第110話 『獣人種族』
「――ユニ王妃、貴方をヴァルディアへ戻す為、お迎えに上がりました」
マヘスの唐突に畏まった言葉に、ユニは更に混乱した表情を見せた。その言葉に続く様に、新たに現れたアマル、スカアハ、メルカルト、エレボスは軽く頭を下げた。
「ユニ王妃って……いきなり、どんな風の吹きまわしですか?」
「どうもこうもありませんよ。貴方が我々とヴァルディアに戻るとなる以上、貴方を王妃として接する。それだけの事です」
「一緒に行くだなんて一言も言ってないですし、ヴァルディアって何ですか? それに私は王妃でも何でも無いです」
今のユニにとっては、マヘス達の言葉は理解不能だった。同名なだけであって人違いなのでは無いかと思ってしまう程に話が進み、ユニの思考は追いついていなかった。
「貴方は、絶対に我々とヴァルディアへ戻らないといけません。これは、貴方に決定権は無いです。貴方が覚えていなくとも、正真正銘ヴァルディアの王妃ですよ、貴方は」
「分かる様に説明して下さい。あまりに一方的で理解出来ませんから」
すると、痺れを切らしたスカアハが徐に口を開いた。
「だからね、貴方様はヴァルディアで王妃の器として生まれた。その王妃が国に居ないのは、おかしな話でしょ?」
「いや……私は、王都で生まれて、王都で育ちました。ヴァルディアだなんて、聞いた事もありませんよ」
「もう、ユニ王妃は分からず屋なんだから。今から詳しく説明するから、心して聞いてね? じゃあ、エレボス頼んだよ」
「俺かよ!! ったく、じゃあ話すか」
スカアハから突然バトンタッチを受けたエレボスが、ユニの目を真剣に見つめながら、
「まず、貴方様に理解を得る様に話すには、我々の素性を知って頂く必要があります。先程ご覧になり、お気付きかも知れませんが、我々は魔獣と人間の混合種……獣人と呼ばれる種族です」
「獣人……」
「ヴァルディアというのは、その獣人種族が集う国。その存在は、我々以外に知る者は居ません。そして、見つける事も到底不可能でしょう。知っているかも知れませんが、我々混合種である獣人と、真性種である人間は、遥か昔より敵対する関係にあります。それは今でも変わりありません。我々は真性種の人間に対し嫌悪感、敵対視があります。恐らく、真性種から見た我々混合種も同じでしょう。そして、貴方様はヴァルディアで混合種として生まれた。貴方様がその事を覚えていないのは、生まれて間も無くヴァルディアを離れた為です。不思議に思った事は無かったですか? 特定のテラ量に達すると、頭から角が生えてくるのを」
「そう言えば……」
「それが、貴方様が混合種である証拠であり、我々の仲間だという事です」
信じ難い話ではあるが、エレボスの説明に妙に納得してしまっている自分が居た。エレボスの言う様に、角が生えるを不思議に思っていた。
マッドフッド国攻防戦の際に、エルザヴェートに獣人種族と言われた時の事も思い返すと、エレボスの説明は辻褄が合う。
「じゃあ……私の両親は……」
「貴方様の両親は、貴方様を混合種として育てる事に反対した。だが、混合種である貴方様が真性種と過ごすのは我々の規定違反に反する事になり、父親は反逆者扱いとなり殺され、母親は女性である為殺されはしなかったものの、牢獄に閉じ込められています」
「え……? でも、私の両親は王都に……」
これまで育てきてくれた親は、王都に居る。なんなら、つい先日も会ったばかりだった。だが、エレボスの説明とは辻褄が合っていない。つまり、
「貴方様をここまで育ててきた人は、生みの親では無いという事です。育ての親と言った所でしょうか」
「そんな……」
思いもしなかった事実に、ユニは言葉を失った。十五年間も一緒に居て、当たり前の様に家族だと思っていた父親と母親が、自分との血の繋がりが無い事が信じれなかった。と言うより、信じたく無かった。
自分の事を何より大切に思ってくれている両親が、自分の為に必死になって働いてくれている両親が、ユニは大好きだった。
エレボスの言葉に信憑性は無いが、妙な説得力はあった。納得してしまい、ショックが隠せなかった。
「じゃあ……私の本当のお母さんは、偉い人かなんかなんですね……」
「いえ、それもまた違います。我々の国での王妃、または王の器として選ばれるのは、混合種の宿される力で決まります。混合種は、魔獣と人間の混合……どちらの力も使えます。そして、我々は魔獣の力を使う事を『獣人化』と呼んでいます。獣人化は代々受け継がれ、ヴァルディアの初代国王女ナデュウ様の娘である、ユール様の能力を受け継いだ者が王妃、または王の器として扱われる。そして、貴方様はユール様の獣人化を受け継いだ、という事です」
「獣人化……私は魔獣なんですか……?」
「一括りで言えば、そうですね。ですが、あくまでも我々は混合種の人間です。中には混合種の魔獣も居ますけど、その者達には人間の様な語彙力や読解力、知識などはありません。ここまでの説明はお分かり頂けたでしょうか?」
「正直言うと、分からないです……今まで生きてきて、そんな事何も知らなかったですし、お父さんとお母さんが本当の親じゃ無い事も、信じたくないです……ましてや、私が魔獣だなんて……」
最早、ユニのショックの大きさは絶大なものだった。両親と血の繋がりが無い事や、自分が魔獣だという事は、まだ十五歳のユニにとっては耐えられない話だ。
「ですが、安心して下さい。貴方様は混合種の中でも極めて真性種に近い存在ですから」
「え……?」
「貴方様の本当の父親は混合種ですが、本当の母親はれっきとした真性種ですよ? 前代未聞ではありますが、貴方様は混合種と真性種から生まれたんです。当時は大変でしたよ? 真性種である人間が混合種である獣人と恋をし、貴方様を身篭った。混合種の獣人を身篭った以上、貴方様の母親もこちら側の人間として扱う事になります。ですが、貴方様の母親は貴方様をヴァルディアで育てる事を拒否した。無論、初代国王女ナデュウ様は許さなかった。だが、何故か貴方様はヴァルディアから姿を消した。十五年探し続け、漸く見つけたんですよ、ユニ王妃」
「その話が本当だとして、私がヴァルディアへ戻った所で何をするんですか? 殺されるんですか……?」
「いえいえ、そんな事滅相もありませんよ。王妃である貴方様には、ちゃんと責務があります。初代国王女ナデュウ様は、知っているかも知れませんが、不老不死の力を生まれながらに持っています。ですが、五十年前の第二次世界聖杯戦争の頃より、その体は衰え始め、立つ事すら出来ない程になりました。原因は一つ、ユール様の力です。初代国王女ナデュウ様が不老不死で居られるのは、ユール様の力と呼応しているからです。つまり、ユール様の力は初代国王女ナデュウ様を健全で居させる為に必要な力。ですが、五十年前よりユール様の力を受け継ぐ器を持つ者が生まれなくなったんです。それの原因は不明ですが……それが原因で、初代国王女ナデュウ様の体は衰えていった。そして、十五年前に漸くユール様の力を受け継ぐ器である、貴方様が生まれた。貴方様の責務とは、初代国王女ナデュウ様の側に就き、生きる力となって頂きたいんです」
エレボスはユニに向かって、頭を深く下げた。話だけを聞いていると、彼らが悪い人達だとは思えなかった。
自分達の国の国王女を守る為に、こうして探し回って頼みに来たんだと感心もしてしまっていた。それでも、
「それでも……突然過ぎて、直ぐに答えは出せないです……理由は分かりました。でも、いきなりヴァルディアで暮らせって言われても……」
「それはいけません。今すぐ来て頂かないと、この世界が危ぶまれます……初代国王女ナデュウ様の衰えは、自身の力の制御の衰えと比率します。初代国王女ナデュウ様の力の制御が無くなり、暴走を始めると、世界は終わる……それから、初代国王女ナデュウ様が生きている事は公にしてはなりません。不老不死を欲しがる連中などが襲って来たりでもしたら、初代国王女ナデュウ様の力の制御の衰えを早めるだけですから」
その言葉に、ユニは目を丸めて驚いた。世界の終わりという言葉が妙に心を打ったのだ。卓斗達が世界の終焉と立ち向かうのを知ってからというもの、ユニ自身も世界を救いたいという気持ちが芽生えていた。
それは、六大国協定会談の際に思っただけでなく、マッドフッド国攻防戦の時にも強く思っていた。世界の危機に立ち向かう卓斗を尊敬し、見習いたいと。
「ここで私が力にならないと、先輩の負担が増える……『大罪騎士団』が世界を終焉に導こうとしている中で、ナデュウって人が暴走したら、確実に……戦争になる……」
ユニは考え、葛藤した。ヴァルディアへ行ってしまえば、恐らく自分は一生をそこで暮らす事になる。つまり、今までに会って来た人達とは会えなくなるという事だ。
ナデュウの存在が秘匿な以上、誰かに相談する訳にもいかない。自分で決めなければならないのだ。
卓斗達への負担を避け、戦争を、世界の終わりを避ける為には、
「――分かりました。行きます」
「分かって頂けましたか!! では、早急にヴァルディアへ向かいましょう。今こうしてる間も、初代国王女ナデュウ様は衰えています。ここからは、誰にも邪魔される訳にはいきません。貴方様のご学友様がお呼びした援軍が来る前に、急いで行きますよ、ユニ王妃」
複雑な心境ではあった。知らなくて良かった事を知り、世界の終わりを左右する立場になり、そして、モニカやジュリアと会えなくなり、寂しさが一気に溢れて来た。
それでも、卓斗が世界を救うのに貢献しようと、決断したのだ。ユニは倒れ込むモニカとジュリアの方を見やり、
「ごめん、モニカ……ジュリア……」
「はいはい、じゃあ私の背中に乗ってね。――獣人化」
スカアハがそう言うと、紫色のテラを纏わせて獣人化する。その姿は、茶色の大きな鷹で、真っ赤な鬣が生えている。
四人の人間なら軽く載せられる程の大きな背中で、ユニ達は乗り込んでいく。
「凄い……これが、獣人化……」
「貴方様も、獣人化は出来ますよ。ユール様と同じ力を」
スカアハが羽を広げて、ヴァルディアへ向けて飛び立とうとした瞬間、
「――ユニ!!」
その場に、漸く到着したステファと聖騎士団第二部隊が到着する。
「ステファさん……」
「お前らは一体何者だ!! 私の教え子を何処へ連れて行く気だ?」
「間に合われたか……お前達には関係ない」
マヘスがステファを睨み付けると、繭歌が剣を抜いてマヘス達の方へと走り出す。
「あ、おい!! マユカ!!」
「飛ばられたら終わりだよね。だったら、話してる暇はないと思うけど?」
スカアハの背に乗っていたアマルが飛び降り、繭歌を迎え撃つ。
「折角話が済んだ所なのに、邪魔しないでくれる?」
アマルが手を翳すと、自身よりも大きな赤色の大剣をテラで作り、軽々と持って構える。
「マヘス達は先に行ってて。これくらいの人数なら私一人でも大丈夫な気がするから」
「気がする、では心配なんだが? くれぐれも気を付けろ。相手はあの聖騎士団だ」
繭歌の振りかざした剣を、アマルは大剣で受け止め、二人は刃を交える。その瞬間、スカアハが大きな羽を広げて飛び立つ。
「行かせん!!」
ステファが上空に飛び立つスカアハに向けて手を翳すと、紫色のテラの球を放つ。それに続く様にジョン、オッジは土の槍を作って放ち、サーラは青色の雷の球を放つ。
「この私に、心配する必要はないよ……!!」
アマルが目に力を入れた瞬間、繭歌はその覇気に思わず弾かれて後ずさる。その隙を突いたアマルは高くジャンプし、大剣を横に振りかざした。
すると、赤色のテラで出来た大きな刃が大剣から伸びる様に現れ、ステファ達が放った魔法を弾き飛ばす。
「なっ!?」
「このままでは、逃げられてしまう!! 俺に任せな!!」
ジョンはすぐさま地面から細長い土の棒を生やして、スカアハに向けて伸ばす。
「だから……邪魔しないでって言ってるでしょ」
地面に着地したアマルは、その場で大剣を構えたまま一回転すると、土の棒を切り落とす。棒の先はスカアハを捉える寸前で、地面へと落とされてしまったのだ。
そして、スカアハはステファ達の手の届かない場所まで高く上がり、飛び去っていく。
「くそ……!!」
悔しさとユニを連れて行かれてしまった怒りを込めて、アマルを睨み付けるステファ。
その隣では、倒れ込むモニカとジュリアの安否確認をイルビナと蓮が行なっていた。
「大丈夫です、息はあります」
「そう、良かった。にしても、彼達は一体何者なんだろう? イルビナさん、知ってる?」
「はひぃ!? 私ですか!? す、すみません……見た事、無いです……」
モニカとジュリアに治癒魔法を掛けながら、蓮に向かって何度も何度も頭を下げて謝るイルビナ。そんなイルビナを見た蓮はあたふたしていた。
だが、そんな悠長な事もしている場合では無い。この場には、アマルが殿として立ち塞がっている。一刻も早く退け、ユニを追わねばならなかった。
「たった一人だけを残して逃げていくなんて、君の仲間は薄情者なんだね」
「なにそれ。私の仲間を馬鹿にしてるの? 一人残して逃げた、じゃないよ。一人で十分って事だよ」
繭歌とアマルは暫く沈黙のまま見つめ合う。そして、一気に繭歌が走り出す。
「一人残ってその強気……見事なまでの、ポジティブさだね。でも、後悔する事になるよ!!」
繭歌が手を翳すと、アマルの足元の地面から氷の棘が生えてくる。アマルは間一髪、半歩後ろに下がって避ける。
「氷……ふーん。じゃあ、後悔させてみせてよ!!」
繭歌は次々に地面から氷の棘を生やしていくが、アマルは悠々とそれらを避けていく。だが、
「――よそ見してんじゃねぇぞ!!」
アマルの背後から現れたジョンが、土で作った大剣を振りかざす。アマルもすぐさま半回転し、大剣を振りかざす。二人の大剣が交わると、衝撃で辺りに生えていた氷の棘が粉々に砕け散る。
「いい動きするな、嬢ちゃん」
「貴方は見た目の割に力が無いんだね」
「まぁ、俺ら第二部隊は連携を得意とする部隊だからな。個々の力は満足出来ないかも知れねぇな」
ジョンはそう言うと、アマルに向かって不敵な笑みを浮かべた。その瞬間、アマルの背後からオッジが叫んだ。
「隊長!! 準備出来たぜ!!」
「おうよ!!」
ジョンは一気にアマルとの距離を取る。その瞬間、アマルを囲う様に鎌倉状に土が覆っていく。
アマルが視線を前方に向けると、サーラの前に数本の氷で作った避雷針があり、大きな雷の球を形成していた。
「これが、第二部隊の連携なんだよー」
サーラが手を前に押す様に突き出すと、大きな雷の球は物凄い勢いで放たれ、アマルに直撃する。その瞬間、大爆発を起こし辺り一体を青白い光が染めていく。
爆煙が立ち込め、バチバチと雷が鳴り、静寂が流れる。
「どうだ、仕留めたか?」
「どうだろうね。ま、簡単にはいかないとは思うけど」
爆煙が風に流され、消えていくと大きな影見えた。そして、姿がはっきりと見えると、そこには巨大な灰色のティラノサウルスの様な恐竜が悠々と立っていた。
「な、なんだあれ……」
「怪物……」
ジョンも繭歌も、その場に居た全員が目を丸めて驚いた。大きさが規格外なのもそうだが、見た事の無い姿に言葉を失っていた。
この世界に存在する魔獣の中には恐竜の様なタイプは確認されておらず、恐竜を知っている繭歌でさえも、本物を見るのは初めてだ。
恐竜は繭歌達を恐怖に陥れる程の、悍ましい雄叫びを上げた。