六話
そうワンは早々に畳の部屋から出ていき、建物の壁を調べ始めた。
「屋敷の構造からして、空白の地帯がある気がする、隠し部屋がある気がする」
ワンは紙切れにはもう興味がなく、あたり一帯を調べている。
「一番大切な」
零は何か気になることがあるようで、紙を並べ替えている。
「屋敷自体を壊してもいいと言われている」
そう鉄男は右手を握ったり開いたりする、そのたびに小さな電子音が鳴った。
「お前は一番大切な人を殺す……や?」
「おい、あったぞ」
ワンが床板を外すしぐさをする。そこには子供が一人入れるくらいのスペースがあり、古びたノートが置いてある。
「なんだこれは」
そうワンがノートの埃を払う。
「ノートだ!」
鉄男が高らかに答えた。
「それは見ればわかる」
「じゃあ、紙」
「鉄男、もう黙れ」
そう、シェイプが冷ややかな視線を鉄男に投げた。
その時だった。
「お前の一番大切な人を殺してやろう」
零の恐怖をはらんだ声が、薄暗い土間にやけに冷たく響く。
「これは誰に当てられた手紙なんだ?」
そう零は二人に歩み寄る。
「育成日記?」
そう零はかすれた字を読み上げる。
「なんで?」
「育成日記?」
「なんで?」
そこにはこう書いてあった。
『 紅姫育成日記
8,22 『××××』誕生、
8、22 『××××』すでにその力は発現し、理解を始める
8、22 『××××』の身に紋章を刻んだ、まだ幼いとも反対意見があったが、幼いほうが遺産との親和性は高い。『××××』は一族始まって以来の逸材になるだろう。
8、22 言葉を完全に覚えたようだ。『××××』は来年から訓練を始めてもよさそうだ。
8、22 遺産との同調が見られるそのせいか、目に見えて身体の成長が遅くなった。
8、22 力はすでに並みの大人を凌駕する域に達しつつある。もうすでに彼女を姫と呼んでもいいだろう。親としての務めは今日で終わりだ。あらゆるでーたから彼女の名前を消そうと思う
8、22 どうやら紅姫の中には、一族の力以外の何かが眠っているようだ。もしかしたそれがいつか、一族に牙をむくことになるかもしれない。早急に新たな紅姫の候補を作り出す必要がある』
「紅姫について書いてある」
そうワンは鉄男に育成日記を押し付けた。
「これが今の紅姫のことなのか分からない」
「全部、日付は8月22日ってことなのか……」
「今日は何日だ?」
ワンが腕時計を確認するが、暗くて見えにくい。そんなワンの代わりに鉄男が答えた。
「今日は8月20日だ」
「二日後に何かある可能性がでてきたな」
「一年ごとに記録を残しているのか?」
皆が鉄男に視線を送る。
「そんな風にみられても、わからないものはわからない」
「鉄男が紅姫の護衛についたのはいつだ?」
「おれ? いつだっけ」
「お前はなんなんだ!」
「え……」
零のイラついた声に、鉄男はやや後ずさる。
「紅一族なんだろ、紅姫のことがわかるのはもうお前だけなんだ。紅姫について何か知らないのか?」
青筋立てながらに零は詰め寄った。それを片手で静止し、鉄男は語り出す。
「俺は、鉄男、紅姫の護衛を担当するオーヴァード。しかし出身は鋼一族だ」
「鋼一族?」
「鉄男は15歳になった時に紅姫と出会っている、その時紅姫は16歳だった」
「なんでちょっと他人事っぽく話すんだよ」
「本当の名前は知らない」
「遺産について何か知らないのか?」
ワンが口を開く。
「その遺産はもうすでに紅姫に受け継がれていて、そのことはもう覚えてないんじゃないかな」
零が何か思い当たる節があるような、そんな反応を返す。
謎は増すばかり、やがて四人は押し黙る。
湿っぽい地下の部屋に、悪い空気が流れ始める。
その時、ついに耐えきれなくなったワンが声を上げる。
「本人に直接きこう!」
「紅姫は遺産が何なのかは知っているんだよな?」
零もそれしかないと頷きを返す。
「とりあえず、いったん紅姫に話を聞く必要があるだろう、零ゲートを開け」
「わかった」
[零:バロール:ディメンションゲート]
零が両手をかざすと、空間が二つに分かたれ、黒いトンネルの向こう側から光が差し込んでくる。
四人はそれをくぐった。
* *