無自我武器、有自我武器
「ま、待ってくれないか!」
再び腕を掴まれ呼び止められる。
「んだよ…商品なら渡したろ?追加で何か欲しいのか?」
「名前だけでも教えてもらえないだろうか?」
名前ぇ?良いけど。
「キキョウだ。マスハナ・キキョウ…こっちならキキョウ・マスハナだな」
「こんな事を聞くのはおかしいと思うが…り、リディア・ハインリッヒ・アーノルドという女性を知らないだろうか?」
「ああ、リディアね?其奴なら殺したが?」
当たり前だろう?リディアは無実の罪で迫害されて生きる気力を失っていた。だから私という前世の記憶が掘り起こされた。なら私は私が消した…殺した事になる。
憲兵は愕然とした様子でこちらを見る。だが、生憎とその原因を作ったのはお前の上の人間だ。恨むなら王子を恨みな。
「貴様…何故…何故リディア様を殺した‼︎」
「願われたから」
「ふざけるな!生きていれば幾らでもチャンスがあるだろうに‼︎それを…それを貴様は‼︎」
うるせえな。私がパチンと指を鳴らすとギャングが十人ほど入ってくる。
「その帰らないスカポンタンな客を摘み出せ」
「承知」
一番ガタイの良い男が腰からトマホークを抜く。それに対してロングスピアを構える憲兵。
馬鹿だな。お前とこいつの武器は構造が違う。お前のは自我の無い無銘の武器に対してこいつのは自我のある武器だ。名前は…バルトロメオだったな。
「そこを退け!俺はその女を捕縛せねばならん!」
「…笑止。叩き割れ、バルトロメオ」
『ケッケッケッケッ!アイアイ!』
不気味な声が響き渡る。と、トマホークから赤黒い霧が立ち込める。それは持ち主のギャングを覆う。
霧が晴れた時、そこには大きな鉞を携えた赤鬼がいた。側頭部から巨大な雄牛の様な角が天に向かってそびえる。内部から服を圧迫する筋肉。
「ア、姐御ノ邪魔スル奴…摘ミ出ス」
「ま、魔物⁉︎しかしこんな魔物見たことが無い…!」
憲兵がロングスピアを構え直すがそれより早く、赤鬼の鉞の峰が憲兵の鳩尾を捉える。
「ヌゥン!」
「ガッ⁉︎」
鎧を大きく凹ませ、扉まで吹き飛ぶ。全く…銘持ちか銘無しじゃ自我の差で力にも差が出るのは当たり前だろ?
しかし、憲兵は諦めず立ち上がる。ったく今更リディアに何の用だ?鬱陶しい。
「マルガス」
「ハイ、何デショウカ姐御?」
私は赤鬼に一言命じる。
「一段解放じゃキツイだろ?二段目まで許可する」
「御意…“その赤い腕は紅蓮の炎。その姿は燃え盛る己が魂…目覚めろバルトロメオ”」
瞬間鬼の身体が爆散する。中から細身のスキンヘッドの青年が出てきた。その身体はまるで人形の様に硬質かつ真っ白だった。
そして腕は解除の文句通り、赤々と赤熱している。炎こそ出ていないものの明らかに数千度はある。
「何だよ…何なんだよその姿は⁉︎」
「本来の姿の一歩手前だよ…これがマルガスの真価を発揮する手前の姿…蛹みたいなもんだな」
私が説明すると愕然とした顔で憲兵は私を見る。そこをついてマルガスは走り込む。
「貴様は姐御に牙を向いた…客で無ければ消し炭にしていたが、今回だけは命だけは助けてやろう」
マルガスの腕が消える。というより消えた様に見えただろう。私は空気のゆれと音でどうなっているか把握しているが。
マルガスの腕は消えたのでは無く、瞬間的に数十発の拳を憲兵の身体に叩き込んでいたのだ。
溶ける鎧。焼ける肉。
ドシャリと膝を付き倒れる憲兵。その前まで私は歩み寄り耳元にしゃがむ。
「お前さんは勘違いをしている。そもそもリディアの心を殺したのはお前達だろ?なのにそのリディアの場所を教えろ?挙句私が殺したと言ったら捕らえるだと?ならまずは王子達を捕らえるのが先だろう?寝呆けるのは大概にしておけ」
そう言って後頭部に肘鉄を叩き込んで意識を刈り取る。
「マルガス、この紙貼って適当な路地に捨てといて」
「御意」
マルガスは私のメッセージを憲兵の額に貼り付け担ぐと出て行った。
私の夢を邪魔する奴は容赦しないよ?