放牧地帯であなたと共に
「なぁ、もうここには来んの?」
ホワンと二人で山頂から立ち去ろうとしたら、後ろから声を掛けられる。少しの静寂のあと、ゆるやかな風が頬をかすった。
「もうここに用事は「来るよ」モア姫……」
「たんぽぽ改さんがまた、悪いことしないようにね」
ヒツジの短い尻尾を振りながら、にんまりと微笑んだ。
たんぽぽ改さんも、少し嬉しそう。
「もうせんよ~。そうか、でも、また来てくれるか。そんときゃ、よろしゅうな~……ついでにホワンもな」
「なっ……! ついでだと? モア姫が赴くなら、私だって地の果てまでお供するに決まってるだろう!」
モア姫とホワンの姿が見えなくなるまで、葉っぱで手を振ってくれた。
***
ヒツジ達の楽し気な歌が聞こえる。
腕を柵にもたれさせたモア姫は、ホワンと一緒に夕焼けランデブーを楽しんでいた。
「ホワン~~」
「なんですか、モア姫」
こてんと肩に頭を寄せる。
緑草と、ホワンの匂いに包まれて夢心地だ。
「ホワンに甘えたい」
「ええ。たくさん甘えてください」
「えい……えい……うぅ……」
「モア姫?」
ぐいぐいと、ホワンの羊毛に埋もれてると、戸惑った瞳と目が合った。わたしが泣いているところを見ると、ホワンの耳が次第に垂れ下がっていく。
「モア姫、今のあなたの気持ちを、正直に話してほしい」
「わたしは、ちゃんと正しく裁定できた? ホワンの目からみて、わたしは完ぺきだった?」
誰かの命が肩にかかること。
上から目線で罪を裁定することが、こんなにも重圧だと知らなくて。手と足が今になって震えだした。
「モア姫」
「こわい、こわいよ、ホワン。わたしはいつか、間違いを犯しそうだよ……以前のたんぽぽ改さんのままだったら、わたしは、わたしの権限でころしてた……」
傲慢なところがあったのかもしれない。
力でねじ伏せようとしたのは、狼達と変わらない。その事実に行きついたとき、自分のことながら背筋が粟立った。
「モア姫が解決せねば、私がその役目を担っていました。ですから、モア姫の裁定は頂に立つものとして充分すぎる宣言だったのです。胸を張ってください」
「ホワン」
「あなたは私を悪者にしてはいけないと言ってくれました。それと同時にモア姫は、私の心も救ってくれたのですよ――あの言葉があるだけで、自分自身の存在価値を見出せることができたのです」
ほっぺやおでこ、口元に、ホワンの甘いキスが降り注ぐ。
「まだまだ、あなたは姫なのだから、覚えていけばいいのです。私と一緒に」
「うん、うん!」
「その合間に子作りも頑張りましょうね」
「うん、うん?」
夕焼けが二匹を優しく照らしていく。
そのとき、山笛の野太い音が放牧地帯に鳴り響いた。
ヒツジ達にとって、ほのぼのとした日常が戻ってきた瞬間だった。
読了、お疲れさまでした