糸長・操志
久しぶりの投稿です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
深夜。誰もが寝静まった夜の街。
例に漏れず竜達もそれぞれ夢の世界に旅立っていた。
そんな彼らの寝る部屋で
ギィ
というドアの静かな音を立ててゆっくりと開いた。
ゆっくりと部屋に入った者は把握したかのように複数あるベッドの中の一つに向かった。
一つのベッドの前にその者は立つ。
手には一振りのナイフ。
ナイフの頭上に掲げ、躊躇することなく振りおろした。
ザク!
布と盛り上がっている箇所にナイフが刺さったのを感じた。
やった!
そう思った。
「随分と酷いことをするじゃないですか」
「!」
しかしそれは杞憂に終わる。
部屋の角から声を掛けられた。しかも自分が刺して、殺したと思っていた男の声だった。
「さあ。観念してもらおうか」
襲われた男。竜。そして竜から濃密な殺気を襲撃者にぶつけられた。
「ケケケッ!随分とすげえ殺気を飛ばせるようになったじゃないかよ!?弱陰」
だが、襲撃者は竜の殺気に当てられているのに笑い声をあげた。
「あなたは」
竜はこの声の主に聞き覚えがあった。殺気が和らいだ。
「僕のことを覚えてくれたか。嬉しいねぇ!ケケケ!」
笑い声に独特な部分がある。間違いない。彼だ。
竜は真っ先に一人の名が頭に浮かぶ。
「糸長・操志さん」
暗い奥から正解とでもいうかのようにまたケケケ!と独特の笑い声を出す。
「覚えていてくれたんだ!これは嬉しいねぇ!ケケケ!」
「あなたは、色々な意味で有名でしたから」
彼、糸長・操志は、クラスで自分と同じくらいクラスではじき者だった。しかし、彼は、オタクとして名が知れていた。そして今でも感じるこの言い知れない雰囲気で周囲から遠ざけられていたのだ。その雰囲気はあの茂木ですら手を出さないほどだった。
ある意味では有名な学生だ。
「しかし、あなたは、私の知る限り、王道の道を歩く人でしたねぇ。」
突然、糸長が口を開いた。しかし喋りだした言葉に竜は理解が追い付いていけなかった。
「王道?どういう意味だ」
「あれ?気づかない?それとも気づかないふりをしているのかなぁ!ケケケ!」
暗い部屋でも彼の不気味な笑みを浮かべているのがわかってしまう。
実際、彼は笑みを浮かべていた。
「何を言いたい」
「異世界に召喚され、一人だけ無能、それでいて周囲からは言われのない仕打ちを受ける・・・」
饒舌に語られるその様は語り部とでも言うか。
「そして、クラスで一の少女と接点を持ち!更に嫉妬の対象へと変わる。そして!そして!仕上げにはダンジョンの罠に全員が引っ掛かり、囮として裏切られる!そして、あなたは戻ってきた!何者をも寄せ付けないチートと呼べるにふさわしい存在になって!」
「まさにあなたは主人公!この世界で生まれた主人公!」
やっぱり不気味さがある。
突然の紳士ぶったしゃべり方が余計に不気味に思わせる。これ以上の話は無用だ。
「一人ではしゃいでいるところ悪いんだけど、本題に入ってくれないか。僕を殺しにきたのか、からかいにきたのか。返答によっては君でも〝斬る〟」
腰に差している聖涙に手をかけ、返答を待つ。
「素晴らしい台詞だ。随分とこの世界に順応しているようだ。ええ。質問に答えましょう。答えは、yes。私はあなたを殺しにきた刺客。いわば敵!あなたの新たな敵!」
その返答で十分だ。
腰を落とし、抜刀の姿勢に入った。
「しかし。あなたは考えたことはありませんか?」
「?」
「最も敵は敵でも・・」
言葉が切られ、紡がれる。
「〝信頼を寄せる仲間が敵〟になった時、物語の主人公はどう乗り切るんでしょう?って」
背後の気配に反応して振り返り様に抜刀。
部屋に響く金属音。
「!」
竜は驚愕して目を見張った。
そこには自分に向かって刃を振るい、鍔迫り合いをしている仁美の姿があったのだ。
「仁美・・・・さん」
「見させてもらいますよ。あなたがどう乗り切るのかを。ケケケケケケ!」
「糸長ーッ!」
僕は全てが電光石火の勢いで理解する。そして人生で、人に向かって初めて自身の怒りの叫びをぶつけていた。
部屋に不気味に轟く糸長の笑い声。部屋に異様な雰囲気が漂い始めていく。
竜はかつてない戦いに望もうとしていた。




