伸べてくれた。
そのお陰で、犬猿の仲だったレディカと親友になり、今では第一部隊で共に日々を過ごしている。
その事もあり、セラにとって三葉もアカサキと同様に特別な存在となっていた。
「アカサキさんとセラが居れば、百人力だな!!」
「だからと言って、私とアカサキさんばかりに頼らないでね、女々男」
「その呼び方……懐かしくて、呼ぶなって言えねぇよ……で、セラは聖騎士団として順調なのか?」
「えぇ、アカサキさんのサポートが出来て、私もやり甲斐を感じてる。女々男こそ、順調なの? 聞いたわよ、『大罪騎士団』の事」
「あー、まぁ『大罪騎士団』とは色々あっけど、何とかしてみせるよ」
すると、卓斗と会話をするセラの視界に七星の姿が映る。勿論、セラとアカサキは七星と出会うのは初めてだ。
「彼は?」
「あー、今日から第四部隊に入る奴だよ。うざくて面倒臭ぇ奴」
七星は卓斗達を無視する様に、ポケットに手を突っ込み、目を瞑って立っている。極力、卓斗達とは関わらないかの様に。そんな七星の元に、おにぎりを食べ終えたアカサキが近寄る。
「そうですか、貴方がグレコ総隊長の言っていた新人さんなんですね。私は聖騎士団第一部隊隊長のアカサキ・チカと申します。よろしくお願いしますね?」
「アカサキチカ……あんた、日本人なのか?」
「えぇ、そうですよ。貴方もですよね?」
「そうか……あぁ、俺もだ。俺に構わず、任務を遂行してくれ」
七星とアカサキが会話をしているのを見ていたセラは、七星の態度の大きさに気を悪くしたのか、苛立ちの募った表情をしていた。
以前までのセラなら、直ぐにでも容赦なく罵声を浴びせていた所だが、他人を思いやる様になってからは言えなくなっていた。
だが、苛立ちを抑える事が出来ず、無意識に卓斗の腕を指で抓って発散する。
「いでででで!? 痛ぇな、セラ!!」
「あ、ごめんなさい。女々男が目の前に居たからつい」
「つい、じゃねぇよ……まぁでも、ムカつくのも分かる。俺もあいつの事は大嫌いだからな」
初対面でいきなり喧嘩を売られて、好きになれる筈もなかった。すると、エレナが、
「そんな事より、任務でしょ? セラ、あんた達は任務の内容は聞いてるの?」
「えぇ、聞いてる。副都のユニ・ディアの奪還……詳細は聞かされて無いけれど、これも『大罪騎士団』が関与してるの?」
「いや、それはまだ分かんねぇ。ユニを連れてった奴がどんな奴かは俺らも知らねぇし。兎に角、先ずは副都に行ってみる」
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百メートル程の深さのある砂漠の地下にヴァルディアがあり、そこまで行くには、鉄柵で出来た細い階段を降りて行くしか無い。
ヴァルディアは砂漠の穴が開いている場所に城が三軒程建っているだけの、小さな国。そこには、人間と魔獣の混合種である獣人種族が住まう場所だ。
ヴァルディアの存在は五十年前の第二次世界聖杯戦争の終決と共に、地図から消えたとされ、獣人種族も滅亡したとされている。
故に、今現在でヴァルディアの場所を知っている者は居ない。数名程にまで数が減ってしまった獣人種族は、この誰にも見つけられないヴァルディアで細々と暮らしている。
「ここが……ヴァルディア……」
ユニは漸く階段を降り終え、かなり疲労している様子だった。足を踏み外せば死んでしまう、という恐怖心を抱えながら階段を降りるのは心臓に悪かった。
無事にヴァルディアの地に足を運べて、ユニは安堵した表情を見せていた。
「では、我々に付いて来て下さい。ナデュウ様の元に案内します」
古代の城の様な建物の中に入ると、一階は大きな広間となっていて、両サイドには螺旋階段があり、二階、三階と続いている。
階段を上がり、最上階である六階の最奥にある部屋へと向かう。建物の中は静かで、大勢の人が住んでいた形跡はあるが、人の姿はマヘス達以外に誰も居ない。
その異様な空気感に、ユニは少し緊張していた。そして、最奥にある部屋の中へと入ると、薄暗い部屋の中に四人の人影が見えた。
「ナデュウ様、ユール様の力を受け継ぐユニ王妃をお連れしました」
すると、部屋の一番奥で座っていた小さな人影がこちらに向かって歩み寄って来る。
「貴方が……ナデュウ……さん?」
「初めまして、ユニ。私がこの国ヴァルディアの王、ナデュウです」
金色の髪色に足まである長さの髪を二本に束ねたツインテールお下げ髪の髪型。
碧眼のジト目で、その容姿は幼くも美しい少女だった。背丈は、140センチ程しか無く、服装は毛布一枚だけを羽織った様な身なりをしていた。その毛布は長さが不均等で、両腕は肘辺りまでの長さで、右足は脛まで隠れているものの、左足は太ももの殆どが露わになっていて、スリットに近い形だ。
ユニの想像とはまるで違ったナデュウの容姿に、思わず言葉を失った。
「どうかしました? 私の顔に何か付いてます?」
「いえ……姿が若くて……」
「あー、やはり気になりますよね。では、色々と話をしたいのでユニ以外は部屋から出て貰えますか?」
ナデュウがそう言うと、部屋にいたマヘス達は部屋の外へと出て行く。ナデュウといきなり二人きりになり、緊張感が漂うが、ナデュウに対しての緊張はユニには無かった。
ユニが戸惑いながらナデュウを見つめていると、ナデュウは優しい笑顔を見せた。