第109話 『不穏な影』
――王都ヘルフェス王国郊外の森。王都の所有する森であり、この場所には魔獣の存在は無く、人にも獣にも侵されていないこの森は、大自然とも言えた。
そこに、ある三人の少女が森を歩いていた。肩から青色のラインが入った真っ白な騎士服を身に纏い、この自然豊かな場所では目立った存在だった。
この三人とは、現在副都で騎士学校に通う、四十一期生のユニ・ディア、モニカ・ヴァント、浜崎ジュリア・スカーレットの三人だ。
というのも、副都での実技の授業という事で、この森に赴いていた。今回の課題は、この大きな森を抜けた先にある高原へと出る事。
だが、迷路にもなっている大自然な森を、簡単には抜ける事が出来ない。色々な工夫をこなし、仲間と協力を得て目的地に向かう。それが、この実技の目的だった。
「それにしても、昨日は凄かったなぁ」
そう言葉にしたのはユニだ。手の平に鉛筆程度の細さと長さのテラの棒を作り、方角を指していた。
「そういえば、ユニは師匠と共に六大国協定会談に行っていた。何か、いい経験は得られた?」
騎士服の上に、白衣の様な服を羽織ったモニカが、ユニにそう質問した。その隣では、ジュリアが虫を見つけては追いかけたり、捕まえようとしたりと、会話には入る気配が無い。
「うん、本当に凄かったよ。六大国の王の人達とも会えたし、その中でもトップに居た、エルザヴェート皇帝陛下の見た目が私より歳下に見えたのは驚いた。ガガファスローレン国の国王女様のアスナさんは、強そうで怖そうだったけど、とてもいい人だったし、マッドフッド国の国王女様のエティアさんは、可愛くて優しかった。でも、サウディグラ帝国の国王様はちょっと苦手だったかな」
「その場に私も居合わせたかった。次は、私が師匠に連れてって貰う」
「それにしても、先輩って不思議な人だよね。会ったばっかの筈なのに、昔から知ってる様な変な感覚だし。初めましてって感じが全くしなかったもんね。それとね、その会談の後にね、マッドフッド国に敵が襲って来て戦う事になったんだけど、フィオラって人を初めて見たんだけど、物凄く強かったの。私もあんな風に戦えたらいいなぁって思った」
ユニは昨日の体験を自慢げにモニカに話した。そのモニカも、ユニの話に興味を持ち、羨ましそうに聞いていた。相変わらず、ジュリアは蝶々と追いかけっこをしている。
「でも一回死にかけたんだよね? 死を感じた瞬間はどんな感じだった?」
「一言で言うなら、「無」だったかな。何も見えないし、何も聞こえないし、ただひたすらずっと暗闇の世界を彷徨ってる感じ。物凄く寂しくて、心細くて……あんな経験は、二度としたく無い」
「死の世界というのは、興味深い。でも、死の世界を知ろうとして、仮に死んでしまったら意味が無い。その場所では絶対的に知識は得られない。死の世界とは、永遠に知り得る事の出来ない領域。その分、魅力を感じる」
「モニカって本当、変わってるよね。初めて会った時から変な子だとは思ってたけど」
知識欲に満ち溢れ、知識を得る事以外はあまり興味の無いモニカ。いつかは、世界の全ての事を知り尽くす事が彼女の夢だ。
「変な子とは酷い。変な子を言うならば、ジュリアの方が変な子」
「へ? 呼びましたデスか?」
先程まで蝶々と追いかけっこをしていたジュリアは、モニカの口から自分の名前が聞こえた瞬間に反応した。
「確かに、ジュリアは変な子だよね。言葉もそうだし、行動もね」
「ユニもモニカも私も、皆が変な子デス!!」
副都の四十一期生が、この三人しか居ないという事もあり、三人の関係は良好だった。例え、行動や言葉、考え方が変だったとしても、お互いがお互いを嫌っている訳ではない。むしろ、ユニはこんな二人だからこそ、仲良くなれたのだと思っていた。
暫く歩くと、やがて森を抜ける。そして、三人の視界には、一面芝生だらけの大高原が映った。風が吹き抜け、三人を歓迎するかの様に心地良い風を浴びせる。
「んー……!! 着いた。ここが目的地だね」
「これで今回の実技も完了。後は、この芝生を持って帰るだけ」
三人は、着いた証拠となる芝生を取ろうとした時、人の気配を感じ顔を上げる。すると、そこには一人の男性が立っていた。
「――探したぞ、ユニ」
その男性は、濃い青色の髪色で肩上程の長さでパーマが掛かっている。瞳の色は碧眼で、つり目の若そうな青年だ。白色の軍服の様な服を着ていて、腰には普通の剣より刃が撓っている剣を携えている。
「ユニ、知り合い?」
「いや、私は知らない……誰ですか?」
名前を呼び、ユニの事を知っている男性をユニは見覚えが無かった。誰と、聞くのは失礼に当たってしまうかなとも思ったが、何故か男性にはそう思えないでいた。どこか、嫌な予感がする、そう感じていた。
「俺の名前は、マヘス。お前を迎えに来た」
「マヘス……さん? 何処かで会いましたっけ? すみません、覚えてなくて……それに、迎えに来たって……」
「話は後だ。取り敢えず、俺と一緒に来い」
そう言って男性は、振り返って歩き始める。だが、ユニが後を付いて来ていない事に気付くと、振り返る。
「何をしてる? 早く行くぞ」
「ちょっと待ってください。貴方は私の事を知ってるかも知れませんけど、私は知らないんです。分かる説明をしてくれないと、行けません」
「だから、話は後だって言った筈だ。この話は、俺とお前以外に聞かれる訳にはいかない。そこの二人が邪魔だ」
そう言うと、マヘスはモニカとジュリアを睨み付けた。只ならぬ殺気を込めて。
「ユニ、あの人はやばい。何となくそんな気がする」
「私もちょっと怖いデス……」
「話は後って、今話してくれないと私は行きません」
「なら、力づくでも連れて行く」
そう言うと、マヘスは一気に殺気を立ち込めた。先程よりも何倍もの殺気に、ユニ達は気圧される。
「モニカ、水晶を使ってステファさんに連絡して!! 来るまで私達だけで対応するわよ!!」
「対応って、まさか戦う気? まだ見習い中の見習いなのに、勝てる訳が無い」
「言ってる場合? 先輩達もきっと、こういうの経験して来てるんだよ? 私達にだって乗り越えられる筈だよ。いいから、早くステファさんに連絡を!!」
ユニにそう言われ、モニカは肩にぶら下げていたバックから、手の平サイズの水晶を取り出す。
「分かった。私達の人生がここで終わらない事を願うよ」
――副都では、ユニ達が実技から戻るのを神谷蓮と聖騎士団第二部隊は待っていた。第二部隊隊長であるジョンと副隊長であるイルビナは、副都に在籍していた頃ステファに色々と教えて貰っていた。その為か、懐かしい話で会話が弾んでいた。
「だが、まさかイルビナが第二部隊の副隊長になるとはな。就任式の時は、声を掛けられず悪かった」
「いえいえ!! ステファさんに騎士としての在り方を教えて貰ったから、今の私が居るんです!!」
イルビナはステファを尊敬している様で、話している時の表情は恋する乙女と言った所だった。
「という事は、今の聖騎士団は殆どがステファさんの教え子って事かな?」
「現役となると、そうだな。副都は半年ごとに新期生を迎えるからな。ここまで色々とあったな……」
そう言葉にすると、ステファは過去を振り返り思い出に浸った。教官として、長い事見てきた副都には、沢山の思い出があった。楽しい事や、悲しい事も。
「なんだ? もう引退するみたいな言い方じゃねぇかよ」
「馬鹿言うな、ジョン。私はまだまだ現役だ。副都の五期生の時から私がここを守り、騎士の卵を育ててきた。それは、これからもずっとだ」
「ステファさんは、副都の教官になる前は聖騎士団に?」
「あぁ、私は副都を卒団した後は聖騎士団に入団した。その後、第二部隊の隊長も務めた。だが、十八年前に当時の副都の教官が失踪してな」
繭歌の質問にそう答えたステファ。だが、その言葉に全員が釘付けになった。
「一期生の同期に、シエル・レアコンティという女性が居てな。一期生の中では最年少だったが、実力はトップクラスだった。あのトワやグレコと肩を並べてもいい程にな。当時の副都の教官はトワの母親が担当していた。と言うのも、副都を作ったのはカジュスティン家だからな」
「カジュスティン家が?」
「若者を育てると意味合いで、トワの母親であるアリサ・カジュスティンが副都というものを作った。当初は王族だけの予定でな、カジュスティン家のトワとニワ、ルシフェル家のシルヴァ、エイブリー家のウォルグとウェルズ、この六人だけだったが、どうせならとアリサさんは王族以外の若者も副都へ招いた。それが、私やオルド達だ」
ステファから語られる副都の創設秘話に全員は興味津々で耳を傾けていた。
「当時の聖騎士団は老人化しつつあり、若者を育てたいという方針を考えていた。そこで、まだ十代だった王族の子供達を鍛えるのと同時に、聖騎士団へ入団させる為の子供も共に教えた。鍛えるだけの王族と、聖騎士団へ入団する為だけの私達……それが、副都の一期生という事だ」
「へぇ、それが副都の始まりなんだね。興味深い話だよ」
繭歌は特にステファの話に興味を持った。というのも、こういった異世界の過去の歴史には飛ばされた時から興味を持っていた。
日本とはどういった違いで、時代が流れていたのか。もう少し、話の続きを聞こうとした瞬間、
《ステファ!! ステファ、聞こえてる?》
突然、ステファの側に置いてあった魔水晶から大きな声が響き渡った。
「モニカか、何か問題でも起きたか?」
《緊急事態、見知らぬ男が襲って来た。何かユニを連れて行くとかどうとか言っていた。私達だけでは勝算は皆無。直ちに救援を求む》
「何だと!? 直ぐに行く!! それまで何とか持ち堪えろ!!」
ステファがそう話すと、魔水晶の通信は切れる。突然の緊急事態にステファは焦るが、今回は聖騎士団の第二部隊が来ている。
これ程、頼り甲斐のある援軍は無いだろうと、若干安堵した表情を見せ、
「ジョン、うちの生徒が危険に晒されているらしい。手を貸してくれるか?」
「あったりめぇよ!! もともと、ユニという嬢ちゃんに用があったんだ。場所はどこだ?」
「すまない。場所は、キュリオ大森林の最奥地にある、キュリオ高原だ」
「よし!! 聖騎士団第二部隊、援軍としてキュリオ高原に向かうぞ!!」
ジョンがそう叫ぶと、イルビナ、サーラ、オッジ、繭歌も賛同する。すると、イルビナが蓮の方に視線を移すと、
「貴方はどうなされますか? 非戦闘員なら、副都で待っていても……」
「いや、今回は僕も行こうかな。ユニちゃんを襲った人を見ておきたいしね」
「そうですか、では直ぐにでも出発しますよ!!」
――キュリオ高原。激しい金属音が鳴り響き、そこにはユニと謎の男マヘスが剣を交えていた。
「お前を傷付ける訳にもいかない。大人しくして貰えると有難いんだがな」
「無理矢理にでも連れてく気の人に、傷付ける訳にもいかないって言われましてもね。それより、二人に聞かれたくない話って、そんな話に何で私が関係しているんですか?」
「だから、話は後だ!!」
マヘスが力強く剣を振り抜くと、ユニは後方に吹き飛ばされ後ずさりをする。すると、マヘスは地面を勢い良く蹴り、直ぐ様ユニの目の前へと移動する。
「これも、経験……!!」
ユニはマヘスに向かって剣を横に振りかざす。だが、マヘスはその場で高くジャンプすると、右手に炎を纏わせユニに向かって炎の波動砲を放つ。
「傷付けたくないんじゃないんですか!?」
「――ユニ!!」
すると、魔水晶での連絡を終えたモニカが、間に割って入り込み、防御魔法で炎の波動砲を防ぐ。
「モニカ、ありがと。ステファさんが来るまで、私達で何とかするよ」
「私達って言っても、ジュリアはあの調子だから、戦力は下がってる」
モニカが、チラッと後ろを見やると、ジュリアが一生懸命に二人を応援していた。
「フレフレ!! ユニ!! フレフレ!! モニカ!!」
「まぁ、ジュリアは戦闘向きじゃないからね。二人でやるよ、モニカ!!」
ユニはマヘスの方へと走り出すと、モニカはユニの周りに青白いテラの小さな球を飛び交わせる。
「その魔法は自動で防御魔法になるから、遠慮なく突っ込んでも大丈夫」
「前線は私で、バックアップがモニカ……ここで、いいコンビだって証明してみせる!!」
「傷付ける訳にはいかない……仕方がないか……」
マヘスは剣を鞘にしまうと、紫色のテラを全身に纏わせる。それに警戒したユニは、走るのを止めて、様子を伺う。
「何をする気ですか?」
「今ここでの戦闘を長引かせる意味がない。さっさと済ませる」
マヘスがそう言葉にすると、姿が見えなくなる程に紫色のテラが包み込んでいく。
「ユニ!! 何か相当にやばい気がする!! ここは逃げた方が利口的!!」
「確かに……こういう時、先輩ならどうしますか……?」
この時のユニの脳裏には、卓斗の姿が思い浮かんでいた。強大な敵にも立ち向かう姿をユニは目に焼け付けていたからだ。
そして、それと同時に憧れも抱いていた。卓斗の様に強くなりたい、強くありたいと。
ならば、ここで逃げていいのか? 卓斗なら立ち向かう筈。そういった考えが、ユニの思考を悩ませた。その瞬間、突然モニカがユニの腕を掴む。
「ユニ!? ボーッとして何かあった? ここは撤退する!!」
「え、あ、うん!!」
そして、三人は後方にあるキュリオ大森林の方へと走り出す。流石に、まだ副都に通うユニ達には敵う相手では無かった。マヘスを纏うテラが三人にそう思わせたのだ。 だが、
「――逃がさん」
マヘスを纏っていた紫色のテラが弾ける様に消えると、そこにはマヘスの姿ではなく、大きな獅子の姿があった。
青色の強靭な皮膚に金色の鬣、肘には金色の棘が生え、獲物を目で殺さんとばかりの殺意の篭った紅い瞳、そして、勇ましく悍ましい雄叫びを上げる。
「えっ!?」
三人は驚いて振り向き、獅子の姿を目に捉えると、一気に恐怖心に煽られた。足が竦み、戦意がどんどんと失われていく。
象より大きな体の獅子を前に、陽気な性格のジュリアでさえも、恐怖にたじろいでいた。
「何……あれ……」
「青い獅子……?」
「ちょっと……やばい……デス……」
次の瞬間、再び獅子は雄叫びを上げた。大地が揺れる程の咆哮に、ユニは思わず目を瞑ってしまう。そして、咆哮が収まり目を開けると、隣でモニカとジュリアが倒れていた。
「モニカ? ジュリア? ねぇ!! 起きて!!」
ユニの叫びも虚しく、二人に反応は無い。生きているのか、死んでいるのかも分からず、目に涙が浮かんで、ただただ恐怖で動けずにいる。すると、獅子の全身から紫色の煙が溢れ出すと、やがて獅子は元のマヘスの姿へと戻る。
「これで邪魔をされる心配は無い。ユニ、さっさと付いて来い」
「二人に……二人に何をしたの!?」
先程まで恐怖心に煽られていたユニは、倒れ込むモニカとジュリアを見て、怒りを爆発させていた。
「案ずるな。二人は眠っているだけだ。暫くすれば、起きる」
「眠ってる……私を連れ出して、何が目的ですか……?」
「連れ出す……か。勘違いするな、ユニ。俺はお前を迎えに来たと言った筈だ」
最早、マヘスの言っている事が理解出来ないでいた。何故、知りもしない男が自分を迎えに来ているのか。何故、会った事もない男が、自分を知っているのかが。
「迎えに……? 何処からですか?」
「――ヴァルディアだ。ユニの故郷であり、俺達の住まう国だ」
マヘスがそう言うと、空から大きな鷹が飛び降りてくる。背中には三人の人間を乗せ、地面に着地すると、
「マヘス、この子がユニなの?」
「タイミングのいい登場だな、アマル」
大きな鷹の背中に乗っていた三人が降りると、まじまじとユニを見つめる。
その三人を乗せていた大きな鷹から、紫色の煙が溢れ出すと姿を変え、人の姿へと変形していく。
「へぇ、今回は女の子だったんだ」
「名前からして想像出来ただろ。ユニって名の男を聞いた事があるのか? スカアハ」
「エレボスはいちいちうるさいわね。前回の子が男の子だったから、女の子なんだって思っただけでしょ。メルカルトだって、表情では女の子なんだって思ってたわよ」
「俺を巻き込むな、スカアハ」
突然新たに現れた四人の人物。アマルは、橙色の長い髪を二本の束にしたお下げ髪。赤色の瞳をしていて、キリッとした顔付き、胸だけを覆ったミリタリー柄の服に、黒色のホットパンツを履いている。スタイルは抜群でモデルの様な体型だ。背丈は168センチで、過度の露出が目立つ女性。
スカアハは、桃色の髪色で、毛先に行くにつれ赤色に変色している。腰辺りまでの長さで、後ろ髪の上部分を結んだポニーテール。薄い桃色の瞳をしていて、右目の目尻にはホクロがある。真っ白なブレザーの様な服を着ていて、黒色のスカートに黒色のニーハイソックスを履いていて、首元には白色のマフラーを巻いている。背丈は158センチで、天真爛漫な女性。
メルカルトは、金色の髪色のツンツしたホストの様なヘアスタイル。釣り目で灰色の瞳をしている。白色のシャツの様な服に、ハイネックの黒色のアンダーを着ている。鼠色のズボンを履いていて、背丈は179センチの、クールな男性。
エレボスは、紫色の髪色でメルカルトと似た髪型をしているが、左部分の髪を三つ編みにしたコーンロウの髪型。碧眼で常に怒っているかの様な目付き。全身黒色のスーツの様な服を着ていて、紫色のコートを羽織っている。背丈は195センチで、少し怖い印象を与えてしまう男性。
「えっ……と、貴方達は……」
突然の事に、混乱するユニに向かって、マヘスが咳払いをして間を置くと、
「では、改めて……、――ユニ王妃、貴方をヴァルディアへ戻す為、お迎えに上がりました」
「………………はい?」