訓練での事件
今日もいつもどおりの訓練だった。
と竜は内心で思った。
相変わらずクラスの皆はそれぞれで自主練習、または兵士達による指導を受けている。
そして自分はというとみんなから離れた訓練場の端で剣を振るっているのみ。
一切の思考を捨て、剣を振るうことに全神経を使う。
芝生の上を摺り足で前にむけて重心を掛けて剣を振るう。
その基本的な動きは、基本だけではあった見ていた兵士達から見れば見事だと思われていた。
しかし、自分達に勇者達や権力者からの矛先を恐れるあまりに陰で賞賛されていた。
とことん竜にとってこの城の環境は似合わないものになっていた。
暫く剣を振っていたが、
「!」
竜は背後に何かを感じて中断。そして、咄嗟に横へと跳んで地面に転がりながら受け身をとる。
その数秒後に自分がさっきまでいた箇所に火の玉が着弾し、爆発。
芝生を燃やし黒い大きな跡を残した。
その威力に戦慄する。
(あ、危ないなあ!?)
冷や汗ものだ。地球でなら大火傷で病院送りだ。
自分の体から血の気が引いていくのを感じた。
(くらったら火傷では済まされない程の火力だな)
「へえ。よく避けたじゃねぇか。逃げるのだけは一人前だな。日陰」
「逃げる事しかできないなんてな」
「俺達、勇者の恥さらしだな」
わざと周囲に聞こえるように喋る声。声だけで誰の仕業かはわかった。声のする自分の背後を振り返る。
そこには日陰をいじめる主犯達が立っていた。
一人は、高田 剛田。
かつては地球で柔道部のキャプテンを務めていた少年だ。
体は少しガッチリとしてはいるがそこまでゴツい体格があるわけではなく中間あたりといった感じだ。日陰をいじめる主犯ではあるが女子にはモテる部類に入っている。
日陰は、「どうして、うちのクラスは、モテる人が多いのかな?」と地球では何度も思っていた。そして、何より、なんで性格は酷い人ばかりなんだとも思っていた。
イケメン=性格悪い。そんな方程式ができているんじゃないだろうか。
甚だ疑問だ。
そして、それは高田にも言えたことである。彼の場合は、気に入らない奴には容赦しない性格で有名で地球でも何人かが、裏で被害にあったかはわからない。そして、現在の対象は竜になっていた。地球ではあまり表立っての事は少なかったがこっちに来て色々な柵が無くなり、強い立場を手にし、マンガのようなすごい力も手にしてから有頂天になったためか堂々と竜を狙うようになっていた。
高田と一緒に竜をいじめる人達は高田の取り巻きと言っていい存在であった。
「おい。さっきから何見てんだ」
竜が高田を見ていたのに気づき聞いてくる。
「あ、いや。高田さん達は訓練の真っ最中じゃなかったのかな?と」
「今は、休憩でよ。みんな休んでいるんだ」
「そんな時に一人で無駄に剣振るっているバカがいたからよ。声をかけてやろうって俺達は思ったのさ」
よく言えたもんだ、と日陰は思った。
大方、一人で訓練している僕を痛めつけようと思ったに違いない。
「休憩だったんですか。じゃあ僕も一旦これで失礼しますよ」
関わりを持たないことが一番。
日頃の経験から導き出した結論だ。いや、当たり前の行動だろう。誰だって痛い目に遭うのが理解できているなら。
竜は剣を鞘に納めると急いでその場を後にしようとした。
「!」
突然、全身に衝撃と腹に激痛が走り竜は壁に叩きつけられた。
壁に叩きつけられてようやく自分が飛ばされたのだと理解した。
壁は石造りで出来ており当然ぶつかる瞬間には背中にも激痛が襲った。
「グハァ!?」
「おいおい。避けろよな。お前の長所だろう」
そこには高田が見下すように自分を見ていた。
竜は直感した。
高田は自分を逃がさないのだと。まあ。性格が悪い人ほど〝こういうこと〟には知恵を出す。いたぶる相手を逃がさないための悪知恵を。
「ちょうど、俺達さ。基礎の訓練しか今やってなかったんだよ」
一拍、置く。そして、その笑みを深めて。
「だからさ。次の訓練の時、俺と模擬戦をしてくれないか」
「何で僕と」
「新しく考えて、創った技があるんだよ。それには命中率を上げる必要があるんだ。お前は避けるのが上手いからな。だからなんだよ」
一見普通に言ってはいるが内容は恐ろしいものであった。
新しく考えて創った技。
それはまだできたばかり、そしてまだ実戦にも出していない。
それを人にやる。
それはどんな結果になるかわからないという意味だ。
しかも
「騎士の人達には俺から言っておくぜ」
拒否権はない。
話はそれで終わり高田達は去っていった。
一人残された竜はこれから起こるであろう戦いに固く、強く気を引き締めるのであった。
それから30分後。
訓練場の中心に高田と竜は向かい合っていた。
「用意はいいな!」
審判役の騎士が訪ねる。
二人は頷く。
「では、始め!」
号令が響いた。
号令が発せられた瞬間。高田が竜から見て高速のダッシュで向かってきた。
「そらっ!」
「く、」
高田が放つ剣の突きを竜は横にずれて避ける。
しかし、それは危機一髪のものだった。
(危ない!?訓練用とはいえ高田さんの力じゃあ僕の体を拳で貫く事なんて簡単にできるはずだ)
距離をとりながら思考し続ける竜。
その考えは当たっていた。
(くそ、後少しだったっていうのによ)
高田は竜や見学している仲間達にわからないように小さく舌打ちする。
今度は竜の懐に入り剣による突きではなく胸ぐら掴んだ背負い投げを決めようとした。
しかし、剣を片方の手に持ったままなため決めるには不十分だった。それに竜自身が高田の攻撃を予測していたために掴まれる寸前に体を後ろに引いて回避していたために決まらなかった。
再び、距離を置いて睨み合う両者。
「な、なあ。日陰の奴…」
「いい勝負してんじゃねぇか…」
「高田君。もしかして…」
「押されてるの?」
長期戦になると周囲からヒソヒソとそんな話が出てき始めていた。
実際、竜はこれまで以上にクラスメイト達から見ていい勝負をしていた。
竜は基本的な戦闘能力は地球で学んでいた実家の剣術をベースにしている。しかし、こっちにきて周囲の人達は日陰と違って魔力や個人個人の持つ能力によって竜に比べて能力的に上回っていた。そのため竜はクラスの中であまり強くない。という状態になってしまったのだ。しかし、竜自身もただ、やられてきたわけではなかった。
その一つが相手を見極める事だ。
いくら自分よりも強大な能力を持っていても相手の動き、動作を見ておけば避ける事は難しい事ではない。
まして、習ったばかりの戦闘技術では、長年武術を習っていた竜には遠く及ばない。
基本的な戦闘術は竜の方が上でクラスの中では先輩だった。
模擬戦は長期戦に突入した。
「く、逃げてんじゃねぇよ!」
高田は竜の回避にイライラし始めていた。
高田は、性格的に短気だ。そのためにさっきから自分の思い通りにいかずストレスが溜まり始めていた。周囲からは、竜が強くなっていると感じ始めているという離し聞いてそれが自身のプライドが許せずにより短気な性格に拍車をかけ始めてもいた。
(ふざけてるぜ。こんな奴に!?)
怒りで動こうとしたその時、ある考えが浮かんだ。その考えが高田を冷静にさせた。
高田は、自分達の模擬戦を見ている取り巻き達に合図を出した。
誰にもわからないほどの目からのサインだった。
向こうも気づいたのか小さく頷いた。
それを確認した高田の表情はさっきまでの怒りの表情ではなく勝ち誇った笑みを浮かべていた。
竜は、その表情を見て、なぜか寒気を感じた。
この瞬間からこの模擬戦に不穏な影が差し掛かり始めようとしていた。