第106話 『絶望の終わりと共に』
フィオラが実体化し、その存在感と威圧感は卓斗が出会って来た中で、ハルをも凌ぐものだった。
そして、フィオラの旧友である、エルザヴェート、セシファ、ティアラと共に、『大罪騎士団』との決戦が始まろうとしていた。
「久方振りの共闘だね。ここに、シャルとイオが居ないのが、少し残念だけど」
「イオはもう死んでおるが、シャルはまだ生きとる。契約者さえ見つかれば、もう一度会う事も出来るからのぅ」
「相変わらずの話し方だね、エルザヴェート。昔のまま、何も変わって無いのが嬉しいよ。セシファとティアラは契約者が居るんだね。龍精霊として生きて行かなきゃならない以上、契約者は大事にするんだよ?」
フィオラと話していると、千三百年前の思い出が一気に蘇ってくる。それと同時に、千三百年という長い月日も物凄く短く感じる程に、フィオラも同時から変わっていなかった。その事が、セシファもティアラも嬉しく感じていた。
「フィオラこそ、何も変わってませんね。こうして、久し振りに会ったにも関わらず、その様な気が全くしませんから」
「そうね。まさか、あんたにまで会えるとは思ってなかったわ。この間、セシファやエルザヴェートと久々に会えたと思ったら、まさかフィオラまで……それと、シャルなら大丈夫よ。シャルの契約者は、きっと僕ちゃんがなってくれる筈だから」
「僕ちゃん……タクトの事だね。うん、シャルの契約者はタクト以外にあり得ないよ。シャルとしても、それを待ち望んでいるに決まっているからね」
すると、フィオラ達の会話を妨げる様に、再びセルケトが叫んだ。
「のうのうと話しなんかしないでくれるかな? さっさと始めようよさ!!」
セルケトが手を前に翳すと、フィオラ達の足元が熱を帯び出す。その瞬間、地面から溶岩が噴き出す。
フィオラ達は軽やかに避けると、セシファが両手を合わせる。すると、吹き出した溶岩の場所に水が溢れ出す。
水は溶岩に触れると、蒸発し始め煙が立ち込めるが、水はどんどんと溢れ、やがて溶岩は黒曜石となり固まっていく。
「このまま一気に畳み掛けます!!」
セシファは、人差し指と中指だけを突き出し、その手を一気に横に振りかざす。すると、細長い水の刃の斬撃を放つ。
だが、ハル達はしゃがみ込んで避けると、すかさずヴァルキリアが神器グラーシーザを振りかざし、数発の斬撃を放つ。
「見た目が子供だから、戦いづらいんだよね!!」
「それ、君が言う台詞かな。それと、私達相手に神器は意味がないと思うよ」
フィオラがそう言葉にした瞬間、全ての斬撃を虹色の結界が閉じ込める。その瞬間、斬撃は結界の中で弾ける様に消えていく。
「じゃあ、私も久々に本気出そっかな」
ティアラが指をパチンと鳴らすと、黄色の雷で創った豹を五匹出現させる。
バチバチと雷鳴を轟かせながら、五匹の雷の豹はハル達の方へと走り出す。
「図に乗るな」
ハルは右手に真っ黒な細く長い剣を創る。鍔が付いておらず、峰もない剣だった。
「まさか、あれは……」
フィオラが言葉にした瞬間、ハルが真っ黒な剣を横に振りかざす。すると、地面が徐々に抉れ始め、まるで津波の様にフィオラ達の方へと大きく抉れていく。
ティアラの創った五匹の雷の豹は、抉れて盛り上がってくる地面に呑み込まれてしまう。
「セシファ、ティアラを頼むよ」
フィオラがそう言うと、セシファは無言で頷き、両手を合わせる。すると、水で創った大きな鳥が出現する。
セシファとティアラは、その鳥の背中に乗り、空高く上昇する。
「エルザヴェート、私達も空に飛ぶよ」
フィオラは片手を翳すと、虹色のテラがチリチリと集まりだし、やがてそこに、真っ白な鳥を出現させる。
セシファ達同様に、フィオラとエルザヴェートも真っ白な鳥の背中に乗り、空へと飛ぶ。
抉れて津波の様に迫っていた地面は、最初にフィオラが張った虹色の結界の所で勢いを止めた。
「たった一振りでここまでの威力……間違いないね、あれは神器クニクズシ」
「全く、厄介な神器を手にしたものよのぅ。妾も当時は苦戦したものじゃ。たった一振りで地形を変える程の破壊力を誇る神器……神器の中でも一番強いとされておるからのぅ」
ハルが創った剣は、神器クニクズシと呼ばれるものだった。シューラ・ヴァラ、グラーシーザ、レーヴァテイン、ヴァジュラに続き五つ目となる神器の登場だ。
この世界に五つしかない神器の二つを、『大罪騎士団』が持っている事は、厄介この上なかった。
「確かに、完成されてる神器の中だとクニクズシが一番強いかもね」
「あれが完成しておったらのぅ……」
「エルザヴェートが嘆くのはどうかな? 君を封印したが為に、未完成で終わったんだけどね。兎に角、彼がクニクズシを手にしているとなると、加減や油断は禁物だよ」
「神器を創ったフィオラが神器を警戒するとは、聊か変な話じゃの」
「元はと言えば、君を倒す為に創った武器だからね。黒のテラ対策もしてあるし、それぞれに特異な能力も付けた。事が終われば壊す予定をしていたんだけどね」
「妾だけの為ではないであろう。あの時代は奴もおったからのぅ」
「あー、ナデュウの事だね。久方振りに聞いたね、その名前。彼女はまだ生きているの?」
ナデュウの名に、懐かしむフィオラ。人間と魔獣のハーフで、魔獣界最強を誇った人物だ。
人間界最強と謳われたフィオラも、ナデュウとは幾度も戦った事があり、旧知の仲だった。
「ナデュウが第二次世界聖杯戦争を引き起こした五十年前に死んでる筈じゃ。直接、会ってはおらんから真相は知らぬがの。ただ、あれだけの莫大なテラを持ち、何処に居ても肌で感じれる程の殺気を放っておったが、その五十年前から何も感じなくなっておる」
「五十年前……それで、エルザヴェートは死んだと仮定したんだね」
空を飛び交う真っ白な鳥と、水で創られた大きな鳥。二匹の鳥を地上から眺めるハルが、神器クニクズシを振りかざす。
「っ!!」
その瞬間、フィオラの創った鳥とセシファの創った鳥は、形態を留める事が出来ない程の衝撃波に襲われ、弾ける様に消えてしまう。
「防御不可能の斬撃……これは、仕方がないね」
それぞれが地面に着地すると、コペルニクスの放った赤色の光の波動とケプリの放った白色の波動、ヴァルキリアの放った桃色の波動がフィオラ達を襲う。
「これは、私に任せて!!」
ティアラがそう叫んで両手を翳すと、透明のバリアを張る。それぞれの波動がバリアに触れた瞬間に弾き返し、波動はハル達の方へと飛んでいく。
「あらあら、魔法を弾き返す防御魔法ですか。これは少々、厄介な防御魔法ですね」
言葉とは裏腹に、笑顔を浮かべて余裕を見せるコペルニクス。だが、余裕なのはコペルニクスだけでなく、『大罪騎士団』のメンバーは焦り一つ見せなかった。
「下らん魔法だ」
ハルが手を翳すと、弾き返された波動は弾ける様に消えていく。そして再び、両者は睨み合う。
「神器クニクズシ、どこで手に入れたのかな?」
「質問に答える義務は無いな、フィオラ。貴様が創った剣で貴様の命を奪ってやる」
すると、ハル達の後方から物凄いスピードで何者かが通過し、フィオラ達の目の前に現れる。
「――っ!! 君はさっきの……」
「俺を本気にさせやがって……くそ面倒臭ぇな!!」
先程フィオラに吹き飛ばされたファルフィールが、額や腕から大量の血を流し、全身に赤色のテラを纏わせて右手を振りかざしていた。
「動けないくらいの威力で飛ばした筈だけど……力を抑え過ぎたかな」
「妾に任せ」
すると、エルザヴェートが大剣の黒刀を創り、ファルフィールの拳に合わせる様に黒刀を振りかざす。
拳と黒刀が交わった瞬間、抉れた地面が更に抉れる。
「何ちゅう力をしておるんじゃ、其方」
「あんたこそ、良く防げたな……くそ怠ぃ」
ファルフィールとエルザヴェートが睨み合う中、突然としてハルの全身から黒煙が溢れ出す。
「もう面倒だ。この黒煙で全員呑み込んでやる」
「『黒煙』の黒のテラ……神器クニクズシに『黒煙』とは、君はイオと同じ道を歩んでるね。そのままだと、君も黒のテラの力に呑み込まれて終わりだよ」
「俺は終わらない。終わるのは貴様の方だ」
「なら、仕方がないね」
そう言ってフィオラは手を翳す。すると、ファルフィールが何かを感じ取り、突然後方へと下り距離を取る。
「何だ……この感じ……」
フィオラが悪戯な笑顔を見せた瞬間、神々しく美しい虹色が少し掛かった真っ白な光が辺りを照らす。
光を浴びた黒煙は徐々に消え始め、ハル達も全身に何かの違和感を感じた。
光はより一層に強さを増し、全員の視界は真っ白に遮断される。
やがて、光が収まり消えていくと、その場にはフィオラ達の姿しか無かった。
『大罪騎士団』の姿は何処にも無く、戦場と化したマッドフッド国に静寂が流れる。
「そんな魔法、昔には見せた事が無かったが、何をしたんじゃ?」
「それもそうだよね。これは、白のテラの魔法。君を封印した時に私は白のテラに行き着いた……まぁ、自分ごと封印したから白のテラを使う機会が無かったからね。これは、私が敵だと認識した全ての者を跡形も無く消し去る魔法だよ。勿論、黒のテラの効力も無効化してる」
「そういえば、タクトが白のテラを使えば、フィオラを解放出来ると言っておったが、今フィオラがやる事は出来んのか?」
「うーん、ある意味都合が良くてね……自分で使った黒のテラの効力を自分の白のテラで無効化する事は出来ないんだ。他者からでないと封印は解けない」
その理由で、フィオラは卓斗に白のテラへと行き着く様に願っていた。そして、必ず行き着くと確信もしていた。
「では、『大罪騎士団』は消え去ったって事ですね?」
「いや、消え去る事が出来ていれば良かったんだけど、異空間移動で逃げられたみたいだね」
「ここで始末出来ていれば、世界の終焉はひと段落じゃったんだがのぅ」
すると、その場に戦闘を見守っていた卓斗達が駆け付ける。
「フィオラ!!」
「ごめんね、私が居ながら逃げられてしまったよ」
時刻は朝を迎え、漸く絶望の終わりが訪れた。マッドフッド国の半分が壊滅となり、死者も負傷者の数も計り知れない数だった。
『大罪騎士団』による宣戦布告は、全世界が見過ごす事が出来ない状況まで来ていた。
『賢者様』と呼ばれ、アスナの祖父でありエレナの執事だったウィル、ヒナの父親であるフューズ、マッドフッド国グランディア騎士団のシュリ、ガイエンが殺され、クザンは植物状態となり、被害は甚大だった。
「くそ……許せねぇ……」
この状況に、卓斗は只々怒りと悔しさが溢れた。何より、『大罪騎士団』のリーダーであるハルが、若菜の幼馴染で恋人だった芹沢春だったという事が、信じれなかった。
今後、必ず『大罪騎士団』との戦いは訪れる。その時、若菜がハルと再会する事が怖かった。若菜の気持ちを考えれば考える程に、胸が苦しくなる。
それは、エレナに対しても同じだった。『大罪騎士団』のメンバーの中に、死んだ筈の姉であるエリナ・カジュスティンが居た事だ。
そもそも、今回の戦いもフィオラが現れなかったら、この場に居る全員は黒煙の能力により死んでいた。これからの『大罪騎士団』との戦いに向けて、対策などを考えなければならなかった。
「タクト、君がフィオラの秘宝を宿している事は、彼らにバレてしまった。恐らく、今後彼らはタクトの命を狙ってくる。その時、私は今の様には力になれない。自力で乗り越えるしかないんだ。でも、タクトの力になってくれる人は居る。ここに居る皆の他にも、タクトの仲間、皆の力が必要になってくるんだ。一人で背負い込もうとすれば、それは『大罪騎士団』の思うツボだよ。それから、タクトはシャルの契約者になるんだ」
「そう言えば、前にも言ってたな。俺の知りたい答えを、シャルが教えてくれるって。シャルってどんな奴なんだ? 何で俺の知りたい答えを知ってるんだ?」
「それも、シャルに会えば全て分かる……と言うのは、少し意地悪かな。でも、こうでも言わないと契約者にならないでしょ? 私から言える事は、タクトはシャルの契約者になるべきだよ」
正直、ここまで言われるとシャルに会って話をしたいと思っていた。シャルが何を知り、何を教えてくれるのか、それが気になって仕方がなかった。
「俺がシャルの契約者……契約者ってどうすれば出来る?」
「じゃあ、私が説明するわね」
卓斗の質問にティアラが答える。
「まずは、シャルを見つける所からね。神出鬼没だから、最初が一番苦労すると思うわ。それに、龍精霊は感知不可能だから自力で探さなくちゃいけないわよ。見つける事が出来たら、隙を突いて背中から自分のテラを流し込めば良いだけよ。シャルの体が白く光れば契約完了となり、シャルは人間の姿に戻るわ」
「それが契約の方法なんだな。分かった、俺はシャルの契約者になる。そんで、俺の知りたい答えを聞く」
龍精霊シャルの契約者になる事を決意した卓斗。だが、伝説と呼ばれる程の強さを持つ、悪辣なる龍を相手にしなければならない。
セラと三葉を瀕死に負いやった龍を相手に、そう簡単に契約出来るとは思ってもいないが、答えを聞く為に卓斗はシャルと契約しなければならない。
「それにしても、フィオラとこうして会えるとは、思ってもおらんかったのぅ。永きに渡りフィオラの秘宝を探し続け、タクトに宿っていると聞いた時も驚いたがの」
「確かに、エルザヴェートが探し回る羽目になるのは仕方がないよね。フィオラの秘宝は人に宿るというのを知らないからね。でも、君がこの世界を、この時代を長年見守り続けてきた事が、私としても嬉しいよ。一度は滅ぼそうとした君が、今はこうして救おうとしている……今の時代を担う、彼らと共にね」
フィオラはそう言うと、アスナ達の方を見やる。アスナは『大罪騎士団』を仕留める事が出来ず、逃してしまった事に苛立ちを募らせていた。
その隣では、エティアがリューズベルトとラシャナからの悲報を聞かされ、涙を流して肩を落としている。そんなエティアに、ヴァリが優しく抱きしめていた。
杖に腰掛けて、フワフワと浮遊しながらフィオラ達の方を見つめるフィトスや、横たわって体を休めているヒナを側で見守るラディスとユニ、フィオラにとっては彼らが世界を救う為に必要な存在なんだと、卓斗が協力を得るべき人達は彼らなんだと、改めて実感していた。
「確かに、長年時代を見てきた妾にも、今の時代はとてもいいものに見えておる。かつては争い合っていた国同士が手を取り合い、互いを助け合う。僻み、妬み、憎しみ、それらが消えるにはまだまだ時間が掛かるが、確実にこの時代は平和へと進んでおる。フィオラが心配せずとも、この世界、この時代は妾が滅ぼさせん。この世界、この時代こそが、妾らの生きた証じゃからのぅ」
エルザヴェートの言葉に、フィオラは言葉で返さずに、優しい笑顔を見せた。フィオラやエルザヴェートの思いは、セシファやティアラも同じ思いで、フィオラとの再会でその思いは強さを増し、『大罪騎士団』による宣戦布告を受け、被害は被ったものの、結束は確実に固まっている。
今の時代ならば、世界の危機を乗り越える事が出来るかも知れない。手を取り合い、共に立ち向かえば、希望の光は自ずと、自分達に降り注ぐ。
「残念だけど、そろそろ時間かな。会えてよかったよ、エルザヴェート、セシファ、ティアラ」
「そうか……少しの時間じゃったが、久方の会話を楽しませて貰った。タクトと共に、必ず其方を解放する。その時まで、暫し待っておれ」
「私も、彼とエルザヴェートに協力します。次に、会える時まで」
「そうね、久々に会ったけど、今度はシャルも交えて昔話でもしようじゃない。またね、フィオラ」
フィオラは旧友の顔を目に焼け付ける様に見つめると、卓斗の方に視線を移す。
「タクト、今回は私が実体化した事で、君は助かった。でも、次に同じ事があった時、今回の様に助ける事が出来ない。それを、ちゃんと分かっているんだよ? それから、シャルと契約すれば君の知りたい答えを教えてくれる。その上、シャルは君にとって心強い味方になるから、シャルと仲良くね。後、もし黒のテラに呑み込まれそうになったら、冷静に自分を保つんだよ。決して諦めてはいけない。必ず、白のテラへと行き着くんだ。私は君を信じているよ」
「んだよ、そんなにいっぱいの事言って、まるでもう会えねぇみてぇじゃんかよ」
「今回の実体化で、私は暫くまたテラを溜め込まないといけないんだ。恐らく、君が生きて居られる間にまたこうして会ったり、声だけで会話したりが出来なくなる。次に君に会えるのは、私を封印から解放してくれた時だと思ってもいい」
実力や知識がここまで心強いフィオラと、解放するまで会えなくなるのは、卓斗としても痛い誤算だった。
時折フィオラからくる助言や、今回の様に実体化となり助けてくれたりと、卓斗にとってフィオラの存在は必要不可欠となっていた。
その分、フィオラからの言葉を聞くと、寂しく感じていた。それは、卓斗だけでなく旧友であるエルザヴェート達も同様だ。
すると、フィオラの体が白く光り出し、足元から徐々にフィオラの姿が薄くなっていく。
「フィオラ、必ず解放するから、待ってろ。そんで、この世界も守り通してやる。約束だ」
卓斗の言葉を聞き届け、フィオラは温かい笑顔を見せると、その姿は光と共に消えていった。
――とある場所で、歪んだ空間からハルと『大罪騎士団』のメンバーが飛び出す様に現れていた。
「わっ、ハル兄、良かったの?」
「流石にあの魔法は俺でも対応出来ん。だが、タクトの中にフィオラの秘宝が宿っているのが分かった以上、奴を生かしておく訳にはいかん。俺の手で必ずあの世に葬ってやる」