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前日 竜の本音

今回は、会話文ばかりですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

次の日も普段と変わらない訓練が続けられた。

竜はというとこれまでの経験上、皆とはあまり関わらないように剣と刀を振るっている。しかし、今回は、こっそり皆のところを見ていた。


(皆の様子は変わらない。けど…)


訓練の様子を見ていた竜は不安でしょうがなかった。

特に高田達を含めた何人かの男子に対してだ。

高田達は訓練の休憩なのか集まって何か話をしていた。気になってばれない程度に聞き耳を立てていた。だが、話の内容はあまりいいものではなかった。話の内容はダンジョン攻略についてではあったが言っていることはほとんどカッコつけた感じで自分達なら楽勝、といったことを喋っていたのだ。

それを聞いた取り巻きや女子達は賞賛して囃し立てていく。

高田はあの模擬戦以来多少のクラスでの信頼を失ってはいたが今ではある程度回復していた。その姿を見た竜は、ある意味感心してしまった。しかし、だからといって彼が反省したのかと言えば違う。相変わらずである。


見ていてため息が出る。


他の人達は明日に迫ってきているのか緊張している。

それに対しては竜は良かったと思った。

余裕でいるよりも緊張している方が何かと警戒するからだ。だが、明日の戦いによって皆がどうなるのかが心配であった。


「やっぱり、明日は不安ばかりだな」

深いため息を吐いた。

それ以上に竜の方が緊張と不安で押し潰される感じだった。

誰よりも弱い自分が何が出て何が起こりうるかわからないダンジョンに向かう。

正直逃げたい気持ちだ。

しかし、もし残れば何を言われるかわかったものではない。

結局は行くしかないのだ。

逃げる事は許されない。

どう転んでも地獄と地獄。

逃げ場のない地獄の板挟み。


「やりきれないなあ。本当に」

竜の言葉はどことなく重くなっていた。

「大丈夫ですか?日陰さん?」

そこで耳元に少女の声が響く。

仁美だった。

しかし、その表情は竜と同じように不安に満ちている。


「大丈夫です。ありがとうございます。神無月さん。しかし、ごめんなさい」

「なんで謝るのですか」

「僕が昨夜の話をしたせいで明日の事をさらに不安にさせてしまいました」

「そんな。日陰さんのおかげで私は明日の事がどれだけ重大な事なのかを理解する事ができたんです。むしろ感謝されるのは私の方です」

「ありがとうございます。そう言っていただけると気持ちが少し楽になります」

竜は小さく笑った。

すると仁美は慌てた感じに竜に顔が見えない方向に顔を向けた。


「どうしたんですか?」

「い、いえっ、別に…」

なぜか慌てる彼女に竜は首を傾げる。


「おーい。神無月さん」

突然声を掛ける男子がやって来た。

茂木 賢斗である。


「早く行った方がいいですよ」

自分と一緒にいると何を言うかわからない。


「わかりました」

仁美も竜の意図を察したのか急いで茂木の方へと向かった。

しかしそんな彼女の表情は少し寂しそうであった。

その後、二人は皆の元へと戻っていった。

竜はその間に気づいた。

自分にむけるただならぬ殺気を。


(茂木さん。何を考えているんだ?)

僕、なんかしたっけ?


竜は、明日に対して他とは違う言い表せない不安を抱くのだった。


その日の深夜。竜と日はいつものように稽古をしていた。


「神無月さん。どうかしたんですか?」

「ねえ、日陰さん」

「はい?」

「茂木さんをどう思いますか?」

「えっとどういう意味でしょうか?」

「最近の茂木さんをどう思いますか?」

「そうですね。こっちに来てからは地球とでは違いますね」

「本当にそれだけですか?」

「それだけ?」

「私は、怖いです」

「怖い?」

「はい。話している時や一緒に訓練をしている時も私をジロジロと見ていたり、何かとあれば誘ったりするんです」

「ジロジロ見るのはあまり良くないですね。でも、誘うのは問題ないんじゃありませんか」

「いいえ。私は、地球でも誘われる事は何度のありました。それをいつも断っていました」

「どうしてですか」

「なんだか、粘つくような感じがしてしかもその私を見る目が不気味で」

そう言う仁美は思い出したのか震えていた。

「そして、こっちの世界に来てからそれはひどくなりました」

確かに。と竜も思った。

こっちの方へ召喚された後の茂木は、地球よりもモテた、いや正確には自分から手を出しかけるようになっていた。イケメンで聖剣に選ばれた勇者で私ため、そういった事があっても彼の人気が衰える事はなかった。

茂木を含め竜を除いたクラスの人達はモテた。

仁美もまた、勇者としてそして、地球でも人気のあった美貌で貴族の人達そして茂木からも何かと言い寄られていた。


「確かに、茂木さんはこっちに来て変わりました。でも、」

「でも?」

「なんだか、暗い気を感じるんです。まるで、日陰さんの言っていたように溺れているような」

溺れている。

その一言は竜にとって恐ろしいものになっていた。仁美もそうだった。

そのため二人は自分の力や状態、状況を意識するようにしてきた。


「もし、神無月さんの言っている事が事実なら、僕も溺れていたかもしれない」

「日陰さん」

「僕も正直に言うと異世界には憧れを抱いていたんです。ゲームような強い力を振るって好きな事が実現できる。僕はそういった小説を読んで思っていました。でも、現実は違う。力に溺れて皆の目が曇って見える。そして、僕は戦う中で剣を振るって命を奪っている」

「僕は、自分がこんなにも愚か者なんだって思った」

吐き出すように語る竜。その表情は悲痛になっていた。

「そんな…」

仁美は、これまでとは違う竜の本音にどう言おうか迷った。しかし、そんな迷いはすぐに消えた。

「良かったです」

仁美の言葉に竜はあっけにとられた。

「日陰さんが普通の男の子なんだって事に。私、日陰さんを見ていて、大人だな、って思っていました。でも、最近になって一緒にいると何かを押し殺しているような表情を時々見せているのを私は不安になっていました。でも、今聞いてはっきりしました」

「失望しましたか」

「いえ。むしろ、そういった感情を押し殺して今日までやってこれた事に感動しているんです」

「神無月さん」

「そんな考えを持っている日陰さんなら大丈夫です。絶対力なんかには溺れません」

「ありがとう。神無月さん」


竜は、今度こそ救われたような気がした。

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