変わった日常。不安な報せ
あの模擬戦以来、高田達は大っぴらに何かを仕掛けてくるということはなくなった。しかし、竜に対しては変わらず殺意や侮蔑といった様々な感情を込めた視線を飛ばしてきていた。
そして竜の方は竜の方で生活はちょっとではあったが変化した。
それは仁美の活躍のおかげであった。
まず、今まで使ってきてボロボロになっていた剣を新調し、もう一本、刀を支給してくれた。
元々、竜の剣術は日本刀を使う。しかし、この世界では日本刀は存在するが貴重な物で腕の立つ者だけが持てるらしい。仁美は竜に勇者という立場で手に入れられる、と言ったが竜は自分みたいな奴が手にしたら余計な混乱や問題が起こると思い代わりに支給用の刀を頼んだ。
竜の剣術には剣と刀の技術、弓といったもの、格闘技も存在していた。なのであまり問題ではなかったのだ。
そして、いくつかは改善された。しかし、それ以上に変わった事が二つあった。
一つ目は、仁美だった。あの日からお忍びという感じであるが竜の部屋に来るようになっていた。そして、彼女は、竜の夜に行っている稽古に来るようになり竜から剣術を習うようになった。
そして、二つ目。それは以外なところからきた。それは茂木だった。今までは、見下してきて遠くから見ているだけ、といった感じだったが最近になってから高田達と同じような視線を飛ばしてきたのだ。
二つ目の事は竜には理解できなかった。最近になって注目を浴びている自分に対しての嫉妬なのか、それとも無能な自分に対してプライドが許せない、のか色々な憶測を考えたが結局わかることはできなかった。
そういった感じに竜の日常はほんのちょっと良くなった。
しかし、そんなある日にクラス全員に騎士団長は発表した。
「明明後日にダンジョンに潜る」
それを告げられた竜達の反応は様々であった。ある者は、興奮、ある者は、不安、ある者は、これからの事について考える。多くの者達はダンジョンに行く事に対して興奮していた。
しかし、竜だけは不安でいっぱいだった。
自分が他の人とは無能に近い能力しかない事もそうだがそれ以上に現実的な問題で不安になっていた。
その日、竜は言い知れない不安に恐怖した。
そんなクラスの中で竜を見つめる視線がいくつかあった。
しかし、これからの事に不安を抱いていた竜は気づく事はなかった。
「もっと、深く踏み込んでください。じゃないと僕に一太刀も入りませんよ」
「う、く、は、はい」
竜は仁美の一撃を数歩下がり回避する。
目の前には息を吐く彼女の姿がある。
「す、すごいです。身体的には私の方が上なのに」
仁美は竜の動きに感心していた。
現在は、深夜の訓練場。二人はこうして剣術の稽古をしていた。厳密には竜が仁美に教え、竜は彼女の得意な弓で回避の稽古をするといったものだ。
「神無月さんの場合は無駄な動きが多すぎてそのために必要のない体力消耗を起こしているんです。それにワンパターンですから回避は簡単です」
「そうですか。私は、まだまだ、ということですね」
「ですが、最初に比べればその差はとても大きいです。上達はしているので安心してください」
「ありがとうございます」
その言葉を聞いた仁美は小さく笑った。
一通り終えた後。二人は訓練場に設置してあるベンチに腰を下ろしていた。
「日陰さんは、どう思いますか。ダンジョンに関して」
「正直。これがゲームであったらいいな、と思っています」
「それはどういう事でしょうか?」
「今日の昼間の皆の反応を見て思ったんですが、この世界は、現実。ゲームのような設定は存在しません」
これがRPGといったゲームなら死んでもダンジョンの入り口に転送されるか自分の家のベッドで目が覚める。
「皆、この世界に来てかなりの経験を積んでいます。そして、この世界が現実だということを自覚しています」
竜の言葉に仁美は頷いた。
彼女も訓練のために国の外でモンスターを狩っていた時に怪我をして改めてこの世界は現実だということを自覚したことが何度もあったからだ。
「でも、今日の皆の反応を見て不安になりました」
竜の言葉に仁美は何かを指摘されたような気がした。
「皆がダンジョンに行く、という言葉を聞いた後、様々な反応がありました。ですが、あまりにも多かったのは余裕そうな表情を浮かべていたことです」
「どういう意味ですか」
「この世界に来て僕を除いた皆はチートと言っていい程の力を得た。それは強大です。これまでのモンスター達を簡単に倒してきました。ですが…」
言葉を切る
「僕達は平和な日本からきました。殺しや戦いとは無縁の…」
仁美は彼の話を聞いていくうちに彼が何を言いたいのかが理解しはじめていた。
「つまり、日陰さんは、私達の精神は、とても弱い、と」
「弱い、というのは少し違いますが、重要なのは力の方です」
「力、ですか」
「そうです。力です。皆、強大な力を振るってきてこれまでのモンスター達を簡単に倒した。しかし、それは国の近くであり、簡単に倒せれるモンスターばかりでした。問題は、それを基準している場合です」
「まさか」
今度こそ仁美は竜の言いたい事を理解して恐怖した。それは自分の起こりうる可能性があったからだ。竜の話を聞くまでは。
「そうです。僕が不安だって言っているのは、皆が自分達の持つ強大な力に溺れはじめていることなんです」
竜の話に仁美は、これからのダンジョン攻略に大きな不安を覚えるのだった。
二人がそんな話をしていた頃。そんな二人を遠くで見る人がいた。その人は竜達がたまによく話すのを目撃し最近になって様子を見るようになっていた。そして、深夜の二人での稽古の様子を目撃した。
その瞬間。その人は激しい怒りを覚えた。そして、頭の中にどす黒い考えが浮かんでいた。
彼は、不気味な笑みを浮かべると気づかれないようにその場を去った。
「見ていろ。見ていろ」
呪詛のように繰り返し呟きながら廊下を歩いていった。