第107話 『急展開』
漸く終わりを迎えたマッドフッド国攻防戦。『大罪騎士団』による脅威は去ったものの、マッドフッド国は悲しみに包まれていた。
「皆……ごめんね……私が……」
この状況に、特に悲しみに包まれていたのはマッドフッド国国王女のエティア・ヴァルミリアだ。
その場に座り込み、目に涙を浮かべて呆然としている国王女の元に、グランディア騎士団のリューズベルトとラシャナが優しく声を掛けた。
「エティア様がお悔やむ事ではありません。エティア様の不在で、国を守れなかった私の責任です。民達もシュリやガイエンさん達も……全部、私の責任です……」
「リューズベルト、貴方が悪い訳じゃない。国の事の責任は私にあるの。それに、何より悪いのは『大罪騎士団』っていう組織だから……」
エティアにそう言われても、リューズベルトもラシャナも責任を放棄する事は出来なかった。
こういう現状になってしまっている以上、責任感を感じるのはマッドフッド国の民として、グランディア騎士団として当たり前の事だった。
「復興の手立てが必要なら、余の部下を送るが?」
アスナからの言葉に、エティアは涙を拭って立ち上がると、
「私達だけで十分って言いたい所だけど、お言葉に甘えさせて貰いますね。ありがとうございます、アスナさん」
「ふん、余としても『大罪騎士団』を取り逃がした詫びだ。まぁ、最後はフィオラとやらが取り逃がしたのだがな」
これも、エルザヴェートが見てきた今までの時代と違う所だった。かつては争い合っていた国同士がこうして手を取り合い助け合う。
こういう場面を見ると、尚更世界を滅ぼさせる訳にはいかないと思えてくる。すると、
「――タクト!!」
その場に慌てて駆け付けたのは、ヘルフェス王国の国王ウォルグからの命で駆け付けた、ディオス率いる聖騎士団第四部隊のメンバーだ。エレナと三葉は息を切らしながら、タクトの元へと走って来る。
「お前ら……もしかして、エシリアの親父さんが?」
「そうよ……!! ハァ……!! ハァ……っ、夜中に急に起こされてから来たから、時間が掛かったの。それで、『大罪騎士団』は? お姉様は来てた……?」
エレナからの問いに、卓斗は悔しそうな表情を見せながら、首を横に振った。
「見ての通り、逃げられた。やられるだけやられてな……けど、お前のお姉さんの姿は無かった」
「そう……」
三葉も息を切らしながら辺りを見渡し、怪我人を見つけると治癒魔法を掛けていく。すると、三葉の視界にヴァリとその隣で横たわるクザンの姿が映る。
「ヴァリちゃん!!」
「あ、ミツハも駆け付けて来てくれたんスね」
「その人、大丈夫……? 私、治癒魔法掛けれるけど……」
「ううん。今のクザンには治癒魔法は意味が無いっス。ケプリに五欲を奪われてるっスから……」
ヴァリの悔しさと悲しみの表情を見た三葉は、胸が締め付けられた。もし、自分の大切な人が同じ状態に陥ったと考えたら、きっと耐えられない。三葉には、今のヴァリの悔しさと悲しさは痛い程伝わって来ていた。
「ミツハ、ここは大丈夫っスから、あっちのヒナを見てやって欲しいっス。かなりテラも消費して、結構やばいっスから」
「うん、分かった!!」
そう返事すると、三葉はヒナの元へと駆け寄る。ヴァリは三葉の背中を見届けると、クザンの方に視線を移す。
「クザン、ヴァリが必ず助けるっスから。ケプリは絶対にヴァリが倒すっスから」
ヴァリは、『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスに対して、闘志を燃やしていた。
ケプリの『強欲』の異能である五欲を奪う能力に、ヴァリは一度掛かっている。その分、クザンの苦しみは誰よりも分かる。
一刻も早く、ケプリを倒してクザンを苦しみから解放させる。それが、今のヴァリが為すべき事だった。
「――ヒナちゃん!!」
ヒナの元に駆け付けた三葉は、ボロボロな姿のヒナを見て、激しい戦闘が行われていたんだと、実感と共に恐怖すら抱いてしまっていた。
「貴方は……タクトの……」
「直ぐに治癒魔法掛けるからね!!」
「ありがとう……貴方達には、助けられてばかりね……」
「そんな事ないよ。仲間なんだから、助け合うのは当たり前でしょ? でも、私達がもっとはやく駆け付けられてたら、この状況もこんなに酷くならなかったのかな……」
三葉にはそこが気掛かりだった。あと数分、あと数時間早く到着出来ていれば、被害を抑える事が出来たかも知れない。
「貴方が気にする事じゃないわ。来てくれただけでも有難いわよ? でも、この国がこうなってしまったのは、私の所為だから……『大罪騎士団』の狙いは私だった。私が素直に言う事を聞いていれば……この国の人達も、お父さんも死なずに済んだ……」
ヒナはそう言葉にすると、小さな背中を震わせて拳を強く握りしめた。三葉は、そんなヒナの姿をただ黙って見ている事しか出来なかった。
というより、どういう風に声を掛ければ良いのか思い付かなかった。戦争を経験した事の無い三葉にとって、こういった状況は耐え難い現実であり、どう言葉にすれば良いのか分からなかった。
「ヒナちゃん……」
戦場と化したマッドフッド国を見た聖騎士団第四部隊隊長のディオスも、この悲惨な現状に息を呑んでいた。
「最早、国とは呼べない程に……いずれ、王都にも危機が訪れるかもと思うと、ゾッとしてしまうね……」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。聖騎士団は強いんだから」
「うん、そうだね。それに、同盟国との関係も良い状態だしね。でも、『大罪騎士団』とは侮れないね」
廃墟と化したマッドフッド国を眺めながら、ディオスとミラは卓斗の元に歩み寄る。
「ディオスさん!! ミラさん!! 二人も来てくれたんだ」
「あぁ。でも、到着が遅かったみたいだね……申し訳ない」
「いやいや……俺も『大罪騎士団』の奴ら逃しちゃったし……」
「それよりタクトくん。既にエレナちゃんとミツハちゃんは会っているんだけど、君にも会わせたい人が居るんだ」
突然のディオスからの言葉に、卓斗は首を傾げた。『大罪騎士団』との激しい攻防戦を終えても尚、まだまだ卓斗に安らぐひとときは来ない。
卓斗達第四部隊は、ユニを副都へと送ってから一度王都へと戻る事になった。
――シルヴァルト帝国。魔法の研究や科学兵器などを開発する事を主にしている国。今までの歴史上でも、基本的には戦争には参加していない国だ。
「――それで、研究の結果はどうなった?」
資料や科学器具が沢山あり、散乱している部屋に居るのはシルヴァルト帝国の国王、ムシルハ・ディバードだ。
薄い水色の髪色で、襟足は短いが前髪が目に掛かるか掛からないかくらいの長さのエアリーな髪型。
細身で背丈も高く、黒色のスーツの様な服の上に白衣を羽織っている。
ムシルハの前には、同じ白衣を着た研究員が資料を手にし、ムシルハにある情報を伝えに来ていた。
「はい。やはり、不老不死の力を作る事は可能と考えて良いでしょう。かつて、エルヴァスタ皇帝国の皇帝陛下が作ったのと同じ様に」
「ほうほう。それは、良い結果だ。つまり、見つかったのか?」
「いえ、所在はまだ。ですが、手掛かりとなり得る情報は得ました。それから、捜索の方はヘルフェス王国の者に頼みました。そろそろ来る筈ですが」
「そうか。やはり伝説なだけあって、そう上手くはいかないか……だが、手掛かりがあるなら、完成も間近と言ってもいいな。どうだ、この件はお前に任せようと思っている――レン」
ムシルハが、研究員の反対側の方へと視線を向けると、そこには卓斗の幼馴染である、神谷蓮の姿があった。
卓斗らと共に副都を卒団した後、聖騎士団には入団せずに、シルヴァルト帝国へと赴いていた。そこで、ムシルハの元で研究の勉強をしていた。
元々、研究や実験といった事が好きだったのもあるが、第一の目的としては、日本へ帰る方法を別の角度で探す為だ。
卓斗らが聖騎士団からの視点で探し、悠利と李衣がジャパシスタ騎士団からの視点、そして自分はシルヴァルト帝国からの視点でという事だった。
蓮も既にシルヴァルト帝国の一員となっており、高校の時のブレザーの上に白衣を羽織り、入って間もないが風格が出ていた。
「僕がですか? まだまだ見習いで未熟者ですけど……」
「だからこそだ。この世紀の開発を成し遂げてみろ。これが完成すれば、不治の病を治す事も出来る。俺はお前なら成し遂げると信じている」
「ですが、使い道を誤れば、とんでもない兵器にもなりますよ。例えば、強大な敵が現れたとして、その者が不老不死の力を得てしまえば、世界など容易く……」
蓮の言葉を遮る様に、ムシルハは人差し指を立てて、不敵な笑みを浮かべると、
「甘いな、レン。俺はそこもちゃんと考えている。不老不死そのもの力でなく、病気などに作用する様に細工する。薬を使った者が不老不死になる訳では無く、あくまで不治の病を治す為の薬だ」
「成る程……では、僕も彼女の捜索をするのですか?」
「そういう事になるな。だが、護衛という意味でも聖騎士団に来てもらうんだ。安心して任務を遂行すればいい」
すると、その場に研究員に連れて来られた聖騎士団のメンバーが入って来る。
「ムシルハ殿!! 久しぶりだな!!」
「やぁ、ジョン。今回は我々の依頼を受けてくれて感謝する」
ムシルハからの依頼を受け、シルヴァルト帝国へと赴いたのは、聖騎士団第二部隊隊長のジョン・マルクスと副隊長のイルビナ・イリアーナ、隊員のサーラ・ハズバンド、オッジ・ダマルス、そして楠本繭歌だ。
「久しぶり……でもないか、でも、会えるのを楽しみにしていたよ、神谷くん」
「楠本さん……まさか、僕と楠本さんが行動を共にするとはね」
「そうだね。でも、僕達の面子の中じゃ珍しくも無い組み合わせだと思うよ。例えば、神谷くんが三葉か李衣と組む方が珍しいよね。それより、今回の依頼……」
繭歌の問いに、ムシルハが再び人差し指を立てながら、
「あぁ、そうだ、今回は君達に護衛を頼みたいんだ」
「護衛をするってのは聞いた。だがよ、目的は何なんだ?」
「うん、ある人物の捜索を行うんだが、捜索と護衛が俺からの依頼だ。その人物とは、獣人種族のナデュウという人物でね……」
ムシルハの口から出た名前に、イルビナが突然大きな声を上げた。
「はひぃ!? ナデュウですか!?」
「んだよ、イルビナ。そんなに凄い奴なのか? そのナデュウって奴はよ」
「はい!? まさか隊長、知らないんですか!? 獣人種族のリーダー格で人類で初めて魔獣と人間のハーフで不老不死の力を持つ伝説の人物ですよ!?」
ナデュウとは、エルザヴェートやフィオラと同じ時代に生まれ、尚且つ魔獣とのハーフという獣人と呼ばれる人物だ。
不老不死という特異な能力を持ち、エルザヴェートの歳を取らない禁忌の魔法、不老年珠はナデュウを元にエルザヴェートが開発していた。
だが、エルザヴェートによると、五十年前から行方や生存が確認が出来ていないとされている。
「獣人種族? それは聞いた事があるけどよ、ナデュウって奴の名は、俺は知らねぇな」
「知らない人が居るのも仕方がない。彼女は、五十年前の第二次世界聖杯戦争の時から行方知らずだからな。だが、必ず生きてる。なにせ、不老不死の能力を持っているからだ」
「不老不死か……そりゃま、なんとも羨ましい能力だな」
「ジョンの言う通り、我々としてもその能力については一目を置いている。それ故、研究の対象となった。だが、不老不死だからといってナデュウも幸せ続きだったとも言えないかも知れん。周りは不老不死ではないからな……同じ時代に生まれ、同じ時代を共に生きた仲間は誰一人残っていない。皇帝陛下達は同じ時代に生まれていたとは言え、味方では無かった様だからな」
それが、ナデュウの存在を知る者が少ない理由でもあった。だが、五十年前から行方が分からないとなれば、捜索は難航するのは目に見えている。
「でもよ、そんな奴見つける事出来るのか? 五十年前から誰も見た事が無いんだろ?」
「大丈夫だ。ナデュウを見つける手掛かりは見つけてある。おい」
ムシルハが合図をすると、部下の研究員が資料を手にしながら、
「ナデュウを見つける上での、最大の手掛かり。それは、獣人種族の存在です」
「それが手掛かり? ナデュウが見つからないんじゃ、その獣人種族も見つからないんじゃ無いの?」
繭歌の問いに、研究員は「フン」と鼻で笑うと、
「それが、見つけたんですよ、獣人種族を」
「見つけた? どこに?」
「それは、副都に在籍する、――ユニ・ディアという少女です」
――王都。ユニを副都へ送り届け卓斗達は、聖騎士団第四部隊の隊舎に到着していた。
「ディオスさんのこの魔法があれば、余裕で国と国を行き来出来るな……」
第四部隊一行は、ディオスの瞬間移動の能力で移動していた。この能力があれば、マッドフッド国にも余裕で間に合っていた筈。だが、一つの弱点があった。
「まぁ、タクトくんの言う事もあっているけど、瞬間移動の到達点を俺が一度記憶して置かなきゃいけないんだ。つまり、行った事の無い場所には飛べない。残念ながら、マッドフッド国には行った事が無くてね」
「成る程……それから、マッドフッド国は良かったのか? 途中でこっちに来たけど……」
「それも心配要らないよ。第三部隊が復興班としてマッドフッド国に向かってるから。それより、タクトくんにも会わせたい人が居るって言ったよね? 部屋で彼が待ってるから」
「彼?」
卓斗がどんな人物なのか想像しながら、隊舎の扉を開けると、同じ騎士服を着た男性が立っていた。
「――お前がタクト……か」
黒髪で襟足も跳ねていて長く、前髪を左側に流して左目だけ隠れていて、ウルフカットの髪型。
瞳の色は黒く、体も細くて筋肉質。背丈も卓斗と変わらない程の高さで、顔もかなりのイケメンだ。
「誰だよ……お前……」
「大した奴じゃ無さそうだし、面もシケてんな」
「は……は? お前、喧嘩売ってんのか?」
隊舎に居た謎の男に、突然として酷い事を言われた卓斗は苛立ちを募らせた。
「お前みたいな弱そうな奴、戦うつもりも無い」
「んだと、テメェ!!」
卓斗の怒りが頂点に達して、謎の男の方へと歩み寄ろうとした瞬間に、ディオスが卓斗の肩に手を置き止める。
「駄目だよ、喧嘩は。これから行動を一緒にするんだから、仲良くね」
「ちょ、こんな奴と行動を一緒!? って事は……」
「彼は、第四部隊の新たなメンバーだよ。ほら、君も喧嘩売らないで自己紹介」
「チッ、顔合わせただけで十分だろ」
そう言うと、謎の男は隊舎を去っていく。すれ違い様に睨みを効かせる卓斗をフルで無視して歩いて行き、卓斗の怒りは収まらないでいた。
「はぁ……全く、これからが思いやられるよ……」
「ディオスさん、何であんな奴が第四部隊に? てか、いきなり来て聖騎士団に入れるもんなのかよ」
「まぁ、彼は色々と特別でね。総隊長が実力を認めて、入団が認められた」
「んだよ、それ……てか、第四部隊じゃ無くていいだろ。俺らだけで十分なんだよ……クソ」
怒りが収まらない卓斗の元に、三葉が歩み寄り、
「あの人の名前、守屋七星っていって、私達と同じ日本人なんだよ?」
「は、は!?」
その驚きは、卓斗の怒りを簡単に吹き飛ばす程だった。そして、突然として第四部隊に新たなメンバー守屋七星が入団した。