第105話 『希望の光』
「何で……フィオラが……ここに……」
朝方を迎え、戦場と化したマッドフッド国に、一際目立つ異彩を放つ少女が立っていた。
一度死を確信し、絶望の淵へと落とされた筈の卓斗達の意識はしっかりと戻り、そしてその存在をしっかりと視界に捉える。
「こうもまじまじと見つめられると照れるよ」
その存在に、この場に居る全員が目を奪われた。それは、ハルや『大罪騎士団』のメンバーも同じだった。
その絶対的な存在感を前に、誰も動けずに居た。動けなくする魔法を掛けている訳でも無く、只々その存在に目を奪われ、体が硬直した様な感覚になる。
そして、卓斗やハル達以外にも、その存在に目を奪われた者が居た。それは、かつての旧友であり、フィオラの秘宝からの救出を試み続けた者――否、エルザヴェートだ。
「其方は……本物かの……?」
「久し振りだね、エルザヴェート。見た目が変わって無いのが、やっぱり、久々に会った気がしないけど」
千三百年前と変わらぬ声、変わらぬ笑顔で話し掛けるフィオラに、エルザヴェートの目に涙が溜まる。
「セシファとティアラも居るみたいだね。二人も変わらず、何よりだよ」
「フィオラが……目の前に居るんですね……信じられないです……」
「あんた、本物のフィオラ? 大体、フィオラの秘宝から出られないんじゃないの?」
セシファとティアラも、フィオラの突然の登場には驚きが隠せない。二人も当然、フィオラと再会するのは千三百年振りだ。
何よりも驚かされたのは、フィオラの秘宝に封印されている筈のフィオラが目の前に居る事だ。
「本物と言えば本物だよ。でも今の私は只の思念体でしか無い。死の淵へと迷い込んだタクトの、生きたいという強い力に私の力を込めて、一時的にこうして姿を見せる事が出来てる。時間が来ればまた私は秘宝の中に戻るって事だよ。それより、懐かしむのは後にして、まずは彼らをどうにかしないとね」
そう言うと、笑顔を見せていたフィオラは突然真顔になり、視線をハル達の方へと向ける。
「フィオラ……何故、貴様がここに居る? フィオラの秘宝がこんな所にあったとでも言うのか? そいつとの関係性は何だ?」
「君がハルなんだね。成る程、タクトの声は聞こえていたけど、外の世界が私に見えていた訳では無いからね。タクトと同じ、オーラを感じるね。異界者である君が『世界を終焉へと導く』……全く、タクトの居た世界の人間はこうも干渉してくるとはね」
「俺の質問に答えろ」
フィオラのマイペースな口調に、苛立ちを募らせるハル。それはハルだけでなく、他の『大罪騎士団』のメンバーも苛立ちを募らせていた。
「へぇ、この子がフィオラなんだ。初めて見たけど、私より歳下なのかな? まぁ、不老の魔法使ってるから中身はお婆さんなんだけどね」
「私が歳下に見えるのも、仕方がないね。でも、お婆さんって呼ばれるのも嬉しくないかな。君達『大罪騎士団』は、確かに特異な能力の持ち主の様だね。時代は流れる都度に進化する……私が生まれた時代には存在しなかった能力ばかりだね」
『大罪騎士団』のメンバーを見ている様で見ていない態度のフィオラに対し、苛立ちが膨れ上がったファルフィールが叫んだ。
「突然出て来て、出しゃばってんじゃねぇよ!! くそ面倒臭ぇな!!」
ファルフィールが両手をフィオラに向けて翳す。すると、目に見えない空気の波動を放つ。だが、
「空気を扱う能力……確かに、厄介な能力だね。でも、私に勝負を挑んだ事は、後悔する事になるよ」
そう言ってフィオラが人差し指をファルフィールの方へと向けると、空気の波動は一瞬にして搔き消え、ファルフィールは突然として物凄い勢いで後方へと吹き飛ばされる。
「――がっ!?」
地面を勢い良く転がり、体勢を整えようにも勢いが強過ぎて整える事も出来ない。
ファルフィールはそのまま、廃墟と化した建物へと突っ込んでいく。
「ファルフィールお兄ちゃんの能力を見切ったの?」
「見切ったも何も、私には全て視えているからね」
フィオラから感じる異質に、ヴァルキリア達も動揺し始めていた。ハルをも凌ぐ存在感と威圧感は、『大罪騎士団』だけでなく、卓斗達にも影響していた。
卓斗でさえも、以前フィオラと会った時には感じなかったオーラに、冷や汗が止まらないでいた。
「お前……本当に、フィオラなのか……?」
それはまるで、以前とは全くの別人なのでは無いかと思えてしまう程だった。
だが、フィオラはそんな卓斗に悪戯な笑みを浮かべながら、
「そこを疑うのはどうかと思うよ? タクトと私は一度会っている筈だけど……もしかして、もう忘れてしまった?」
「いや……忘れてねぇけど……なんか、別人の様にしか見えなくてさ」
「うーん、タクトと初めて会った場所は、私との精神を繋げた精神世界だったからね。誰にも干渉されない特別な空間で、タクトと話す事以外に必要の無いものは省いていたからね。けど今は違う……こうして私が実体化出来たのも、恐らくこれが最後になる。精神世界で会うだけでもかなりのテラ量を必要とするからね。こうして実体化するのに必要なテラ量は、タクトなら予想出来る筈だよね」
以前の邂逅で、フィオラが卓斗と精神世界で会う為に必要なテラ量は、卓斗が一日に全てのテラ量を使ったとして、その五年分に相当すると話していた。
つまり、実体化となるとそれ以上のテラ量が必要となるのは明確だった。
「心配しなくても、これくらいのテラ量なら使っても平気だから。でも、またこうして実体化するには、それなりの蓄えが必要だからね。恐らく、タクトが生きている間は不可能かも知れないね」
「実体化って事は、時間が限られてるって事か?」
「その通り。私がこうして実体化出来る時間は決まっている。でも、精神世界でタクトと話した時間よりは長く居れる筈だよ。この間に彼達を倒さないとね」
そうなると、卓斗としても疑問はいくつも出てくる。
「実体化出来るんだったら、わざわざ誰かに宿らなくてもいいんじゃねぇのか?」
「連れない事を言うね。私だって一応人間なんだよ? ちゃんとした状態で生きたいんだよ。まぁ、不老って時点で人間味は無いんだけどさ」
フィオラも人間の一人で、ちゃんとした世界で生きたいという願いを持っていた。例えそれが、不老という特異な人間だったとしても。
「――貴様が本物のフィオラなら、ここで始末する必要がある」
卓斗とフィオラの会話を打ち消すかの様に、ハルが口を開いた。先程まで卓斗達に向けていた殺気とは違う殺気を放っていた。
冷たく、憎悪に満ち溢れた殺気だ。それは卓斗達も肌で感じ取っていた。
「私の始末……そうか、世界を終焉へと導くのには、私が邪魔って事かな」
「あぁ、その通りだ。貴様が封印されていた筈のフィオラの秘宝がこんな所にあったとは思わなかったが……その上、そいつの体の中に居た様な口振りだったが?」
そう言うとハルは、卓斗を強く睨む。世界を終焉へと導く為の行動に、ひたすら干渉し邪魔をする卓斗の中に、フィオラの秘宝があった事にハルは苛立ちを募らせた。
「まぁ、私がこうして実体化してしまった以上、タクトの中にフィオラの秘宝がある事は分かってしまうね。君が私を邪魔に思う理由は何なの?」
「この世界、この時代は簡単に言えば貴様が創ってきた様なものだ。人間がテラを宿し、魔法を武器に争いを続ける。魔法は平和に不必要な存在だ。簡単に人を殺め、簡単に国を落とせる。魔法が争いを生み、憎しみを創る。その魔法の根源であるテラを滅するのが俺の目的だ。この世界を終わらせ、新たな世界を築く。テラも存在しない、魔法も存在しない……新たな世界へとな。その為に、この世界を創り上げた貴様は生かしておく訳にはいかん」
「君の言っている事は確かに正しいね。その言葉を聞いているだけだと、如何にも平和主義者と言った所かな。でも、生まれてしまったものは生まれたものだよ。この世界に、この時代に生まれたのなら、この世界、この時代に生きなきゃいけない。神が惑星を創り、神が生物を生み、神が時代を流した。神でない君が、時代の流れを断つ事は許されないんだよ」
「まさか貴様が神を崇拝するとはな。神など所詮は伝説の話だ。そんなものを信じる奴など、今の時代に存在しない。仮に神が存在していたとしても俺には関係ない。この世界も、神とやらも、どうなろうが知った事では無い」
「異界者の君に、この世界を終わらせる訳にはいかないんだよ。この世界の人間でない君が、干渉していい訳がないよね」
二人の会話が続く中、ある人物が会話を妨げた。怒りに満ち溢れ、震える声で叫んだ。――否、セルケトだ。
「突然現れて……僕らの邪魔をして……ムカつくんだよね、お前!! もうこの国も、お前らも、全部滅茶苦茶にしてやるからさ!!」
そう言ってセルケトは両手を空へと翳す。すると、朝日が出始めている空から、数十個という数の隕石が落ちてくる。
その大きさは、一つ一つが数十メートル程あり、その全てが落下でもすれば、マッドフッド国など微塵もなく吹き飛ぶであろう。
大地を揺るがす程の轟音が鳴り響き、隕石は熱を帯び、真っ赤に染まりながら落ちてくる。
「皆は私より後ろに下がっていて」
すると、一歩前に歩み出したフィオラが、そう言葉にした。空を見上げて、数十個の隕石の雨を見つめる。
「俺も手伝う」
そう言って卓斗は、フィオラの横に並び立つ。見た目の年齢が十歳で止まっているフィオラの身長は低く、卓斗の溝内辺りに顔の位置がある。
だが、その姿は見た目とは全く違い、誰よりも勇敢で強かった。そんなフィオラに、後押しされるかの様に卓斗も鼓舞していた。
「手伝ってくれるのは有難いんだけど、危険だから私一人で大丈夫だよ」
「そんな危険なもんに、女の子一人で任せる訳にはいかねぇだろ」
すると、フィオラは少し驚いた表情を見せて卓斗の方へと視線を移す。
「うーん、私を女の子扱いしてくれるのは嬉しいんだけど、年齢で言えば千歳をゆうに超えているからね。女の子とは呼び難いよ。でも、ありがとう。ここは私に任せて」
そう言ってフィオラが両手を広げると、虹色の結界の様なものがマッドフッド国全体を覆う。
まるで、オーロラが目の前にあるかの様な光景に、思わず卓斗も目を奪われた。
そして、空から降ってきた隕石が、虹色の結界に触れた瞬間、その場で大爆発を起こし、欠けら一つ残らず消えていく。
「何だ……この結界……ムカつく……!!」
自身の魔法を簡単に防がれ、セルケトは更にフィオラに対して苛立ちを募らせた。
「セルケトお姉ちゃん、私も手伝う!!」
すると、今度はヴァルキリアが神器グラーシーザを一瞬で振りかざし、目視不可能な速さの斬撃を放つ。だが、
「神器グラーシーザ……君が持っていたんだね。どうやら、存分には扱えていない様だね」
フィオラは、目視不可能な斬撃をいとも簡単に掴み、握った瞬間に斬撃は弾ける様に消えていく。
「避けるでも、弾くでも無く、掴んだの……? やるね、お嬢ちゃん」
「女の子ならまだしも、お嬢ちゃんは不快だね。特に、まだ十歳程の君に言われるのは、どうかな」
フィオラがヴァルキリアを見つめていると、隣にエルザヴェートとセシファとティアラが並び立つ。
「妾らなら、共闘しても構わんよのぅ?」
「うん、そうだね。セシファとティアラも、久方振りの共闘といこうか」
フィオラはセシファとティアラにも笑顔を見せる。千三百年振りとなる共闘に、セシファもティアラも胸が高鳴っていた。
「ティアラ、手伝った方がいいっスか?」
すると、フィオラ達の少し後ろに居たヴァリやフィトス達も戦える準備は整えていた。
「いや、ヴァリ達はそこに居てていいわ。ここは、私達に任せて」
「なら、僕も必要は無いね」
ティアラの返答に、フィトスはそう言葉にしてセシファを見つめた。セシファも無言で頷き、視線をハル達の方へと向ける。
だが、フィオラ達だけに任せる事に、納得のいかない者も数名居た。
「――聊か納得がいかんな」
そう言葉にしたのは、ガガファスローレン国の国王女である、アスナ・グリュンデューテだ。
その隣では、アスナの言葉に賛同するかの様に頷く、マッドフッド国国王女のエティア・ヴァルミリアとアスナの側近であるサムが立っていた。
「私達も戦います」
エティアにとっては、戦わない訳にはいかなかった。自分の国が滅茶苦茶にされ、大事な仲間や民達が殺され、見ているだけだと、そんな自分が許せなくなる。
「私はこの国の王です。この国を守る義務があります。他国の貴方達だけに任せる訳にはいかないんです」
「その通りだとは思うけど、一緒に戦った事のない人達とは上手く連携も取れない。下手をすれば、私の魔法の巻き添えを喰らう事だってある。エルザヴェート達は私の旧友だからね、連携もそれなりにある。だから、ここは任せてくれないかな。私がこうして、実体化出来て居られる時間も限られているんだ」
フィオラの言葉にエティアは喉を詰まらせた。言っている事も分かるが、それでも自分のプライドが許さない。すると、ヴァリがエティアに歩み寄り、肩に優しく手を置くと、
「ここは、ティアラ達に任せるっスよ、エティア。アスナ国王女も、了承して欲しいっス」
「助けに駆け付けた余が、卿等に助けられたとなれば、余のプライドはどうなる? 連携など、その場その場で即座に対応すればよいだけだろう。それとも、この『戦女神』は足手纏いだとでも言うか?」
アスナとしても、エティア同様にプライドが高い。ただ見ているだけなど『戦女神』としても許せなかった。
「アス、身を引くのも一つの戦略よ? 私達は十分に戦ったわ。これ以上無茶をして、アスが怪我をすれば意味が無いわよ」
「ふん、余があいつらを相手に怪我などするか。まぁ、サムに免じて話は呑んでやるか。だが、少しでも押される様な事があれば、余は戦う。それでいいな?」
アスナは太刀を背中の方へと回すと、紫色のテラが刃に纏い始め、やがて鞘の姿へと変わっていく。
「あぁ、いいとも」
エティアとアスナを説得し、フィオラは再びハルの方へと視線を向ける。
『大罪騎士団』のメンバーも、戦闘態勢に入り、両者は睨み合う。
フィオラ達の後ろで、卓斗もその背中を見つめて居た。初めて見るフィオラの戦闘を、見てみたいという感情が出ていた。
すると、その隣にユニとヒナを肩で抱えたラディスが歩み寄る。
「兄貴、師匠達の本気の戦い初めて見るよな」
「あぁ、エルザヴェートさんは修行も一緒にした事あるから、何となく強いのは分かってるけど、セシファとティアラは全然分かんねぇ。それに、フィオラもな」
卓斗がチラッとラディスの方を見やると、ヒナが未だに息を切らしながら、虚ろな目をしていた。
黒のテラの暴走で、テラを激しく消耗した為だ。
「ヒナ、もうすぐ終わるから、ゆっくり休んでろ。お前も十分に頑張ったんだ」
「うん……ハァ……ハァ……ありがとう……タクト」
夜が明けて朝日がマッドフッド国を照らし始め、フィオラ達と『大罪騎士団』との決戦が始まろうとしていた。