毛玉百花繚乱
食中花が無差別にまき散らす花粉が、ヒツジ達を狂わせていた。そこまで推察したホワンが体を張って羊毛スーツを脱ぎ捨てたあと、わたしに襲い掛かってきた。緩慢な動きで上から押さえつけられ、わたしの羊毛を食していく。怖くなんてない。ホワンを、わたし自身の力を信じてるから。
「ホワン、ホワン、お願いだから正気に戻って」
羊毛は減らずにふさふさを保つ。
不思議と危機感はなかった。
いつも守ってくれたホワン。
どんなときでも弱音を吐かないホワン。
かっこよくて少し腹黒、私にはすっごくえっちなホワンを、今度は私が助ける番。ヒツジ姫の名に懸けて、自らの羊毛を捧げたい。
かむかむかむかむ……
光り輝く羊毛は、ホワンの喉を通って体内へと入っていく。それとともにホワンが苦しみのたうちまわり、動きがぴたりと止まったので恐る恐ると近づいた。
「……はっ! 私はいったい……」
頭をブルブルと振って、伏せていた体を起こした。ホワンがわたしを見ると、ほっと安心したような顔をしてくれる。
「ホワン、気づいた? 体の方は大丈夫?」
「モア姫、モア姫! 愛してます! 私の愛はモア姫だけに一生を捧げますから!」
「おおお、落ち着いてホワン! わ、わたしも、ホワンが大好きだもん!」
「モア姫ぇ~~~~!」
***
「モア姫?」
「ホワンはそこで休憩してて」
「何をなさるのですか? モア姫の羊毛があれば、他の雄ヒツジ達も正気に戻せるではないですか……」
ホワンが心配することのないように、力強い笑顔をつくる。
「わたしの旦那さまや、ヒツジ国民を助けるんだから! ファーファベア国のヒツジ姫モア、行きます!」
「モア姫!」
前の呼び名に戻ってる。
いまのホワンは、頭が朦朧としてるんではないだろうか。
「チート舐めんなっ……えいっ!」
ドドドドと助走をつけて、花粉をまき散らすめしべに飛びかかると引きちぎる。その痛みは半端なく、食中花が悲鳴をあげた。ひとつ、ふたつと同じくすると、残りは一つ。狂暴な牙が連なる口のうえ。
「あそこにはさすがに届かないか」
「モア姫、無理です。そこまでにして一時撤退しましょう」
首を振り、ホワンに振り返る。
「ホワン、時にはノリが必要だと思う」
「は……?」
前世でいう、どや顔をさらしたおかげでホワンの顔が百面相を繰り出していた。
「モア姫、ノリとは?」
「その場の雰囲気に合わせた空気のことだよ。今のわたし、最高にキテるもん!」
ホワンの口がぽかんと開いた。
いつもの垂れ下がった優し気な瞳がだんだんと野獣の目と化す。低いテノール声で甘く囁いて――いない。なぜだか地雷を踏んだ。ホワン相手に詰んだかも。
「モア姫、いますぐあんなことやこんなことをされたくなかったら、こちらに来なさい」
ホワン、舌なめずりして隠してるのバレバレだから。
「ホワンのえっち! それに、もう遅いんだから」
食中花は獲物を待つだけの木偶の坊。
やつの範囲内に入らなければ、こちらの方が絶対的に有利だ。
「たんぽぽの綿毛って知ってる? 食中花さん」
わたしは見上げて朗らかな声を出す。
食中花とは真逆の、アスファルトに咲く黄色に咲くあの花を――もふもふもっふんな羊毛を毛玉にして手に取り、腹の底から吹いてみた。
「白い綿毛が大地に根付き、新たなたんぽぽとして生を受けるの。私の毛玉もしかり、あなたや、ファーファベア国の民たちも正気に戻す」
きらめく毛玉がふわふわと浮き、目の前にいる食中花に纏い付いた。頭に、めしべに、葉っぱや大きな口へと入り込み、鶏も青ざめるような醜い悲鳴を上げている。
「チェックメイトだね。私の勝ち!」
ぴしぴしと披裂していく食中花に、ヒツジ特有の頭突きをかました。