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たんぽぽ改さん

 太陽が姿を現し、すこやかな青空が澄み渡る。

 日向ぼっこするには最適だけど、サングラスは必要だろうか。


「いや~、大変失礼いたしました! かんにんしてや!」


 食中花が巨大なたんぽぽになった。

 少女漫画のようなきらきらな瞳になって、頭と葉っぱをへこへこと下げて謝罪している。


「お前のせいで動物たちがどれほど犠牲になったのかわかっているのか」

「そこは認めますが、ならわいに何を強要させまっか? 生きてくためには仕方のないことでっしゃろ~」


 自然界の摂理だと納得の範疇だ。

 でもホワンは違うみたい。

 暴れヒツジとならないように、モア姫がどうどうと宥めて抑えた。


「花粉をまき散らすお前のやり方は無差別すぎる。牧草地帯にいるヒツジはもちろん、他の生きとし生ける、すべてのもの達が犠牲になるところだったんだ」

「狩りに良い悪いもあるわけないでっしゃろ~! ほんまこの堅物どうにかしてほしい……わいが土下座っすか、根っこがあるもんでへたるくらいしかできまへんけど~」


 ケタケタ笑うのが気にくわないのか、ホワンの羊毛が気高くアップした。モア姫が労わるようにすりすりと体をすり寄せると、ホワンの表情がほんの少しだけ和らいでくれる。


「たんぽぽ改さん……あなたのことを、そうお呼びしてもいい?」

「いいね~、どんな呼び名でもわいは構いまへん! あんさんはモア姫と言うんですな。たいそう可愛いらしいお名前で」


 巨大たんぽぽと喋っていると、白い巨体が壁を作る。


「モア姫、こんな奴と親しくしないでください。あなたの優しさにつけ込まれます」

「狭量な男は嫌われまっせ! わいとも仲良うしてや~」

「きさま……」 


 葉っぱでホワンの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわすかたわら、モアだけは耳を傾けていた。


「せやけど……わいら弱肉強食に生きる世界ではこれが基本でっしゃろ。強いモノが弱者を食す。本能に従うしかありゃしませんやん。あんさんらもそうでっしゃろ」


 自棄になりながら喋るたんぽぽ改に対して、ホワンの目元はさらに吊り上がった。

 

「私たちは緑草を好む。お前らのルールなんて知るか」

「何度も言うてますやん! 弱肉強食やて……あんさんのルールとやらを押し付けんといてください。それを何て言うんでっしゃろ? ――押し付けがましいキチガイ野郎と言うんでっしゃろか? 固執した押し売りは迷惑以外の何物でもないで……! じゃあ何か、肉食動物にもそれが当てはまるんか? よう考えてからモノ良いや。脳内お花畑で緑草まみれな若造が……!」

「――良い度胸だ。狼王をも退けたこの力で、貴様を浄土へと導いてやろう」

「あぁ、もうストップ! ホワンもたんぽぽ改さんも止めて!」


 浄化はしたものの、食中花の名残があるのかもしれない。たんぽぽ改さんの顔と茎が、びきびきと血管が浮き出て怖いことになっている。暴走しそうになる前に、モア姫がぐりぐりと地中から垣間見える根っこを踏みつけた。


「ひぎゃぁっ!」

「若造で、強者としての私の意見が聴けるよね? 私の言ってる意味分かる? たんぽぽ改さんの耳と目は飾りかな? 耳ってあったっけ? 一枚ずつ花びら抜こうかしら」

「うぅっ……モアさん怖すぎやで」

「ホワン、私はヒツジ国民がとても大事だけど、近隣に住む生き物や、魔物たちの言い分も耳にしなくちゃいけないわ。ファーファベア国のいただきに立つものとして、両者の言葉を正しく聞き、または正しい道に持っていけるように導くのが女王として最善だとは思わない?」

「は……!」


 ホワンが恐縮したように頭を垂れて返事する。


「ホワンの言うことも正論だけど、采配はこの私に任せて欲しいの。ホワンが、悪者になってはいけない」

「モア……ッ! 私の命はモア姫だけのものです。なんなりとご命令を」

「ホワンたら……あのね、わたしの命だって旦那さまであるホワンのものなんだよ。でも、ありがとね……さて……」 


 二人の意見は両方とも貴重なものだけど、必要以上に悪は悪、正義は正義だと決めつけて糾弾するのは私としては受けいれることができない。

 たんぽぽ改さんがホワンに対して、悪いイメージを抱かせるのもフェアじゃない――それはわたしに向けても言えること。

 目を背け、耳を塞いで、嫌なことだけをホワンに押し付けてしまう。任せるのは簡単だけど、わたしはいつまでたっても成長できない。ホワンと対等でありたいなら、茨の道さえも突き進まければいけない。


「毛玉リングで海落としされたい? その前に、根っこを引っこ抜かなきゃダメかもね~」

「モアねえさん、すいやせんした~~!」


 


***



 牧草地帯に偵察に向かわせていた白霧鳥しらぎりによると、かむかむカオスの混乱は無くなっていた。胸を撫で下ろしたわたしは、朝露に流れる水滴を毛玉容器にしこたま流し込んだあと、たんぽぽ改さんの根っこと、お口に放り込む。

 そのあと、座れそうな葉っぱを見つけて飛び乗った。見かけによらず弾力もあって、地中に落とされないことに安堵する。

 わたしの姿勢を見て困惑していたホワンが、それにならうように隣に座った。二人の体重で葉がぺしゃりと崩れ落ちる。地味に痛い。ホワンを見るとこめかみに血管が浮いていた。


「だ、大丈夫? ホワン」

「なんとか。モア姫こそ大丈夫ですか?」

「うん。とりあえず、葉っぱを絨毯にして座りましょうか。ね、たんぽぽ改さん」


 にやにや顔からゲッという顔になったたんぽぽ改さん。わたし達の間抜け面を笑うからいけないのだ。

 

「えと、じゃぁ、花粉をまき散らすのは獲物一匹に絞ることは可能か聞いてもいい?」

「効く効かないかは別として、それは可能でっせ。でも、それはヒツジ国民でも、あんさんらは文句を言うんでっしゃろ?」

「いいえ、言わないわ」

「モア姫!」

「てゆーか、もうわいはたんぽぽ改や。獲物なんて必要ない。水と日光がわいの生きる糧やさかいに……ふぅ」


 ホワンと初めてぶつかった。

 これだけで収まるとも思っていない。


「ホワン、わたし達って何しにここまで来たの。一番最初から、見直してみて」

「おじいヒツジに懇願されて事件を解決に来ました」

「えぇ、そうよ。ではたんぽぽ改さん。あなたは、かむかむカオスが始まる前も、花粉を無差別にまき散らしていたの?」


 両者ゴクリと息を呑む。

 

「せやね……でも、そんなん適当にやってただけですわ。かむかむカオス? そんなん生まれてこの方、知らんかったし」

「ヒツジ国民を混乱に陥れて、何をぬけぬけと!」

「おおやけになったのは今が初めてですよね。ということは、以前のわたし達は、知らずに許容していたことになる」


 真実はときに残酷だ。


「そ、そんな」

「ホワン、知ろうとしないことも罪で、それを改善しようとしないのも罪だと思う」

「……」

「両成敗で片付けるにはやっかいだわ。でも、どうしてカオス化するくらいの範囲に広がったの?」


 これが一番わからない。


「たんぽぽ改さん、他に何か不思議なこととかわかんない?」

「風が……強い風が吹いとったんや」

「風かぁ。たぶんそれだよ」


 蝶々が飛んできてたんぽぽ改さんの花びらに止まり、蜜を吸う。


「風でごまかさないでください」

「山の天候はやっかいだよ。すぐに雨も降るし、嵐だって頻繁に訪れるわ」


 蜜を吸い終った蝶々が、モア姫の鼻先にも止まる。そして頭のてっぺんに飛んで移動し、羽を休めていた。


「蝶々さん、さっきまでどこにいたんだろうね?」

「「!」」

「きっと、強い風がやんだから遊びに来たんだよね~」


 風が強いと、花粉は広範囲に吹き飛ばせることだってできる。

 

「かむかむカオスは、それらの条件が重なって生まれたものよ。ファーファベア国のモア姫が、そう決定付けることにしました」


 ホワンとたんぽぽ改さんが黙り込む。

 かむかむカオスの真相は、これで幕を閉じた。



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