第98話 『絶望の底』
マッドフッド国では、グランディア騎士団とヒナが、『大罪騎士団』と攻防戦を繰り広げていた。
グランディア騎士団の第三部隊隊長ラシャナ・ユニファースと第四部隊隊長シュリ・ラバードは、『大罪騎士団』の『憤怒』を司る、セルケト・ランイースと睨み合っていた。
「さぁ、僕に怒りを見せてくれ……!!」
セルケトは両腕に溶岩を纏わせると、ラシャナ達の方へと走り出す。
「私達二人を舐めると痛い目に遭いますよ」
ラシャナが両腕を前に伸ばして掌を翳すと、セルケトの足元に砂が集まりだし、その足を掴む様に固まり、セルケトの動きを止める。
「ぺちゃんこにしてやる!!」
続けてシュリが、腕を上から下に振り下ろすと、四角形の光の結界の様な物がセルケトの元に降り注ぐ。
「甘いね……」
セルケトがそう言葉を零すと、全身が白く光り出し、突然として爆発する。
「っ!?」
その衝撃で砂と四角形の結界は掻き消され、爆風に耐える様に顔を腕で覆い、視界の無くなったラシャナとシュリの元に、セルケトが再び走り出す。
「お前らに僕を捕まえる事は、二度と出来ない」
溶岩を纏わせた手で、ラシャナの体に触れようとした瞬間、砂のバリアが防ぐ。
「言い切るのは、辞めておいた方がいいですよ」
ラシャナが余裕な表情を見せながら、そう言葉にした瞬間、セルケトを四角形の光の結界が閉じ込める。
「うちとラシャナ先輩は、拘束能力に長けてる。俊敏だろうが、巨大な奴だろうが、うちらを前に逃げれる奴なんか居ないんだよ」
「それは、今までの奴らが雑魚だったからじゃないの? そんな奴らと僕を一緒にしないで欲しいな」
すると、四角形の光の結界がみるみるうちに溶け始める。セルケトの両腕に纏う溶岩で、周りの熱はかなり上昇し 、シュリの結界は溶けたのだ。
「お前らは僕らを舐め過ぎだ。お前らの常識では、僕らを計る事は出来ない」
「それはこちらの台詞です。貴方こそ、私達グランディア騎士団を舐め過ぎです」
ラシャナがそう言うと、セルケトの背後の地面から砂の槍が伸びる。セルケトは上体を下げて避けるが、また一本、また一本と次々に地面から槍が伸びてくる。
「チッ、ムカつく……!!」
セルケトは俊敏な動きで、地面から生えてくる砂の槍を次々に避けていく。
「これくらいで、いい気になるなよ……!!」
セルケトは地面を勢い良く蹴り、空高くまでジャンプすると、地面に向かって手を翳す。
すると、地面一帯が赤白く光り出し熱を帯び始めた瞬間、砂の槍が次々に溶けていく。
「シュリ!! この場から離れて!!」
「分かってる!!」
ラシャナが叫び、二人がその場から離れた瞬間、地面から大量の溶岩が噴き上がる。
「熱っ!!」
その熱で辺りに生えていた草木は一瞬にして枯れ、噴き上がった溶岩が雨の様にラシャナ達に降り注ぐ。
「ラシャナ先輩、どうすんのこれ!!」
「防いでも溶かされては意味が無いです……熱に耐え、避けるしかありません……!!」
二人は降り注ぐ溶岩を避けるが、その熱に皮膚が焼ける様な痛みと、大量に吹き出る汗が沁みる痛みに襲われていた。
セルケトは地面に着地すると、不敵な笑みを浮かべながら、
「僕を怒らせるからだ、雑魚が」
そう言うと、セルケトは溶岩で作った槍を、降り注ぐ溶岩を避けた瞬間のタイミングでシュリに向けて放つ。
「舐めんな!!」
シュリもすかさず、光の結界のバリアを張るが、溶岩の槍は一瞬にして結界を溶かし、シュリに迫る。
「シュリ……!!」
ラシャナもシュリを守る様に、砂の壁をシュリの目の前に作り、溶岩の槍を防ぐが、結界と同様に、触れている部分を溶かし、砂の壁を貫通して、シュリの腹部に突き刺さる。
「がっ……!?」
溶岩の槍が突き刺さった部分から火が吹き出し、シュリは一瞬にして焼かれてしまう。
「シュリ!!」
全身が黒焦げになったシュリが、その場に倒れ込むと、セルケトは八重歯をチラつかせながら、不敵に微笑み、
「ハハハ!! 仲間が死んだぞ!! どうだ、怒りが込み上げて来ただろ? さぁ、怒れ!!」
その言葉を聞いたラシャナは、目に涙を浮かべ、憎しみと怒りに満ちた目付きでセルケトを睨む。
「貴方だけは……絶対に許しません……!!」
「いい怒りだ。その怒り、僕が貰うよ」
一方、グランディア騎士団第二部隊隊長クザン・エディードは、『大罪騎士団』の『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスと対峙していた。
「はぁぁぁ!!」
クザンは拳に炎を纏わせ、ケプリの背後に回り込み、腕を振りかざす。だが、一瞬にして炎がケプリの体に吸収されると、ケプリはすぐさま振り返り、クザンの体に触れようとする。
「クソ……!!」
クザンはすぐさまは半歩後ろに下がり、ケプリの触れようとする手を避けるが、その手が白く光った瞬間、クザンは後方へと吹き飛ばされていく。
「ぐっ!!」
地面を勢い良く転がり、壁に衝突して勢いが止まる。その衝撃で、クザンは頭から血を流していた。
「ハァ……ハァ……あの者に触れられたら終わりな気がする……近くに居る時、体の中が気持ち悪くなる感覚はなんなんだ……」
「どうして、避けるの? 直ぐに、楽に、してあげる、のに」
ケプリはゆっくりとクザンの方へと歩き出す。クザンは恐怖のあまり、ケプリが近付くのを拒む様に魔法を放つ。
「来るな……!!」
炎の球を何発も何発も放つが、ケプリに近付くと、形が崩れて体内へと吸収されていく。
「無駄な、足掻きを、するなら、私に、触れさせて? 楽に、なるから」
「な、なんなんだ……お前は……」
クザンは逃げようと試みるが、足が竦み立てないでいた。ケプリはだんだんと近付き、クザンの目の前に立つと、しゃがみ込んでクザンに向かって微笑む。
「怖い? 大丈夫。楽に、してあげる、から」
「や……やめろ……」
ケプリはゆっくりと手を差し出すと、クザンの頬に優しく手を当てがう。
その瞬間、クザンの視界は突然と真っ暗になり、音も、臭いも、何もかもが無となった。
「はぁ、もっと、もっと、欲が、欲しい。これじゃ、足りない……」
ケプリがアンニュイな目付きで見つめる先には、息はしているがピクリとも動かないクザンが倒れ込んでいた。
意識は全く無く、まるで植物状態かの様に、クザンはその場に倒れ込んでいる。
「次の、欲を、貰いに、行く」
ケプリがそう言葉を零すと、次なる標的の場へと歩き出す。その方向は、廃墟と化した建物の中だった。
窓は全て割れ、壁や天井が崩れ、瓦礫の山が散らばっている部屋に、グランディア騎士団の第五部隊隊長ガイエン・シュヴァルツと、『大罪騎士団』の『怠惰』を司る、ファルフィール・オルルカスが対峙していた。
「貴殿の得体も知れぬ能力……仕組みが全く分からん……」
「あ? 知る必要もねぇよ。どうせ、死ぬんだからさ」
「わしは、これでも幾つの困難を切り抜け、今こうして生きている。貴殿とは経験の差がある。わしを簡単に殺めるなどと思わぬ方がいいぞ」
ガイエンはそう言うと、ファルフィールの元に走り出す。だが、ファルフィールは両手をポケットに入れたまま、何も動こうとしない。
「その余裕な態度、いつまで保つかな……!!」
次の瞬間、ガイエンは突然、後方へと吹き飛んでいく。ファルフィールが何かをした訳でも無い筈なのに、何者かに殴られたかの様な感覚だった。
「くっ……一体どうやって……」
「余裕な態度もクソもねぇんだわ。お前が相手だと、一生余裕なんだよ」
「こうなったら……致し方無い……わしの命に代えても、貴殿を倒す」
ガイエンがそう言葉にし、剣を鞘にしまうと、両手をファルフィールに向けて翳す。
「あ? 俺を道連れにするってか? 面倒臭ぇな」
「一人でも倒せれば、後に必ず勝利へと導かれるであろう。これは、その希望となる、最後のわしの魔法だ」
「何が希望だよ、怠いな。雑魚の台詞かよ」
「ふん、とくと受けてみよ……!!」
すると、ガイエンの前に大きな卍の形をした、象形文字が浮かび上がる。その文字が青白く光り出すと、波動砲の様な物が放たれ、天井や地面を抉りながら、ファルフィールの方へと伸びていく。
その衝撃は凄まじく、大地は大きく揺れていた。ガイエン自身も、体内テラ全てを使い、全身全霊をかけてこの魔法を放った為か、鼻血を流していた。
「貴殿諸共、異空間へと消えろ!!」
「ダセェ台詞言ってんじゃねぇよ」
ファルフィールが片手をポケットから出し、その手を翳すと、ガイエンの放った波動砲は、ファルフィールの掌の前で徐々に小さなビー玉の様な形へと変形していく。
「なっ……!?」
「最後の魔法が俺に効かなくて残念だったな、クソジジィ」
小さなビー玉へと姿を変えた波動砲は地面に転がり、大きな揺れも収まり始める。
「わしの……魔法を……」
「んじゃあ、そろそろ死ねよ」
ファルフィールはそのまま、翳している手をガイエンに重なる様に向ける。
「グランディア騎士団の……誇りを賭け――」
ガイエンの言葉の途中で、ファルフィールが翳している掌を握ると、まるで大きな手に握り潰されたかの様に、ガイエンは潰され、辺りに大量の血が飛び散る。
血の海と化したその場には、原型の無いガイエンが倒れ込む。それは正しく人間では無く、ボールの様にも見える程だった。
「あー怠ぃ。他の奴らも終わらしてくれてたらいいんだけどな」
すると、その場にケプリが姿を現した。
「――もう、終わらせたの?」
「あぁ、そっちも終わったのか?」
「欲は、奪った。その人の、欲も、貰おうと、思って、来たのに」
「一足遅かったな。見ての通り、グチャグチャだ」
ファルフィールはそう言って、その場から外へと歩き出す。ケプリもその後を付いて行く。
一方、グランディア騎士団第一部隊隊長リューズベルト・ラズウェルとヒナは、『大罪騎士団』の『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドと対峙していた。
「――そこだ!!」
リューズベルトが双刃の剣をヴァルキリアに向けて振りかざす。だが、ヴァルキリアは上体を下に下げて避けると、双刃の剣は空を切り、その隙を付いて神器グラーシーザを下から上に振り上げる。
リューズベルトは、体を反る様にして神器グラーシーザをギリギリ避けるが、その隙を突かれ、ヴァルキリアに蹴り飛ばされる。
「お兄さん、なかなかいい動きするけど、隙だらけだね」
「――貴方こそ!!」
ヴァルキリアの背後から、ヒナが黒刀を振りかざす。だが、ヴァルキリアは器用に神器グラーシーザを後ろに回すと、黒刀を受け止め、そのまま持ち手の部分を軸にしてヒナに回し蹴りを決める。
ヴァルキリアの足がヒナに触れた瞬間、ヴァルキリアの足がピンク色に光る。その瞬間、ヒナは物凄い勢いで吹き飛ばされて行く。
「きゃっ……!!」
ヒナは勢い良く転がり、建物の瓦礫に衝突し、砂埃が辺りに舞う。
「お姉さんは生け捕りにしないといけないから、これくらいで死んだら駄目だよ?」
悠々な態度でヴァルキリアがそう言葉にした瞬間、左側の視界が青白く光っているのが分かった。
ヴァルキリアがその方向を見やると、リューズベルトが双刃の剣に雷を纏わせて、走り出していた。
「本当、芸がないね」
ヴァルキリアが人差し指をリューズベルトの方に向けると、指先からピンク色のテラの小さな玉を放つ。
ピンク色のテラの小さな玉が、リューズベルトに当たった瞬間、辺り一帯を吹き飛ばす程の大爆発が起きる。
爆発が収まると、半径十メートル程の地面は円形に抉れ、辺り一帯は更地の様になっていた。
その中心には、全身傷だらけのリューズベルトが、息を切らしながら辛うじて立っていた。
「ハァ……ハァ……」
「しぶといね、お兄さん」
「くそ……マッドフッド国は俺が……ヒナ様は俺が……」
ヴァルキリアは、悪戯な笑みを浮かべ、神器グラーシーザを持つ手を上に掲げる。
「残念だったね。何もかも守れなくて。弱い自分を責めながら、あの世に行くといいよ」
そう言うと、ヴァルキリアは掲げていた手を一気に下に振り下ろす。すると、斬撃が目にも留まらぬ速さでリューズベルトに迫る。
「――っ!!」
だが、その斬撃は一瞬にして灰と化し、風に吹き飛ばされていく。リューズベルトの目の前には、ヒナが立っていて、斬撃を灰に変えたのだ。
「か弱いお姉さんだと思ってたんだけどね。やっぱり、あれくらいの蹴りじゃ、まだ動けるよね」
「どう見ても歳下の貴方に、負ける訳にはいかないのよ」
「強さに年齢なんか関係無いんだよ? 強ければなんだっていいの。強い者が正義で、弱い者が不義……それが、この世界のしきたりだよ?」
すると、ヴァルキリアの元にファルフィールとケプリが歩み寄って来る。
「いつまでやってんだよ、ヴァルキリア」
「あれ、ファルフィールお兄ちゃん達はもう終わったの?」
「あぁ、セルケトはまだみたいだけどな」
ファルフィールとケプリの二人を見て、リューズベルトは顔を真っ青にしていた。この二人がここに居る意味を理解したからだ。
「そんな……ガイエンさんと……クザンさんが……」
「で、俺ら三人と戦う気か?」
ファルフィールの言葉に、リューズベルトとヒナは即答出来ないでいた。戦う気は勿論ある。だが、勝機が全く見つからなかった。
「戦う気がねぇんならさ、もう怠いから、お前は俺らと一緒に来いよ」
ファルフィールにそう言われたヒナは、その言葉に頷こうとしていた。自分が『大罪騎士団』の元に行けば、これ以上の被害を出さないで済む。そう考えていた。だが、
「――駄目です、ヒナ様」
「え?」
「あの者達の所へ行っても、ゆくゆくは殺されるだけです。それでは、ガイエンさんやクザンさんが報われません。まだ諦めては駄目です」
リューズベルトの言葉に、ヒナは思い留まった。だが、それを聞いていたファルフィールが、面倒臭そうに頭を掻きながら、
「チッ、部外者が首突っ込んでくんじゃねぇよ。そいつがさっさとこっちに来りゃ、お前も死なずに済むんだぞ? 逆に、死にたいのかお前」
ファルフィールはそう言うと手を翳す。ヒナはそれを見ると、リューズベルトの前に立ち塞がり、黒刀を構える。
「これ以上の犠牲は出させない……!!」
「分からず屋だな、お前も」
ファルフィールがそう言葉にすると、翳している手をそのまま、ヒナから逸らし、横に伸ばす。その先には、
「――がっ……!?」
突然、首を抑えて苦しみだしたのはフューズだ。まるで、首を絞められている感覚に、フューズも理解出来ないでいた。
「お父さん!!」
「おら、さっさとこっちに来ないと、あいつが死ぬぞ」
「やめて!!」
ヒナの叫びも虚しく、ファルフィールは翳している手を下ろさない。その間も、フューズは首を絞められ苦しんでいる。
「どうすんだよ」
「分かった……から……!!」
ヒナがそう言葉にすると、ようやくファルフィールは手を下ろす。すると、フューズは息を吹き返し、息を切らしながらその場に膝を付く。
そして、ヒナは何も出来なかった自分への苛立ちと、ファルフィール達の悪辣な行動に苛立ちながら、拳を強く握って歩き出す。
「最初から素直にしてりゃ良かったのによ」
すると、ファルフィールの言葉を遮る様に、この現状を許さない者が叫んだ。
「――娘は渡さん!!」
叫んだ者はフューズだ。未だに息を切らしながら、ヒナが『大罪騎士団』の元へ行くのを拒んだ。
父親としては、当然の事だ。殺されるかもしれない場所に、娘を行かせる訳にはいかない。
「お父さん……」
「あ? 折角、話が終わりかけてんのに、ぶり返してんじゃねぇよ、怠いな」
「お前らの様な奴らに、娘を渡す訳にはいかん!! ユリナの為にも、私は娘を命に代えても守る!!」
「守るって言葉はさ、守れる奴が言っていい言葉なんだよ。守れねぇ奴が簡単に口にすんなよ」
ファルフィールがそう言うと、殺意の篭った目で睨みながら手を翳す。だが、その間にヒナが割り込み、立ち塞がる。
「させない」
「あ? 退けこら」
「お父さんを殺すなら、私を殺して」
「生け捕りにしなきゃいけねぇって言ってんじゃんかよ、面倒臭ぇな。まぁいいか、もう終わりだしな」
ファルフィールがそう言葉を零すと、ヒナは背後から凄まじい熱を感じた。それは、汗が一瞬で大量に吹き出す程の熱だった。
そして、ヒナが後ろを振り向くと、
「お……お父さん……? お父さん!!」
セルケトが溶岩の剣でフューズの背中を突き刺していた。フューズは、口から血を吐き、溶岩の剣が突き刺さっている部分から徐々に焦げていた。
「がはっ……」
「お父さん!!」
マッドフッド国攻防戦は多くの犠牲者を出し、『大罪騎士団』の悪辣なる行動に、怒りと憎しみに包まれ、ヒナ達は絶望の底へと落とされた。




