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這夜る混沌

 荒くれた曇天が陽を隠し、湿った空気が舐めるように頬をかする。陽気なヒツジ達の歌声はなりをひそめ、いつもとはちがう感じの散歩コースを目にする。

 水飲み場で喉を潤す牛たちや、この前報復した狼たちの上から目線で嘲るような、不快な鳴き声さえもない。チョロチョロと水が流れる音だけが、モア姫とホワンを思考の海に誘う。

 ヒツジの本能が緊張感を漂わせるのか。ネコが毛を逆立てて警戒するのと同じように、モア姫のほわほわな羊毛がさらにモフモフアップ。狂暴化しないために着こんだヒツジ専用・羊毛スーツがギシギシ悲鳴をあげて壊れそうだった。

 

「モア姫、あれを見てください」

「ん……」


 ホワンとモアが小高い丘を目撃すると、羊毛をかむかむしているヒツジ達がいた。


「このヒツジさんたち、どうしてかむかむしてるんだろう。確かに羊毛は美味しいけどね!」

「モア! 他の雄ヒツジに触らない! 食べてもいいのは私だけにしてください」


 ホワンが甲斐甲斐しく世話しながらも、支離滅裂な言葉を吐き捨てる。


「怪我してるのかな。心配だね」


 狂暴ヒツジは羊毛をかむかむしてるとは言っても、噛まれてる方はまったくの無傷だ。観察していると、モア姫の顔をペロリと舐め上げた。


「ひゃっ!」

「モア姫!」


 雄ヒツジに押しかかられているところをホワンが頭突きする。

 

「ね、ホワン。私はいつ噛まれたらいいんだろ」

「まだです……原因を掴むまでは噛まれないでください!」


 やはりというか、モア姫の貞操概念が低すぎる。今でも誰かにモア姫を奪われないか、気が気ではない恐怖と戦っているというのに。

 何でも良いから原因を突き止めないと、このままでは帰れない。そのとき、一陣の風が吹く。モア姫が転ばないようにとホワンの巨体が寄り添うと、ころんとひっくり返るだけで済んだ。

 モア姫が照れ隠しにえへへと笑う。

 ホワンがデレデレにやけ顔で、モア姫の体を起こしたときだった。 


「くしゅっ!」

「「!」」


 モア姫とホワンとは違う存在がくしゃみをした。

 目線を上げると、モウと鳴いてる牛がいる。


「我々と同じく放牧されてる牛ですね」

「あの子はヒツジ達に襲われないでいるのね」

「……どうだか。あ、動き出しましたね。あの牛を追いましょう」


 白黒ツートンカラーのウシは何度もくしゃみをしている。

 ホワンはいま、何か違和感を感じた。


「あの子、風邪かしら」

「近づいてみましょう。モア、私の後ろに……早く」

「はーい」


 絶対零度の眼差しをかざしたホワンにより、ヒツジ達の猛攻を避けることができた。モア姫や両陛下以外には冷たい眼差しで過ごすことが多いホワンのことを、狂暴化したヒツジ達は潜在意識的に覚えているらしい。

 きゅうと頭を引っ込めて、びくびくしながらホワンの顔色を窺っていた。そして、二人の行く道を遮ることなく動きを止めては、ヒツジ達はかむかむカオスを再び繰り返し始めた。




***



 草を踏みしめ、ふらふらしている牛を病気かもしれないとホワンとモア姫が話しているころ、眼前に大きな花を見つけた。


 食中花だ。

 ホワンは本で見たことがある。

 甘い香りで生物を誘惑しては、自身を取り巻くトゲで食すという大型の魔物である。  


「この香りを吸ったものは正気を失います……私たちは羊毛スーツを着て正気を保っているものの……」

 

 いつの間にこんなに大きく成長したのか。

 食中花の根っこ近辺には動物の骨が散乱していた。


「ホワン、あの花を退治しなくちゃ……」

 

 正気を失った牛を取り込み、骨の髄までしゃぶり尽す。

 モア姫はガタガタと歯を鳴らした。


「あの花を倒す前に、モア姫の羊毛が正気に戻る鍵になりうるのかどうか確かめねばなりません」

「どうやって……まさか、ホワン?」

「そのまさかです」

「待って、ホワン――!」


 羊毛スーツを脱いだホワンは、体を張って実験することにした。モア姫の悲痛な声を耳にしながらも、意識を手放すことになる。




 






『ホワンのお母さまが、お亡くなりになった……?』

『狼達に捕らわれたもので……打ち捨てられた屍を見つけることはできました』


 自分たちの羊毛に、価値が高いことを知っている。

 

『う、うぅ、うぅぅ……』

『モア姫……』


 ホワンだって泣きたかった。


『ごめん、ごめんね、ホワン』

『なぜ、モア姫が謝るのです』

『私がいるから、ヒツジの国を危険にさらしてしまった』


 何でもかんでも自分のせいにするモア姫。

 悲劇のヒロインでも気取っているのか、宥めて落ち着かせないと違う方向へ向かうモア姫が――


『どこへ行かれるのですか』

『ここ以外のどこかだよ』 

『国王と王妃さま、民はどうなるのですか……私までも見捨てられると?』

『……私は争いの種なんだよ。ホワンはそれでいいの?』


 そう思うなら、ファーファベア国の王族として最後まで凛として生きて欲しいのに。


『あなたの居たいと思える場所を、私が作ります。それではダメですか?』

『ダメだなんて……』

『なら、約束してください。私の隣にあなたがいて、モアさまの隣に私が居てもいい承諾を――』


 ホワンの気持ちを独占するモア姫に、身も心も侵されていく。この気持ちに気づいたとき、ホワンの中に光が射し込んだ。

 



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