第101話 『マッドフッド国攻防戦2』
「貴方の、欲は、もっと、欲しい。私に、欲を、頂戴?」
「ティアラ、ケプリに触れられたら駄目っスよ。ケプリは人の五欲を奪う事が出来るっス」
龍精霊騎士ヴァリ・ルミナスと龍精霊ティアラは、『大罪騎士団』の『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスと睨み合っていた。
「五欲を奪う……」
「色、声、香、味、触の五つの人間の欲を奪うっス。奪われたら、人は植物状態と化すっスよ」
「なかなか厄介な能力者なのね。でも、私に対しては相性が悪いんじゃない?」
「それもそうっスね。『時詠みの力』があれば、ケプリの能力は怖くないっスね」
二人の会話を聞いていたケプリは、不思議そうに首を傾げながら、
「時詠みの力? それは、聞いた、事が、ない、力」
「それもそうっスよ。この力の存在を知っているのは、ティアラの旧友を除いて、ヴァリだけっスから!!」
そう言うと、ヴァリはケプリの元へと走り出す。そして、足に黄色の雷を纏わせると、一瞬にしてケプリの背後に回り込む。
「前回と同じ様にはいかないっスよ!!」
ヴァリは神器レーヴァテインの太陽の剣を振りかざす。橙色の炎が吹き荒れ、ケプリを呑み込む程の炎の渦が包み込んでいく。
「ヴァリ、顔を横に逸らして!!」
ティアラがそう叫ぶと、ヴァリはすかさず顔を横に逸らす。その瞬間、炎の渦の中から白いビームが飛んできて、ヴァリの頬を掠める。
「やっぱり、こんなもんじゃ倒せないっスよね」
炎の渦が段々と中心に向かって渦巻いていくと、ケプリの体の中にどんどんと吸収されていく。
「成る程、私が、ビームを、放つのを、読んだ、という、事」
「焦れったい話し方っスね!!」
ヴァリはすかさず、神器レーヴァテインの月の剣を横に振りかざす。
ケプリは何も動かないまま、月の剣を迎える。その瞬間、ケプリの全身にバリアが張り、月の剣を防ぐ。
そして、右手に吸収した炎を纏わせると、ヴァリに向けて殴り掛かる。
「それはヴァリの炎……!! だったら……!!」
その瞬間、ケプリの腕に纏っていた炎が消えると、ヴァリはケプリの右手を膝で払い上げ、すぐさま回し蹴りでバリアごとケプリを蹴り飛ばす。
勢い良く転がるケプリは、ティアラの居る方へと転がっていく。
「ごめんね、お嬢ちゃん」
すると、ケプリはバリアの結界に閉じ込められ、バリアに激突して勢いが止まる。
「これは、結界……私を、捕らえた?」
「ううん。悪いけど、お嬢ちゃん達は生かして置いてはいけないみたいなのよね。だから、爆ぜてくれる?」
その瞬間、結界が突然として爆発する。爆風により黄色の長い髪が靡くティアラは、爆煙が上がる場所を目を細めて見つめていた。
「成る程、確かに厄介ね」
爆煙が消えていくと、そこには悠々と立つケプリの姿があった。傷一つ無く、ジト目でティアラを見つめている。
「お嬢ちゃん、どんな仕組みか知らないけど、何をしたの?」
「私に、魔法は、効かない。やるだけ、無駄」
「魔法が効かない……ふーん。じゃあ、魔法じゃなけりゃいいんだよね?」
ティアラがそう言葉にした瞬間、ケプリの背後にヴァリが移動し、神器レーヴァテインを鞘に収め、拳に黄色の雷を纏わせて振りかざしていた。
「魔法が効かないんじゃ、神器は意味ないっスからね。体術で行くっスよ!!」
ヴァリの拳がケプリに近付いた瞬間、拳に纏っていた黄色の雷は、ケプリの体の中に吸収されていく。だが、ヴァリはそのまま拳を振りかざした。
ケプリはヴァリの拳を避けると、ヴァリの腹部に手を当てがおうと伸ばす。
「させないわよ」
だが、その瞬間にティアラがケプリの掌とヴァリの腹部の間に結界を張り、ケプリが手を当てがうのを防ぐ。
ヴァリはそのまま前宙する様にジャンプし、ケプリにかかと落としを決め、地面に叩きつける。
「もう一発っス!!」
ヴァリはそのまま、倒れ込むケプリの背中を殴り付けた。その瞬間、地面は大きく抉れ、円形にヒビが入る。
「勝負ありっスね――っ!!」
その瞬間、地面から白いビームが突然と放たれ、ヴァリの頬を掠めていく。
「まだ生きてるっスか」
「私を、怒らせた。皆殺しに、する」
立ち上がったケプリの周りには、銀色の球体の機械の様な物が飛び交い始める。その数は数十個にも及ぶ。
次の瞬間、数十個の球体から白いビームが次々に放たれる。ヴァリは避けていくが、休む暇を与える事なく、白いビームを放ち続ける。
「これで、貴方の、時詠みの力は、使えない。それに、一度、使えば、インターバルが、ある」
「ふーん、そうね。考えたわね。確かに、これじゃあ時詠みの力を使っても意味が無いわね。それに、インターバルにも気付くなんて勘がいいわね」
避け続けるヴァリの一方、ティアラは自身にバリアを張り、白いビームを防ぎ続けていた。
「あの子の、頬に、二発目の、ビームが、掠めた、時、貴方は、時詠みの力を、使わなかった。それは、使わなかった、でなく、使えなかった、そういう、事」
「悔しいけど、大正解ね」
避け続けるヴァリにも限界は近く、徐々にビームがヴァリの体を捉え始めていた。
腕や足を掠めると、服はチリチリと焼け焦げ切り傷が付いていた。
「ハァ……!! ハァ……!! キリがないっス……!!」
「ごめんね、ヴァリ。遅くなった!!」
すると、ヴァリの全身にバリアが張り、ようやくビームからの攻撃から逃れたヴァリは、息を切らしながらその場に膝を付く。
「遅いっスよ……ティアラ……ハァ……ハァ……」
「結界の中に居れば問題ないから休んでて。後は、この状況をどう打破するかよね」
結界の中に居て、ビームからの攻撃に逃れられていると言えど、それは永遠ではない。
ティアラの結界にも限界はあり、割れるのも時間の問題だった。
「仕方ないか……ヴァリ、アレを使うわよ」
「本当に言ってるっスか……!? アレはここぞって時にって……」
「今がそのここぞって時でしょ? 相手が相手なんだから、本気でいかないと死ぬわよ」
「そうっスね。じゃあ、やるっスよ!!」
すると、ティアラが掌を翳し、飛び交う球体をなぞる様に手を動かすと、全ての球体を結界が捉える。
そして、ティアラが掌を握ると全ての結界は爆発し、球体はボロボロになって地面に落ちていく。
「まだ、何か、する気? 諦めて、欲を、私に、頂戴」
「欲をあげるとしても、お嬢ちゃんにはあげたくないわね。だから悪いけど、この勝負は勝たせて貰うわね」
ティアラはそう言葉にすると、ヴァリの隣に移動する。そして、ヴァリの肩に手を置くと、ティアラの全身が白く光り出す。
「この状態になるのは、二回目っスからね。継続時間は少ないっスから、一瞬で決めるっスよ」
「丁度、セシファとエルザヴェートも居るし、私とヴァリの強さを見せつけるわよ」
白い光りはティアラとヴァリを包み込んでいく。目が眩む程の、眩ゆい光りが辺りを照らす。
そして、光りが収まっていくと、そこにはティアラの姿は無く、ヴァリだけが立っていた。
だが、その姿を見たケプリは、不思議そうに見つめたまま首を傾げる。
「その、姿は……」
「これが、龍精霊騎士の真骨頂っスよ」
ヴァリの背中には、金色に輝く龍の羽が生え、金色の尾や頭からは角が二本生えていた。
その姿は神々しく、人間の形をした小さな龍にも見えた。そして、異様な存在感と威圧感からか、ケプリの額に汗が流れる。
これが、龍精霊と契約者だけの特異な力だ。尋常では無い体内テラが溢れているのか、ヴァリの全身には金色のテラが炎の様に揺らめいている。
そして、ヴァリが上体を下げて、一気に地面を蹴ると、目にも止まらぬ速さでケプリの目の前へと距離を詰める。
「――っ!!」
ヴァリはそのままケプリの胸ぐらを掴み、空高く飛んでいく。ケプリもすぐさま、ヴァリの手首を掴んで欲を奪おうとするが、反応が全く無かった。
「ケプリの能力は、相手に恐怖心がないと欲を奪う事が出来ないと見たっス。今のヴァリは、ケプリに対して恐怖心は全く無いっス!! だから触れられても平気なんスよ。言っても、この状態のヴァリには状態異常は効かないっスけどね」
「私が、怖く、無いの?」
「全然平気っス」
八重歯を見せる様に、笑みを零すとケプリを一気に地面に向かって投げ下ろす。
そして、すぐさまヴァリも急下降し、右手に金色のテラを圧縮して小さな玉を作り、ケプリが地面に落下する寸前に腹部に当てる。
その瞬間、地面が大きく割れ、地面にめり込むケプリはぐったりとしていた。
「前のお返しはしたっスよ」
ヴァリがそう言葉にした瞬間、ケプリの体が突然と宙に浮き始める。そして、赤色と青色に光る瞳でヴァリを見つめる。
「欲しい……欲しい……欲が、欲しい。いいえ、何も、かも、全部が、欲しい。この世の、全てが、――欲しい!!!!」
ケプリが叫んだ瞬間、割れた地面の欠けらや、空気中の自然テラまでが、ケプリの元に集まり出し体の中に吸い込まれていく。
更には、ヴァリの体に纏っていた金色のテラまでもがケプリに吸い込まれていく。
「なんスか……何もかもが吸い込まれていくっス……」
この世に存在する物全てを吸い込むかの様に、辺りにある物がケプリの中に吸い込まれていく。
割れた地面の欠けらや自然テラ、割れていない地面までもが剥がれて吸い込まれ、他にも破壊された建物や木々、死んだマッドフッド国の民やグランディア騎士団の人までもが吸い込まれていく。
すると、徐々にヴァリの体も浮き始め、ケプリの方に吸い寄せられていく。
「これは、マズイっス……!!」
ヴァリは尾を地面に刺して、吸い寄せられるのを耐える。そして、ケプリに向かって手を翳すと、金色のテラの矢を放つ。
だが、その矢はケプリに近付くと呆気なく吸い込まれてしまう。
「これが……ケプリの本当の能力……スか……何もかもが欲しい、あくどい欲っスね……」
――一方、ガガファスローレン国の国王女の側近を務めるサムは、『大罪騎士団』のメンバーである『憤怒』を司る、セルケト・ランイースと睨み合っていた。
「お前を見ているとムカつく。何なのさ、男なのか女なのかはっきりしたらどうなのさ」
「それは、私の様なオカマには言っちゃいけない言葉よ。オカマは男と女の中立にある存在。どっちの性別にもなれる特別な存在なのよ!!」
サムはそう言うと、セルケトの目の前まで一瞬にして移動すると、殴り掛かる。
サムの拳がセルケトの頬を捉え、そのまま勢い良く殴り飛ばす。セルケトは吹き飛び地面を転がるが、すぐに体勢を整える。
「熱っ……!!」
セルケトを殴り飛ばしたサムの拳は火傷していた。そんなサムを不敵な笑みを浮かべて見つめるセルケトの頬には、溶岩が纏っていた。
「成る程、溶岩がyouの能力なのね。火傷しちゃったじゃない」
「安易に僕に触れない方がいいよ。焼け死にしたくなかったらね。でも、お前はやっぱり男だな。力が強いよ、ムカつく」
そう言葉にしたセルケトの口から、血が垂れていた。溶岩のバリアで防いだものの、サムの殴る力に少々のダメージは負っていた。
「私としては女のつもりだけど? 少なくとも、youよりはladyの心を持ってるわよ」
「意味の分からない言葉を使っても、僕には理解出来ないよ。お前と話していると心底ムカついてくる。だからお喋りは終わり……死ね!!」
セルケトが叫ぶと、サムの足元の地面が熱を帯び出す。その瞬間、溶岩が吹き上がる。
サムは間一髪、後ろに下がって避けるが、吹き上がる溶岩から溶岩の槍がサムに向かって伸びる。
サムはすかさず横に移動して避けるが、セルケトが目の前に移動してくる。
「死ね、変態!!」
セルケトは溶岩の剣を連続で突く。サムも負け時と全ての突きを避けていく。サムの滑らかな動きに、なかなか捉える事の出来ないセルケトは苛立ちが募ってくる。
「チッ、お前の動きキモいんだよね。さっさと死ねよ」
「ブスな言葉を何回も使うんじゃないわよ。それでもladyなの? ladyってのはね、淑女である事こそがladyなのよ」
「なに説教垂れてんのさ。淑女? 知らないね、そんな事!!」
セルケトはその場で横に一回転してサムに斬りかかる。だが、サムは体を逸らしてブリッジの状態になると、足でセルケトを蹴り上げる。
「ぐっ……!!」
「いい? 淑女でないとモテないのよ?」
サムは逆立ちのまま、宙に浮くセルケトに言葉を掛ける。セルケトは地面に落下すると、殺意の篭った目でサムを睨み付ける。
「お前……本当にムカつく……!! かなりムカつく……!!」
「怒りを露わにするのは美しくないわよ。youには品がないわね」
サムは逆立ちを止め、セルケトの方へと近付いていく。セルケトはサムに向かって手を翳そうとするが、その瞬間にサムがその場で腕を殴る様に伸ばす。
すると、突然セルケトが地面にめり込む。その威力は凄まじく、セルケトは口から血を吐き、地面は大きく割れる。
「がはっ……!?」
「悪いけど、youとはこれで終わりよ。戦闘力も女子力でも、私の方が上だったみたいね。戦闘では冷静が一番大事なの。よく覚えて置く事ね」
サムはそう言うと、セルケトの胸ぐらを掴んで持ち上げる。50キロもないくらいの体重だが、軽々と持つサムの姿は男の中の男だった。
「僕のムカつきは、今まで以上だ……これ程ムカついた事はないって程にね……」
セルケトはそう言葉にすると、自分の胸ぐらを掴むサムの腕を握る。そして、八重歯をチラつかせて不敵に微笑むと、
「怒りが最大の武器になるって事を、お前に教えてあげるよ。お前を……、――滅茶苦茶にしてやる!!!!」
セルケトが叫んだ瞬間、全身が白く光り出して、その場で大爆発が起きる。
辺りの建物や木々を吹き飛ばし、爆風が地面を削る。ゼロ地点で爆発を受けたサムは、地面を勢い良く転がる。
「ぐっ……!! 爆発した……?」
そのダメージは凄まじく、サムは至る所から血を流していた。そして、全身の骨が折れているのではないかと思う程の痛みが襲っていた。
「ハァ……ハァ……これ程の爆発……自爆って事かしら……」
サムが見つめる先には爆煙が上がっている。そして、その爆煙が消えていくと、無傷で悠々と立ち尽くすセルケトの姿が視界に映る。
「あれ? 一気に形成逆転って事かな? さっきまでの威勢はどうしたのさ」
「無傷……!? ハァ……ハァ……どうなってるの……」
ボロボロな姿のサムを見て、嘲笑うかの様に見つめるセルケトは、優越感に浸りながら、
「淑女だの、女心だの、そんなの殺し合いに必要無いのさ。必要なのは実力だけ。この状況がそれを証明しているのさ。お前の気持ち悪い考えは僕に通用しない。お前と僕じゃ住む世界が違うんだよ」
「成る程……これが『大罪騎士団』なのね……確かに、滅茶苦茶ね……」
――マッドフッド国攻防戦は、『大罪騎士団』がリードする形で第二ラウンドが始まった。