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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第97話 『マッドフッド国攻防戦』


 マッドフッド国、最強を誇るグランディア騎士団は、『大罪騎士団』のメンバーである、『怠惰』を司る、ファルフィール・オルルカスたった一人に苦戦を強いられていた。


「何だよ、グランディア騎士団ってさ、大した事ねぇんだな」


「あんまり舐めないで下さい……!!」


 ラシャナが手を翳すと、ファルフィールの周りに砂の渦が巻き始める。


「クザン!! 畳み掛けて下さい!!」


「あぁ!!」


 クザンが手を上に挙げて、振り下ろすと大きな炎の玉が空から降り、ファルフィールの元へと降り注ぐ。


「このまま、炎ごと閉じ込めます!!」


 渦巻いていた砂が、セルケトと同じ様にファルフィールを包み込んでいく。


「これなら、熱の逃げ場は無く、砂の中は灼熱になっています」


「だが、常識が通用せんのが……」


 ガイエンがそう言葉にした瞬間、ファルフィールを閉じ込めていた砂が弾け、ファルフィールが悠々と立っていた。



「――俺って事だよな?」


「無傷……どーなってる……」


 最早、ファルフィールの圧倒的な強さを前に、リューズベルトも言葉を失っていた。そんなファルフィールは、ズボンのポケットに両手を入れて睨みながら、


「つうかさ、お前らには用はねぇんだわ。あんまりしつこいとさ、ウゼェんだけど」


 すると、リューズベルト達が戦っているのを見ていたヒナが、声を震わせながら、


「み……皆さんは、早く逃げて下さい。この人達の目的は私ですから、私の為に危険を冒す必要はありません」


 ヒナの言葉を受けても、リューズベルト達は一向に逃げようとはしなかった。圧倒的な強さを誇るファルフィールを相手にしても、逃げる事は許されない事だった。何故なら、


「ヒナ様はヴァリが連れて来た、大切な客人です。お守りするのは当然の事ですよ」


 リューズベルトがそう言葉にすると、続ける様にラシャナも口を開く。


「それに、マッドフッド国が破壊され、民達が殺された以上、貴方だけの問題では無いんです。貴方を守る事が我々の仕事ですが、それ以前に、自分の国を守る事も我々の仕事ですから」


 その時、この場に居る全員が何かの気配を感じ取っていた。セルケトでも、ファルフィールでも無い、違う誰かの殺気を。


「何だ……何かが近付いてる……」


「何処からか応援が来てくれたのか? いや、だが今は深夜……来るには時間がもっと掛かる筈……」


 リューズベルトとクザンは、その殺気を肌に感じながら辺りを見渡す。すると、ファルフィールの隣の空間が歪み始め、そこから一人の人物が現れた。



「――何を、手こずって、いるの?」


「あ? 何でお前がここに居んだよ」


 現れた人物に、ファルフィールが嫌悪感を抱いた目で睨み付けた。その人物は、ファルフィールと同じ騎士服を着ていて、ワンピースのタイプ。

 背丈は155センチ程で、髪色が半分水色の半分桃色のツートンカラーでショートボブの髪型。

 タレ目でおっとりとした顔立ちに、右目は赤色の瞳、左目は青色の瞳をしている女性だ。


「なかなか、戻って、来ない、から、様子を、見に、来た」


「ケプリまで来る必要ねぇだろ。面倒臭ぇな」


 現れた人物とは、『大罪騎士団』のメンバーである、『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスだった。


「この人も『大罪騎士団』……」


「それで、黒のテラを、宿した人は、誰?」


 ブツブツと言葉を切りながら、特徴的な話し方をするケプリが、リューズベルトやヒナを見やって言葉にした。


「あそこの女だ」


 ファルフィールがそう言うと、ケプリはヒナに視線を向ける。その瞬間、ヒナは背筋が凍る程の殺気を感じた。

 三人目となる、『大罪騎士団』のメンバーが現れ、更に絶望の淵に立たされるリューズベルト達。

 最早、リューズベルト達に勝利とうい文字は浮かんでいなかった。すると、そんなリューズベルト達に追い打ちを掛けるかの様に、もう一人その場に現れた。



「――あれ、なんでケプリお姉ちゃんが居るの?」


「お前まで来たのかよ、ヴァルキリア」


 ウルテシアと共にウィルを殺し、黒のテラの所有者を生け捕りにする様に伝えに来たヴァルキリアが、その場に到着した。


「私は、様子を、見に、来た」


「ふーん。それで、セルケトお姉ちゃんの姿が見えないけど、もしかして、そこの砂の塊がそうなの?」


「あー、油断した隙に捕まっちまった」


 呆れる様に頭に手を当てるヴァルキリアは、セルケトの捕まっている砂の塊の方へと歩き出す。


「もー、セルケトお姉ちゃんは直ぐに油断するんだから」


 そう言って、ヴァルキリアが砂の塊に手を当てがうと、一瞬にして砂がボロボロと砕け、セルケトが姿を見せる。


「私の砂を……こんなにも簡単に……」


 ラシャナは、砂を砕いたヴァルキリアに呆然としていた。鉄よりも硬い砂を作り出し、ラシャナ自身にしか砂を砕く事は出来ない筈なのに、簡単に砕かれた事に驚きが隠せない。


「あれ? ヴァルキリア来てたんだ。ケプリも居るし」


「ていうか、セルケトお姉ちゃんなら、これくらいの砂なら自分で出て来れるでしょ」


「まぁね。でも、丁度いいタイミングだったし、テラを溜め込んでたんだ」


 そう言うと、セルケトは両手を上に挙げて、全身を伸ばす。四人の『大罪騎士団』メンバーが揃い、リューズベルト達は窮地に追いやられていた。


「四人……この者達は一体……」


「リューズベルト、諦めるな。ヴァリやエティア様が来るまで持ち堪えるんだ」


 絶望するリューズベルトに、クザンが励ましの言葉を投げ掛ける。だが、そんな励ましなど、今のリューズベルトには効果が無かった。


「正直言って、うちは勝てる気しないんだけど。だって、全員が意味不明な能力の持ち主なんでしょ? 勝てる訳無いじゃん」


「諦めたら終わりですよ、シュリ。私達はまだ終わってません」


「――私は諦めた方がいいと思うよ。私達四人も居て、絶対的に勝てないから」


 ヴァルキリアは悪戯な笑みを浮かべながら、そう言葉にした。すると、ヴァルキリアに続く様にファルフィールが口を開き、


「勝てる戦いをすんのも怠いし、お前だけ殺したら帰るからさ」


 そう言ってファルフィールはヒナを睨む。すると、ヴァルキリアが、


「あ、そうだ。ファルフィールお兄ちゃん、黒のテラの所有者は殺したら駄目だよ? なんかね、死んだら直ぐに黒のテラは違う誰かに宿るみたいなんだよね。だから、生け捕りにして黒のテラを奪うって言ってたよ、ハル兄が」


「あ? 殺すなってか? それはかなり怠いな。――つう訳でさ、お前の事生け捕りする事になったからさ、さっさとこっち来いよ」


 四人の殺気に、体を震わせながら耐えるヒナの背中に、優しく手を当てがうフューズ。

 そして、四人を強く睨みながら、


「お前達に娘は渡さない!! 私と妻の……何よりも大切な……娘なんだ!! 娘は私が死んでも守る!!」


「お父さん……」


 フューズは勇敢に言葉を口にしたが、その声は恐怖で震えていた。だが、父親の強く居る姿にヒナは、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 それと同時に、ヒナの中で恐怖心が無くなり、体の震えが止まる。


「怖がっていても……仕方がないよね……大丈夫、私なら勝てる。だって私は、お父さんとお母さんの娘だから……!!」


 ヒナがそう言葉にして、強い眼差しをファルフィール達に向ける。すると、右手に黒色の剣を作り出す。


「あー、それは黒刀ってやつ? さっきのお爺さんや、あのお兄さんも使ってたやつだよね。魔法を無効化にする能力……それで、勝てるって思ってるの?」


 ヴァルキリアは更に殺気を込めて、ヒナを睨み付けながら言葉にするが、ヒナはうろたえる事無く、黒刀を構え、


「勝てるって思ってるんじゃない……勝たなきゃ駄目なの!!」


「うわ、そういうのうぜぇわ。怠いな、お前」


 ファルフィールがヒナに向かって手を翳す。だが、ヒナは自分自身に近付く何かを察知し、黒刀を横に振りかざす。


「あ? 何で吹っ飛ばねぇんだ?」


「だから、私の話聞いてた? あの剣は、魔法を無効化するんだよ。ファルフィールお兄ちゃんの魔法は、無効化されたんだよ?」


「何それ、クソ面倒臭ぇじゃん」


 ヒナの勇敢な姿に感化され、リューズベルト達も表情を引き締めた。


「ヒナ様が、ああ言っているのに、弱音を吐いている場合ではないな。クザン、ラシャナ、シュリ、ガイエンさん、俺達も気を引き締めるぞ!!」


「もう面倒臭ぇからさ、黒のテラのガキ以外は殺すか」


「賛成……!!」


 ファルフィールの意見にセルケトが不敵な笑みを浮かべて賛同し、リューズベルト達の元へと走り出す。


「セルケトお姉ちゃん、また一人で突っ込むと捕まっちゃうよ?」


 ヴァルキリアの言葉通り、ラシャナが手を翳し、セルケトの周りに砂の渦を作り出す。

 砂の渦はセルケトを包み込む様に閉じ込め、壊されない様に何重にも砂を固める。


「先程より強度にしました。これなら――」


 その瞬間、セルケトを包み込んでいた砂の塊が熱を帯び出し、ボロボロと崩れていく。

 すると、中からは全身に溶岩を纏わせたセルケトが立っていた。


「溶岩……!?」


「僕に同じ魔法は通用しない。お前らの辞書に、そう刻んでてくれるかな……!!」


 セルケトが両手の掌を合わせると、セルケトの足元から溶岩が吹き出し、リューズベルト達を襲う。


「ガイエンさん!! 頼みます!!」


「すまん、リューズベルト!! わしの防御魔法でも、あれ程の熱を帯びた物は異空間へ飛ばす前に、わし達が焼け溶ける!!」


 すると、ヒナがリューズベルト達の元に駆け寄り、黒刀を振るう。その瞬間、セルケトの溶岩が弾ける様に消えていく。


「皆さん、メインは私で行きます。皆さんは、私のバックアップをお願いします」


「これが……黒のテラの力……」


 リューズベルトは黒のテラの力に驚かされていた。魔法を無効化にする能力は、リューズベルトが見た中では一番の能力だと思っていた。すると、ラシャナが、


「守る立場の人をメインにするのは、少し気が引けますが、これ程黒のテラが強力なら、仕方がないですね」


「僕の魔法をいとも簡単に消しやがって……!! ムカつく!!」


「油断しない事だよ、セルケトお姉ちゃん。流石の私達でも、黒のテラの所有者が相手なのは厄介なんだからね」


 ヴァルキリアはそう言うと、手に神器グラーシーザを作り、セルケトの隣に立つ。

 ヒナは深く深呼吸し、意識をセルケト達に研ぎ澄ます。この場は自分が何とかするしかない、何の罪もなく死んでいったマッドフッド国の民達の為にも、これ以上の犠牲を出させない為に、ヒナは覚悟を宿した。


「ふぅ……私なら大丈夫……私が皆を守る……タクトが私を救ってくれた様に」


 ヒナは自分にそう言い聞かせると、セルケトとヴァルキリアの元に走り出す。ヒナを援護するべく、リューズベルト達も集中する。


「黒のテラを宿してるからって、あまり調子に乗ったら駄目だよ、お姉さん?」


 ヴァルキリアが神器グラーシーザを振りかざした瞬間、斬撃がヒナの目の前に一瞬にして放たれる。だが、


「へぇ、やっぱあのお兄さんと同じ感じなんだね。無効化以外にも、能力があるんだね」


 ヴァルキリアの放った斬撃は、ヒナに触れる瞬間に灰となり、散っていく。

 ヒナはそのまま走る足を止めずに、ヴァルキリアの目の前まで詰め寄る。すると、セルケトが溶岩の剣を突き出そうとする。


「僕が先ず相手をする!!」


 だが、そのセルケトの溶岩の剣を持つ腕に、ラシャナが砂で器用に掴み、動きを止める。


「チッ……!! ムカつく……!!」


 ヒナはそのまま黒刀を、ヴァルキリアに向けて振り切る。ヴァルキリアは、神器グラーシーザでそれを防ぐと、直ぐさま右足でヒナを蹴り飛ばす。

 すると、ヴァルキリアの目の前に、光のバリアの様な物が迫り、ヴァルキリアを弾き飛ばす。


「っしゃあ!! うちに続けて、クザン先輩!!」


 光のバリアを放ったシュリが、クザンに向けて叫ぶ。クザンは、ヴァルキリアに追い打ちを掛ける様に、大きな炎の球を放つ。


「燃え尽きろ!!」


 だが、炎の球がヴァルキリアの目前に迫る瞬間、ケプリが立ち塞がり、手を翳すと炎の球がみるみるうちに掌の中へと吸い込んでいく。


「なっ!?」


「返して、あげる」


 ケプリがそう言葉にすると、クザンの放った炎の球よりも更に大きくして、ケプリが炎の球を放つ。


「わしに任せろ!!」


 ガイエンが両手を翳すと、大きな卍の形で象形文字の様な物が浮かび上がり、炎の球を受け止めると、中心から捻れていき、異空間へと消していく。

 だが、その隙を突いて、ファルフィールがガイエンの目の前に現れ、胸に手を当てがうと、ガイエンは物凄い勢いで吹き飛ばされ、廃墟と化した建物に突っ込んでいく。


「ガイエンさん!!」


「あのジジイは俺がやるわ、面倒臭ぇけど」


 ファルフィールはそう言うと、ガイエンが吹き飛んで行った方へと歩き出す。


「行かせるか!!」


 そのファルフィールにクザンが、拳を構えて振りかざすが、ファルフィールは見向きもしないでクザンを吹き飛ばす。


「ぐっ!!」


 クザンは地面を勢いよく転がり、体勢を整えて顔を上げると、目の前にケプリが立っていた。


「――貴方は、私と、戦う。貴方の、五欲を、私に、頂戴」


 ケプリがそう言葉にして、クザンに触れようと手を伸ばす。その瞬間、クザンは吐き気がする程の恐怖心に襲われ、ケプリから距離を取る。


「ハァ……ハァ……何だ……今のは……」


「どうして、くれないの? 貴方の、五欲が、欲しい、のに」


 光のバリアに吹き飛ばされたヴァルキリアは、服に付いた砂埃を払うと、


「セルケトお姉ちゃん、そこの雑魚のお姉さん二人任せるね。私は、黒のテラの所有者の方を生け捕りにするから」


「分かったよ」


 ヴァルキリアにそう言われると、セルケトは悪戯な笑みを浮かべ、鋭い目付きでラシャナとシュリを睨む。


「私達を別々にする気なんですね。舐められたものです」


「うちらも本気でやるか。ラシャナ先輩、本気でいくよ」


「お前らの怒りは既に十分だけど、もっと……もっと……怒れ!! 怒って、怒って、怒り狂って、憎悪に満ちろ!! 国を破壊され、民を殺され、その憎しみを僕に見せてみろ!!」


 セルケトが八重歯をチラつかせながら、不敵な笑みを浮かべて叫んだ。その姿を見たラシャナとシュリは、思わず息を呑んだが、ヒナが勇敢に立ち向かっている以上、弱音は吐いていられない。


 そんなヒナは、リューズベルトと共にヴァルキリアと睨み合っていた。


「貴方達は私が相手するね。お姉さんは殺さずに生け捕りにするけど、お兄さんの方は邪魔するなら殺すからね」


「まだ子供だというのに、君は勿体無い人生を送っているな。それ程の実力があるなら、真っ当に生きていた方が良かった筈だ」


「私に説教を垂れないでくれるかな。雑魚のくせに喋り過ぎなんだよね。私がどんな人生を送ろうが、誰にも関係ない。所詮、この世の全ては雑魚の集まり……私に勝てる人なんて存在しない。唯一勝てるのは、ハル兄だけ。その意味分かる? お兄さんの死に場所はここだって意味だよ?」


 ヴァルキリアが神器グラーシーザを構え、先程とは比べ物にならない程の殺気を放つ。


「やっぱり、四人を相手に、私一人がメインってのは無謀だった……」


「大丈夫ですよ、ヒナ様。グランディア騎士団の皆が強い事は、俺が一番知ってますから。だから、絶対勝ちますよ、この戦い」



 世界は静寂に包まれ、時刻は丑三つ時を迎えようとしていた。絶望とも呼べる戦場と化したマッドフッド国に、悲しくも綺麗な月明かりが照らしていた。

 マッドフッド国攻防戦が始まろうとしているなどと、何も思わせない程に美しく綺麗な月明かりだった。






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